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ⅡLive ≪セカンドライブ≫  作者: 工藤 遊河
一章 異世界
36/56

《短編》 武具

 あの喫茶店での事は何も悪いことばかりではなかった。ほとんどデザイアが働いていたとはいえ一応晄が依頼を遂行した事に変わりはなかったので、報酬というものが遂にもらえた。

 もっと言えばアルバロ・シャンドの一件で晄その他に対してはレギオンからの謝礼金があった。

 カイリ、アルダはそのまま謹慎になって全額ギルドの預金へ。

 ツバキは母親を探す為に街を渡り歩くための旅費に充てたと言う。

 優奈に関しては同じ屋根の下で暮らしておきながら全く知らない。

 そして晄はというと全くの手付かずだった。

 生活必需品などの買い出しは主に優奈が買いに行き、晄が街の中を歩いていてもそれといって物を買いたい衝動に駆られることもなかったので今の今まで手を付けていなかった。

 ところがそれをふと思い出した時にデザイアに気付かれた。

 嫌な予感が一瞬よぎったがデザイアの提案は至ってまともだった。

 それは晄の装備品についてだった。

 現在晄の装備は魔法を消し飛ばすコートに魔法を消し飛ばす黒剣の二つしかない。その二つが魔法に対して大きなメリットを作っている。だがデメリットもある。それは材質が晄の魔力だという所だ。

 デザイアの顕現には晄の魔力が使われている。そして剣とコートはデザイアの顕現をこの世に裏付けるためのものだ。それは必然的に魔力で作られていると言っていい。

 そうした事から晄単体の魔力量は恐ろしく少ない。それがデザイアに憑依されるとデザイアを形作っている魔力が元の体に戻るため、デザイアが晄の体を不自由なく使用できるという皮肉な事が起こる。

 しかしこの問題は晄とデザイアが互いを認識した時、既に説明されていた。その時、晄は魔力の事を重要視していなかったがある程度知識のある今ならば、その重要さが解る。だがデザイアはそれ以外のデメリットを優奈の写真騒動の次の日に挙げた。

 デザイアが憑依した時、優奈に力負けしたのが余程悔しかったのか自棄を起した翌日。晄に魔法の鍛練をしていた時、唐突に


『そういや……あのコートと剣、魔法使えねーじゃん』


 と言った。

 晄は心底驚かされた、と言うより理解できなかった。なぜなら晄はアルバロへ一撃加えたとき、このコートと剣を持って魔法を発動したのだから。

 その事をデザイアに言うと


『あれはコートへ直接掛けた訳じゃないからいけたんだ。でもそのあと裾が当たって弾けただろ?』


 と返された。うっかり忘れていた。

 そしてデザイアが更なるデメリットを言及した。


『魔法を直接掛けられないんだ』


 晄は納得した。

 魔法は事象を発生させるだけでなく、物体へ掛けることもできる。様々な使用はあるが主に強度を底上げする、武器の威力を上げるなどすることができる。

 だが剣とコートが魔法を弾くのならば掛ける事が出来ない。よってデザイアは晄の使いもしないお金、ガルツで装備を買おうということになったのだ。

 優奈にその提案を上げるとすんなりと承諾してもらった。ついでに販売している店まで教えてもらった。

 そして今はコートの変わりになるジャケットタイプの防具を買ったところだ。

 晄は品の目利きが出来ないため、デザイアがコレにしろと言ったものを買った。

 なんだかよくわからない繊維糸と軟骨程度の硬さを持ったフレームで製造された群青色のジャケット。

 この世界で得られる材料で作られた衣服は思った以上にデザインがいい。機能はどうなのかはよく分からないが優奈のコートもカイリのジャケットもファッショナブルだが防具としての機能を持っているらしい。

 街を見渡すと見て分かるような防具、例えばプレートメイルやガントレットを装備した物はおらず、皆洒落た物を身に着けていた。デザイア言うにそんなものは歴史書でしか見たことがないらしい。

 これならば抵抗なく着られる。

 

『最近のやつは良くできてるよなぁ、俺が生きてた頃は動物の皮が主流だったのにな』

(このナントカフレームってなんだ?)

