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ⅡLive ≪セカンドライブ≫  作者: 工藤 遊河
二章 ハーティミリー
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力の証明

 朝食を食べ終え、トラフィスの言われたとおりに子供の相手をすべく晄は小屋を出た。若干気が乗らないがやることもない。

 外へ出ると恐ろしいほど静かだった。何処にいるんだと見回すと少し広い空間に複数の人影がいた。

 少し距離があるがのんびり歩いて向かう。

 レギオンデュッセ支部局長ヨシキ・サトナカの事を思い返す。

 彼の話はトラフィスの投じた一石により、その真意を聞くことは出来なかったが何かを晄に伝えようとしていたことは確かだ。

 子供を人質に捕れなどと言う例え話。普通ならば嫌悪が湧く話だ。それを思われてまで彼は自分に伝えたいことがあった、そう思える。

 ヨシキは晄に反撃するということを知ったほうがいいと言った。子供を人質に捕ってまでそうするべきだ。そうとも取れる。

 あの話の中、晄は焦りという感情に辿り着いた。確かに焦りがあってこそ為せ、トラフィスの思惑を崩すことができるのだろう。晄が只の少年である手前、トラフィスの手の平で踊ることになる。だからこそ、掻き乱すことが必要だとヨシキは言いたかったのか。

 どちらにせよ見も知らなかった人間の言う事を実践するほど晄も真人間ではないし、そんなことは極力避けたいと思っている。平和の中に刃を持ってうろつくようなことはしたくない。

 そう考えるには丁度だったのか、子供の姿もよく見える様になった。元気に遊んでいる子供の顔はハーティミリーの現状をしらないから出来る笑顔のように思える。それが一番なのかもしれない。

 何気なし歩いていると青いボールが転がってきた。年季の入ったドッヂボール球を取り、投げ返す。

 それは放物線を描いて、一人の男性の手元に吸い込まれた。

 その男はボールを受け、子供へ向かって転がすと晄へ振り返って言ってきた。


「アンタがどんな奴かは興味ねぇけど……勝手なことはするなよ」

 

 一瞬詰まった。

 子供を人質にし、反抗することを考えた矢先にこの言葉だ。見透かされている様な気がして立ち止まる。

 男は晄と同い年ほどかレイスルと似たような格好で、頭に巻いたベルトの隙間から見える茶髪がチャームポイントの背の低い少年だった。

 ボサボサの前髪の奥から敵意のある眼が晄を刺す。


「そんなつもりはないってだけ言っておく」

「只でさえ面倒なんだ。本当にするな」


 この町で一番自分に対して勘ぐっているのは彼だろうと晄は直感的に思った。他にも同年代がいたがこの彼だけがこの態度だ。


「ケイちゃーん、コッチ来てよ!」


 遠くから女の子が此方へ向かって手を振っていた。ケイというのは彼の事だろう。


「分かった! 今行く」


 ケイは先程までの表情を解き返事をした。子供の集団へ向かって走り出す。ところがいきなり止まっては振り返って言ってきた。


「何もしないんだったら、一緒に相手してくれ」


 そう言うと身を翻して走って行った。

 一先ず考えることはやめよう。今現状一人で出来ることは限られている。

 今から考えや倫理を変えろなどと言われても変えられまい。そう思って晄は彼らに向かって駆けだした。


☆☆☆


 こうして見るとドロップタウンにいる子供たちは年齢層に幅がある。

 下は四、五歳に上は十四、十五歳と。

 特に十歳以上の子供たちは精神面でよく驚かされる。

 住んでいるところが所だけに年上は必然に年下の世話をする過程でよく発達するのかもしれない。

 晄とて現在は十七歳でこの中では恐らく、一番年上のはずだがケイやその周りの子供に引け目を感じることがある。

 まずはよく面倒を見ている所だ。

 やんちゃ盛りの子供に根気よく付き合い、遊んでやっている。晄がケイくらいの、推定十四、十五歳の頃だと確実に辟易していただろう。子供の世話なんて。

 事実今でも若干億劫になっているがそれを顔に出すわけにもいかず、作り笑いで一緒くたになっている。

 次に役割分担をして、各々の責任感が違う所だ。

 一緒に遊んでいると時折町の外から果物やら川魚やらを運んでいる姿を見る。恐らく食糧の調達なのだろう。晄はドロップタウンの生計をさっぱり分かっていないがやはり切詰める必要があるのだろう。何事にも資金は必要だろうし、彼らの装備もタダではない。時として命を守るものなのだから。

 さらにそこから一旦小屋に戻った時、他の小屋で勉強を教えている者もいた。

 昨日のトラフィスとの会話で教養がどうとか言っていたがしっかりしていると感嘆した。

 まるで自分が何も知らない世間知らずのような気がしたのだ。転生してまだ三カ月かそこらなのだから世間知らずと言えばそうなのだが、自分と彼らとの修養の差を感じた。

 これは普段晄がどれだけ他人に頼って暮らしてきたか良く分かる、一種の対比のように思う。

 惨めだとか情けないだとかは受けないが、素直に感心した上で憧れのようなものが生まれた。


(自立って……こういうのを言うんだろうな)


 晄は優奈に面倒を見られている事を快く思っていない。幼馴染だけに世話を掛けられるとどうにも耐え難い情けなさがこみ上げてくるのだ。

 どうしても自分と彼女を比べてしまい、劣等感に陥ってしまいがちだった。

 今も彼女に自分の所為で要らぬ苦労を強いているのではないだろうか?

