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ⅡLive ≪セカンドライブ≫  作者: 工藤 遊河
二章 ハーティミリー
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出動の朝

 夏季にしては涼しい風の吹く曇天の日にデュッセは早朝から騒がしい。その理由はレギオンが総出で街の外へ出る物珍しい事態の野次馬たちだった。

 レギオンは街の大通り中央の噴水広場で一糸乱れぬ整列をしていた。各部隊長を先頭に直列しているレギオンの顔は皆険しい。それもそうだろう、局長が攫われると言う失態を晒してしまったのだから。

 住人も事情を知らぬわけは無く、密かに陰口を叩いたり、心配の声を上げたりしていた。

 そんな野次馬の中には優奈と、昨日のセンジとカルバーツを除いた二人がいた。ジュリとミスティルは関係ないのだが早朝に気を掛けてくれた。


「ああやって並んでいるとアイツもレギオンなんだな」

「フフ、そうね。信じられない表情(かお)よ」


 この二人はカルバーツを指して、冷やかしていた。

 カルバーツは隊列の先頭で手を後ろで組んで立っている。

 その雰囲気はとても厳格な感じであった。昨日の様な柔らかい物腰は感じられない。


「おーお、やってるやってる」


 カルバーツばかりに気を取られていると後ろから一人話しかけてきた。振り返ると優奈では見上げなければならないほどの身長をもった、髪がナチュラルストレートの青年カイリがいた。会うのは久方ぶりになるのだろうか。どちらにしろ喜びたくない再会に優奈は押し黙った。じっと怪訝な目で見ていると、カイリは下を向いて厭味ったらしく言った。


「おっといたのか、気が付かなかったわ」

「……」


 そんなわけあるか、どれだけ視野狭いのよ?と思ったが朝からナーバスな優奈には返す気も起きなかった。

 彼もサファイアオービタルの青いジャケットを着ているのだ、今から出動という感じだろう。


「んでさ、晄は何処行ったんだ?」

「知りたいのはこっちよ」

「え? 家にいないのかよ。家出か?」

「いやいや、そうじゃないのよ」


 本当に事実を知らないカイリにミスティルが説明した。


「ウソォ~? アイツがドロップタウンなんかに連れていかれるタマかぁ? だってアルバロと一騎打ちして勝ってんだぜ?」


 そういう風な言われ方をするのは分かっていた。そもそもカイリは晄がどうやってアルバロを倒したのか委細を知らないから言うのかもしれない。


「まぁ、どういう訳があっても……攫われたんだ」


 ジュリが追って言う。


「ふーん、局長と一緒にねぇ……。もしかしてこの決起集会が終わんないと店開かない?」


 唐突に興味がないとミスティルの喫茶店について訊いてきた。


「え? そのつもりだけど……」

「いや、え?じゃなくて……。真面目に働けよ」

「こういう時アルバイトがいればなぁーって思うんだけど」


 一瞬、優奈に向けられた視線が悪寒を生んだ。「う……」


「別に今から開いてもいいんだけど」

「だったら開いてくれよ、遅れたらどうするんだよ」


 ミスティルの店で朝食を取らなければ送れることもないだろうに。


「開く代わりにユウナちゃんを手伝ってあげて?」

「え……?」


 優奈は思わず凝視した。

 昨日あれほど一人で探すと言ったはずだったのだが……。


「ええ? 何を? なんで?」

「いやね、ユウナちゃんは一人でコウくんを探すって言うんだけど、そのコウくんが何処にいるか分からないから」

「レギオンの事に首突っ込むのはちょっとギルドとしてはなぁ……。それでもって言うんだったら依頼として金払えば、アルダも付いてくるぞ」


 本人にその気がないのが分かるが、実際レギオンとギルドは相容れない。それに元から手伝ってもらおうなんて微塵も思っていないのだから構わない。


「お金掛かるのかぁ」

「……言っとくけど、俺らもギルドだから」


 流石のカイリもミスティルの一方的な取引に憤りが芽生えるようだ。


「大体探すって言っても、こんだけだだっ広い地の何処を探せって言うんだ? 分からないって言ってもある程度見当ついてんだろうな」

「全然……」

「話になんねー」

「晄とも連絡が取れない。時計を取りあげられたとしても同期させてたから反応が無くなった箇所を調べれば分かるのに、エラーが出て大体の位置も分からないし」


 同期というのはお互いのインベントリの現地点の座標を相互にマークする機能。依頼屋が相方との連携を取るために付けられた機能だが、晄に対しては完全な監視ツールと化している。