『布だけじゃ心許ないだろ? その為のサポーターだ。それなりに強度はあるんじゃないか』

(あるんじゃないかって……、知らないのかよ)

『俺の生きてた頃はそんなもん市場にねぇよ、偉いさんが着けてたんだよ』


 本人もよく分からない物を進めたのかと落胆したがこの手の分野はデザイアの本領なのだから任せきりでもいいはずだ。

 このデザイア、よく自分は「知らない」や「詳しくない」と言うがその割に博識なところがある。謙遜なのか。

 しかし晄の判断は常にデザイアを噛まして行われるため、大きくは言えないのだ。


(それで……次だな)

『あのねーちゃんの親の所だっけ? 鍛冶屋と面識あるのか』


 驚いたことに優奈が紹介したのは、優奈のこの世界での保護者兼父親の経営する店らしい。

 前々から気にはしていたことだが今の今まで触れもしていなかった。


(でも刀持ってただろ? 赤いの)

『小太刀だろ? あんなもん一般販売なんてしてないだろうよ』


 イルミニアやメイゼルの施設で度々使っていた漆黒の刀身に深紅の棒樋が入った小太刀。アレだけが優奈の使う武器の中で造形が抜きんでていた。晄が見ても、人の手によって作られた事が分かる。だがデザイアはそんなものを一般に販売しているわけがないという。


『ああいうのは職人が使用者の要望に合わせて造るもんだ、金も掛かる。けど親が鍛冶屋ならあり得ない話じゃない』

(だから勧めたのか? 金が掛かるんだったら今の残金じゃ難しいだろ?)


 謝礼金とウェイター(?)の依頼代などたかが知れている。揃えるものを揃えるとすぐに無くなる。

 今はもう半分も残っていない。


『それは行ってみてからのお楽しみだろ』


 晄はこの世界での優奈の親が経営する鍛冶屋へ向かった。


☆☆☆


 言われたとおりにデュッセの街中を進んでいくと思いのほか目に留まりやすい所にあった。

 この街は十字の大通りに沿って街作りがされているため、商店は大通り沿いに隣接している。優奈の事務所も目の前が道だ。

 住んで三カ月ともなると一通り商店は覚えるがこの鍛冶屋は記憶になかった。しかしそれもそのはずで

店には看板すら設置していない、傍から見ると店を畳んだ民家にしか見えないのだから。

 アルミサッシの引戸の前に立って中を除く。武器がズラッと並んでいる店舗内を見るとここで合っていると安堵した。

 店主の姿は見えない。優奈の保護者と言うのでどういう人物なのか気になるところだ。

 晄は思い切って、店舗に入ることにした。

 サッシ特有の摩擦音を店舗に響かせた。中は静まり返っていて、あれだけの音を出したにも関わらず人の返事すら返ってこない。

 

「すみませーん……」


 晄は大きくも小さくもない声で店の人を呼んだ。少し待っても返事が返ってこない。


(居ないのか?)

『武具屋が戸締りもせずどこへ行くんだよ?』


 これだけの武器を取り扱っているのだから不用心なことはしないだろう。晄も怪しく思ったが特に気には留めなかった。

 番頭が来るまで店内を見回ることにした。

 武器が置かれたショーケースとスタンドには主に刀剣が多かった。鈍器や棒物もあるが数としては少ない。

 鍛冶屋と聞いていたが明らかに既製品のような物も置いてあった。

 見回っていると包丁などの調理器具も置いているあたり、武器だけを扱う鍛冶屋ではないようだった。


(で、どれにするんだ?)

『既製品もあるんだな。値段も安い』

(コレでいいか?)

『あん?』


 そう言って晄が手に取ったのは片刃の剣。刀のように反りがあるわけでもない剣だった。

 デザイアが創ったという黒剣よりも格段に軽い。それでいて尺も同じくらいだ。

 

『まぁ……いいかもな。これなら刃の換えが利くし、使いやすいだろ』


 刃の換えが利くと言われて晄は剣の鍔本を見た。十字の持ち手の鍔にはボルトのようなものが嵌っていて、それが刃と持ち手を挟みこんで固定しているようだ。

 シックなデザインも癖が無くて良さげだと思った。


「おい」


 手に持って眺めていると突然話し掛けられた。

 体を一度震わせてから声の出所を見ると先程まで誰もいなかったレジに一人の男性が不機嫌な睨みを利かせていた。

 まさか第一声がここまで不機嫌だとは思わず、晄は固まった。

 男性はこの店の店主と見えた。そう思った理由は体格だった。

 作務衣を着ていても分かる筋骨張った腕や、首筋は素人目の晄にも鍛冶屋と納得させる趣がある。鎚を振るって鉄を鍛えているというイメージにピッタリな体格だ。

 ただし、晄が先程からずっと固まっている原因である眼は大方普通ではなかった。バンダナを巻いて髪を上げているこの顔付きは一言でいえば柄の悪い、怖面。目付きの悪い三白眼の瞳は晄を睨んで放さない。