 彼女は今どうしているのだろうか……? ふとそんな事を思った。

 最後に見た彼女は悲痛の色をしていた。あれからどうしたのだろうか。

 茫然と立ち尽くしていると足にボールが当たった。


「……?」

「おい、それ」


 ケイがボールを渡せと手を挙げていた。

 晄はそれを拾い上げ、投げ返す。ケイはそれを片手で受け取り子供たちの方へ投げた。

 単純にボールを取りあっているだけの遊び。一々気に留めることでもないが今の晄は彼らの面倒を見なくてはならないのだ。

 こういう事はデザイアが得意そうだが、それも晄はあまり当てにはしたくない。

 

(独りよがり……我が儘とか言うのかな、これって)


 よく人は一人で生きていくことはできない、大多数の人間の支えによって生きることが出来るという思想を聞く。

 大同小異の言い回しがある思想だが、今となっては考えさせられる。

 ケイたちハーティミリーの仲間はこれをよく体現しているように思う。

 子供は勿論一人で出来ることなどたかが知れている、しかしそこへ大人が加わることによって成長という形で出来ることを増やし、生きていく。

 反対に大人は子供たちを守る、導くなどの責任を負って生きる。持ちつ持たれずの関係が機能して生きていくことできている。

 しかし晄は自立して、優奈に迷惑を掛けたくないと思っていた。

 確かに迷惑を掛けない事は大事だ。だが支えてもらっている以上、掛けることは必至なのだ。それはハーティミリーでも変わらないはず。

 それを個人の感性で否定することが我が儘ではないかと晄は思った。それこそ本当に晄が、優奈を支えもせず迷惑だけを掛ける最低な人格者ではないかと。

 ここにいる人たちの方が対人関係というものを知っている。ケイという少年もああやって子供たちと戯れている。

 やはり自分だけが何処か隔離されているような疎外感がある。

 優奈からもハーティミリーからも。


(ああッ、クソ。なんでこう……馴染めない!?)


 晄はもどかしさに苛まれた。

 この原因は分かっている。やはりどう足掻いても手に入れられない「強さ」が晄の想いを理想にしてしまっているからだ。

 迷惑を掛けないことにしろ優奈を支えるにしろ、まず強くならなければならない。腕も心も。

 この弱さがまだ自分を「前世の晄」たらしめ、対人関係に置いて一歩引いたところ……否、隔離されたところで生きているのだ。

 この強さ……晄は度々思い詰めては悩んでいる。


『そこまで悩むかね……。客観的に自分を見れんか?』


 デザイアが突然割り入ってきた。今日のこの時間までひっそりとしていた彼だがこれはいつも通りで、酷い時は二日声を聞かないこともある。


(なんだよ……悪いかよ)

『いや別に。ただそこまで思い詰めるかと思ってな』

(どういう事だよ?)

『そりゃ阿保みたいに苦悩してもお前が自分自身を全く評価してないから一生解決できないって言うんだよ』

(何処をどう評価しろっていうんだよ……。お前みたいに剣や腕っ節が良いわけじゃない)

『当たり前だろ。幾月しか鍛練してないようなのに劣るか』


 相変わらずこの先人くさい言い回しが、未だにデザイアの心中を理解できない。

 そもそもなところ、それが分かれば苦悩はしないというものだ。


『だからな……、自分の今の立ち回りを考えてみろ。何もずっと姉ちゃんの後ろに隠れてるわけじゃないだろ?』


 デザイアは続けて言った。


『今の今まで自分で戦った事が無いわけじゃない。ただその局面どれもがいよいよお前一人になって、隠れることが出来なくなったからだ。違うか?』


 言う通り今まで戦ったことが無いわけではない。

 アルバロが企てた娘アイク・シャンド蘇生計画の副産物、通称黒騎士と二回。そしてアルバロ・シャンド本人で一回。

 合計三回だがその全てにおいて自分はどういう状況だったのだろうか。隠れることが出来なくなったとは一体……。


『まずは最初、教会の時だな。あの時は姉ちゃんがダウンしてお前が一人になったからだ。いよいよ切羽詰まったから戦った』

(その時から見てたのか……)

