第三隊
レギオンデュッセ支部総出でヨシキ・サトナカ支部局長を捜索するという異常事態に各班は散り散りにデュッセを離れた。
その中でカルバーツ・バーンが率いる第三隊は恐ろしくのんびりとしていた。
隊員はカルバーツを含めて五人。四人共から「これでいいのか隊長」という視線が痛いが急いでも仕方がないのだ。
何せ奴らの居場所に当てが一つもないのだから。
「本当に、ホーントに急がなくていいんですか?」
金髪碧眼に愛嬌がある顔の小柄な女性ニーナ・サファリンが確認してくる。隊の中で一番世話焼きな彼女は心配の声を上げた。
「いいんだよ。そんな簡単に見つからないし」
やんわりと返しておく。
「しかし隊長。本部の指示でもあるのですが……」
寝癖まみれの髪に無精髭の男、ヴェイカー・ジュトロンが念を押してきた。低い声からはダンディズムが溢れるが、髪に加えレギオンの制服も皺だらけで身の回りの無頓着さが溢れるものに蓋をしていた。
「そうなんだよねぇー」
確かに今回の捜索の指示は支部からではなく、メイゼルのレギオン本部からなのだ。だがその事が気に掛かる。
「流石に不自然ですね。昨日の事の上に、本部が直に判断を下すなど……」
「普通、こういうのって不祥事だから責任問題になったりすんのに、お咎めなしって言う。むしろ好意的な?」
銀縁眼鏡を拭きだした秘書風の彼女ルイマリ・アルマックスに、制服を着崩し改造し、髪をオレンジに染めた「軽い」の一言に尽きる彼マニット・リゼルダンはカルバーツに疑問を投げかけた。
最もな話だった。
局長がドロップタウンの人間に捕縛されたという事実は町の住民の信用を大きく損なう。それ故に問題として上がり処理が下されるのだが今回は本部から、特に処罰という罰は無く単に捜索せよとのことだった。
甘過ぎると言えばそうだがどう解釈しても軽微すぎるのだ。
いくら局長と言ってもユース大陸ではごまんといる局長の中の一人で、彼だけが特別扱いされている訳ではない。それ相応の役職として扱われる。
特にレギオンは住民の信頼を失う事を恐れる。事実上の支配という形で住民の上に立っているのだから尚のこと余計に。
だからこそ規約違反、不祥事には徹底した処分が下されていた。その中には今回のような結界外の者に遅れを取っただけにも関わらず処罰が与えられた例もある。
「局長がまんまと攫われたところを見ると何か裏がありそうな気がしないこともないんだけど……」
それ以前にヨシキ局長はハーティミリーの指導者と腐れ縁と所内では噂立っていた。因縁があるのかと勘繰ったがその様な言い草でもなかった。
ハーティミリーの一方的な会談が何処かで決裂し、実力行使に出られたと見るのが妥当か。只今一つ局長が彼らに対して無抵抗だったと言うのが気掛かりなのだ。
「まー、局長も言ってレギオンの端くれだしなー。数には勝てないってことじゃないっすか?」
マニットが根も葉もない事を口走る。それをニーナが忠告する。
「局長の品位を陥れるような発言は罰則対象ですよ」
「嘘つけぇ!? そんな罰則はないだろう!?」
言論に対してはまだ許容範囲内というだけで度が過ぎると対象になるだけの話だった。
「そんなに気になりますか? 隊長」ルイマリが言った。
「そこまでじゃないけどね……。ただ不自然」
霧が晴れないから決断を渋っているというのが隊に伝わるのだろう。あまり深くは追求せず冷静かつ臨機応変に指示を出した方がいいのか。隊長という立場だとそう思えた。
(隊長もしんどいなー)
嫌でやっている訳ではないがこれでもここにいる四人の推薦で立っているのだから、隊員の仰望は無駄にできない。
結局何一つ今後の方針が決まらないまま荒地を当てなく進行していると、自隊の後方から魔法の気配がした。
かなり近く……しかしこれは目視できる範囲に入ったからこそ感じ取れたのだろう。
隊の全員がその気配に振り返ろうとした瞬間に、気配が頭上を通り過ぎようとした。
そしてカルバーツはその対象を見上げる。銀色の髪、蒼眼がカルバーツを射抜くように凝視していた。
感覚としてはスローな一瞬ではあるが、その一瞬の間に互いの表情はみるみる変わる。
蒼眼の鋭利な眦が大きく見開かれ、カルバーツの眼も同じように見開かれる。まるで都合の悪い者をみるように……。
「……え?」
「いっ……」
頭上を越える刹那に小さく聞えた声は明らかに上擦っていた。声を発した主は一度綺麗に着地し、背を向けたまま止まった。
