ドロップタウン
追いかけなければ良かったと謎の女性に連れ去られてから後悔した。
優奈が出て行ってから咄嗟に自分も出て行ったがあの速度に追いついていくことが晄には出来なかった。
それもそのはず、晄が使える魔法など片手で数えるほどしかないのだから。
移動がそれなりに楽になる魔法を教えてもらってはいたが、移動速度は段違いだ。
やっと追い付いたものの一瞬、街から出ることを躊躇したがデザイアの後押しで出た。
『俺の所為にするなよ』
してやりたいところだがまんまと人質に取られた事は晄の失敗だ。人の所為にしてはならない。そして人質になってからずっと引きずられている。何度か抵抗は試みたが、頑として動かない腕に苦戦した。こんなに差が出るのかと無力の味を知った。
優奈は大丈夫なのだろうか。ずっと気になってはいるが街から大きく離れた無法地帯では窺えない。どこへ向かっているのか、それと彼女は優奈とどういう間柄なのか。関係がないと優奈が飛びだしたりはしないだろう。無難に友人だろうか?
「何? 今になってユウナのことが気になるの?」
突然、彼女が小馬鹿にするように訊いてきた。
「知り合いなんだな、アイツと」
「そーよ、二年前からね。でもアンタみたいな優男がいるとは思わなかった」
呑気に話している今でも腕はしっかりと力が込められている。
彼女が自分を攫ったのは逃げるきっかけを作るためだろうがここまで連れてきた意味はあるのだろうか。普通ならばここで晄は捨て殺されていそうな気もしたが、そうせずにしているのは何故なのか? 突然の事だがまだまだ利用されそうな気がしてきた。
(コイツら……何処に向かってるんだ……?)
今いるところは森へ差し掛かる手前の草原だ。この先に街は無い。だが、無くも無いのだ。
そう、これは晄がこの世界で暮らし始めて見つけた世界の知識の一つ。ドロップタウンだ。
そして、それよりも前にドロップタウンの元凶とも言えるもう一つの言葉、法律結界。
この世界、大陸全土はレギオンが政治を行っている。レギオンが執り行う際に国の区分を一新したと言う。
その上で新たな法律を制定し、その法が適用されている。
区分を一新したというのは解体したということ。
それによって国というものが事実上大陸から無くなり、大陸全土の雑多な街々だけで構成されているのがこの大陸だ。
街一つの規模は大きくて半径二十から三十キロメートルほどしかなく、そのほか全ては誰も領有権を持てない地となっている。
その中で法律が適用されているのはレギオンが認可した街の領地しかないのだ。と言う事はその他全ては無法地帯ということ。
法律の中では安全が保障される。
しかしその逆、外では殺戮、強奪が跋扈している。法律がない故にレギオンは法による拘束力を持てないので犯罪者が横行している。アルバロの事件でアルバロに加担した人間が捕まらないのは、それがメイゼルの外へ出て、拘束力から逃れたからだと知った。
だから法律のある地帯を、法を結界と例えて法律結界と呼んでいる。
そしてドロップタウンだが、これは先ほどの結界から逃れた犯罪者たちが集まって、無法地帯に自らのルールを作って生活している街をそう呼んでいる。晄が知っている前世の知識を引き合いにだせばスラムというものに限りなく近い。
彼女がそのドロップタウンに向かっているのだとすれば、今が比較的脅威が少ない頃だろう。連れていかれてしまえば帰還が困難なものになる。
(デザイア、どうすればいい?)
『そのままでいいんじゃね?』
(はぁ?)適当な答えに脳内で滑りそうになった。
『いやいや、だからこのままでいいんじゃね、コイツが敵陣まで連れて行ってくれるんだからそれでいいだろ』
(何でど真ん中に行かなきゃなんねぇんだ!)
『あのな、ドロップタウンなんかに住んでる奴は野党崩ればっかりなんだよ。ソイツらがレギオンを真っ向から襲って勝てるわけないだろ?』
(じゃあ、この女たちはおかしいっていうのか?)
