彼女に付いて
冷たい風が草原を舐めていく。口を開いたのは優奈だった。
「なんで……あんたが……ここに……」
「いや……なんていうか、その、死んだ」
優奈も死んだ身だったのだから察してくれるかと思っていたが、実際こうして対面すると信じがたいようだ。
「お前と同じように、事故でな」
この言葉で優奈の目に曇りが見えた。
☆☆☆
晄は経緯を話した。その間優奈何も喋らなかった。驚きで開いた口が次第に閉じていき、突きつけていた拳銃もおろした。
「そう……、あんたもね……」
優奈の死因も交通事故だっただけに因果関係があるのかと心の隅で思い、いらぬ責任を感じた。
「そういうわけ。で、その金髪がこの体と頭と服装を用意してくれたってわけだ」
頭というのは記憶のことである。
晄も同じくして前世の記憶を持ったままらしい。
それに何の意味があるかは分からない。優奈にとっては煩わしいだけの記憶になってしまっている。
色彩も薄れ、輪郭もぼやけてしまっている。家族の顔すら曖昧になってきている。
この世界に来て、一年間は毎日思い出していたが今ではほとんど思い出さない。寂しいとも思わない。
優奈にとって、この世界での一年間は寂しさの混じったものだった。
だが晄はどうだろう。ここに来ていきなり身なりの確認をするほどに余裕があった。
前世について思わないのだろうか。
「あんた、前世についてなにも思わないの?寂しいとか、悲しいとか」
「そうだな、あんまり……っていうと嘘になるけど、もうどうしようもないだろ?」
そんな頭の切り替えができるほどの人物だっただろうか彼は。
優奈の中ではボケっとした性格が彼だった。頭が回らず詰めが甘い。
だが晄の言っていることは正論だ。死んでしまったから、ここに来てからには引き返せない。
「ところでさ、俺これからどうすればいいんだ?このせか……」
晄の言葉を遮り優奈が喋る。
「どうせ何も知らないでしょ。私もここに来た時はある人に面倒見てもらったし、放っておける立場じゃないしね。これから行くとこあるけど付いてきなさい。」
現在の晄の立場はここに来たばかりの優奈と同じ立場。
何も言わなくても同伴を許可してくれるのは良かった。
☆☆☆
晄と優奈は草原を突っ切っている。
風景に変わりはない、後ろの森林が遠ざかるのみだった。
「行くとこって言ってたけどどこ行くんだ?それにお前何やってるんだ?」
二つ質問を優奈に告げてみる。
「行くとこはこの先にある廃教会。で、私がしてるのは仕事よ仕事、ギルドの」
「ギルド?仕事って言ってるけど十七だろ」
天にいる青年は多少の知識を付けてくれるはずだったがこの辺は多少に入らないらしい。
「ギルドっていうのは依頼屋みたいなものよ。ゲームとかであるのと一緒。ゲームとは全然違うけど。
あと、この世界じゃ十六で普通に働ける。ビジネスマンとか無理だけど私みたいな依頼屋にはなれる」
晄にとってギルドといえば集団で狩りをしたり、はたまた依頼をこなしたりする程度の寄合と思っていた。
「じゃあ、お前の他にギルドのメンバーっているのか?」
「私はフリー、基本1人よ。あんたの言った通りに数人で組むのがセオリーだけど」
「なんでお前こんなことしてるんだ。さっきも言ったけど十七だぞ。ここに来てからでもたったの四年だろ」
「ここに来たのは四年でも知識だけは付けてくれた人がいたのよ。なんでそんなことしてるかっていうとそれくらいしかできないからよ。この世界の学校なんて出てないしね」
ああ、そういうことか。
この世界でも上に行くには学問を修める必要があるらしい。
そのためには偉い所に入って出るしかない。
人間という生物がいる限りどこでもそうなるようだ。
教養を受けていない人間を企業は雇わない。
だからギルドのようなものに身を置く。
おそらくその中では頭の良し悪しにかかわらず、実力を示し、信用を得て食いついないでいくのだろう。
優奈が付け加えるように言う。
「ついでだけどギルドの上位互換みたいなのにレギオンっていうのがあるの。街の役所にいる。つまりは公務員。だけれども相手が違うの。ほとんどが裕福層だし、一個単位の依頼料も高い。公務員だから安定もしてる。けど試験とか訓練もあるからなろうとするには至難ね。訓練も受けてるから私たちよりも腕がいいし」
レギオンは裕福層御用達でギルドは貧困層もしくは中間層が相手になるのだろうか。
試験も訓練もあるならばレギオンでは絶対的な信頼が置けるだろう。だけれどギルドはどうだろう。入りたい人が入っていると言う言い草だ。
名のあるギルドなら信頼もされているだろうが、一から作るとなると相当な苦労を強いるだろう。
それに優奈はフリー。一人と言っていた。片手で数えられる年数でどうやって今の地位を築きあげたのか。はたまたどれ位の地位なのか。
いろいろと謎な点が多いが身なりを見るとしっかりとやっているように見える。
優奈に付いていけば後々わかるのだろうか。
そうこう考えているうちに草原を抜けて雑木林に入った。
森林地帯とは違い道も整理されていない。獣道同然だった。
晄は見たこともない雑草をかき分けながら優奈に付いていく。
その時だった。晄の側面からスルスルと上に影が伸びた。
二メートルほど伸びるとぴたりと止まり、影の先端にある膨らみが弾ける。
弾けた膨らみは四枚の花弁を作り、晄の頭上に被さってきた。
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