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ⅡLive ≪セカンドライブ≫  作者: 工藤 遊河
二章 ハーティミリー
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危機感のない者

 決して広くはない部屋で子供数人と同じく睡眠を取った晄が起きた時には、自分以外部屋に誰もいなかった。

 夏季だからといい、寝苦しかったわけでもなく、開け放たれた窓からは少し冷たいくらいの風が入ってくるから快適だった。しかし時間としては晄がこの世界に転生してから身に付いた生活サイクルより少し遅い様な気がした。昨日のハーティミリーリーダーであるトラフィスの長話の所為かと思って、相変わらず没収すらされなかった腕時計で時間を確認する。八時前……。

 少しどころではなかった。大いにずれていた。いつもならば七時前に起されるわけだが、それが無いと未だに自分で起きることが出来ないようだ。

 晄は重たい体を引いて一階へ下りる。やけに静かな掘立小屋の大部屋に足を運ぶと、見慣れない中年男性が一人椅子に座っていた。

 しかしその男性が着ている服は紛れもなくレギオンの白い制服だった。


「レギオン……」


 晄は思わず呟くと男性が此方に気付いた。「君は……?」

 レギオンの男性は晄に怪訝な目を向けてきたが、何かを思い出したように言った。


「アルバロ科学長の……」


 どうしたものかと晄は戸惑っていると、男性の方から「座ったらどうかね」と促された。


「はぁ……」


 生返事をして対面するように晄は座った。改めて見ると、トラフィスとは対称的な人物だ。

 短く切り揃えた黒髪に、思慮の深そうな細い眼をもった顔立ち。年相応と見える顔の皺。局長と言われる様な人物から晄が想像していた人物像とは大きく異なっていた。

 レギオンという機関を考えると武人のような人物かと思っていたが、知識人のような人相だった。


「いろいろと話は聞いているよ。言っては何だがとてもアルバロを倒したとは思えない」


 いつも通りの反応だ。この人は口で言ったが、会った人皆そうは見えないと晄へ対して思うだろう。


「君も私と同じように攫われてきた口か。フフッ、情けないと思わんか」

「多少なりとは……」

「そう思うか……高一晄君」

「なっ!?」


 思わず席から立ち上がってしまった。自分の名前を日本式で読まれた事に、寝ぼけていた頭が一気に覚めた。


「そこまで驚くことは無いだろう。もはやこの呼び方は此処では意味を成さないのだから。座りなさい」


 晄はすごすごと座った。言われてみれば、この世界で「高一晄」という名は意味を持たない。持つのは「コウ・タカイチ」だ。

 彼が晄をそう呼んだということは、この人物も元日本人であり異世界人であるという事。

 まさかこのようなアプローチを掛けてくるとは予想できず、驚いてしまった。


「私はヨシキ・サトナカという、元日本人だ。もうこの世界に住んでいる時間の方が長いがね」

「そうなんですか?」

「ああ、君と同じくらいの歳にここへ来た。夢のあることだが、そうではなかった。君もそう思っているだろう?」


 思いのほか饒舌な人だ。

 夢のあること。確かに転生前は金髪天使から優奈の事を訊いていたのでので少しの希望を持って転生した。ところが転生して数分で再会した優奈は様変わりしていた。自分の知っていた人との差異に戸惑ったり文化の違いに困惑したり、挙句の果てに襲われる。

 夢物語のような転生という体験をしたが、その実苦労しかなかった。

 剣と銃を持って闘うという血生臭い体験も味わった。それからはずっとこの世界に馴染むように、馴染むように努めている。闘おうとしたのもこの世界の一部になろうとしたからだ。

 闘った回数もたかが三度。

 転生初日の黒騎士、イルミニアでの黒騎士、そして大陸五指の魔法師アルバロ・シャンド。

 その内生身を斬ったのはアルバロが最初だ。傷は浅いものだった上、怒気に駆られて刃向かったので今一つ覚えていない。しかしその結果、晄をこの世界の人間たらしめる事になった。


「君のようにわずかな時間でアルバロ・シャンド科学長を撃退したというのは、私からすると……いや、皆が驚くべきことだ」

「そんなことないです。勝てたのは運が良かっただけで、その相手が悪かったんです。いつまで経っても実感なんて湧くわけないですよ。気が付いたらそんな風に思われるようになって……重たいだけで」

「かもしれんな。この世界で自分が傷つけた人間が彼では世の中そう思われてしまうよ」


 この自分にいつまで経っても背負えそうにない世間の期待と非望は晄を悩ませた。

 あの事件以来、晄へ寄せられる依頼が入るようになったが、全て優奈に処理してもらっている。

 そもそも晄がアルバロを倒したというニュースだけが取り上げられ、晄がデュッセに住んでいるという情報は殆んど報道されていない。しかしそれはデュッセ以外の話でデュッセ内では既に居場所が割れている。

 アルバロを倒したという手前、依頼の内容も難度が高いものが殆んどだ。勿論晄にそれが出来るわけがなく、全て優奈の負担と事情を知る一部の人間の助けによって捌かれている。

