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恋ひ恋ひて逢える時だにうるはしき

「なつ~。貴方、文芸部に入ったって本当?」

あの日から3日、僕はあの夢のような時間から遠ざかり、再び日常に漬かっていた。

彼女からは3日後、つまり今日に、またあの場所に来るようにとしか言われていない。そして僕は、気づけば常に心のどこかでこの日の事を思っていた。

「ねぇ、なつってば!!」

強引に袖を引っ張られ、始めて僕は呼びかけられていた事に気づいた。

「あっ、うん。ごめん、考え事してたんだ。」

「もう最近のなつはちょっとおかしいわよ?」

まぁ、別にいいけど。と深くは追及しないでくれるこの距離感が嬉しい。

彼女、剣崎 萌は僕の古くからの友人である。もちろん恋心なんて淡い物が芽生えた事など無く、彼女が2つほど年上であることから、むしろ姉と弟のような感覚で接している。

「それよりもさ、貴方、文芸部に入ったんだって?」

「まぁね、実はそうなんだ。さすが萌ねぇ耳が早い。」

話ながらもあの時に置いてきた意識を今ここに戻す。

学園内の林道、光る木漏れ日、香るそよ風。隣には凛とした佇まいの女性がいて、今僕らはやがて見えるであろう噴水に向かって歩みを進めている。

昼食へと向かういつも通りの日常、今僕は、ここにいる。

「うーん、文芸部かぁ。せっかく文化系なんだから同好会だったら一緒にやれるのになぁ。」

僕の学校では、文化系の部活に限って中学と高校の垣根を外して行動をしている。文化系の部活が下火なので一定数の部員を確保するのが狙いなのだろうが、表向きは中等部と高等部の交流を深めるのが目的という事になっている。

「仕方ないよ。部活と部活の兼部はできない決まりなんだから。それに萌ねぇ薙刀の方も忙しいでしょ?」

「まぁね。でも集中力を鍛えるのに本を読むって事はわりと効果的だったりするのよ。武人が書を嗜むのにはちゃんと理由があるわけ。」

「そんなもんかな?」

「うん、そんなもんよ。まっ、一緒に帰るくらいはできるからいっか。約束ね。」

異存は無いので二つ返事で了承する。

「まっ、どちらにせよ顔だけでも出しに言ってみるわ。知り合いの子もいるし、なつをよろしくって感じで。」

正直僕としてはちょっとお節介というか老母心甚だしいというか、そんな気がするが、曖昧に頷いておいて、目的地についたので、食べようとだけいった。

「そうね。そうしましょ。」

今日のご飯は焼き魚にひじき、ほうれん草のお浸しだ里芋の煮物。

ちなみにこれを作ったのは萌ねぇではなければ、まして僕では無い。

僕達の住む寮の寮母さんが作ってくれた物だ。今日も寮母さんに感謝して、慎んで頂くことにする。

「午後の授業は何?」

萌ねぇの口の中に里芋が運ばれていく様子をぼんやりと見ながら僕はその問いに答えた。

「午後は音楽の後にLHRで終わりだよ。かなり楽。」

「うらやまし~。私なんか、歴史からの古典よ?なんて理系泣かせな。こんなに昔のことばかりやってたら身体からカビが生えそう。」

近くに歴史や古典の先生がいたら卒倒してしまいそうな物言いだが、確かに両先生ともお年を召されているので少しツボに入ってしまった。

「何よ。こっちとしては死活問題なのよ?」

「ごめんごめん。まぁでも、今日は久しぶりに一緒に帰れるんじゃない。」

「そうね。うん、確かに。じゃあ午後はそれを目指して頑張ろう。」布

そう言って萌ねぇが高らかに左手を突き上げたのと、チャイムの音が鳴り響いたのはほとんど同時だった。

「あら、予鈴ね。」

「本当だ。」

僕たちは空のお弁当箱をまとめた後、それぞれの教室へと向かった。




LHR=ロングホームルームというなの担任の独壇場。

大雑把な数学が売りの僕の担任はLHRでもやはり大雑把で、席替えという一大イベントのはずなのにものの10分で終わってしまった。

理由は1つ、次の席順と題されたプリントが皆に配付されたためだ。

なんと横暴な!この糞教師!とクラスからの誹謗嘲笑を物ともせず、早く変われと一言だけ言うと、担任はおもむろにワープロをカタカタとし始めてしまった。仕方がないので開いた口をそのままに席の移動を始めたのだが、

