舞うは双剣
「鎖で遊んでるとこうなるんだよな」
機械仕掛けの剣を持った男が、絶命したローブ男を足で小突く。奴らの付き合いというのがよく分かる行為だ。
「その通りだ……遊びすぎた」
鎖の片割れが謝る。それに加えてガントレットが言う。
「まぁ、面白い装備を使ってんだ。楽しくもなるだろう」
「そうだな、ハッハッハ」
三人は死んだ者へ気に掛けることもなく、卑下た笑いを上げた。
本当にこのような連中が結界の外にはいるのだ。
「さて、俺の剣も試し斬りといくか」
「それはさせねェぜ? コイツもあるんだからな」
接近して戦う武器を持っている二人はどうやらまだ続けるらしい。余程腕に自信があるのか一人死んでも引かないあたり、調子づいてきたのだろう。
(面倒なことになるな)
気分が高揚した人間というのは扱いに困る。戦いの流れを乱し、自分たちの流れに変えてしまうことがある。今がその状態だ。
本来なら死人が出たことで警戒し、攻めの権利はジュリに渡ってくるはずだった。しかし彼らは持ち前の能天気で攻防の主導権を放さない。
此方の勢いが伝わらないというのは些か、不利だ。
早い所切上げて彼らから盗み聞いたホロスへ向かわなくてはならない。彼らの仲間は既に向かっているはずだ。
万が一そこにハーティミリーがいて、ユウナもいれば混戦は必至だ。
「一人死んでいるのに、えらく上機嫌だな」
ジュリが三人に向かって言う。一種の挑発だ。
「あ? 今更一人死んだって酒の肴にもなんねーよ」
ガントレットの男が語気を強めて返してきた。
なんという連中だ。仲間も味方意識もないとは。
紛いなりにも法の外で生きる者同士、多少の情けはあるはず。むしろある。
ここまであっさりしている連中も珍しい。
残りの二人も含み笑いを浮かべるだけで話にしようともしない。尚のこと情けを掛ける必要もなくなるわけだが……。
「別にそれでも構わないなら……さっさと始めよう。私も忙しい」
「コソコソしてた奴が言うかね、それをッ!」
ガントレットの男は吐き捨てると、姿勢を低くして突進してきた。野生動物が荒々し突き進んでくるような迫力。そこから繰り出された拳をジュリは身を捩って、躱すと男の腹を左膝で蹴った。勿論当たるはず、そうだったが当たる手前に別の感触が膝から伝わる。
ガントレットだった。そして男は防いだ手を素早くジュリのコートの襟へ伸ばし、引っ張った。空いた左手を大きく引き絞ると、ジュリの顔面を目掛けて拳が放たれた。
「オラッァ!」
「クッ!」
それを生で喰らうわけにはいかない。ミスティルに自分は女性だという事を自覚しろと口酸っぱく言われていることを気にして、魔法を張って防ぐ。
男の拳は発生した障壁に拒まれる。しかし……
「オラ! オラ!」
男は繰り返し、二発三発と大振りの一撃を放った。モーションの大きさだけあって、かなりの威力を有していた。三発目には耐えかねて障壁は破壊される。
破砕音を伴って砕ける魔力がおぼろげに点滅して消えてゆく。
男は尚もまだ四発目を打ち込もうとしていた。だがそう何度も殴られるわけにはいかない。奴との間合いは腕一本分しかない。
(この離れならば私も間合いだ!)
