慰め
さらに日差しが強くなる午後の時間。依頼屋が好んで働く時間ではない。しかし、飲食店は気温関係なく室内を快適に保って営業しているが、人がほとんどいないのは臨時で休業にしているからだ。
その理由は少し前の騒動が絡んでいる。
ミスティルは店の番をしていたので大まかな事しか分からないが話を訊けば、ユウナと一緒だったコウが騒動をおこした連中に攫われたらしい。
「あのガキ……。強かったんじゃないのか」
カウンターの前でひっそりと言ったのはセンジだ。
ユウナとは一応親子関係だが、その血の薄さは他人の様。鍛冶屋で接客もしているというのに、この口の悪さは今の彼女にとっては恐怖にしかならない。
「そんなわけないじゃない……。教えて三カ月よ」
答えるのは炎天下に法の外で座り込んでいたところをセンジに連れて来られたユウナだ。一点だけセンジが父親の様に見えたが、話はそこではない。
「人に教えるのに自分が強くなれとは言ってないが……のんびりと教えすぎだ」
「話はそこじゃなくて、コウ君でしょ?」
「分かってる。言ってもな、コイツが攫った奴と面識があってまんまと盗られたんだ」
「貴方だって法の外では『容赦するな』って教えたのでしょう? ユウナちゃんが戦わなかったのは理由があるの。それ位理解できないと父親失格よ」
「親じゃねぇ、保護者だ」
センジと会話すると、つい喧嘩腰になってしまうのは性に合わないからだろう。
「それでその子とはどういう関係?」
「……二年前に会った、友達」
「一回会ったきりだろ、易々と人を信じやがって」
「貴方ほど疑り深くもなければ、一回会っただけでも友達になれるから! その時は何も思わなかったの?」
「街の中で会って、話したら盛り上がって……」
その時は正体を知らなかったようだ。街の中で会って話したくらいなら、分かるはずもないだろう。相手がそういう身元ならば隠す事も慣れている。
ドロップタウンでの自給自足はなかなか難しい。畑を作って、原生生物でも狩って食料を作られる事が出来ればいいのだが、そんな事が出来るのは法律の中で暮らせるからこそだ。
畑に関しては盗人や、それに向かって原生生物が寄ってくるため、一々要らぬ気を巡らさなければならない。
ところが法律結界外の資源に関しては所有権が無いため、金銭を稼ぐ方法はごまんとあったりする。それならば買う方が早い。そうやって街の中へ入ってきては住人の振りをするので芸ができるのだ。
「面倒かなぁ、攫われたのは局長だけじゃないのが」
「どういう目的があるのか知らんが、関係ない事に首突っ込んで巻き込まれたことは確かだろ」
「……」
「責めないの。友達なら仕方ないじゃない。でもこれはある種の挑戦状かも。コウ君を攫う理由なんてユウナちゃんを誘うためだと考えれば……」
タダでさえデュッセ局長を攫って、レギオンを敵に回したのだ。その上に余計な人物である彼を攫う理由は無い。あるのはレイスルというユウナの友人の私怨くらいだ。
「取り返しに行くのか?」
「……もちろんよ」
ユウナは声を震わせて言った。
「難しいこった。一応俺はお前をドロップタウンの輩には獲られないように仕込んだが、アレは只の転落者じゃないだろうな」
「レギオンを一人で相手して、誰一人捕えることもできなかったんだから相当の筈よ……」
集団の統率の執れは、聞くところによると並み以上の出来だったと言う。ミスティルは見ていないがレギオンを相手に優位に立ったのだから、その集団の力量はある程度測れる。
野党崩れでは出来ない技術を持った人物が統率しているのは明らかだ。
「アイツが一人で帰って……これるわけもないしな」
「でもアルバロ・シャンドを倒した子なんでしょ?」
「どういうやり方をしたかは知らんが、アレは完全な素人だ。ましてやコイツが手引してんだから間違っても出来は良いとは言えん」
「もうっ! そうやって責め立ててばっかり! だから一人身なんでしょ」
「お前、自分はなんだ?」
本当に親なのかと思うが、戦闘に関した事でも、鍛冶屋のセンジには本領で彼の言ったことは恐らく正しい。
コウを初めて見た時、ミスティルですら嘘くさいと思ったほどだった。同じ依頼屋、ギルド、レギオンを客相手にしてきた目は節穴ではない。しかしアルバロを倒したというのも紛れもない事実。
ウェイターをしていた時、少し雰囲気が変わった瞬間があったがそれでも大人しい男の子だ。
「とりあえず……ジュリが来るまで待ちましょ。敵の事が判らないと」
「アイツも呼んだのか。人騒がせだな」
ジュリことジュリナリス・フェルウは昔からの友人である。
各々が自分の道を進むと決めた時に、孤児院などの保護施設を手助けしたいと言った友人だ。ドロップタウンの現状にも精通している。そして彼女はユウナに剣技を教えた人物だ。センジは体術、ミスティルは魔法とユウナを教育した。彼女にとって力になってくれる人物だ。センジのように薄情ではない。
噂を始めた頃、臨時休業を掲げている店のドアを開けた人物が現れた。
「すまんな、こう見えても忙しい身で」
噂の陰、ジュリナリス・フェルウだ。