 イルミニア民族族長であるツバキの父、ギンガ・フリューガルの巨漢を晄と同じくらいの背丈まで縮めるとこの人物になりそうだが、それ以上に人相が悪い。


「その剣、商品なんだからベタベタ触んな」

「え……あ、はい……」


 晄は固まった体を何とか動かして剣を元の位置に戻した。

 怖い。この世界に来て初めて純粋に怖いと思った。

 ましてやこの人が優奈の保護者兼父親、信じ難いにもほどがある。


『またとんでもないのが出てきたなぁ』


 デザイアはどうも思わないようだが晄はひたすらに怖気ていた。ここは早いこと買う物だけ買って去ろうと思った。


(これでいいんだよな……?)

『ああ、それでいい』


 晄は先ほど戻した剣を持ってレジへ向かった。


「コレを一本……」

「あいよ」


 無愛想なうえに、威圧的な物言いで客商売が出来るのかと思ったが来る客は皆剣を振るだろうから勤まるのかもしれない。


「この刃、展示用だから換えるぞ」

「は、はい」

『お前、ビビり過ぎだろ』


 つい最近まで高校生だった晄に彼のような人種と話す度胸などあるはずもない。

 怖面の店主は奥から剣と同じ刃を取ってくると、鍔に嵌ったボルトを専用ドライバーで弛める。

 

「お前、優奈の所に住み込みか?」


 唐突に店主から話を振られる。


「そうです」

「まあ、知ってるから此処へ来たんだろうが俺はアイツの保護者だ」

「らしいですね」

「そうだ。間違っても父親じゃないからな。どっかの喫茶店のオーナーは父親呼ばわりするが違うからな」


 優奈に面識のある喫茶店と言えばメディオディアしかない。良い思い入れは今のところ無い。

 刃を引き抜いて、新しい替刃を差し込む店主はあくまで保護者と言い張る。


「ついこの間まで話題だったな、お前」

「はぁ……」

「そんな風には見えねぇがそう言う事にしておいてやる」


 アルバロの一件は今も根強く晄に名声を与えているがやはり見る人が見ると疑いの目を向けられるようだ。

 ここまで持て囃されると倒した事を功績にしようと思うようになってきた。最近まで否定して認めたがらなかったが行く先々でこうやって言われるのだから向き合わなければならない。

 それでもこの店主には疑われている。むしろ曖昧なままのほうが晄としては気が楽だった。


「ほれ、三万ガルツだ。一応、刃の交換やらメンテナンスもやってる。気になるなら寄ればいい」

「分かりました、ありがとうございます」


 晄は代金を払って包装紙に包まれた剣を頂く。黒剣より格段に軽いが、玩具ではない剣に緊張する。

 期待に胸を躍らせるような感じではない。重く圧し掛かるような感じだ。


「それと俺の名前はセンジ・ステングスだ。優奈がどうしてもダメだっていうんだったら俺の所に連れてこい」

「コウ・タカイチです。それってどういう意味ですか?」


 大まかな意味は分かるが、連れてきてどうしようと言うのだろうか。

 しかし晄にはそれ以前に気に掛かる部分があった。


(センジ……か……)


 この名前、偶然だろうか。

 晄の前世日本に於いて、このような名前は見かける。しかしラストネームがステングスという姓からこの世界の生まれとも言える。


『そんなに気になるかね? 人の名前が』

(いいや、なんとなく気になるだけだ)


 そこまで気にはしていない。もし仮にそうだとしても親近感が沸く程度。馴れ馴れしくできようもない。

 晄は店から出た。毎度ありという言葉と共に戸を閉める。


☆☆☆


店から出た途端、デザイアが声を大にして言った。


『よし! 試し斬りだ。コウ、街の外まで出ろ』

(はぁ!?)


