《短編》 喫茶店メディオディア
意外に忙しいと思ってしまったのは失礼ながらにもお客が少ないと思っていたからなのかもしれない。昼時になると昼食を食べにくる仕事人が代わる代わる入店してくる。頼むものは皆似たり寄ったりだが店員の人数に対して客足が多い。そのせいで一人でせっせと回さないと仕事に支障が出てしまう。しかしそれは無理な話だった。
何せホールを担当しているのが晄で厨房がミスティル・ラビーという店主の二人しかいないのだから。
(何なんだここ……。こんなに人が入るのにバイトもいないのかっ)
『アホみたいな店だな。この大きさの店を一人で切り盛りってアホだろ』
晄とデザイアは二人してこの店の体系に疑問を垂れる。
店の規模はそれほど大きくはないが一人で経営する分には大きいという店内。そしてお客がこの中途半端な店を八割方埋めている。
コレを普段一人で応対している店主は鉄人と言ってもいいくらいだ。
しかし今日は一人ではない、晄がいるのだ。
そもそもなぜバイトまがいの事をしているのかと言われれば、別に生活のやり繰りに困ったわけでも小遣い欲しさにやっているわけではない。これは晄が優奈から請け負った依頼なのだ。
普段は優奈の自宅で朝方鍛練しているわけだがコレが終わると晄自体にやることが無くなってしまう。訪ねてきたお客さん達のお茶くみをしているだけで何もしていないと言っていい。
それが今日いきなり優奈に「コレを持って、ここへ行きなさい」と言われた。コレとはタダの茶葉で、この段階では一応依頼としてこの茶葉をこの喫茶店へ届けるという内容だった。
優奈は「これくらいなら出来るでしょ」と配達を晄へ頼んだわけだが、それはここへ来て何故頼んだかが分かった。
その理由は喫茶店メディオディアの店主ミスティル・ラビーがとんでもない人物だったと言う事。
おっとりとした雰囲気を感じさせる顔付き、浅葱色のストレートを一部みつ編みにしたヘアースタイルが特徴のミスティル・ラビーはどうやら定期的に優奈を、ここへ半ば強引に呼んでいるようだった。
店に入って用件を彼女に告げた時、別人で驚いていたが此方が優奈との関係を説明するとミスティルからも優奈との関係を知った。
彼女は優奈へわざわざ茶葉の配達の依頼を頼んで、此処へ来た優奈を閉店までウェイターとして束縛していると言った。本人はニコニコ笑って言ったが晄は内心、狼狽した。
特に変だと思ったわけでもない。その延長で優奈がウェイターをやっているというのならば、この世界の体系上変ったことではない。だが晄が狼狽したのは恐らく自分に振り掛かったこの事態、自分がウェイターをしているという事をあの時勘付いたからだと今になって思う。
晄は特別人付き合いが出来る人間ではない。だがカイリにはタメ口で話せるほどには出来るという具合だ。それでも腰に剣帯やら拳銃を下げた人間に接待できるほどの度胸が無かった。まだ勝手が分からないというのもあるし、接客の経験がほぼ皆無というのもある。
そんな人間を「まぁ、いいか」と言うだけで働かせる傍若無人さがとんでもない。
「コウくーん、これお願いねー」
「はーい……」
次から次へと料理を回してくる。本当に喫茶店なのかという勢いだ。
晄も愚痴ばかり垂れているわけにもいかない。並べられた皿をせっせと運ばねばならんのだ。
(このパスタ、何処だっけ)
『あの女』
(このオムライスは?)