「ジュリ……? ジュリナリス? ッ!?」
カルバーツがそう呼ぶと突如として、砂埃を上げて再び跳躍を始めた。それも先ほどとは比べ物にならない速度で。
「ちょっとッ!?」
振り向くことなく、銀髪の人物はコートの裾をはためかせて遠ざかっていく。
「あの~、あの人」
「隊長のご友人ですね」
ニーナとウェイカーが恐る恐る呟く。
「すっげー速いな」
「急ぎの用事でしょうね」
マニットは素の感想。ルイマリに関してはボケなのかすら分からない。がカルバーツには一つだけ分かっていることがある。
「越された……」
「何をです?」ニーナが茫然と言う。
「局長の居場所……先越された」
一同がこの発言と共にざわつく。この場合、というよりカルバーツはこの判断しか出来なかった。
「彼女を全力で追う! 何が何でも捕えるんだ!」
急な叱咤に総員が戸惑いながらもカルバーツを筆頭に、飛び越えて行った人物を追う。
カルバーツはてっきりこの件には関わって来ないだろうと思っていた。だがあの反応は明らかに関わっている反応だ。その証拠にこうして追いかけている。止まればいいものを速度を上げて逃げるあたり、何処か行く当てがあって逃げているのだろう。
ここは只の荒地で追手を撒こうにも何も無い平地である。だからこそ全力で逃走し、身を隠せる場所まで行こうというのだ。丁度進行方向の先に雑木林もある。
「全くどうしてお人好しかな、ジュリナリスは」
そう。追っている彼女は旧知の仲、ジュリナリス・フェルウだ。ジュリは大方ユウナが気になるだけでハーティミリーは次いで程度だろう。そして彼女の教え子であるユウナはハーティミリーの一員と少しいざこざがある。
今朝の集会で野次馬の中に彼女たちの顔を見かけた。昨日の段階でいくらか此方の情報を流していたわけだが、ジュリが関わってくるとは思っていなかった。やはり教え子が可愛いと言うのだろうか。
全力で逃げるジュリはみるみる遠ざかっている。ユウナもハーティミリーの一人を探しているはず。何も情報のない此方は彼女を追ってでもして、ハーティミリーに近づかなければならない。
「隊長ー、先行しまーす」
彼女の姿が豆粒になった頃、マニットが気の抜けた声で有無を訊いてくる。口に出すことなくカルバーツは首を縦に振った。そうするとマニットは鼻をならして一人隊から急激に離れていく。
彼が一人先行する理由、それは隊の中で一番脚が速いからだ。本人もそれを鼻にかけているほどに。
彼の着用している装飾品もその実、魔法の補助具で今の彼は全身から溢れんばかりの魔力が途轍もない存在感として出来上がっている。
たが一芸に秀いで過ぎているというのが不安の種でもあった。
「何時も速いのは結構なのですが……彼女の相手が務まるでしょうか?」
ルイマリが賞賛しながらも不安を口にする。
「詰まる所、脚だけですから……」
「一応レギオンの適性試験って公平ですよね?」
ウェイカーとニーナも同様にマニット煽る。誰もが心配しているのが、マニット一人の戦闘力の話である。
脚だけは誰よりも速いがその他は誰よりも劣っていると言っても過言ではない。
カルバーツの隊を基準にして測ったならば、比較してニーナが低い部類だがそれよりも低いと隊全員は思っている。実際に戦ったわけではないが立ち振る舞いからして、どうしても純粋な戦闘では非力にしか映らないのだ。
速さがあるのならば多少のトリッキーさは期待できようものだがそれがなんとも言えない程度で強さにつながっていないのである。
今も先行して追跡を任せているがジュリナリスもデュッセでは名うてで、ここにいる皆が彼女の腕前を知らないわけではなかった。それはマニットも同じと言えるのだが……。
「とりあえずは様子見で……。万が一どうにかなりそうだったら……それはそれで良かったで」
隊長として如何な返答をする。自分自身も正直何故あの時マニットの提案を頷いてしまったのかと疑った。かなり気が動転しているのだろうか。
どうであれジュリナリスを捕まえることが出来れば、何かしら局長の情報が入手できるはずだ。
仮に戦闘になったとしても、数では此方が勝っている。有利なのは明らかだ。
カルバーツと残った三人は各自のペースで、逃走するジュリナリスと追従するマニットを追った。
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