 そんな予定はさらさらない上に街の外に出ることに少し抵抗があった。この世界の仕組みが関わってくる事であまり出たいと思わないのだ。


『出来る内にやっとかねーとな』

(そんなの家の木でいいんじゃないか?)


 自宅の裏、晄が鍛練を受けている裏庭に広葉樹の木がある。特に意味のない木だが度々その木に晄は剣を当てていた。


『木だったら外に腐るほどあるだろ。それにお前に試させるわけじゃないしな』

(そうなのか?)

『お前が試したら新品がオジャンになる』

(……)

『とにかく森まで出てくれ。そっからは俺と交代な』


 そういう訳で晄は街の外まで足を運ばせた。優奈に黙ってだがそんな子供が親に行き先を教えるようなことしたくない。



 街の外。街と平野がハッキリと判れる。一歩進めば大地、退けば石畳。街の境目がこうも解り易いのがこの世界だ。

 外に出れば守ってくれるものは何もない。全て自己責任となる。


『さて、代われ』

(はいよ)


 どうしてここまで来る必要があるのか理解できないがデザイアと入れ代わる。最初の頃は入れ代わると自分の体を脱け出して頭上から見る形に違和感を感じたが今はそんな事は無い。

 デザイアは入れ代わると買ったばかりのジャケットを羽織る。よくよく考えれば、Tシャツと長ズボンしか衣服が無いこと危険を覚える。

 買ったばかりの物を汚すことに気が咎めるが命には替えられない。

 手に持った剣の包装を剥がして野に捨てた。日の元に照らされた刀身は黒剣と違って光を跳ね返す。


「さて、行きますかね」


 デザイアは一人呟いて平野を歩く。


『どこへ行く気だ?』

(そこの森だよ。この時期なら姿が見えるはず)

『?』


 どうやら森に目当てのモノがあるらしい。

 それが動物なのかそうでないのかは分からないが、言い方からすれば動物のように聞える。

 森まで一直線だ。十分ほど歩くとすぐに森の入口に着く。

 そして何の躊躇もなく足を踏み入れる。獣道をひたすら歩いていると道脇から見覚えのあるモノが伸びてきた。

 それはこの世界に来た初日に晄が襲われた二メートルもあるチューリップもどきだった。

 このチューリップもどき、後から知ったのだがどうやら蛇の一種で巣穴に獲物が近付くと伸び上がるらしい。


『相変わらず気持ち悪いな』

(つってもここから動かないしな)


 巣穴はこのチューリップもどきのテリトリーに幾つか存在し、地中を介して移動している。自ら地上を移動しない変わった動物だ。

 デザイアはそれらを無視して突っ切っていく。そして少し開けた所へ出た。しかしそこには獣の死骸が転がっていた。

 

(ここら辺か……?)

『何を探してるんだ?』


 いい加減気になるので晄は訊ねた。


(タダのオオカミだよ、狼)

『オオカミィ?』


 狼をどうしようというのだろうか?食用になるとは聞いた事があるが、食うに困るほど貧乏ではない。デザイアが食べたいだけだろうか?


『食うのか?』

(美味くないだろ、狼なんて。だから言ってるだろ、試し斬りするって)

『まさか狼をか?』

(おかしくはねーだろ、誰も飼ってない上に保護されてるわけでもない。たまーに料理人が狩ってくれって依頼を出すくらい。知ってるか? お前自身が動物を初めて斬ったのは人なんだぞ。動物が何だって言うんだ)


 いっきに捲し立てられる。言われてみれば晄が初めて動物を斬ったのは人間だった。その感触は今でも覚えている。当時は何とも思いはしなかったが日が経つにつれて大きくなっていった。怯えたわけではない。ただ純粋に犯してしまったという、殺戮のなかった前世での価値観を捨てた行為の自責の念に囚われてはいた。

 ずっとこれで良かったと言い聞かせてはいたものの、胸中と口で「捨てた」というだけでは捨て切れていなかった感情は今でもずっと持っている。

 そしてデザイアは今、試し斬りとして狼を狩ろうとしている。

 同じ生物として人間と動物を同じ階級で扱うなというような感じがしてくる。

 虫くらいならば平気で殺せるが……小動物になるとどうだろう?

 途端に可哀そうだと思えてくる。


『やたらに、やたらに殺さなくても』

(その考えはな、今まで法の中で暮らしてきたからあるんだ。ここに法はない、置いて来るべきだ。それにな、ねーちゃんも恐らくだが人を殺めてる)

『優奈が?』

(お前の知ってる中で人を殺した事がないのはツバキくらいだ)


 カイリもアルダも、ましてやミスティルもあると言うのだろうか?