ジュリは自身の長い脚で男の顎を狙って蹴りあげた。体勢の悪い、密着状態から放たれたにしては綺麗な蹴りが顎へ向かうが、男は咄嗟に顎を上げて躱した。だがその拍子に襟から手が離れ、男は後ろへ交代する。
「ひょー、アブねぇ」
顎を擦りながら感嘆する。
「お前も遠慮がないな。私は女だぞ。傷が付いたらどうするつもりだ」
本音と建前が半々に混じった言葉でジュリもけん制する。
自分の体に生傷が入ることを特に気にしてはいないが、これもやはりミスティルにとやかく言われるので極力気にするようにはしているが、実戦でそのような気を回す余裕もない。
「代わってやろうか? マーク」
もう一人の剣の男がガントレットの男をマークと呼び、野次を入れだした。
だがガントレットのマークは冗談と鼻で笑った。
「バカ言え、こっからだっての!」
マークは構えて、疾駆した。その時ジュリは相手の両手から感じ取った魔力に警戒する。
ガントレットに纏われている魔法の識別は出来ないが、ただならない事だというのは直感だった。
「喰らえよッ!!」
渾身の一撃とばかり右手で正拳突きを放ってきた。そんな攻撃に当たろうものかとジュリは飛び退いた。奴との距離はこれで二メートル弱、当たりはしない。
「甘ェッ!」
「何っ!?」
突き出された右手からは新たな魔力。元々掛かっていた魔法を上書きして構築された魔法は衝撃の魔法だった。ガントレットから放たれた衝撃は突風のようにジュリを目掛けて飛んでくる。
ジュリはまだ宙で、回避行動が取れない。故にジュリはそれを二本の剣を交差させて防いだ。
「ええいッ!」
防がれた衝撃は両手の剣を暴れさせた。今にも弾き飛ばされそうな力だったがなんとか堪えて着地する。しかし
「ホラァッ、ラッシュだッ」
口走った通り、マークが再び突撃してきた。
ジュリは完全に反応が遅れた。気付いた時にはもう既に奴が目の前にいた。
そして襲ってくる拳を咄嗟の判断で剣で受け止めた。だがそれは誤りだったとすぐに気付いた。
拳のガントレットは防がれた瞬間に同じ魔法を重ねて、掛けた。
(重ね掛け……なのか……?)
ジュリは今までに経験したことのない魔法の重ね方を目撃した。
同時点に魔法を重ね掛けする場合、新たな魔法式の下には一度発動した魔法の式が存在する。使用した魔法が消えてから新たに魔法を掛けるのならば何ら問題はない。ところが発動している魔法の上に魔法を掛けた場合、干渉力の強い……謂わば魔力が多い方が先に発動し、魔力が少ない方は式と共に消える。
そういう風にして魔法は繋がっていき、使用した魔法は自然消滅に任せるのではなく自ら消し飛ばしていくのだ。しかしそうしたならば必然的に積み上げていく魔法の干渉力は尻上がりに大きくなって、終いには自身ですら超えることのできない値まで上がる。
それが限界なのだから、連続して発動する魔法には魔力枯渇以外の限度がある。
では何故ジュリが驚いているのか。それはガントレットに重ねられた魔法の干渉力が元々発動していた魔法と変化していないからだ。
どういうことだ……と首を傾げる暇はない。こうしている間にも乱打は繰り出されている。
「ぐっ……ッ、ガハッ!」
防いだ拳から新たな衝撃が剣を抜いて胴を穿つ。やはりどう凝らしてみても干渉力という名の魔力量の誤差は感じられない、感じられないのだ。
自分の感覚がおかしいのか、それとも本当に誤差が無いのか。同じ魔法をリピートしているように発動する魔法に舌を巻くしかなかった。
耐え難い痛みが走るが怯んでなどいられない。奴はラッシュと言ったのだ。
マークは怯んだジュリの隙を見逃さず、続けて乱打を繰り出す。勿論それら全てに先程と同じ重ね掛けされた魔法が掛かっている。
魔法は衝撃。拳本体の一撃と魔法の衝撃による二連。二発で四発なのだからまともに喰らっては体の骨が全て砕けることは容易に想像できた。
たがジュリに出来ることはただ強固なだけの障壁を張ることしかできなかった。ところがそれも二発までしか耐えられず、事実一発のパンチで脆く崩れている。後ろに下がろうにも、魔法の系統が衝撃で、下がっても飛んでくるものは飛んでくる。
(手詰まりか……!? どうする……?)
自分の張る魔法障壁にも干渉力の限界がある。比較的少ない魔力で展開してきたが、相手にその制限がないのだからジリ貧どころではない。
やはりその魔法の仕組みから解明しなければ突破口は無いか。
ジュリは冷静に、集中力を高めて、相手の拳を観察する。
複数人相手で視界を狭めることは自殺行為に近い。それだけに早急な解明が求められる。
次々と割られていく障壁……衝撃の魔法に依然変化はない。
何かが根本的に違うわけでもない……式自体は観察の結果、至って普通。真似もできる。
(そう言えば……鎖に掛かっていた魔法、アレも不自然だったな……まさか?)