『今はいいんだよ、その話。で次がイルミニアの竹林で。アレが三体いたから数合わせで丁度だった。その時もお前は剣を抜けた』

(自分で倒したわけじゃないけど)

『そうだけどな。さらに次、アルバロだ。あの時もまた姉ちゃんが気絶して、眼鏡が負傷。そしたらお前の頭ん中が吹っ切れて俺の話も碌に聞かず飛びだした。無謀っちゃあ無謀だが結果はオーライだ』


 戦っている時は夢中だったと思う。当たりの事を気にせず、ターゲットを見ていたのだから。

 戦いが終わった後はいつも虚無感で満たされた。何か大きなことをやってのけたはずなのにそれ以上のものは得られなかったことへの虚無。

 特にアルバロとの戦いの後は、魔法が開花してやっと世界の一部になれたような気がしただけで勝利の余韻は無かった。勝てたのは自分の力では無くて、魔法を無力化する剣とコート。それに優奈から拝借したウェポンがあったからだ。

 教会で会った騎士と戦った時に使った剣もデザイアが晄に取り憑いた時に、晄の魔力で精製した剣にすぎない。デザイアが取り憑いていなければ丸腰だったのだ。

 晄は戦闘の全部が全部誰かの恩恵のお陰で勝てたと思っていた。

 

『普通なら誇ってもいいことだ。なのにお前は自分の力じゃないって言う』

(だってそうだろ、周りの奴は……優奈とかだって自分の力で戦ってたんだ)

『その姉ちゃんでも、刀は自分のモンじゃないし、剣術や体術も人から教えてもらったもんだ。どいつもこいつも生まれながらの才覚だけで強いんじゃない。誰かから与えられたプラスアルファがあって戦えんだ。なぁ、コウよ……お前の言っている「自分の力」っていうのが自分が生まれながらに持ち、自分で培った技術だけがそれを言うんだったら間違ってるな。そんな人間何処にもいやしない』


 デザイアはバッサリと切り捨てた。

 確かに晄の言う「自分の力」というのは自分が生まれながらに持った力、才能とそれを自分で昇華した力、技倆で戦うことだ。

 それに優奈の使う小太刀や拳銃、体術、魔法は誰かから教わったものだろうが、そもそも晄の持つ剣とコートは性能が破格すぎるのだ。この世界の人間、生きとし生ける生物が持つ魔法なる機能を無効化という形でアドバンテージにすることが脅威になるのだ。そのお陰でアルバロのような純粋な魔術師、魔法師を圧倒できる。

 そんなものを纏って戦ったところで自分の力と言えるわけがない。

 晄が欲する力というのは実力の事なのだ。

 

『けどそれでも気持ちは違うだろ』

(……気持ち?)

『そう。お前が戦おうとした心意気。武器や腕前以前に心持がなけりゃダメなんだ。戦うって言う心がな』


 それは自分が常に抱いている強くなりたい、力が欲しいという欲求のことなのか。


『何より向上心が無いと何も出来ない。でもお前は違う。戦いと思って、それでいて肩が並ばないから戦わない。けどお前は孤立無援になった時、しっかりと戦えた人間だ。一人でやるより複数の中で一歩踏み出すことの方が度胸がいるかもしれんが、気持ちが無いと尚更出来ないからな』


 何処か諭す様に言うデザイアの言葉が響く。

 思いのほか自分の事を考えてくれているのがデザイアだった。


『ホラ、さっさとガキと遊んでやれ。こういうことでも自分から一歩歩み寄るんだよ』

(え!? あ、ああ……)


 デザイアはそう言う。

 確かに何処か立ち竦んで、誰かが助けてくれるのを待っていたのかもしれない。自分が全くの素人で無知だということを盾にして、自分から動こうとしなかったのかもしれない。とにかく今まで自分から何か行動を起こす時は我が身に危機が迫った時くらいで、それまでは優奈やデザイアの陰に隠れていたのだ。

 それでいて晄は自分に力が無いと思っていた。しかし違うのだ。デザイアは決して力が無いとは言わなかった。彼は知っていて晄に諭したのだ。

 ずっと力が無いと卑下していた晄を見兼ねて……。

 ヨシキ・サトナカも似たような事を言っていたと思いだす。恐らく彼が言いたかったのは「自ら一歩踏み出す」という事なのだろう。

 晄はデザイアとヨシキ、二人の慧眼に驚きを感じながら子供たちの輪の中へ向かった。


(そうか……そうしないとダメなんだな)


 待ちぼうけしているより自分から行く。言い換えればチャレンジしてみろと言う事。

 勿論恐怖や焦燥もある。しかし立ち向かわねば精進できず、晄が渇望している力を得ることはできない。

 戦わされるより戦う事。

 それが何より必要なことと晄は心に刻んだ。

 

 




 

 

 

読んでいただきありがとうございます。

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