曇りの会合
油断も隙もあったものではない。
まさか見も知らぬ少年を口車に乗せてこようとは。この男だけは油断ならない。
トラフィスは空きの椅子に大きく腰付けるとヨシキ・サトナカ支部局長と対面する。
お互いレギオン入隊からの仲、腹のうちは見えている様なものだと思っていたがどうやらそうではないようだ。
手を組み眼を瞑って、瞑想している顔が示していた。刻まれた皺は伊達ではないと言うことか。
彼とは同じ頃にレギオンへ入隊し、しばらくの間行動を共にしていた。時の巡り合わせか配属先も同じとなり、腐れ縁のようになった。二人がそろそろ管理職へ移ろうとした時にやっと離れたという具合だ。
それが丁度十年前で、トラフィスが隊の指揮を執って数カ月もしないうちの事だ。
遡る話だがユース大陸最後の独立国家リファメントブリアムという国がレギオンの手によって、やむなく栄華に幕を下ろしレギオンを敷いた聖英都市ブリアムと再興し、新たな歴史の幕開けを行った時分。その時既にリファメントブリアム陥落の煽りで多くの難民が溢れ出ていた。ブリアムになったことで領地が二分の一程無くなり、住処を追い出された挙句に再興したブリアムに住むことも叶わなくなった人民を生んだのだ。
今日を生きるに必要な活力を奪われた民たちは恐怖と不安に駆られ、すぐさま本性を表し、血だまりを作った。
凄惨なものだったと当時を回顧したトラフィスは溜息をついた。
目の前で息を引き取る者、血を飛ばした者、はたまた果敢に襲ってきた者。もはやレギオンなどという組織が只の簒奪者なのではないかと思える様になった。それからだ。レギオンを脱退して、本当に救いが必要な人間を救うために尽力したのは。
それを止める人間もいた。その内の一人が目の前にいる男だが、それでも止める気にはなれなかった。なぜなら、レギオンにいたとしても、人が碌に救えないからだ。
「あのガキに何を吹きこんだ?」
「悩める若者を導くのが私たちの役目だよ」
白々しくヨシキが答える。彼がコウ・タカイチという少年に何かを吹きこんだことは明確だ。かと言って奴一人で何ができようか。
奴を倒したと言っても素人だ。そしてその別人格と思しき奴も、所詮はコウが生み出した幻覚だろう。そうトラフィスは高を括っている。
「まぁいいだろう。それにしてもよく俺の話に耳を向ける様になったな」
「そこまで言うなら一度見て見ようかと思ってな」
「ほぉ……。でどう思うよ?」
「そうだな、よく一人でここまでやったな思う所だ。しっかりしている。警備もよく鍛えられている。レギオンの若い衆を圧倒したというのは脅威と思ったな」
自分の隊を陥れておいて微笑をかます彼はそれだけ薄情なのか豪胆なのか。
顔からは窺う事が出来ないやり口だ。
「確かに強い。これならば独立してもやっていく事が出来るだろう。何より小さいがこのレギオン統制下に置ける新たな独立となるだろう。人もすぐに集まるはずだ。そうすれば予てから言っていた経済も回りだすだろう。しかし……私たちが許せばの話だが」
「それをお前に頼もうっていうんだよ」
「私一人が許可したとして、それは限りなくゼロに近いことだと」
「お前……今年最後に本部に移るらしいな」
トラフィスは口を挟んだ。
ヨシキは眼を瞑ったまま押し黙った。
「デュッセの支部を離れて、本部の役職の後釜になるんだってな。アルバロの事件に加担し脱走した奴らのな」
アルバロの事件に唆された加担者がいたとうことは報道で知れ渡っている。そしてその中には重役に就いている者もいた。事件発覚から脱走したレギオンの穴埋めは現在代理を立てている。
だがあくまで代理で、近いうちに正式な任命が行われることが決まっている。その一人にヨシキ・サトナカが入っている事をトラフィスは独自にリークしていた。
昔取った杵柄が今も健在で、レギオン内部の情報を集めることは、レギオンを脱退した今でも容易だった。
正しければ、レギオンでユース大陸の版図を管理する邦土局に移るはずだ。
渡りに船とはあったもので、計画の段階を上げるには絶好の機会だった。
ヨシキが邦土局に異動になれば、レギオン内部での発言力が上がる。さすれば権力に融通が利き、上層部の眼に映り易くなる。それほど邦土局というのはレギオンに於いて重鎮な役だ。
トラフィスの立てた計画は何よりもまず、レギオンを司っている連中、通称連邦部会にドロップタウンの有用性を力説せねればならないのだ。それに奴らの前では独立はしても不可侵という体で媚び諂わなければならない。
レギオンは各地の独立の声明を避けて国作りを強行したのだ。下手に主張を聞き入れてしまうと民衆の反感が再燃する。
ユース大陸のメイゼル以外皆、国を奪われた様なものなのだから、レギオンに対する敵視はその昔は強かった。
そしてそれもレギオンが強固に言論を許さぬ壁を作って無視するものだから、終いに民衆は仕方なしと諦めかけているのが現代だ。
やっと消沈がみられた頃に再燃しては堪ったものではないとさらに慎重になったレギオン。そこに付け入る隙が無かったのが今までだ。いっそ滅んでしまえばと幾度かは思ったがそれでは本末転倒、ああでも大陸を統括者なのだからいなくては困る。それにトラフィスは一つだけ確信していることがある。それは単純に長続きしないということだ。
ここまで民衆に歩み寄らないのだから、民衆が離れるのは必須。そうした体制をとっているレギオンの意図も知り様がないのでは、そのうちに崩壊するだろう。