 晄もやっと配達などの雑用として依頼をこなせるようになっただけで、世間から寄せられている期待に応えられないでいる。


「私は比較的、順調な始まりだったよ。拾ってもらったところが良かった。力を付ける時間も学ぶ時間もあった。しかし君は、そういうわけにはいかないようだ」


 言われたように、自分が本当に強くなっているのか疑わしい。

 毎日鍛練をしているが強くなった実感など魔法がやっと使えるようになったくらいだ。それこそ一朝一夕で身に着くものではないが想像以上に薄い。

 自分が最後に剣を振ったのは一か月も前になる。一番最近の実戦と言えば昨日のレイスルという女性が襲ってきた時か。優奈に闘いなさいと言われたが全く動けなかった。


「仕方ないと思います。順序良く事が進むのならば……死んだりはしないはずです」


 少し垢抜けたことを言ってみる。それは自分を襲う災難への諦めではなく、ヨシキの言ったことに対する皮肉交じりの言葉だった。


「面白い、それもそうか。死んだりするはずないな。だがこれからずっとそうかもしれないぞ、タカイチ君の先は」

「そうかもというのは……どういうことでしょうか?」

「君は仕方ないと言っただろう。仕方ないと思って流されるままになってないか?」

「でも立ち向かっても、敵わない」

「そう言って事に流されていれば経験として生かされないのだよ。聞いた言葉が入っては抜けていくように留まりはしない。留めてこそ、生きるのだよ。私でもこの地に転生して、一か月もあれば実感出来るほどこの世界に馴染んだよ。何故ならば必死だったからね」


 必死だった……。ならば自分は必死じゃないと言うのか?

 そんな訳があるかと声を大にして言ってやりたいが「本当にそうか?」と自問している自分がいることに思いとどまる。


(必死か……? そうだろ、普通……)


 赤子から始まってこの世界で暮らしているのではない。異界混じりの知識を選りすぐって生活しているのだ。捨てなければならない感情、持たなければならない意思。それらを体得することが容易でないから苦労している。


(苦労……。苦労と必死は違うのか?)

「今君が置かれている状況、分かるね? 私のは盗られてしまったが、君の手には付いている時計。普通この世界に住んでいる人間ならば子供一人でも人質にとって逃亡する。探せばいくらでも自分に有利な状態に持ちこめるぞ」

「そんなこと……ッ」


 子供を盾にしろと言っている……。そんなことをしていいのか? 晄の倫理感ではあり得ない。いくらこの世の人間でも子供に手を出そうなんて輩がいるのか? トラフィスのように子供を守ろうとする人はいるのだ。そこまで非情な世界ではないことは晄でも分かる。


「やって良い事と、駄目な事くらいわかりますよッ」

「……やはり見識が狭いな。君はよくもまだ捨て切れていないんだな。要はね、そうでもしてここから抜け出そうとする奴がいるということさ。でも君はまだ、自分の身に何か降ったわけじゃないからここで一日過ごせると言うわけだ。鼻から無理だと思うより、試してみればいいのさ」


 沈黙が訪れた。

 晄の置かれている状況。一言で言えば拉致されている。危機に瀕している訳でも、歓迎されている訳でもない状況だ。そもそも晄を攫って得があるのはレイスルだけであって、その他からすれば厄介事が無駄に増えた、予期せぬ珍客として見られているところだ。レイスルの他に彼女と同い年らしい少年は誰だと言わんばかりに睨んできた。

 昨日の女性も腕時計の使用を制しただけで危害は加えられなかった。一見して拉致という形で人質になっているが、生活の上では何一つ不自由がない。晩御飯も出た。寝る場所も与えてもらった。どこにも不快なことはなく、晄自身に焦りもなかった。

 もしやこのヨシキは焦りのことを言っているのか?

 ふと晄はそう考えた。ヨシキは一芝居打って、攫われ此処にいる。彼にそれといった反抗の意思がないのはそういう手筈だから。

 それに比べて晄はどうだ? 特に危害はなかった、人並みの待遇を受けていたから、早急に脱走しようとも思わなかった。その感覚がまだこの世界の人間ではないとヨシキは言いたかったのか。

 時には卑劣な行いをしてでも歯向かう牙を持たねばならないと……。


「私は奴と口裏合わせているから呑気だが、君はそうであってはならない人間だ。少しは報いると言う事を意識したほうがいいだろう」


 ヨシキは沈黙を破って言った。彼は牙を持って抗うことが必要だと勧告してきた。

 しかし、それを何故晄へ伝えたのか。そこまでするのは何故なのか。

 どうしてそんなと晄が疑問をぶつけようとした。しかしそれは遮られた。


「若いのを冷やかすなよ」


 大部屋に入ってきたのはトラフィスだった。


「年寄りの冷や水ではない。若者を導くことが私たちの役割だ」

「気が抜けない……。おい坊主、横の部屋に置いてある飯食って顔洗って子供の相手してろ」

「……」


 晄は黙って立ち、トラフィスが言った部屋で移動した。

 ヨシキが晄へ助言した理由も聞くことが叶わなかった。

 結局ヨシキの本意は分からず仕舞いで、妙な胸のつっかえだけが残った。

読んでいただきありがとうございます。

誤字脱字などがありましたら報告ください。

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