処刑
事件発覚後一カ月弱経った。晄たち一行は様々な容疑の疑いが掛かっていたが不法侵入はアルバロの計画を暴いた功績で取り消し、公戦罪は罰金だけで済んだ。
優奈も退院してデュッセに戻っていた。
メイゼルでは一週間ほどレギオンに世話になった。晄とツバキは何とも思ってはいなかったが優奈、カイリ、アルダの三人はあまりよくは思っていなかった様子。
一か月も経てば落ち着きを取り戻したのか、それとも現地から離れたからなのか連日の騒ぎも鳴りを潜め始めた。しかし今日のこの日ばかりはもう一度取り戻そうとしている。
その理由は今日がアルバロの死刑執行日だからだ。
あれからというもの、アルバロの悪行が日毎に明かされるようになり、非難の声が大きくなっていった。
自分の娘のために他人の子供を犠牲にしたという矛盾した行いが一番の非難を集めた。デュッセやメイゼルでも住民の世間話からは憤慨が聞えていた。人道的ではないというのは見解の一致か。
「今考えてみれば、一人で全部出来るわけないんだよな」
カイリは優奈と晄の自宅で、ソファに座って踏ん反り返った。半袖のワイシャツにジーパンという姿は休日の人そのものだ。ただしカイリは休日でこの服装なのではなく謹慎を喰らったのでこの服装なのだ。
メイゼルから帰った後、サファイアオービタルでカイリとアルダの謹慎が決まったらしい。理由はギルドマスターを通さなかった依頼を受け取り、あの装甲車もどきを無断使用したからだそうだ。
二人の行いは結果から見ると名声を上げた行いだったということで依頼遂行内容ではなく、勝手な判断によって請けた依頼に対して処罰されたらしい。
カイリは当初「貰うもんだけ貰ってこれかよ」と文句を言っていた。そして謹慎中にも関わらず、暇さえあれば此処へ来て仕事の邪魔をするという迷惑なことをしてくれている。
「いい加減帰りなさいよ」
ここ毎日この台詞を言っている優奈は今日も同じく言う。そして「どうせ人もこねーんだからいいだろ」と言う。
此方も同じ返しをしている。
ただし人が来ないというのは少し嘘で、疎らに人が訪ねてくる。それに一役買ったのが晄である。
たった十七でアルバロを撃退したという事がメディアの情報を大きく沸かせた。
実際まだメイゼルに滞在していたころ、あの街を歩くだけで関心を含んだ眼差しで見られた。そして此方を見計らったようにマスコミなるものが取材させてくれと来た時には圧倒された。
曖昧な事をいい加減に喋ったせいもあって何処かで話が捩れて、とても大きくなっていた。それが少し繁盛に影響したのだった。大きさの割にそれ程人が来ないのは自分自身の身元の不明さからだろうと晄は思っている。いくら訊かれても、住んでいる街と名前は出していない。
晄の同伴者も優奈とカイリ、その他と数えるほどしかいないのだから居場所の特定が難しいのも当たり前だった。
知っているのはデュッセの数少ない近所くらい、それでもカイリとアルダの所属ギルドの拠点から割り当てたという人もいる。
「これでも回らなくて苦労してるんだけど?」
「そりゃ、一人に対して一日五人も来りゃまわんねーだろ。俺のとこも人手が足りてねーよ」
「晄が使えたらいくらかは……」優奈は晄を流し見る。
「無いものねだりするなよ」晄はそっぽを向いて言った。
デザイアはその限りではなく、自分の能力と晄の体を使えば働くこともできるが何せ本人に全くやる気がないようなので仕事が回るようになるのはかなり先だろうと晄は思う。
「そろそろか……死刑執行」
突然にカイリが話を重い方へ持っていく。連日放送していたアルバロの死刑執行。時間帯は今頃だと記憶していた。
「なんかないのか、テレビとかラジオとか」
「コレがあるでしょ、コレが」
優奈は左手首を叩いた。示したのは腕時計だった。
「この腕時計、便利だよな」
わざわざ言うようなことでもないのだろうがその性能は少し時代を跳んでいるような気さえした。
カイリは横のボタンを押し宙にスクリーンを展開して、チャンネルを合わせた。しかし、どこのチャンネルも話題は同じだった。
カイリの顔はさらにつまらなさそうになった。優奈も流し眼で見ている。晄だけはマジマジとスクリーンを見つめ、アルバロを捉えた。断頭台とは言わないまでの処刑台の上で膝立ちをさせられていた。手も拘束されて、辺りを囲むように黒い制服を着た魔法師が配置されていた。
古臭いような印象を与えた映像。まず処刑を放映しているなどということが晄には不快だったし、信じられなかった。
「でも……俺が……」
晄は呟いた。そしてカイリが拾って言った。
「人命軽視とまではいかないけども、命のやりとりってのはアッサリなんだよ」
誰も喋らなくなったフロントに、アナウンスの実況だけが浸みわたる。アルバロの表情は安堵しているように見られた。カメラの移動と共に一人の女性がアップされた。酷く乱れた長い髪に憔悴した顔、アイクに似てると思った時、アナウンサーがサナリ・シャンドと言った。恐らくアイクの母親でアルバロの妻だろう。
「今回の依頼主……サナリ・シャンドだ。あの時俺なんて言ったかな、それが仕事ですからだっけかな。どうであれ無責任すぎたか……」
カイリが悔いるように言う。どういうやりとりがあったかは知らないがカイリなりに思うところがあるようだ。
それから誰も喋ることは無かった。出力された映像をぼんやりと眺めてその時が来るのを待った。
そして一人の女性がアルバロの正面に立った。
鮮やかな長い赤髪が印象的な女性だった。規律正しく着こなしたレギオンの制服をみるにアルバロと同じくらいの階級を持つ人だろうか。
執行人はレギオン第九班班長、ルイール・メージョナー。アナウンサーはそう言った。
「ルイール・メージョナーか」
「有名人か?」
「そうね、ライフルとかハンドガンの扱いがうまい人じゃなかったかしら」
「主に依頼をこなしたりすると言うより、レギオン本来の仕事をする系課の人だ。言った通り銃の扱いが上手いらしい」
聞き流す程度に頭に入れる。
ルイール・メージョナーはアルバロと少し会話をしていた。マイクはそこまで拾わないのか口元が動いているのは分かった。
一通り話し終えたのか彼女はそこから距離を取り、拳銃を取り出した。銀色が鈍く光る装飾過多なオートマチックの銃はアルバロへ向けられた。
緊張の一瞬が訪れた。
この場では晄だけが固唾を飲んでいた。
優奈とカイリは見慣れた様にディスプレイを見ている。
そして、拳銃のマズルフラッシュが小さく起こり、乾いた発砲音が包む。少ししてからアルバロの体が支えを失ったように力なく崩れた。
人が死ぬ時を晄は初めて見た。
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