法の外の無法者
今回の件に関して彼女に手を出さないようにしておこうと決めていたが、どうにも気になって結局ユウナの後を追うようにして、ジュリことジュリナリスはデュッセ周辺を駆け回った。流石に周辺を一回りもすれば休みたくもなる。曇っていても時期は暑苦しい。日の熱射が無いだけでもありがたいと思わなくてはならないがそうもいかない。
一旦落ち着いて、腰に下げたタンブラーへ手を伸ばす。反対の手で汗を拭って、瓶を開け口に付けた。
適度に冷えた麦茶が体に染みわたる。
「ふぅ……」
一服して木にもたれる。
少し頭を使って探してみたもののこういう事は生来、性に合っていないのか何一つユウナの足取りは掴めなかった。予想より早足で遠くへ出向いたようだ。
そうなると更に範囲が広くなる。
「忙しくなるか……」
そうしているのは自分だがやはり心配でならないと言うのが一心だ。
特にユウナの技倆を疑うわけではないが、あの精神状態で何処まで戦えるかというのが不安だった。
メンタルケアもこの手の職では重要だ。気のあり方で自分のポテンシャルが起伏するのだから、それを常に一定に維持することが望ましい。だが今回のように、半ば裏切りの様な事を受ければ沈みもするだろう。彼女はまだ十七そこらだ。人間関係における出来事に対して対処を知って、実践できることは少ないはず。
二十歳を過ぎたジュリナリス自身でも未だに分からぬこともある。
分からない事は人に訊くようにしている。それが一番だと思うからだ。当てずっぽで対処して、悪化してしまえば立ち直れなくなる。
今のユウナは一人で向かった。あまり好ましいことでないが故にジュリは心配だった。
「前からあまり話さなかったもんな……」
何時ぞやにセンジが法の外から拾ってきたという、らしくないことをしたかと思えば、いきなり彼女に剣術を教えろと放り投げてきてからの付き合いだ。彼是四年も前になるが未だに一歩引いた関係が敷かれている。
そこまで他人行儀でいられると此方もかえって取りつきづらい。これを解消するために依頼の手伝いを申し出たこともあるが、どうも本人はこれを「迷惑を掛ける」と思っている節があり、更に悪化した様な間柄になったこともある。
ミスティルもよくちょっかいを掛けてはいるようだが、それでもユウナは畏まった態度をとるらしい。
あの難儀な性格はセンジと似たところがあるが、センジほど放置できるものではない。
なんともし難い教え子が心配でこうしている訳だが、もし彼女に見つかろうものなら更にユウナを追い込むことになりそうだと思った。
「やれやれ……」
そろそろ探索を始めようかと気を張った時、辺りに人の気配があった。
(耽け過ぎたか……?)
木陰から窺う。どうやらならず者共がうろついていたようだ。数は三。各々変った装備をしているが所詮は賊か、だらしない。
「どうも今日はレギオンが図々しいな」
「なんでかデュッセの局長さんがドロップタウンに連れられたとか」
「冗談だろ。雑魚でもあるまいしな……。それよかドロップタウンって何処だよ?」
「噂じゃ西を行ったところにあるらしい」
「西って言ってもどれだけ広いんだよ」
「旧ホロスあたりじゃないか?」
「あー……。あそこ今どうなってんだ?」
「だからそうかもって言ってんだよ」
陽気な二人だけ交互に会話をしていた。彼らも昨日のことを知って話題にしているようだ。そしてその会話には聞き逃せない単語が混ざっていた。
旧ホロス。
元はホロスという村だった所が衰退していき、ゴーストタウンになり、ひっそりと地理から消えてしまった村だ。
今となっては自然に閉ざれた廃村だけに見つけることも難しくなっていると聞く。
(そうか……ホロスか。考えられるか?)
そう言った地形になっているのならばハーティミリーが潜伏していてもおかしくは無いはずだ。わざわざ立ち寄る様な物珍しい物も対してない。
「だったら今から行ってみるか」
「そうだな! だったら全員に連絡回して落ち合おうぜ! そろそろ軍資金も尽きそうだったんだ。ドロップタウンごと貰っちまおう」
何やら雲行きが怪しくなってきた。二人が腕時計で何処かへ連絡し始める。
奴らは略奪を行うつもりだ。ハーティミリーが聞いた通りの集団ならば子供がいるはず。此方も彼らより先に向かわねばとジュリが隙を窺っていると別方向から声がした。
「あ~、聴き耳立てられちゃってるなー」
声の方へ向くと深々とローブを被った男がジュリを見ていた。
「あ?」
男の声で三人がジュリに視線を集めた。
男どもは一瞬キョトンとしていたが、女だと分かると途端に口元を綻ばせた。
「へー? そこそこ良いじゃん」
「いや、やめとけよ。最近の女はアレだぞ」
先程くっちゃべっていた二人組の片割がジュリの腰に下げている双剣を指差して言った。
(抜かったな……)
完全に気を抜いていたことを反省する。
早速ジュリは双剣に手を掛けた。緩やかなS字曲線のグリップを逆手に持って。
言うもまでもなく彼らは此方を落とすつもりだ。無法地帯ではよくあること、今更な感じは否めない。
「何対一だと思ってんのかねー?」
一人が機械仕掛けの大仰な剣を復元した。
「そーそー。身の程を知らないんだったら、教えてやるよ」
もう一人が両手にガントレットを装着する。
