決断
特番が終わった後、カイリは暇そうにソファに踏ん反り返り、優奈は自分だけお茶を淹れて飲んでいた。晄だけが妙な疎外感にさらされて立っていた。座ろうとソファへ腰を掛けようとした時、ドアベルがチリンと鳴り、パーテーションに人影が映った。三人は誰だとドアの方へ目を向けた。
「お忙しいところお邪魔します」
挨拶をしてパーテーションから姿を現したのは純白のコートに身を包んだ女性。
「あっ」
「アイクか!?」
突然の人物の来訪で三人が驚いた。
「お身体の方は大丈夫でしょうか……?」
「えっ?あ、はい、おかげ様で不自由なく……」
お互いがかしこまって話をする。二人ともが複雑な気持ちを抱いているのだろうと晄は思い、アイクに自分が座るはずだったソファを譲った。「どうぞ」「すみません、ありがとうございます」
アイクが座った後に優奈もカイリの横へ座る。ソファは対面で二脚置かれているので四人座れるが何故が晄は立ったままを選んだ。
「お前はさっきの見てないのか」
「はい、自分の親が罰せられるところなんて……」
「そりゃそうだわな」
「それに今は無理を言って外出させてもらっています。今も外にレギオンの監視が就いています」
「どういうことです?」
優奈が尋ねる
「今の私はこの通りレギオンの所属になっています」
アイクが身につけているコート、それはレギオンが支給しているものだった。
「理由は単純な研究材料としてです」
研究材料と言う言葉に三人は顔をしかめた。確かにアイクは今となってはアルバロの蘇生実験の成功者かつ複数の魔法を操ることのできる、人を超越した存在だろう。それ故に研究者を魅惑するのかもしれない。だからと言って好き勝手にしていい訳はないのだが。
「本当にそれだけか?余りにも直球すぎる」
カイリが確認する。
アイクは少し押し黙っていたが口を開いた。
「賠償の肩代わりです。私の父が殺した子供たちの遺族への賠償責任があります。その額は父の遺産だけでは到底足りません」
「そこでレギオン側が賠償の肩代わりをしてもいいからアイクを受け入れたいと」
カイリが口を挟んだ。なんとも言いにくい事をサラッと言ったものだ。
「レギオン側もよく面と向かって言ったもんだ。それでオッケーしたんだな」
「路頭に迷って泥水を啜るよりかは……。それにいくらか給与も出るそうなんで」
レギオンそのものどころかこの世界に体制に詳しくない晄は感覚が麻痺し始めていた。
欲の見えすぎるレギオンが賠償の肩代わりをする、給与も出す、承諾して身を提供する。
何かが割に合っていないと晄は感じた。晄の人間倫理が混乱していた。
「それってずっと?親との話はしました?」
優奈が恐る恐る訊く。
アイクは躊躇いなく答える。
「常に研究所にいるわけではありません。期限については何も言われてませんが家に帰ることはできるみたいです。そして……母にはまだ……。かなり前に決めたことですがなかなか言い出せません……」
「そうだろうな。母親の方も計画を後押ししたんだから、娘がそうなっちまったら潰れるだろうな」
「でもこればかりは言っておかないと余計に……」
優奈は危惧する。
先に知るのと後で知るのとでは心の負担が大きく違ってくる。
先に知ったとしても子供が夢を追ってレギオンへ入るのとは訳が違うのだから許してもらえるとは言い難い。
アイク本人が決意しているとしても親は気が気でない。自分の行いのせいで娘が実験に使われるのだから心身の疲労は生まれる。今の母親の状態でそのことを受け止めるには厳しいと思われた。
「そのことだけは知ってるかもしれないな。レギオンがアイクだけにその有無を伝えるとは思えない」
「昨日一緒にいましたけど何も」
「言い出せないだろ、自分の娘をレギオンに差し出す話なんて」
知った風な口振りのカイリだが、あの時の速報でチラッと映ったサナリ・シャンドを見たとき、酷く憔悴してはいたが晄にも家族思いのある人のように見えた。
「私はなんと言われても変えるつもりはありません」
アイクは強く断言した。しかし否定するようにカイリが言う。
「相当気負ってるみたいだが、お前のしたことはそこまで悪いことじゃないと思うぞ。起きたら機械みたいな体になったらパニックにもなるだろう?その延長で俺やツバキを攻撃したならそこまでするもんじゃない」
「違うんです」
「違う?」
優奈が訊き返す。
「私は今こうして皆さんの前で会話しています。聞くところによれば私は三年も寝ていたようです。そして復活してある種の岐路に立っています。どうしようかと考えた時に頭によぎるのは、私が復活するために命を奪われてしまった子供たちのことです。私は子供たちの命で生きていると言ってもいいです。未来がある子どもと家族の笑みを盗っておいて何事もないよう生きるのは逆に……辛いんです」
そう言うことか。アイクの本心はそうだったのかと一同が口をつぐんだ。これは降りかかった者にしか解らない心境だろう。言葉で言われてもアイクの気持ちを汲み取るには十分だった。
「だからこの体をどうにかして活かせたらなって思うんです。今の私の体は科学の目で見れば革新だってレギオンの方が言ってました。革新なら役立てるかなと……」
余りにも感情の起伏がない心痛な言葉。ここへ来てアイクは俯く。
口にした本人が一番の痛みを味わっている。掛ける言葉が見つからない晄。
優奈も会話の中次をしているだけで聴くだけだった。
唯一話を聴いて答えていたカイリも今や頭を掻いて黙っている。
またも耐え難い静寂が訪れる。しかし長くは続かなかった。部屋の隅まで広がるドアベルの音が来客の合図となった。だが姿を現したのはどう見ても来客ではない、レギオンだった。
「シャンドさん、そろそろ」
「……分かりました、すぐに」
それだけ告げると出て行った。
「アレが監視か?」
「はい、無理を言って寄ってもらったので……。この後、母に伝えに行きたいと思います」
アイクは立ち上がる。それと同時にカイリも立ち上がった。そしてアイクへ向けて言った。
「アイク、お前の選んだ事は間違ってない、いい考えだと思う。それでもって自分の人生を捨てるのはかなり未練がましくなる。だから決着付けることは付けておいたほうがいい。母親ともな」
この言葉を受け取ったアイクは一筋の涙を伝わす。
「はいっ……。皆さん、ありがとうございましたっ」
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