『隅の子連れだ。覚える気はないのか?』
(いい加減頭がおかしくなってきた)
『代わってやってもいいんだぜ?』
(代わってくれ)
『……なんだお前』
デザイアに呆れられたが、代わってやると言われたのでそうしてもらうことにした。自分に接客業は向いていないとこの数時間の労働で情けないことに分かった。
『久しぶりに労働らしい労働しますかねぇ』
入れ代わりに何の不自由も無いほどにすんなりとデザイアと入れ代わる。引っ込んでデザイアが晄に乗り移っても晄は意識だけが覚醒している。
「お待たせしました」
デザイアは料理をテーブルまで運んで行く。わざわざ声色を変えてまで行う辺り、乗り気だったのかと思う。
何処か慣れたように接客するためそういった経験があるのかと疑問を抱いた。しかし年齢だけなら八十にもなるというのだから歳の功なのかもしれない。
「ん? コウくん、これもお願いね?」
デザイアの振る舞いに違和感を感じていたミスティルだったが気にすることなく料理をカウンターに置いて頼む。
「はいよ~」
意気揚々とカウンターに向かっていく。他の客も急にどうしたんだと注目の的になる。
「おーお、急にどうしたんだ。若いの」
「楽しまねぇとやってらんないっすよ!」
「それもそうか! ハッハッハ」
快活な中年男性にも対応する。
普段のデザイアの無責任さが丁度マッチしているのか誰とでも楽しそうに会話する。
「すまんがおかわり頼む」
「かしこまりました。ピラフの追加お願いしまーす!」
「はいはーい」
店の中が随分と賑やかになってきた。
「ぼくはここの料理好きだよー」「お、そうか。どれが美味しい?」「ハンバーグ!」「だったらおかわりするか? あのねーちゃんのツケで」「ちょっと、そんなサービスしてないからー」
子連れの家族の子供にも対応する。
晄は自分では到底できない事だと思った。
今まで他人とはあまり話さない生活を送っていた。単純に口数が少ないと言われることもある。それが前世で、優奈が亡くなってから余計に人と話さなくなった。虚無感のようなものがあってそんな気になれなかったのだ。だから今のデザイアのような気楽に他人と会話ができる事を羨ましいと思う。
それはデザイアの人生経験もあるのかもしれないが、少なくともデザイア自体、気さくなのだ。
彼に取り憑かれて以来困ったら相談を持ちかけ、その度めんどくさいと取り合わなかったが最終的にはしっかりと助けてくれた。人柄の良し悪しというのがこういうところで見えるらしい。
『……楽しいのか?』
(ま、それなりにな)
それからデザイアは閉店時間まで働いた。
晄と入れ替わった時間帯がオーダーのピークだったが、それからもコーヒーブレイクに来たお客を相手していた。時には相談役に、聴き手にと。
閉店時間になって、店仕舞いをし始めた頃また入れ代わった。その時に自分の体の疲れを体感したが、精神的な疲労はなかった。これはデザイアさまさまだ。
(久しぶりに動いたなぁ。最後に入れ代わったのいつだったか)
記憶ではここ一か月は入れ代わっていない。何気に晄がこの世界に来てからもう三カ月は経っていた。
デザイアとの入れ変わりは余程の事がないと行わない。
基本指南というスタンスでデザイアはやっていると言った。
魔法の使い方か剣の振り方くらいしか教えてもらってはいないが晄にとっては今いちばん身近な教師だ。
『普段つべこべ言って自分から動かないからだろ?』
(お前が代われって言ったら代わってやってるんだぜ? 良心的だと思えよ~?)
言われてみればデザイアから変われと言われた事は一度もない。
(俺が我儘言う時に備えてな、お前の頼みは聴いてやる。その代わり俺の我儘には何がどうあっても付き合ってもらうからな?)
何を仕出かそうと言うのか。
それでもデザイアが自分の補助になってくれると言うならば、いざその時に自分も付き合うことを頭の隅に置いておこうと晄は思った。
☆☆☆
「お疲れ様。はい、お代」
すっかり忘れていたが依頼だった事を思い出す。
店仕舞いをした寂しいカウンターに座ってミスティルに淹れてもらったお茶を飲む。
「あ、すみません」
茶封筒を受け取る。しかしそれと同時に別の封筒も渡された。
「なんですか、これ?」
「あ、それは写真の焼増ししたものね」
「写真?」
「わからない? 流石にそこまでユウナちゃんじゃ言わないよね。今日はコウ君だったけど、いつもはユウナちゃんが手伝ってくれたから。その時の写真」
「へぇ……」
「アルバムあるけど見る?」
「はぁ……」
正直どうでもいいのだが、見せてもらえるなら見せてもらう。あの優奈がどうやって接客しているのか気になる。
ミスティルが奥へ消えてすぐに戻ってきた。
「はい」と言ってアルバムを渡され受け取るとそれなりの重量があって驚いた。
では早速とアルバムの表紙をめくる。
そこにはこの店の制服を着て、接客している優奈の写真がはまっていた。
優奈の顔付きが異世界の優奈よりも前世で親しみのある顔付きと思うところ、転生してから間がないような感じがあった。
それからペラペラとページをめくっていく。数ページは同じような写真だったが、今のページをめくった途端、目が点になる。
(…………)
『……ウェイトレスが嫌なんじゃなくてコレが嫌だったんだな』
前のページに戻って、優奈の服装を確認する。この時はまだ制服らしい服だ。しかしページをめくれば店が変わったのでは?という服装をしていた。
この服装は晄にも覚えはある。実際にこのままの物が着用されていたとは思ってもいないが、晄の記憶にあるコレはコスプレとしてド定番の格好だった。
(コレなんて言う……? メイド服?)
『ゴスロリとは違うのか?』
(似て無くもないけど……。金持ちの手伝いが着るものだぞ?)
