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ⅡLive ≪セカンドライブ≫  作者: 工藤 遊河
二章 ハーティミリー
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曇天の滝

 曇天の下、唯一の目的地を目指して、荒地をひた進む優奈は細心の注意と警戒をしていた。とっくに法の外にいる今、いつ何時襲われるか分からない。

 一度襲われれば晄を迎えにいくこともレイスルと再会することも困難になってしまう。

 優奈はレイスルを見つけることを第一の目標としている。発見する前に負傷は避けたい。しかしそのレイスルに会ってからだが、どうなるのか分からない。彼女の目的次第でお互いの関係が穏便に解消するのか一戦交えることになるのか。

 けれどもレイスルの優奈への口調は明らかに敵視したものだった。穏便になどありえないと見る。それならば何故自分がレイスルの眼の仇にされているのだろうか。

 過去に交流を持ったのは半日限り。その中でレイスルの気に障るようなことをした覚えはない。それでもって何故この時なのか?

 ハーティミリーの目的はレギオンの局長を攫い、自治権の主張をレギオンに進言するためだ。彼らは彼らで奔走することがあるだろうに、レイスルだけが要らぬ厄介を起こすというのは集団の支障になるのではないかと思う。ましてや優奈一人殺したとしても得られるものは何もない。現段階ではレイスルの方が戦闘力が圧倒的なのだから。あるとすれば攫った晄を仕留めて、「レギオンのアルバロを倒した男を倒した」という名声が得られるかどうかだ。とても重要なことのようには思えない。優奈など何の障害にもならないとはいえ、敵を作ることは好ましくないだろうに……。


(いくら考えても……道理が……)


 行き詰ってしまうのは仕方ないだろうと思う。レイスルの恨みを買ったことなど覚えがないのだから。

 この荒野を進み度に当時のことが蘇るが、それでも蘇るだけでレイスルへ魔が差すようなことを思い出したりと言う事は無い。

 レイスルが課題のターゲットを探しては誘導して、優奈がそれを仕留める。

 お互いたまに笑って、森の木の実を齧った。

 穏やかとは法律結界の外では言えないが、楽しい時間だった。

 昨日改めて思ったように、優奈には気の休まる時だったのだ。

 お互い心の底から笑っていたと思うし、そこに嫌気は無かったはず。しかしそう決め込むのは思い込みだと昨日センジに指摘された。だからどんな理由があるか分からないが、レイスルがあのような行為をしたのだから何かしらの理由があると考えた方がいいのかもしれない。

 どうしても人間の良心を信じたくなる優奈にとって常に疑いを掛け続けるというのは些かストレスの溜まる事だが、それもいい加減改めなくてはならない。

 今回の事で身に沁みて解った。まだ自分は未熟すぎる。

 だからレイスルが刃向かってくるならば優奈もそれに応じる。過去の事を捨てて、全力で。

 そうしなければ自分を鍛えてくれた人達に申し訳ない上、晄に示しがつかない。自分への新たなる境地として立ち向かうべく……。


(変えなきゃ……ね?)


 自分に言い聞かせる様に心で呟くと、優奈は荒地を進んだ。

 その荒地だが少しすれば小さな雑木林へと景色を移した。レイスルに手伝ってもらったところと言うのは雑木林の中を流れている小川付近だ。あの時レイスルから話し掛けられたが、今度は自分から見つけ出したい。

 雑木林の中ほどまで優奈は移動した。さらに当時の事が蘇る。

 あの時のターゲットは、晄が新品装備の試し切りと言って勝手に結界外に出て倒した狼。数は五匹。

 無法地帯ではよくお目にかかる肉食動物だが、どうしても結界の外へ出ることへの踏切がつかずデュッセの街中で途方に暮れているところをレイスルに声を掛けられたのだ。

 そこからは彼女が手を引き、一緒に探してもらったのだ。その時狩場に使っていたのは小川付近だった。

 雑木林は一応流通の参道となっているので手入れはされている。そこから脇へ逸れれば小川に着く。

 優奈は当時と同じように道から外れると、次第に水の流れる音が聞こえてきた。その方へ向かうと当然、小川へ出た。清澄な水が流れては川魚が時折跳ねていた。


(いない……わね?)