「エラー? ちと貸してみ」


 そう言ってカイリが人の承諾も得ず、勝手に優奈の右手を持って上げた。優奈は大衆の中で右手を上げている格好になり、周囲から怪訝な目で見られた。


「ちょ、ちょっと!」

「動かすなよ!」


 カイリが強引に上げた腕からインベントリを操作する。さぞかし見にくいであろう角度にディスプレイが出力された。

 意味深長に逆探知を行うとカイリが呟く。


「ふーん。エラーが出るっていうのは相手にまず繋がっていない、でも電波は良好……。考えるに……」

「分かるのか?」ジュリが訊く。

「確証はないけど……」カイリが頭を掻く。

「電波障害っていうのは滅多に起こることじゃない。此処は片田舎だから混線することもない。だから外的要因かもな。相手がドロップタウンということも考えれば、俺みたいな電気魔法で電波に干渉したり、分解魔法で拡散させたりして防ぐことだってできる」


 カイリの言うようにデュッセは田舎で電波が密集して混線することは少ない。しかし新興都市メイゼルと比べると比較的田舎であって、基地局が無いわけではないので圏外という事も考えにくい。だからこそカイリは魔法に疑いを掛けたのだろう。

 電気魔法は何も無い状態から電気を発生させるだけだが、科学的な方法を用いてやれば電波にも干渉できる。分解魔法ならば文字通り分解で干渉できる。


「それってわかるの?」


 ミスティルがもっともな事を訊く。

 その手の魔法を使用する場合、人によるものならば魔法式へ注いだ魔力の漏出から気配として察知することが出来る。

 優奈とカイリはお互い相手は違えど、魔力漏出を完全に無くすことが出来る人物を知っているがそう簡単に出来ることではない。ただし、人を介さない方法ならば魔力の漏出なく、永続的に発動出来る。


「人が発動しているならともかく……シールか?」

「シールね……」


 シールとは特定の魔法を設定し、魔法式構築の時間と魔力の注入を自動化した道具の名称である。

 魔法式を貼り付けすることにより術者が構築する式と魔力注入を機械化し、発動速度を速めることが出来る。なのでアルバロのような気配を作らない魔法を手軽に使う事も出来る。しかし発動する位置を指定できないため魔法の仕様は限られるが、広域に発動する魔法などでは効率よく使える。

 そして最大の特徴と言ってもいいものが魔力結晶体という魔力が凝固した鉱石を動力源として使用できることだ。

 これにより完全自動かつ長時間の魔法発動が可能になる。

 この機能が高く評価され、長期展開を要する監視のアイテムとして重宝されている。

 様々な種類が販売されているシール、電波を分解するシールもあるのだろうか?


「そんなピンポイントなシールってあるの?」


 優奈は試しに訊いてみた。


「無いこともないんだろうが、何せそんなピンポイントな物もなぁ。電波なんて遮断しようと思えばいくらでも方法はあるしな」

「結局分からないじゃない」


 ミスティルが期待外れと言った。


「何で分かるとも言ってないのにそんなに言われなきゃならんのですかね……!」


 心外だとカイリは優奈の右肩に腕を乗せてもたれた。「ええい、もうっ」

 煩わしいと振り解くとカイリがよろめいた。


「けっ、可愛げのない」「でしょう?」「アンタも大概だな!」


 カイリとミスティルを尻目に再びレギオンの列を見る。

 言われたように行く当ては無い。

 しかし、レイスルだけが誘っているのであれば、一つだけ候補がある。


「レイスルという奴の目的はユウナにあるのかもしれないが……コウはどうする?」


 突然ジュリが話し掛けてきた。


「どうするとは……?」

「彼女と会えたとしてもコウがそこにいるとは限らないだろう? それに相手も今日レギオンが動くことも分かっているはず。邪魔の入らないところでお前を相手したいのかもしれない」

「強いて言えば、初めて狼を狩った場所に行こうかと思います」

「ふむ」


 そう、優奈の唯一の候補だ。狼を狩ったというのは、レイスルに手伝ってもらったセンジの課題のターゲットである。

 全く見当がつかないのであれば、彼女と巡ったところへ向かうのも一つだ。


「ならば今から出たほうがいいんじゃないか? 数多いレギオンだとすぐにハーティミリーの居場所が割れて、会う事も叶わなくなるかもしれん。それにあっちにはカルバーツがいる。ああ見えて狡猾な奴だ」