ジュリは先程葬った鎖使いの男を思い出す。あの鎖に掛かっていた魔法にもジュリは違和感を感じていた。
そうだ、あの違和感は魔法の違和感だったのだ。
鎖を操作していた魔法の発動回数が極端に少なかった事。あの魔法はジュリには再現できない。それどころかよくよく考えてみれば、模倣できたとしても人間が処理することの出来るものではないように思う。そういう類の魔法だ。
ならばその魔法には人間の処理ではなく、恐らく……
(シールか!?)
丁度先刻、ユウナと青軌道の組員がそのような話をしていたのを思い出す。
シールは魔力の供給さえあれば自動的に魔法を発動することが出来る。あの鎖にもシール加工が施され、処理そのものをシールが行っているのならば……。
そして奴の繰り出す拳に装備されたガントレットにも加工が施されているならば……。
(武器……か?)
確証はないがどれも画期的な魔法な上にそれを戦闘用にオミットしている時点で面妖だ。
(一か八かだ!)
ジュリは攻勢に出る為に隙を窺った。
今もまだ続く乱打、時間は無い。此方もそろそろ魔力が枯渇しそうだ。
「何だ!? もう終いか!!」
男は殴りながら煽る。
だったらば……望み通りにしてやろう。
「はぁぁぁッ!」
ジュリは威勢よく吼えると、密着した間合いから相手へ突進し、ショルダータックルで男の体勢を崩す。
「おおお!?」
男が突然のことに動揺しているが構わない。それが隙だ。そしてその隙を庇うような右ストレートが繰り出された。
剣を交差して突進し、相手のガントレットを挟みこむようにしてそれを受ける。無論衝撃は発生する。しかしそんなものは直線で伝わっていく力の波でしかなく、拳の延長線上が着弾点だと分かりやすい。
なので丁度自分の胸部付近に魔法壁を張って防ぐ。直撃さえ避けられればそれで良かった。
「ヤァァッ!」
裂帛の気合と共にジュリはクロスした剣を引き放った。ジュリは剣にある魔法を掛けて交差していた。
掛けていた魔法が引き放ちを合図に発動する。
「何……!?」
奴の腕に絡みつくのは風。魔法で作りだした風には薄い緑の色がつく。その色が帯のように腕に絡みつく。さぞかし気色の悪いことだろう。
何故なら帯は8の字に纏わりつき、微風と共にガントレットを表面から切削していくのだから。
「何だ……コレ!? あァッ」
男は腕を懸命に振って、振り払おうとするがその程度ではどうにもならない。
「あッ……あ、腕が、ウデッ!」
バイトと化した風がガントレットを削り、地肌へ削りかかったのだろう。喰い込んだ風は腕から血を吸い出す様に抜き、8の字の風の中を循環する。
「おッ……オオオ」
腕を散々抉っていく激痛に男は攻撃を止めて喘ぐだけだった。ジュリは自分で切り刻んだ腕には眼もくれず、無情にもマークの首を斬り付けた。
「フッ」
横一線喉仏に裂傷。血飛沫を上げ、膝から崩れ落ちる。
腕の皮膚が襤褸切れのようになり、無惨にも削られた骨の断面も見えていた。
「……おいおいおい、マジかよ」
「なんて……」
残った男二人は驚嘆して後ずさる。
たった一人の女に、二人がやられた。数の優位が崩れたのだ。だがジュリはそうとは思わなかった。ただ単に連携がとれていなかっただけだろうと思う。
所詮は寄せ集め。活路を開けたのも個々が自由奔放なお陰もある。
集団戦では個人の能力が突出しているよりは皆が同じ水準で平均を維持している方が集団としての総力は向上するとジュリは思っている。
レギオンという組織も連携を推し進めた指導をするとカルバーツから聞いたことがある。
個人に割り振られた役目を完璧に行うことこそが理想、それが集団戦というもののようだ。
ジュリは吐き捨てた。無駄に時間を掛け過ぎた。
(あまり馬鹿にしてはいかんな……)
ジュリは男二人に向き直ると、冷血な眼で睨みつけた。蒼眼が全てを飲み込む深淵のように瞬く。