『それを今風にしたわけか。そうでなきゃここまで丈切らねーよな』
デザイアの言い方からすると、この世界に所謂メイド服という文化は存在しないような口振りだ。それ以前にデザイアの口からゴスロリという単語にも気を惹かれるが、晄がこの世界で服を買う時にデザイアに勧められた服のほとんどがパンクファッション系だったことを思うと水に流せる。
それよりもこのコスプレに重点を置いたメイド服を着ている優奈だ。
本人は前世でも現世でもこのような人目を無駄に集める服装など着るはずもない。だとすれば……。
「あの……これ、着せました?」
「もちろん!」
満面の笑みで答えられる。
この時、晄は自分がミスティルの傍若無人さに狼狽したことへの真の原因を掴んだ。
(これだ! こんなことをさせられるからっ!)
『おい、これからずっと俺らがコイツの店に出張ることになるんだったらその内……』
デザイアが危惧している事は晄にも分かったが、その前にミスティルが放った言葉が危惧から確信に変わる。
「これからはコウくんの服も考えるよ」
☆☆☆
夕刻。
自宅へ帰る道中、デザイアとミスティルへの対策を話し合った。しかしどれも後腐れなく終わるような案は出なかった。
デザイアとはあの店に入った時点でアウトだという結論には至った。店主の強引さは恐らくまだ未知数だからだ。
今後、優奈がこの依頼を一方的に晄へ押し付けるようになるのならば一つ考えがあった。
『道連れもありだな』
ミスティルへの罪悪感が起こらない尚且つ痛みを分かち合える手段だ。罪悪感と言うのも変な話だが依頼のお得意様となっているようなので無下には出来ない。
しかしどうやって道連れにするのか?といったところだ。
今、晄の手には優奈の焼増しの写真がある。一通り目を通してみたが日を重ねるごとにコスプレの要素が強くなっており、優奈の赤面が哀れに見えてきた。
人思いに捨てるのか、保管しておくのかがいいのかいまいち使いどころの分からない写真をデザイアは餌にしようと言った。
『その写真捨てるなよ、アイツを掌握するためのアイテムなんだからな』
言葉だけでこうも凶悪なアイテムに見える写真。
道連れに使うならば晄が隠し持っていなければならない。優奈もタダでは黙ってはいないだろうから写真の事は言わないようにしておいた方がいいだろう。拳銃でも向けられては堪ったものではない。
どうでもいいような事を、体だけ疲労が溜まった状態で考える。この思考を別の所へ活かしたいものだ。
やっと家の前までたどり着く。家に入るために何故緊張しなければならないのか不思議だが晄はドアノブに手を掛けた。
ゆっくりと開け、ドアベルを鳴らす。いつも邪魔だと思っているパーテーションから中を除く。
優奈は居ないようだ。今のうちに自室に飛び込んで写真の始末を決めよう。そう思ってパーテーションを抜けだした途端、横から腕が伸びてきて晄を壁に押し付ける。
「ぐふぅっ」
完全な不意打ちで締まりのない声が出る。
晄を壁際に抑え込んだのは勿論優奈だった。どうやらパーテーション下部の死角にしゃがみ込んでいたようだ。自分の観察力のなさに悔恨を感じる。
「さっさとそれコッチに寄こしなさいッ……」
そう言う優奈の眼はかつてないほど殺意に満ち溢れていた。
「それって何……? 何のことぉお!?」
知らぬふりをすると晄の首に宛がった腕を押し込まれる。
優奈はどうしてか写真の焼増しのことを知っている。勘付かれていたのか?
「さっき一報あったのよ。アンタがその写真を持って帰ってくるってっ」
(読まれてたのかっ!?)