結果、あんがい良い感じにまとまり皆納得しているから驚きである。

ちなみに僕の席は窓際の一番後ろ。右の席は何故か空席だし、物思いにふけるのには完璧な席だ。

ふと見ると、友達が一人教卓の前で絶叫していた。どうやら外れ席を引いたらしい。

そんな友達を尻目に、流れ解散の雰囲気となった教室を出る。

目的地はもちろん、旧図書室。

他のクラスどこも、静かなままである。早く向かえるの良いが、おそらく自分の方が先についてしまうだろう。

鍵とかどうしようか。やはり外で待ってた方が良いのだろうか。そんなことを考えながら旧図書室のある通称、文化部エリアを進んでいたが、どうやらその心配は杞憂であったらしい。

僕が近づくと、その扉は独りでに中から開かれた。

「いらっしゃい、菜蔓くん。待っていたよ。」

今日の彼女は探偵のような外套を纏っていた。一応これでも学校指定のコートなのだが、今となっては着ている人の方が珍しい。といか、学校紹介の校則の欄に載っていた写真でしかみたことがない。

「まぁ、インバネスが今時珍しいのは分かるがそこまで露骨に見る必要はないのではないかね?」

「い、いえ。似合ってる、なぁ。なんて。」

僕の言葉に彼女はきょとんとした目でこちらを見ると、意地の悪い笑みを浮かべた。

「本日の一言目がくどき文句とは、僕は菜蔓君の評価を改めなければならなかもしれないね。」

「えっ、いや。そんなんじゃ」

「冗談だよ。あはは。何故か君を見てるとからかってみたくなる。悪気があるわけではないんだ。」

本来なら僕はここで怒るべきなのだろうが、彼女の無邪気な顔を見ているとそんな気はさらさら起きる様子も無い。

「まっ、入りたまえ。」

僕は喜んでその言葉に従った。

「まだ、誰もいないんですね?」

分かりきったことではあったが、室内を見回し社交辞令としていってみた。

「まぁ、見ての通りだ。」

そう言って肩をすくめて、僕に席を薦めながら彼女も僕の正面に座る。

さて、とまずは向こうが口をきった。

「まぁ、一応この部に関して何かしらの説明すべきなのかな?」

「そうしていただけたらと。」

背もたれをきしませながら彼女は答える。

「ふーむ。説明と言われてもだね。好きにしてもらって構わないとしか言えないのだが。何か質問してもらって私が答えた方が早いだろう。」

質問と言われても、何も説明されないと質問する側としても困りものだ。

「えっと、じゃあ基本的にはいつもは何をしてるんですか?」

「本を読んでいる。」

そう言ってちらりと、机に置かれたハードカバーのまさに本といった面持ちの物体をみた。

「ほ、他には何かしないんですか?例えば自分達で本を書いてみたり。」

「ほう。君は本を書きたいのか?私は一貫して消費者の側の立場をとっているがそれも悪くはないだろう。自費出版となると高くつくが、部費での援助はもちろんしよう。」

今度は僕があの厳めしい本を見る番だった。

「い、いえ、言ってみただけです。」

「ふむ、そうか。」

今の言葉の端に少し懐疑的な含みがあったのは気のせいではないはずだ。

「じゃ、じゃあ絵を書いたりとかはしないんですか?」

そして僕のこの言葉で彼女の顔があからさまに訝しげなものとなる。

「絵なら、美術部で書けば良いのではないか。なぜここで書く。」

もしや、ここの文芸部は、僕がイメージしていたものとはかなり逸脱したものなのではないか。

「いや、美術部では書けないような絵を書いたりとかですね。」

What?という英語を表情で表したらこうなるのだろう。

そんな顔をしばしとった後、彼女は納得したようにうなずいた。

「なるほど!確かに私は先程好きにして良いと言ったな。それに私としても芸術には少なからず理解を示すつもりだ。他では書けない作品を描いても私は軽蔑したりはしない。おおいに許可しよう。ただ、あまり露骨過ぎるのは私の精神衛生上良くないので、布を被せる等の処置はしたまえ。チャタレイ夫人の恋人も原作で読んだ私だ。よっぽどのことでは同じないつもりだがね。」