だからこそ、ヨシキという内部での立ち回りをする人間が必要になり、こうした事態になった。
「確かに私は本部の穴埋めで……邦土局へ行くことになる。お前にとっては都合のいいことだったろう。何せ一番の顔見知りが自分の計画の要へ異動するのだから」
「止せよ、まるで俺が一匹狼みたいじゃねぇか」
「事実、そうであったろうに。お前はよく言っていた。権力と安泰を求めて入隊したわけじゃないと」
「それはそうだ。上のもんみたいに権力にまみれて入ったわけでも、安泰が欲しかったわけでもない。それが欲しいならこんな事はしてねえ」
「だろう。嫌気が差して自ら高給を捨て、保育所紛いの事を遂には始めたのだからな」
何処かの小僧も似たように保育所紛いと言っていた。
その実、自覚はあった。
一先ず最初に取りかかったのは、法の外に彷徨っている子供を匿うところからだった。
子供が一人で生きていくというのは凄まじい生命力と運が必要だ。辺りは人買いもいればチャイルドマレスターと呼ばれる特殊な性癖を持つ人間もいるのだ。もっと言えば特殊性癖を持った人間は大体が外で暮らしているといってもいい。快楽殺人を繰り返すサイコキラーや食人者も然りだ。
盗賊や犯罪者だけならば、捕って食ってしまう様な人間は思いのほか少ない。殺してしまうよりかは売ってしまうか、蛮行の肩担ぎをさせるなどの使い道があるからだ。そしてそれら以外は己の欲求のために殺害してしまう。
そんな者に捕まらないために、子供から保護し始めたのだ。
適当なゴーストタウンを見つけてはドロップタウンにし、住まわしていると保育所もどきになっていった。そこからさらに年齢層を上げていくことになり、自分の他にも頼れる人物が出来、今までよりも快適な生活が送られるようにもなった。
紛いだのなんだと言われても、常に最高の生活環境を目指し、それが必要だと年々強く思う様にもなった。
探せば探すほど見つかる孤児には大人が救ってやらねばならんのだ。
「始めて良かったと思っている。酸いも甘いもあった、けどそれはどこでも変わらないもんだと思った。意外やっていけるってな……」
「ここまで拡大させたことは素直に感服した。お前のような人員に抜けられたレギオンは憤慨するだろう。何せ今まで独裁を執ってきながら、その隅で独裁から免れている区域があるのだから」
レギオンは独裁体制を執っている、というのは言うまでもなく大陸全土を支配するという事はせず、あえて支配しない領域を設け、そこに人が流れる様にもしている。それが法律結界の外の事を指す。
なぜこのような領地の仕方をしているのかといえば、ヒエラルキーを作るためだった。その目的やそこまでに至った経緯は省くが、犯罪者転落者を野放し、外へ追い遣ることで平民と定義された民のレギオンによる拘束感を錯覚させるためだ。
「下には下がいる」という発想を植え付け、階層の上層にいるレギオンへの不満を和らげるため。そうすることで円滑な支配を実現しようとしたのだ。法の外の者は既に犯罪者というレッテルを、犯罪を犯しているいないに関わらず抱かれることになる。そして平民も法の外というだけで区別する。
そうした具合に支配を続けていたのに、そこへトラフィスらが指導する独立を訴えるような組織が出てきたのだ。
レギオンとしてはどうしても表に出したくないと思っているのだろう。ハーティミリー自体、結界の中の住民には全く知られていない。彼らが表ざたになった時、民衆への不満と欺瞞を抱かせるのを恐れているのだ。
「臆病すぎるのも困りもんだ。縮こまって動かないから、俺らに気づかないんだ」
「見向きもしていない、の間違いではないか?」
「なんだと?」
トラフィスは声色を変えて返した。少々聞き捨てならない言葉だ。
「その実レギオンが貴様らに見向きもしていないとしたら……どうする」
「バカを言え。アイツらは俺らの様な存在を生かしておかないはずだ」
刃向かう者を徹底的に根絶やしにし、反乱分子の存在を結界の住人には悟られまいとする。それが奴らの常套手段の筈だ。
今までいくらの集団が無情に消されたことか。
「貴様が変えようとしているように、レギオンも変ろうとしているのだよ」
「何……?」
ヨシキは言い放った。レギオンに新たなる動きがあることを……。
トラフィスは絶句する。
「更に盤石な組織として徹底した統制でレギオンは今変ろうとしている。そうだな……丁度アルバロがいなくなり、内部の派閥バランスが崩れたからか。お前が知り得ないほど今のレギオンは深い」
「だったら何だ!? 奴らはまだまだここにいるような子を作るつもりか!?」
「そうだ……。そもそもな話が大陸を統治してそれで終わりのわけあるまい……。その先は他大陸を相手するつもりなのだから」
「他大陸だと……?」
このユース大陸。現在の体制として、諸大陸との国交を絶っているところだ。これも歴史から約三百年も前からになる。
もはや他大陸に何があるのかを知っている人間はいない。
それ程に馴染みがないのだ。トラフィスですら知らない。
「だから……レギオンは構っている暇は無いのだよ。ハーティミリーに」
まさかの展開にトラフィスは頭を抱えた。
ここへきてレギオンが完全に取り合わないだと……?
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