 カルバーツ・バーン。

 彼とはあまり話したことは無いが、レギオンの隊を率いる人物なのだからある程度は(したた)かなのだろう。


「そうですね……。今ならレギオンも動かないでしょうし」


 未だ集会の最中であるレギオンは当分その素振を見せていない。人が出回る前に情報のイニシアチヴは取っておいておきたい。


「それでは、もう出ます」

「ああ、そうした方がいい。この二人は放っておけ」

「ちょっとどういうことよ、それ」

「もういいだろ、私も腹が空いた」

「そういや俺もそういう目的でいたんだっけ」

「じゃあ、気をつけてな。ユウナ」

「はい、行ってきます」


 優奈は街の出口へ向かって歩き出す。これから正念場なのだ。気は抜けない。


「おいっ、どうしてもダメだってんなら青軌道に訪ねてみろ。俺かアルダが相手してやるよ」

「……ありがと」


 こういう時は素直にありがたいと思う。個人的にいけ好かないカイリだが、力になってくれる時にはなってくれる人物だ。

 優奈は彼らを後にして西へ向かった。ハーティミリーが街を闊歩した時、脱出した方向が西だったからだ。レイスルと一緒に狩りをしたところも思えば西からだった。

 早足で西口へ向かい、その間に装備の確認をする。

 この夏季に黒いコートやニーハイブーツなど装備できるわけがない。時期的にどうしても気候の都合で薄着になってしまうが、身を守るための防具は必須だ。なので優奈は特殊繊維の半袖ワイシャツの上に羽織る様にして半袖の蒼いジャケットを着ている。下も同素材のズボンにショートブーツ。全て戦闘を想定して作られている衣類である。

 こういう時レイスルたちが着用していた人工レザーの装備一式のほうが、優奈が着用している物より頑丈で環境を選ばないのだが生憎持っていない。それにどちらかに特筆すべき利点があるわけではないので見た目で選んでいると言えばそれまでだ。

 しかし装備だけで見るならば晄がこの世界に転生した時から、正確にはデザイアが晄の魔力で作った魔法を弾くコートと剣が魔法に対して脅威的なアドバンテージを有する。自分自身にも魔法が掛けることが出来なくなるという、要は身体強化を使う事が出来なくなるデメリットが存在するがそれらを差し引いても市販の物とは比べ物にならない性能を持つ。

 魔法が使えないといってもコートと剣に触れなければ、手の平からでもある程度使えるのだからそのデメリットもないに等しい。

 晄が攫われた時には、彼が着ていなかったため今も自宅にある。なので優奈が使用することも考えたが、サイズが合わなかった。当たり前である。晄と自分では身長差がありすぎる。優奈は女性として平均的な身長だが、晄はああ見えて百八十センチもある。服を作る型紙が晄なのだから合うわけがない。

 そうであっても剣ならばと思ったが、これも彼が専ら使う事を想定してか少し刀身が長い。少し長いだけならば良かったのだがそれに見合わない重量があり、どうもその一癖、二癖が優奈の戦い方に合わない。

 なので晄と落ち合えた時のためにインベントリに仕舞っておこうとしたのだが、どうしたことかエラーが出て登録できないのである。はっきりとした原因は掴めていない。エラーの出る原因は主に容量オーバーか対象が生物か。だが希に二つ共に当てはまらない物がある。それはハンドメイド品などの作り手の念が籠められている物だ。

 世迷言のように思えるが、現にジュリナリスの持つ二対の剣がそうだ。あの剣はセンジが造ったと聞いている。どのような思いが込められているのかは刀匠にしか判らないが、腰に吊って運んでいるのはそんな経緯があるからだ。

 物に神が宿ると言う「()(しろ)」や「九十九神(つくもがみ)」のような信仰もこの世界には存在している。それがこの世界では信仰ではなく理として、科学のシステムによって裏付け、顕現がなされていると思えば納得がいく。

 そして晄に取り憑いているデザイア。これもその不確かな事象の証明になっている。


(そう思うとこの小太刀って……)


 インベントリの中にある拳銃と弾丸その他サブウェポンの他に、センジから餞別として貰った刀身の黒い小太刀がある。

 それが何の不具合もなく収まっているところを見るとセンジからすれば大した物ではないという裏付けになってしまった。

 

(……別に、いいわよ)


 タダで貰った物にそこまでの期待を寄せてはいないが、センジの手で鍛えられた物だと思うと、大して心が籠っていないものを餞別として渡されたことに憤りを覚える。よく使ってはいたのだが……。

 西口へ向かいながら装備の確認を一通り済ませるともうゲートの前まで来ていた。それ程大きな関所ではないが、夜九時になる頃には一切の出入りを禁止させられ締め出されてしまう。

 警備のレギオンを一瞥し、ゲートを出る。いよいよだ。

 レギオンより先に動き出した分の情報を得ることが出来なければ、苦労が待ち受けている。

 肩に羽織った蒼いジャケットに袖を通し、しっかりと着る。視線の先にある鬱蒼とした森林を見つめる。今日に限り手招きしている様な気がする。

 曇り空の下で揺れる梢のざわめきがそう見せるのだ。

 一歩一歩、森に引かれるようにデュッセを出る。


(待ってなさい、レイスル。思い通りにはいかないから……ッ)


 優奈はレイスルの名を心の中で呟き、彼女へ布告した。


 

読んでいただきありがとうございます。

誤字脱字などがありましたら報告ください。

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