表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ⅡLive ≪セカンドライブ≫  作者: 工藤 遊河
一章 異世界
31/56

対面

 世界が変わっても医療機関に変わりはしないのか。

 従業員が変わりなく白衣を着た医者、看護服を身に纏った看護師など何処となく親近感が沸く。違うところがあるとすれば短剣を持った警備員がいることくらいか。

 晄は今、メイゼルの医療機関の病室にいる。椅子に座って、日の光を後光にしたメイゼル中央塔をぼんやりと眺めている。

 晄が患者ではない、優奈が患者だった。

 あれから優奈はレギオンによって治療を受けた。ただし、多数の裂傷を治したのはアイク・シャンドと言う件の女性だった。

 あの裂傷は傷一つに魔力を残留させて治癒魔法での治療を妨害する性質の悪い効果が付いていたらしいが、それを的確に解除して治療したのは彼女だという。

 そのアイク・シャンドも今はそれどころではないらしい。


「んっ……」

「優奈?」


 あの騒動から実は二日経っていた。傷は塞がれていても、失血が酷く昏睡状態となっていた。

 今でも優奈の体からは管が伸びている。けどそんな彼女に変化が今起こった。

 長い睫毛を揺らして目蓋がゆっくりと開き、入ってきた光に眉間に皺を寄せる。それから体を起こした。


「ここは……?」頭に手をやって場所を独り言のように尋ねる。

「病院」その独り言に晄は答えてあげた。


「医者……?気持ち悪い……」

「水、飲むか」


 晄は置かれていた水差しを手に取りコップに水を注いだ。

 優奈はそれを受け取り、すぐに飲み干した。


「ふぅ……。それで何がどうなったの?」


 起きていきなり現状確認とは……。もう少し穏やかに行きたい。しかし笑って話せることでもないのでレギオンの事情聴取で幾度となく話した顛末を話した。


「あれから……」



☆☆☆


「ホントに言ってんのそれ?」

「そうだよ、本当だよ」


 この世界に来てから何一つ信じてもらえていないような気がするが、それは自分の手柄にしておけとデザイアから言われた。嘘をついてデザイアがしたことにして話すつもりだった。


「コートに剣が仮にそうだとしてもねぇ」


 優奈はそう言ってハンガーに吊るされたコートと剣を見る。


「試したらいいじゃないか」


 晄はコートを取って優奈に渡した。

 優奈はふーんと疑って、調べる。そしてコートの上に手を広げて幾何学の文様を発生させた。

 

「ホントだ、分解できない」

「何やってんだ!」

『何やってんだ!』


 デザイアと反応は一緒になって、晄はコートを引っ手繰った。幾何学にコートが触れると文様が弾けるようにして消えた。


「……本当に消えた?」

「言っただろ、そうなんだって。ていうよりなんでバラそうとしたんだ」

「バラせないからいいじゃない」

「気の持ちようが違う」


 コートを叩いてから掛け直す。その時、病室の戸を叩くノックの音が静寂を生んだ。

 晄と優奈は見合わせてお互い「誰だ?」と固まった。そして二回目のノックで晄が「どうぞ」と招いた。そして戸が開かれ、一人の女性が見えた。


「こんな時間にすみません」レギオンの制服で身を包んだ女性は謝罪を述べた。「アルバロ・シャンドの娘、アイク・シャンドです」

「え?」


 優奈は驚きの声を上げた。だが晄は初見ではない。デザイアと入れ替わっている時に見えた泣き喚いていた女性だ。こうして対面すると顔立ちが整っているのに、目に生気が感じられないといった印象を受けた。