 場所はここだ。辺りを見回し、不用意だが探知の魔法を使ってみるが、それらしい当たりは無い。

 探知の魔法は対象の魔力管を刺激しない性質の魔力を使ってソナーのような索敵ができる。自分を中心として魔力の波を飛ばし反射してきた波から索敵するものだが、その反応も特に違和感があるわけでもなかった。

 優奈は次に川の上流を目指した。今の魔法でもし仮に別の者に勘付かれたかもしれないため、早急に現在地から離れる。

 小川沿いに上がっていくと、次第に川幅が大きくなって流れが強くなっていく。

 この流れの中に入ると直ぐに足を持っていかれてしまうだろう。もしこの辺で戦うことになれば気を付けなければ逆手に取られるかもしれない。

 ここで後方を振り返り、追手がいないことを確認する。そこからまだ上がっていくと遂に滝つぼにまで来てしまった。

 この先からは崖で登るには少し苦労する高さだ。崖から落ちる水は落下中に飛沫となり、霧となって滝周辺を潤していた。滝壺もそれなりに深い。水が豪快な音を立てて壺へ落ちる様を見て優奈少し、気を抜いた。

 耳に障らない音とリズム、ミストが肌を冷やしてくれている。

 魅了されるように、滝を見上げていると不意に声が耳に入った。


「やっぱり……此処に来ると思って出張って良かった」


 優奈のいる川岸の対岸から、彼女(レイスル)が現れた。


「レイスル……」

「その気……なった?」


 煽る様にレイスルは言うと、予め手に持っていた曲刀(シャムシール)をチラつかせる。戦いを望んでいる……。

 当然、優奈はそれに応じると決めていた。しかし一つ訊いておかなければならない事がある。


「どうしてあんなことをしたの!? 何がしたいのよ! アンタはッ」


 予てから気になっていた彼女の目的だ。これがハーティミリー全体の目的ではないと言う事は分かっている。彼女だけの理由があるはずなのだ。知らぬまま応じてやるほど優奈も無頓着ではない。


「そう……思い当たらない。それもそうか、知ってるわけないよね」


 レイスルは意味深長に喋る。 演技がかった尊い表情で続けた。


「私の目的はね……仇打ちよ」

「仇打ち……?」


 仇打ち、それは身内、仲間が殺された者が報復として相手に仕返すことだ。

 そう言われたということは、優奈はレイスルの仇として見られていることだ。しかし優奈には彼女にそう見られる謂れがないのだ。彼女との接触は今日を含めてまだ三回だ。その中でそう思われることなどあったか?


「今から三年前。私と優奈が会う一年も前の事よ……。私たちハーティミリーの仲間の一人が帰る道すがら野党どもを見つけた。彼は無視しても良かったはずなんだけど……。その野党の中に一人、女の子がいた」


女の子……。そう言われた時、優奈は強張った。


「ちょ、ちょっと待って」

「まぁ聞きなさいって。その女の子は今にも取って殺されそうな状態だった。小さな刀をもって、自分の周りの賊に怯えていた」

「…………」


 この話は……この事は……。


「それを見た彼はどうしても放っておけなかった。そういう性分だったからね。そして仕方なし彼」

「やめなさいッ!」


 優奈は悲痛の声でレイスルの口上を遮った。

 しかし彼女は無視して続けた。


「彼は女の子を囲っていた賊を一人後ろから刺した。そしてそれを皮切りに標的は彼になってしまった」

「やめなさいってッ!」

「フフフ。彼は剣林弾雨の中、ひたすら刃を振るって戦っていた。その女の子を守るために」


 もはや止めるつもりはないらしい。よもやあの惨劇がレイスルと繋がっていたなんて……。


「でも女の子はーとても錯乱していたみたいで……。事もあろうに自分を助けてくれた人を」

「刺した……。持っていた刀で背を刺して」


 レイスルの言葉を優奈が遮り、話の結末を呟いた。それはもう、口にするのが辛い話だった。

 レイスルが語りだしたこの話。彼女はどうやって知ったのか知る由もないが、話に出てきた「彼」は彼女と縁があったのだろう。だから持ち出したのだ。そしてこの瞬間優奈は確信した。レイスルが自分の前に刃を向けて現れた訳を……。