(まぁ、見せてやるから。そんな考え捨てる事にしな)


 デザイアはそう言って、剣を握りしめた。

 そして振り返ると先程まで何も居なかった雑木林の陰から大型犬ほどの哺乳類、狼が四匹、牙を剥き出し威嚇しながら詰めよって来ていた。


『結構、大型だな……』


 晄はそう思ったがデザイアからは何も返ってこなかった。

 デザイアは右手の剣を器用に遊ばせてから、少し右足を前に出して剣を後ろに引いて構える。

 狼は右から二匹目が一番先頭に立って、他が二匹めより少し後ろで警戒している。

 ゴロゴロと喉を鳴らす先頭は姿勢を低くする。そして、デザイアへ正面から跳びかかった。さらに奥の三匹も先頭を合図にして動きだす。


「ヤァッ!」


 デザイアは短く吼えると跳んできた狼の首に一閃し、落とした。いともたやすく晄の体で首を撥ねる。返り血が飛ぶはずだが服に付く前に不可解な軌道を取って明後日の方へ飛ぶ。魔法だ。

 さらに間髪入れず、右へ疾走した狼がデザイア目掛けて飛んでくる。デザイアは剣を反して更に首を狙う。

 今度は撥ねこそはしなかったが、首の半分まで斬り込んだ刃が狼を地面に叩き付けた。

 デザイアの持つ剣から高い振動音が鳴る。白い光が刀身から発せられ始めたとき、デザイアは剣を三匹目の狼に向かって振り上げた。当然間合いの外、剣が届く訳もない。だが振り上げられた刀身からは粘りのある半透明の円弧が地面を抉りながら狼に向かって飛んだ。

 その速度は緩やかなだが狼は此方へ向かって疾駆していたため、それに飛びこむようにして鼻先から尾まで真っ二つに裂ける。

 二枚切りになった狼が足元まで滑って来た瞬間デザイアは振り上げた剣の柄尻を左手で握り、最後の一匹へ向かって剣を地に叩き付ける。


「ゼアアッ!!」


 叩きつけられた剣から魔法で増幅された衝撃波が発生し、砕かれた地面の土石が一匹へ向かって飛んでいく。

 土石は狼の身体全体に食い込み、大きめの石が額にぶち当たる。身体をくねらせてノックバックした狼は身体と額から血を流して体毛を赤く染める。

 

『……』

(こんなもんか……こんなもん)


 時間にして三秒ほど。自分が身をもって体験したわけではないが、かなり濃密な時間だと体感した。

 辺りは狼の血と肉が飛び散って凄惨なことになっている。この凄惨さが晄に強烈な戦慄をもたらす。

 やはり違った。虫を殺すことなど比較にならない。命の比重がまるで違う。

 動物という、人と同じ赤い血を流す生物を殺める。それだけだ。それだけなのだが重みが違った。

 


(人間が今更気負うってのも変なんだがな、肉食ったり、魚食ったりで。こいつらは食う訳でもなんでもないからただの虐殺なんだけど、外はこれを許すんだよ。それ以前に不利益な殺傷っていう概念は無いと思っていい)

『本当に人間もなのか……?』

(ああ、人間もな)


 ハッキリと割り切れるものなのだろうか。優奈はそんな事少しも話はしないが、この世界にやってきた晄に拳銃で脅迫したあたり割り切っているのだろうと思う。


(帰るか。血の匂いで別のが寄ってきたら面倒)

『あ、ああ……』


 デザイアは踵を返して、もと来た道へ歩き出した。

 霊になっている晄は狼の死体群を目に焼き付ける。

 凄惨で惨酷。だがそれを良しとする街の外。慣れるしかないというのは怖いことだ。しかし晄はこの世界で生き抜くと決めたのだ。しかしそう決めた信念は随分と脆いものだったが……。

 口先と感情だけでは決まっていない。

 見て、感じて、触れたものが決意を固める材料になる、それが今解った。

 新しい剣と防具は晄の新たな決意を刻むためノートとして使おう。

 晄は感化された決意を抱き、再び、生き抜く事を自分に誓った。

 





 

 

読んでいただきありがとうございます。

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