『読まれてたのかっ!?』
写真の事を伝えるなどおかしなことでもないのに、帰ってくる道中悪用しようと模索していたせいで行動を読まれていたと思ってしまった。
デザイアも一緒に言っている辺り、同じだったのだろう。
「さぁ、寄越しなさい。アンタが持ってても仕方ないでしょう……?」
仕方をこれから考えるはずだったのだ。
ここで渡してしまってもいいのだが、無理矢理力任せに取られるのは少々癪に障る。
何をするにしても力づくというのはいただけない。
「そう言うお前はあの喫茶店の事、言わなかったな?」
「言うわけないじゃない」
「そのおかげで陰鬱になった!」
「私はさらに陰鬱よっ! 写真の所為でっ!」
「お前これから喫茶店の依頼を俺に一任するつもりだろ!? そうはいかないからな!」
強情に来られると素直に渡したくなくなった。
晄は死守する事を選んだ。この写真を処分したところで魔の手からは逃げられないだろう。アッチはいくらでも刷れるのだから。
「へぇ、痛い目に遭いたいのね?」
「うわっ」
優奈は晄と立ち位置を引っ張って入れ替え、晄の脚を引っ掛けて押し倒した。
一瞬何が起こったか分からなかったが倒されて、右手首を掴まれて気付いた。
「イッてぇッ!」
優奈は人が痛みを訴えてるのも無視して必死に右手の封筒を奪おうとしていた。偶然にも晄は優奈の右手を掴むことに成功して抵抗はしているものの、全く動かない優奈の腕に驚愕した。
(ここまで差があるかよっ)
鍛えていない晄でも、優奈程度ならばどうにかなると思っていたが誤算だった。しかし自分の筋力が転生してから底上げを喰らっていることを晄は今更ながらに思い出す。優奈も同じように底上げされてからの鍛練をしているのならば敵うはずがない。
(わぁっ、うわぁっ)
優奈の右手が徐々に晄の右手に近づく。あと少しで盗られるというところでデザイアが動いた。
『代われ代われ!』
何故デザイアは嬉しそうなのだろうか? しかしそんな事は後にして晄は急いでデザイアと人格を入れ替えた。
「そう簡単に渡すかよッ」
デザイアは優奈の右手を引き剥がした。
デザイアと人格を入れ替えると身体能力が並外れるのは何の違いなのか。
「チィッ」
優奈は押されても引く事をせず、遂には魔法を使ってまで奪い取ろうとした。
生身では魔法で強化された腕力に敵うはずがない。デザイアは即座に腕から手を放し、優奈の右脇へと腕を伸ばした。そして左腕で体を支え少し起き上がる。そうすると右腕は優奈の首まで届き、そこから一気に横へ押し倒した。
今度はデザイアが上になり、優奈が下になった。
優奈は顔は少し驚いている。
「アンタ……入れ代わったわね!」
「アッタリめー、こんな面白いもんを簡単に処分させるかよ!」
この約八十歳、幼稚であった。
本当に歳だけを取ったのか、一番乗り気なデザイアは子供のように声を弾ませて言う。
「いいもんだったぜぇ? 入らないってんなら俺が大事に保管してやるからよ」
「こんなだからアンタにだけは渡したくない!」
優奈は必死に抵抗する。デザイアはちゃっかり優奈の両脚を自分の脛で抑え込んでいた。
優奈のしなやかな長い腕を伸ばしてもデザイアの右手には届かない。
「こういう時、身長がモノ言うんだなぁ~」
デザイアは得意げに言う。自分の体ではないと言う事を忘れないで貰いたいと晄は思った。
晄の体格は細身だが身長は百七十五センチ以上はある。手足も優奈と同じように身長の割には長いので鍛えれば力が乗る、戦闘に於いては素質のある体だった。
「お前も分かるだろ? 体格差って言う奴が。成長が楽しみだ」
「なにっ、ゴチャゴチャと、えいっ!」
左手でデザイアの右手の封筒を狙うが、デザイアが意地悪く高さを下げては上げるを繰り返して、煽っていた。
しかし優奈はもう常套手段では埒が明かないと見たのか、手の平を開き魔法陣を作った。
「いい加減に……」
「あ……」
デザイアも優奈の動作から魔法を使うことを察したが遅かった。
「しなさいッ!」
優奈が怒鳴った時、右手の封筒が強烈な衝撃と共に宙を舞った。
封筒は天井付近まで撓って揚がる。
それをデザイアは立ち上がって掴もうとする。しかし立ったと同時に優奈の脚の拘束が解け、デザイアは足払いを喰らった。
「ぐぅッ!」
その足払いには魔法まで掛けてあった。デザイアは普通の蹴りだけならば耐えられると思っていたようだが読みが外れた。
完全に体を床へ落すことは無かったが、デザイアがよろけている内に優奈が立ち上がる時間が出来てしまった。
デザイアも黙っているわけなく同じように脚を蹴飛ばすが、蹴りが彼女の右足によって防がれる。
デザイアは戦慄する。
(ちょっとまてッ……)
今の蹴りはかなりの力を込めて放ったつもりだった。当たれば悶絶する程度では済まないほどの威力で放ったはずなのだ。けれどそれが易々と防がれた事に落胆する。
何故防がれたのか、思い当たる節はすぐに見つかる。
(この体……弱すぎる!)
『失敬な!』
晄は憤慨する。けれどそう考えている間に封筒は優奈の手の中だった。
ふと彼女の顔を顔見上げると蔑んだ目で見下ろしてきた。
封筒をデザイアの目の前に持ってくる。それをデザイアが手に取ろうとした瞬間、封筒の下部がパラパラと粉になって床に積もる。
写真ともども魔法で分解されているのだった。
「ああああああ!」
叫んでいるうちに封筒と写真は全て粉になって山を作った。
「ふんっ」
そして一発、デザイアもとい晄の体に蹴りを加えられる。
「ぐぇっ……」
『俺の体なんだけど……?』
そんなことはどうでもいいと無駄な寂寥感がデザイアを支配した。
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