『おかしいというより、怪しいんだよ。攫われた局長だって頭が良いだけじゃない、腕もある。なのにまんまとお前みたいに攫われるか? 普通だったら捻り潰せるぞ。それにこの女の歳、ユウナのねーちゃんとどっこいどっこいだろ? レギオンと張り合えるのが変なんだよ』
デザイアの言うことを考えると一理ある。法律の外で住む人間は皆、転落者と人生の脱落者だ。
戦闘の実力でも法の中で働くレギオンに敵わなかったから外へ逃げた。そうすれば自分と同じ人間に出会って馴れあえる。
法の中では違反者となっている人間も社会的地位を失った人間も外では関係がなくなる。
総じて成り損ないばかりが自分勝手に生きる。そのような者が法の中で勝ち抜いた人間に勝てるだろうか。下剋上など成功するか。デザイアはそこが気掛かりだと言っている。
デザイアも興味本位に振り回されているだけのような気もするがここは大人しくしておく。翌々考えれば何故自分が彼女から逃げられると思ったのだろう。相手がレギオンでも臆さなかった彼女に。
気が付けば彼女は森に入っていた。獣道を掻き分けて深くへと入っていく。
森の薄暗い雰囲気がいよいよ緊張を煽る。
入ってから数分経った頃、開けたところに出た。そこは名もない寂れた街だった。
辺りが針葉樹で囲まれた土地で、町屋が一本の大通りの両脇を占めていた。しかし活気は無い。それもそのはず、ここはドロップタウンと言われるところに該当するのだから。
この世界に初めて来た時、ハンブルというゴーストタウンの教会を優奈と訪れたがハンブルもドロップタウンだと言う。あの時は人がいなかったが、もし居たのならば殺し合いになっていたと言われた。
そして今、人がいるドロップタウンに、人格的には二人の一人が放り込まれようとしている。
『立地のいいタウンだな、こりゃ。外部から助けもらわねーと俺でも厳しいか』
逃走の手立てはしてくれてはいたようだが、狂ったらしい。
「やっと着いたー。コイツ運ぶの大変!」
この街に一歩入った途端、晄は突き飛ばされた。
「いって……」
「ハイ、優男の役目終わり! 人質ご苦労。後は隙にしていいよー、でも絶対に逃げられないから。分かるね?」
先程のローブ集団がウヨウヨいるのならば、そんなこと毛頭考えないつもりでいた。
少女は任務が終わったのか伸び伸びと街の中へ入っていく。すると町屋の中から信じ難いことがおこった。
「子供……?」
そう、子供だった。内訳、五から十二歳くらいの子供が、大挙になって姿を現して少女の帰りを待ち望んでいたように集まる。
「ねーちゃん、おみやげはー?」「そんなのある訳ないじゃん!」「えー。いっつも買ってくるのに」
次々と発せられる子供の声に彼女は嫌な顔せず、楽しそうに返していた。
「ごめんね、それどころじゃなかったから」
さっきまでの冷徹さとは裏腹に明るい顔で言う。作り笑いでもないように見えた。群がった子供を掻き分けて彼女は一軒の町屋へ入って行った。
(あんなに子供がいるもんなのか?)