ここまで、息継ぎ無しのアナウンサーですら噛みそうな早口だった。

なるほど!えらく誤解されている。 「いえいえ、そういう訳では断じて無いです!じゃあとりあえず、僕も本を読むことにします。」

「む、ふむ、そうか。それは残念だ」

もちろん、まったく残念そうな様子は無い。

「それで、ここにはどんな本があるんですか?」

もちろんそれは、一見して僕の読書欲を刺激するような書物がこの図書室で見当たらないためであった。

読書が嫌いなわけではないが、広辞苑や六法全書並の厚さの本は進んで読もうとは思わない。

「一通りの本は揃っていると思うがな。普段君は誰の作品を読んでいるのかね?」

誰の?とはまた変わった聞き方だと思う。読書量が増えるとジャンルではなく作家で分け始めるようになるのだろうか。

「誰のと聞かれましても。泉さんは、誰の作品がお好きなんですか?」

「エドガーアランポーだ。」

「あっ、怪盗二十面相とかですね?」

それなら僕も知っている。小学校の図書室にあった思い出がある。

「違う、ポーだ。」

ぽ、ポアだ?

「間違ったからっていきなり殺されるのは嫌です。」

「何を言っておるのだ?エドガー・アラン・ポーだ!!」

ん?それは誰なんでしょう。

「江戸川乱歩とは別人だ。あまり読書家ではないとみるね小林少年。」

んぐっ。最後のは完全に皮肉だ。

無知を露呈すると恥ずかしいものだ

が、ここまてまやってしまうとぐぅの音もでない。んぐっの音は出たが。

「君には私のお薦めの作品を照会しよう。来なさい。」

そして積み上がる本の山に冷や汗を流しながらも、手に取る本の魅力を力説する彼女の姿はいじらしく、楽しい時間を過ごすことが出来た。

やがて最終下校を知らせる放送が流れ、その頃には僕専用の本棚が1つできていた。絶対読むようにとのことなので、僕にも部活中のやることが出来た。もちろんそれだけではいつ読み終るか分かったものではないので、特に進められた本を一冊持って帰ることにした。

「良いか、これを肌身離さず持ち歩き、暇さえあれば読むことだ。君が読むべき書物は山程ある。」

そういって栞を一枚挟んだそれを受け取って僕は鞄の中にしまった。

「でもこれって学校の本ですよね?」

「それなら問題ない。ここの司書は私で所謂図書委員も私だ。部長の特権だな。」

そう言った彼女はとても得意気で、でもなぜかそれが、虚勢でかるかのように移った。

僕の目は変化を見逃さない。

意識して彼女を観察しようとしたのと、彼女に部室を追い出されたのは同時だった。

「そろそら戸締りをしなければならないのでね。君は帰らなくて良いのか?一般の生徒は帰らねばならぬ時間のはずだが。」

そうだった。

今は最終下校時間で、僕は萌ねぇと一緒に帰る約束をしていたのだった。

「あっ、そうでした!ではまた明日放課後に。」

「うむ。本、ちゃんと読むのだぞ。」

投げ掛けられた言葉を背に受け、僕は振り返り様に頷いた。

ん?

高めた意識は散漫しつつあったが、僕の目は彼女の背中に揺れ動く線を見た気がした。

しかし、それを確かめる間もなく僕は全神経を自分の体に巡らせることになる。要は走り疲れてきたのだ。

悲しいかな何を隠そう今をときめく草食系男子。運動はからっきしなのである。

さっきのは、廊下に射し込む夕日によって作られた影かなんかに違いない。そう決め込んだ。

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