「さすがに覚えてるよね。知らないとか言い出したらどうしようかと思っていた」


 曲刀を器用に回し遊ばせるレイスル。

 恐らくずっと探していたのだろう。あの時、私が窮地のあまり刺し殺してしまった彼の仇として。

 三年前。レイスルと出会う前、優奈が転生してからそろそろ一年といったところ。

 センジに拾ってもらい、そこからひたすら鍛練の日々。時に血を流し、気を失うこともあった。それほど必死になって過ごしていたある日、その糸が切れたことがあった。それはセンジに遠回しに「お前には向いてない」と言われたことだ。

 その日まで懸命にセンジやジュリの鍛練を受けて、強くなろうとしていたのに突然お前には才能がないと切られたのだ。それが当時の優奈には堪らなかった。

 今思えば反抗期か思春期かの心の揺れだったのだろう。自分でも薄々感じてはいた。でも自分にはそんなことはないと、やればできると自分を過大評価して強くあろうとした。それ故にいざ現実を突き付けられるとどうしても耐え難い悔しさと焦燥が一気に胸中を満たし、癇癪を起して家を飛び出て更に街からも出た。

 自分の自尊心を保つため、センジに認めてもらいたい承認欲求が優奈を突き動かしたのだ。

 法のない外の事は散々聞かされていた。だからこそそこで生きて帰って来れると証明したかった。

 ところが一度外に出て、森林をうろついてみれば、何もかもが恐怖の温床に映った。

 光の入りづらい木々が心を写し、梢のざわめきが嘲笑の様に感じられた。だんだんと自分はとんでもない所へ入ったと自覚し始め、踵を返そうとした矢先のレイスルの話だ。

 待ち構えていた五、六人の盗賊に囲まれパニックになった。その時持っていた小刀だけは構え、顔に恐怖を映して。二度目の死を覚悟した。

 二度目は最悪な死に様だと発狂して飛びかかろうとした時、一人の男が順繰りに賊を斬っていった。そこで優奈は落ち着きを取り戻せば、このような事態にはならなかっただろう。しかし優奈は錯乱した状態で初めて見る殺劇と血飛沫で更なるパニックの坩堝に陥った。

 そして背を向けていた男を小刀で刺し……初めて人を殺した。

 そこからはよく覚えていない。気がつけばジュリに担がれてデュッセに戻っていた。どうなっていたかと言えば、泣き崩れてへたり込んでいたらしい。

 この記憶、恐らく自分は忘れようとしていたのだ。自分が人を殺したということが信じられないために。本当に自尊心を保つために。

 だからよく客観視出来ていなかったのだ。レイスルが仇打ちと口走った時に思い至らなかった自分がいた。やっと今全て、鮮明に思い出した。まさか忘れようとしていたとは……。


「何とか言いなさいよ。アンタに黙秘なんて認めないから」

「……そうよ、私が殺ったのよ」

「じゃあ認めるのね、殺したってハッキリ」

「そうよ! 私が殺したのよッ」


 優奈の横を衝撃が抜けた。水面を裂き、飛んできた衝撃波は優奈の背後にある木の表面を抉った。


「何、開き直ってんの?」


 曲刀を振り上げたレイスルが語気を強めて言った。


「堂々と身内の前で殺したなんて威勢よく言えたね! それにまだあの時は死んでなかった! 勝手に殺すなッ」

「ッ!」

「結局は息を引き取ったけどね、アンタの様子は彼から訊いた。絶句した!」


 だから私だと判ったのか……。

 優奈は未だに腑に落ちていなかったレイスルが優奈を探し当てた方法。

 確かにあの時刺した男性が無くなっていれば、目撃者など皆亡くなっているのだから優奈の容姿を知る術がない。しかし彼が辛うじて生き、それをレイスルらに悟ったならば優奈の輪郭だけは浮かぶと結論付ける。

 そしてこの場で優奈は認めた。彼を刺し、殺したと。


「その態度も気に入らない。まるで開き直って何でも請け負うつもりでいるところが!」

「そんなはずないじゃない……ッ」

「見えるの、そんな風にアンタは!」


 彼女の顔は憤怒に満ちていた。片頬を吊り上げ、自分を見る眼は血走っていた。

 そしてレイスルは水面を跳ねて、優奈に斬りかかった。

 脅威の加速力を持って突進してきたレイスルの斬撃を優奈は紙一重で躱す。しかし、レイスルは続けて斬り返してきた。またもそれを下がって躱す。だがまだ続き、今度は脚が優奈の顔目掛けて飛んできた。