『ありえるか。普通なら生きられない。意図的に集めたのはバレバレだ』
デザイアは否定した。晄とて不思議に思う。子供が親から離れて、このような所で暮らしているなど……。
『本当に何かあるか? 取り敢えず、入れ。それと武器はあるか?』
(剣が一本だけなら)
『十分』
晄は優奈から一機譲ってもらった変換式記録インベントリに収納させた帯刀を確認した。センジの店で買ったものだ。
晄は街の中へ踏み入った。辺りを散策しながら進むが先ほどのような人気は無かった。
アイツが行ったところへ行ってみるか。
当てがないので晄は彼女が消えた廃屋へ向かった。そして近づくにつれて、わいのわいのと騒がしくなってきた。
廃屋と言えばこうなのだろうか。少しばかり綺麗な、二階建て造りに少々驚きつつ、正面戸口から中を覗く。
よくある商店のような内装の奥。先程の少女と子供、それ以外に一人の男がいた。歳の入った風貌だが明らかに武人だった。この男も子供と仲良く話している。よく怖がらないものだ。
状況がよく分からないものだと思った時、その男が晄へ向いた。
「そんなところでコソコソしてないで入ってきたらどうだ?」
「えっ……」
歓迎されているようには到底見えないが、大して警戒もされていない柔軟さ驚いた。
子供たちが水を打ったように静まり返り、晄を注視する。
「と言うより、なんでここにいる?」
「私が連れてきたの」
「はぁ!? 連れてきただぁ? 相手をよく見ろ、コイツはアルバロを負かした張本人だぞ!」
「そんなわけないじゃん。弱いし」
「いや……確かにコイツの顔は覚えてるぞ」
「人違いでしょ?」
「ねーねー、だれー」
男と彼女が晄をアルバロを負かした人物かどうか争っている時、一人の女の子が晄のジャケットの裾を引っ張った。
「え……、あー、俺は……」
『子供くらいには接してやれ。子供嫌いか?』
特に嫌いではない。ただ自分の性分からくる接し方が子供に対して良いのか悪いのか分からないだけだ。
「コウって言うんだ、コウ・タカイチ」
「いやっ、やっぱりそうだ! なんて奴をお前は拾ってきたんだ!」
「嘘に決まってる!ありえないよ!」
二人が晄の正体を言い争う。名前は公表していないが顔はバッチリ知れ渡っている。
だから嘘ではない。アルバロと戦って、勝ってはいる。あの剣とコートのおかげもあるが、勝利したと言う事が晄の名声を上げる事に一役買っている。それに見合った技量がありもしないが嘘ではない。
「あんな簡単に……捕まる訳が……?」
少女は驚嘆している。彼女に目を向けられるが今の晄はそれに答えられる状況ではなかった。
「わぁ、新しい人だ」「一緒にあそぼーぜ」「あそんでー」「ねーちゃんとどっちが強いんだろ」
子供たちの興味に火をつけてしまい、晄は遊ばれていた。
「いって……」
服にぶら下がられ、膝をつけば、髪を引っ張られて馬乗りにさせられる。わんぱくさに翻弄されていた。
「ちょっとっ! やめろ! 首っ、首が!」
何を考えているのか人の首に短い腕でアームロックを仕掛ける子供、さらにその上に二人三人と乗る。
もちろん、重量オーバーの晄は潰されている。
「本当にあれが……」
「……人は見かけによらねーだろ」
「何とか言ってないでどうにかッ!」
晄は二人に助けを求めた。すると女性の方が仕方ないと動いてくれた。
「はいはい、これ以上やったらお兄ちゃん、潰れちゃうから」
一人ずつ背から剥がしに掛かった。しぶとくしがみつく子供は晄の髪を掴んでいる。
「痛いっての!」
そう言うと素直に放してくれた。
やっと解放された晄は埃まみれだった。
「冗談じゃない」
立ち上がって服を叩くと砂埃やらが舞い上がる。だがそれがまた子供の興味を引いてしまい、小さい手で勢いよく叩かれる。
「コラッ!いい加減やめろ!」
「あんまりしつこいと怒るわよぉ?」
見兼ねたのか遂に男の方まで仲裁に入ってくる。
「子供は元気よく外で遊んで来い!」
よく通る声で促すと子供たちは「はーい」と元気よく返事して、外へ駆けだしていく。
やはりこの中では一番の影響力を持っているようだ。
「さぁ、アンタも着いて来る!」
女は晄の手を引っ張って、外へ連れ出した。先程までレギオンを相手にし、優奈を出し抜いて晄をぞんざいに扱った人間とは思えない友好さだった。
「がーッ! 何で俺まで」
その後、晄はこのドロップタウンの案内を兼ねた子供たちの遊び道具として、日が暮れるまで転がされた。
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