そして残りのローブとここまで一言も口を開かなかった男は両手の袖口から三角錐の付いた鎖を垂らした。
「見たところ……何処かの所属でもない様だな」
ジュリが鎖を垂らしたローブに言った。ローブを鼻を鳴らして返した。
「野良でやってるだけでね……。どうだ? 一緒にやらないか?」
常套句のような勧誘には返す言葉は決まっている。
「結構だ」
ジュリは双剣を半身抜いて言い放った。
「決裂だな!」
ローブの男は鎖を唸らせた。それに呼応するように取り巻きも動き出す。
鎖は魔法の力を受けて、不規則極まりない軌道を描いて暴れた。
両腕から蠢く鎖は狂いながらもジュリを狙って飛来してくる。だが二本だけではない。もう一人鎖使いはいるのだ。
一人も同じように鎖を遊ばせるとジュリを狙った。
目の前に飛んできた鎖の錐を抜き放った剣で弾く。少し反った両刃の剣が一閃。
鎖が生き物のように怯み、撥ね飛ぶがそれが地に落ちるということはなかった。
そして第二の鎖が追撃を掛けてきた。だがそれも同じように斬り返す。またも同じようにして第三、第四と飛来してくる。
一つ一つに威力は無い。したがって全て斬り飛ばしたのだが、気が付けば全方位を囲むように鉄鎖が編まれていた。
錐が擦れる音が周囲の音を遮る。視界も悪い。残りの二人が何処へ消えたのかが分からなくなった。
だが一つ妙な違和感があった。
(……よく動く鎖だ)
鎖の軌道だった。
そもそもこの鎖が自ら動いているのは使用者が衝撃の魔法を推進力変わりにして動かしているからだ。ところが衝撃の魔法で物体を操作してもその動きは直線的になる。
その理由は操ると言っても任意の方向に衝撃で飛ばしている、もしくは噴射しているだけだからだ。
もしうねらせる様に操るならば秒間に数回魔法を掛け、軌道修正を行わなければならない。それは魔法の連続発動で、余程こなれていなければ出来ない技術だ。
そしてそれに応じて魔法発動の兆候も発動した数だけ現れ、察知することも容易になる。だが鎖の二人は魔法を連続使用している素振りが無く、兆候もおおよそ発動一回分程度の強さでしかない。それなのに比較的少ない頻度で発動しては、鎖で綺麗な軌道を作りだしている。
今も襲い来る三角錐が蛇のように地を這い、飛んでくるのだ。馴染みのない攻撃に焦る。
「よく躱す、威声張っただけはある!」
「クッ……ソッ」
絶え間なく飛来する錐は四本。四方を包囲された状態。錐から発する魔法が包囲している中で魔力を撒き散らし、若干の魔法発動の阻害も受けている。
状況は悪い。しかしその程度、まだどうにでもなる。
(このままでは……儘ならんなッ!)
ジュリは飛来してきた三角錐を見据えた。そして、右手の剣で目一杯錐を叩き伏せた。
錐は先端から砕け、鎖と錐のコネクタごと破壊した。
思いのほか脆い。
「な……に……」
ローブの驚愕を他所に残り三つの錐も砕いた。頭脳を失ったように鎖は力なく地へ落ち、互いで絡み合う。
ローブと物静かな一人は顔に驚嘆を表して硬直した。
「魔法を使わずにかッ……!」
この隙を逃すわけにはいかない。
ジュリは剣を順手に持ち直すと、手首を交差させ深く沈んだ。そしてローブへ向かって一直線に踏み込み、交差していた腕を薙ぎ払った。剣の切っ先が男の胴を斬り裂き、横一線の裂傷を作った。さらにジュリはそこから逆手に剣を持ち変え、同ヶ所を滅多斬る。
血飛沫を気にすることなく繰り出す高速の剣技は男の体を襤褸切れ同然にする。
「ぐッ……うおおおおお!?」
男は苦悶の声を上げるだけで反撃はしてこなかった。一人は貰ったも同じだ。
散々斬り付けた後、ジュリは男の脇を斬り抜けた。止めの一閃。
滅多斬った傷よりも幾分深い傷は血を吹いた。
「がっ……はァ……」
そのままローブの男は後ずさり、背から倒れた。口を小さく喘がせ……絶命した。
「なんと……!」
ここへきて今まで沈黙を貫いていた一人が唖然とし、震えていた。
(そこだ!)
ジュリが奴に一歩踏み込んだ時、頭上からの魔力の気に飛び下がった。
「オラァァッ!」
先程からずっと姿を消していた機械仕掛けの剣を持った男が、その剣を片手で軽々と担ぎ、叩きつけてきた。その威力は小さなクレーターを作るほど。地鳴りを起こし、粉塵を巻き起こす。
「チャラチャラ遊んでるからだ……ったく」
「すまんな。だが悪くは無い性能だった」
「だな」
何の話だとジュリが訝しむと更に背後から残りの一人、ガントレットが奇襲を掛けてきた。
しかしそれをバックフリップで躱す。
「およ……っ!?」
大振りが盛大に空振り驚きの声を上げ、よろけた。しかしこれで全員、眼の見える位置に持ってこられた。
これで全員。もう伏兵はいないだろう。
(さて……どうやったものか)
ジュリは思索する。数で劣る上に、先程の妙な鎖。いまいち判明しない戦力にあれやこれやと戦術が頭を奔るがどれも有効とは言えなかった。
数で劣っているというのがどうしようもないのである。
(困ったな……)
ジュリが反芻している間にも彼は遊び半分でこの場を盛り上げている。
と、ここでジュリは閃いた。
なるほど……遊び半分か……。
ならば突破口はソレだ。
数を相手にするのならばコレもありだ。そうジュリは思ったのだった。
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