 斬撃と蹴撃の乱舞が幾重にもなって優奈を襲う。

 手に何も持っていない今、躱すことしかできないため見極めて躱す。

 下がりながら左、右へ身を捩って当たるまいと避ける。しかしどれも紙一重でいずれは命中することを予想させる立ち回りだった。そして案の定ついに間に合わなくなり、左腕で蹴りを防いだ。


「ツッ!」


 魔法を張らず生で防いだことを後悔する重さの蹴りだった。左腕はレイスルの脚に撥ねられ、その一瞬の隙にレイスルは左手で乱打を浴びせてきた。

 瞬きの事。

 あろうにそれを全て喰らってしまう。


「カッ……ハ……ッ」


 一瞬のように繰り出された乱打に優奈は息を詰まらせた。


(何なの……? 桁違いじゃない……!?)


 そう思った。

 だがそう思っている間に新たな一撃が右わき腹を襲った。


「やぁァッ!!」


 威勢のある声と共にレイスルの右足が優奈を蹴り飛ばした。

 跳ね飛ばされ地べたを転げる。


「ゲホッ……!」


 蹴られた脇腹を押え、溜まっていた肺の空気を咳で飛ばす。少しばかり呼吸が苦しいのは水月に効いたからか。


「やっぱり、ね。そうやって私の気が済むまでやり過ごそうって(てい)でしょ? 別にいいよ、ずっとサンドバッグでも……。でもアンタはそんな女じゃない様な気がする」


 当たり前だ。一方的にやられているように見せているのでは無く、レイスルがそう思い込んでいるだけ。しかし優奈は防戦一方だ。

 レイスルは強い。そのことは街でレギオンを複数相手していることから察する事が出来る。だが此処まで「力」の差があるとは思っていなかった。魔法の強化もなく、体術のみで繰り出される重撃は予見できなかった。

 レイスルの蹴りを防いだ左腕は今も痺れている。次に繰り出された乱打の跡も鈍痛として残り、脇腹への蹴撃は水月まで伝わっている。

 体格はさして優奈と変わらない。なのにこの力……。それを可能にしているのはやはり体術か


「当たり前……。一方的にやられて終われるのは嫌……」


 強がってヨロヨロと立ち上がる。無様な立ち姿だろう。脇腹を押えながら言う事ではない。だが優奈は覚悟を決めた。彼女の思い通りにはならないと。そして優奈は小太刀を右手に復元する。

 青白い粒子が輪郭を作り、小太刀を形作って黒を着けた。

 漆黒の刀身、樋に鮮やかな赤い装飾が成された優奈の愛刀。


「へぇ……話しに聴いていた物とは違うけど……」

「あれは……捨てたわ」


 レイスルが言っているのは、彼女の話に出てきた彼を刺した小刀の事だろう。

 だがあれは捨てたのでなく、処分してもらったのだ。自分の弱さが染みついてしまったから。


「ますます腹が立つ……」


 レイスルは曲刀を構えなおした。彼女の戦い方はある程度把握できた。次は押されるわけにいかない。

 しなやかな体と素早さを活かした力の乗る体術に、曲刀のテクニカルさを混ぜた戦い方、ドロップタウン出身に多いスタイルだ。

 それに応えるのはセンジから習得した体術に、ジュリナリスから教授された剣術。そしてミスティルから教わった魔法。そして奥の手は拳銃。卑怯と言われようと、これも立派な優奈の力であり技だ。

 攻め手は此方が多い。これで負けては自分のスキルを育ててくれた人に顔合わせが出来なくなる。


「一筋じゃいかない……ッ」

「そうこなくっちゃ……?」


 曇天の下、優奈とレイスルは互いの意思と力を滾らせる。

 冷涼な風は何処へやら。額から汗が流れる。それこそが緊張……。


「ユウナッ!!」

「レイスルッ!!」


 二人の怒声が森林を(つんざ)く雷鳴になる。


 



読んでいただきありがとうございます。

誤字脱字などがありましたら報告ください。

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