再び剣を逆手に持ち構えると、男二人もそれなりの格好だけつけて構えた。
機械仕掛けの剣に魔力が込められているが、何せ量が多い。コレも同じく特殊な魔法式だったが魔力の余剰分が不安定な心拍のように脈打つ。焦っていることを物語っていた。
もう一人の鎖を操っていた男も三角錐が無くなった鎖を振り回すが何処か力んでいる。此方も焦りの色が見えていた。
得体の知れない魔法ももう驚きはしない。
「此方から……行くぞ!」
「畜生……!」
最初に狙うは鎖の男。恐らくもう打つ手はほとんど残されていないだろう。千切れた鎖のリーチは直剣一本にもなりはしないほど短い。
地を蹴って鎖の男に向かって駆けると、相手も鎖を張って構えた。剣か腕を絡め取ろうという算段だろう。
もはやそんな小業で止められる程、手は抜いていない。
「くっそッ!」
「ハアアッ!」
威勢よく声を上げ、左手の剣を鎖に叩きつける。読んだ通り、鎖を剣に巻いてきた。だがさせるつもりはない。
ジュリは左手を強化魔法で力の底上げを行うと一気に振り切った。
鎖はこぎみ良く千切れ、男の顔には苦悶が奔る。
そしてジュリは強化された威力から来る慣性に身を委ね、右手の剣を先の斬線に重ねた。かなり器用なことをしている。
左手を振り切り、その反動で体を一回転させる。その時逆手で剣を持つ右手の剣先は視界の外になる。それに加え、剣は軽く反っているのだから相手に与えられる剣の個所はほぼほぼ先端のみとなってくる。
そのような姿勢でも一撃目を寸分の狂いなくなぞり、男の胴を袈裟斬る。しかしまだ終わらない。
袈裟斬りに加え、着地した右足を軸にしたハイキックを裂傷に見舞った。
「ゴッ……ホッ……」
男は吹き飛ばされ、大木に激突。そしてヨタヨタと木にもたれ力尽きた。虚脱したのは斬ったからではなく大木にぶつけられたからであろう。放っておけば助からないだろう。
「次はお前だ……」
冷たく言い放つとジュリはすぐに残り一人に向かって突進した。
「なっ、なめるなよ!」
そう吼えるなり男はさらに魔力を剣に込めた。分かりやすい、雑な注入だ。
あれもガントレットと鎖のような珍妙な仕掛けがあるのだろう。
「ッ!」
ジュリは剣を両手とも順手に持ち変えると、臆することなく男の腹を目掛けて二本とも突き刺した。
突進からの刺突はまさに瞬速。剣など鼻から振るわせず、装備など紙きれの様に貫き、深々と二本の剣が腹を抉る。
「ア……ア……」
男は剣を掲げて喘ぐだけだった。そして無慈悲にもジュリは剣をハサミの様に交差させ、腹を断った。
一級品の双剣は臓物を飛び散らせるなどという下品な光景を作らない。
「油断も隙もあったものじゃないな……」
剣にこびり付いた血液を振り払うと嘆息する。
今更人を殺めることに何の戸惑いも後腐れもない。
「久しぶり……か? このまま帰るとアイツが五月蠅いだろうな」
自分の体を見るとコートや腕に斑に血飛沫が付いていた。よくあることだが人の体液がついたままというのも気分が悪いので洗浄するのだがその都度、アイツことミスティルに世話になっている。
彼女はその度その度突っ掛かってくる。仕方がないことの上、彼女も事情を知っていて突っ掛かってくるのだから困りものだ。
「おっと、今はそれどころじゃないな。旧ホロスだったか」
ジュリはこの四つの骸が生前口走った旧ホロスという町へ向かう事にした。どうやらそこの辺りにデュッセ局長が連れられたらしい。
過剰に体を動かした後だが休憩を摂ることなくジュリは旧ホロスの方角に走り出した。
気付けば雲行きもいよいよ、悪くなってきた。
読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字などがありましたら報告ください。