銀髪のショートヘア、切れの長い蒼眼を持った顔付きに、長身でモデル体系の彼女はライトブルーのノースリーブコートにショートパンツというこれ見よがしに自分の四肢を見せつける様な服装だった。
腕に革ベルトを巻き、脚にもベルトとブーツを装着し、これでもかと言わんばかりに四肢を長く見せようとする彼女の腰には二刀一対の帯刀がワイヤーで吊ってあった。
「本当にそれ、無意識なの?」
「は? 何の事だ」
もちろん、露出の多い服装の事だ。これを無意識でやられると同じ女性として嫉妬することがある。
「相変わらずガキの世話か……。面倒見のいい奴が多いことだ」
「貴方もその一人だから」
「フン……」
「別に悪いものじゃないさ。それで何かあったみたいだな。外が騒がしい」
「まぁ、座って座って」
ミスティルはジュリをユウナの横へ誘った。ユウナの様子に首を傾げながらも席に就いたのを見計らってジュリに経緯を話した。
☆☆☆
淹れたお茶を啜り、一拍置いてジュリは言った。
「また、大掛かりな。だが知らんわけではないな、その集団」
「本当に!?」
「ああ、正確な位置は分からないがデュッセの近くに拠点があるらしい。たしか名前はー、ハーティミリーだ」
「名前?」
普通、身元が割れるような呼称はしないはずだ。
「ただの団体ではなくてだな。商談みたいなもので、その時に使う名前だ」
「どういう伝手で訊くの? そういうの」
「私は孤児院の手伝いをしているから、院長から聞くんだ。孤児院を訪ねず、ドロップタウンに子供を捨てるということがある、その時にその子供を預かる人たちがいるらしい」
世の中酷い人もいるものだ。仕方なくというのならば院を訪ねるだろうが、そうではない訳ありはドロップタウンへ捨てる事を選ぶのだろう。そう言えばユウナもセンジが外で拾ってきたと言っていた。
「それで集まったのが?」
「そうだろう。まさか犯罪に使うとはな」
「その集め回ってたのはいつからだ?」
「は?」
「だからいつからだ」
センジが妙な事をジュリに訊く。子供を集めた時期がどうしたのだろうか。
「もう十年くらい続いているらしい。当時の事は知らない」
「……そんなに前からか。随分時間を掛けてるな」
「そりゃ、レギオンを退けたのだから」
「ならば今も集める必要があるか? そいつらが動き出したのは今日が初めてだろ」
言われてみれば確かにそうだ。ハーティミリーという集団は今日まで聞いた事が無かった。だが一部では十年も前から知られているのだから、組織としては何らかの目的があるはず。今日のこの日にレギオン局長を攫うためだけというのは考えにくい。それ以前に十年前の局長と今の局長は違う。尚更理由などないはずなのだ。
「元々そういう組織だったにしろ、そうでないにしろ目的がさっぱり分からないんじゃあな。一つだけ分かってんのはコイツが誘われてることくらいだ」
「例の少年か。確かにそう取れるな。攫ったのも仲間に引き入れる為ではないだろう。すまんな、私にはこれくらいしかできない」
ジュリはユウナの頭を撫でる。ずっと沈んだままの彼女は何一つ口にしない。
結局、ミスティル達が詮索出来る事は何一つない。助けに行くにしても相手の手段や目的も分からない上に、数もあちらが上だ。センジは非協力的なので当てにしない。ユウナはこの通りなので連れだせない。実際に動くことのできるのはミスティルとジュリの二人だが、戦闘をこなせるのはジュリのみ。今の自分は自衛で手一杯だろう。後一人くらいいればいいものだが……。
「あ……」
「どうした?」
ミスティルは思いついた。
ジュリが何だと返す。
「いるじゃない! 当事者が」
「まさか……」
「そのまさかよ」
その時、閉店中の店のドアと開けた男がいた。その人物は「閉店中失礼するよ」と言って店の中へ入ってきた。
「ホラ! あっちから来たじゃない!」
「え? なんだ、皆揃ってるじゃん」
男は店内の顔触れを見て、驚いたがすぐに受け入れた。
「オイコラ犬、一般人を当てに来るな」
センジが男に噛み付く。彼はうろたえて言った。
「え!? だって昔の好じゃないか」
センジが言った犬。それは公務員であるレギオンを指している。つまり犬と呼ばれた彼はレギオンだ。
「よく来たな。お前も訊きに来たのか」
ジュリが訊ねる。
「うん、何せ当事者だからね、ユウナちゃん」
「その呼び方……やめてくれません?」
やっと一言喋る。
「何で僕は呼んじゃいけないのかな……」
「まぁまぁ。でも来てくれてよかった。私たちも行き詰ってたから」
「なんだ、それならお互いありがたいじゃないか」
レギオンの男はそう言った。そして次に早速用件を述べた。
「僕たち……私たちレギオンはアナタ方にドロップタウンの商団組織ハーティミリーとの関係を聴取しにきました」
姿勢正しく、改まってそう言う彼は、すっかりレギオンの人員だった。
「じゃあ、私たちはハーティミリーについて根掘り葉掘り教えてもらおうかな、カルバーツ隊長」
ミスティルも同じく、用件を提示した。
読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字などがありましたら報告ください。