「どうぞ……」


 晄は余っていた椅子を差し出してアイクに座るように促した。「失礼します」

 歳は変わらないと聞くが、作法から何処となく出身の良さを感じる。


「今日此処へ来たのは、貴方への謝罪と父の経過を伝える為です」


 謝罪……謂われはある。


「この度は……父が大変な迷惑をお掛けしました。決して、決して許されることとは思っていませんっ」


 アイクは頭を深く下げて謝罪した。

 生気が感じられないと思っていた晄には、その涙声が酷く胸を裂いた。

 優奈はどうしていいやらであぐねいていた。


「あの……顔を上げてください?それにこうなったのは私たちの力不足が招いたことですし……」


 なんと声を次ぐべきかと優奈の目は言葉を探していた。

 本人が許すと言うのならば……。晄は助け舟を出した。


「大丈夫ですよ、こうして生きてるんですし」

「そ、そうです!私は貴方に助けられたじゃないですか」


 晄も優奈も柄に合わない敬語でどうにかアイクを力付ける。

 悪いのは彼女ではない。親族として謝らなければならないという礼節は二人とも解っている。形式だけとは思っていない。


「まーた泣いてんのか、お前は」


 唐突に別の男性の声が部屋に響いた。カイリだった。


「カイリさん……」


 アイクが驚いた様子でカイリを見た。

 いつも通りの青い服装に紙袋を持って入ってきた。


「ほれ、見舞い」


 そう言って優奈に紙袋を渡す。訝しんで優奈は受け取る。

 ゆっくりと紙袋を開けると赤いリンゴが二つ入っていた。


「申し訳程度……ね」


 優奈は感謝も言わず、晄に袋を押しつけた。


「可愛くねーの。それよりも辛気臭いな」


 カイリはアイクの頭に手を乗せ、こう言った。


「コイツらが別にいいって言ってんだ、こういうときは有り難く頂戴するもんだ。ソイツも言ってるだろ、生きてるからって」


 いつからその件を聴いていたのかと言いたくなるが水は差さない二人だった。


「そうなんですか?」アイクが不安そうに晄と優奈を見る。「はい、この通り」

 優奈は両手を広げて、何処にも傷は無いとアピールする。


「すごいですね、傷口が見えなくなるなんて」

「あ、あの時は必至だったので……」

「だとよ、大好評だ」


 カイリが添え口する。


「あの……ありがとうございます」


 もう一度アイクは深々と頭を下げたが今度はすぐに上がった。

 そして一拍置いてもう一つの報告を口にした。


「それと……ですね、私の父の経過です」


 一同の目の色が変わる。先程まで軽いノリだったカイリの眼も真剣なものになった。


「傷を負っていましたが一命は取り留めました。そして貴方を含めたお二人には公戦罪が適用が検討されています」


 貴方は晄、含めた二人は優奈とアルダのアルバロと直接争った面々。


「それはそうよね」

「公戦罪?」


 晄が小声で訊ねる。


「街の中で戦闘を行ったことに対する罰則よ」

「へぇ、なるほど」


 一呼吸置いてアイクが話しだす。


「いいですか?私とカイリさん、もう一人の女性にも検討されています」

「ん?なんで検討なんだ?適応じゃなくてか?」

「私がいるせいかもしれません。私は戸籍上死亡扱いですから」

「まずはアイクの存在定義からになるのか、人間として扱われてないのか……」


 騒動発覚からカイリによって伝えられたのはアイクが蘇生していたことだ。植物状態の人間が交戦できるほどに復活したことは連日騒がれた。

 蘇生の方法も自然治癒ではなく、体の大部分をマシンで代用していることから人ならざるモノとして扱われているというのがアイクの言ったことを意味する。

 

「それから……私の父は死刑になると思います」

「なんでだ!?」


 カイリが紛糾した。


「ありえねぇ、他に何かあったのか?」

「はい。私が眠っていた所、カイリさんたちはあそこに何があったか……?」

「あそこ……そうだ、死体だ!子供の死体!」

「そうです。あの死体は私を蘇生させるため……いえ、改造するために父が魔力管目的で攫った子共たちです」

「本当に?」


 死体を見ていない優奈と晄には急展開な話だ。


「ここ数年、子供が行方不明になる事件が多発していたみたいです」

「その犯人がアルバロか」晄が言った。

「意識を戻した父が自白して認めました」


 晄にはしっかりとした理解ができなかった。

 そもそも前世の日本には死刑が執行されることを耳にすることが稀なのであまり馴染みが無かった。そしてこの世界の法の力を知らない。しかし、話を聴いていれば死刑があるのならばそれに値しても仕方ないと思った。

 晄の思うところ、アルバロの無茶苦茶な行いのほうが理解し難い。自分の子供のために他人の子供を利用するなどというのは全くもって理解できない。私欲に辺りを巻き込み過ぎている。

 晄に子供が出来れば話が別かと言われてもまず無い。

 アルバロを倒した時、アルバロは手を振って降参を伝えてきた。今思えば余りにも諦めが早い。

 相当な数を戦ってきたであろう人物があの程度で負けを認めてしまうとはどういう心境の変化か、察しなど付くはずもない。


「今お教えすることができるのは此処までです。後は捜査が進み次第確定していくと思います。」


 晄と優奈は反応に困って、日が暮れた空を見たり、うつむいたりした。


「それではこれで失礼します……。時間を割いていただきありがとうございました」


 アイクも耐えきれなくなったのか、そそくさと立ち上がって礼をして部屋から出て行った。


「辛気臭いな……」


 カイリも愚痴を漏らして、同じように出ていく。

 静寂が部屋に染まる。どうしようもなくなった二人共が言葉を探す。

 そして最初に口を開いたのは優奈だった。


「誰も報われないかも……」

「そう……かな」


 晄は否定したものの、誰が報われたと言われれば誰も挙げられない。

 アイクも憔悴してしまって、報われたようには見えなかった。彼女は自分の存在に悩まされている。

 報われた者は本当にいないのだ。


☆☆☆


 今のアルバロにはお似合いの部屋だった。簡素な机と証明だけが明かりのこの部屋は取り調べ室だ。マジックミラーのはめられた小窓からは勿論中からは外は窺えない。

 取り調べを行っている人物はアルバロの同僚だった。治安維持へ勤めている彼はアルバロと対照的な人物でそれなりの歳になっても戦闘をこなす為、体付きはしっかりとしている。目付きも鋭く、今のアルバロにはその目がとても痛かった。


「まさか君に見てもらうことになるなんてね」

「それは俺も同じだ。にしても驚いた、お前があんな子供に負けるなんてな」


 彼はアルバロと例の少年が戦っていた部屋に踏み行った人物だ。


「少しおかしいことがあってね……。訊きたい話がこれじゃないんだろう?」

「そうだった。今回訊きたいのはお前の計画に加担していた奴らについてだ」


 すでにアルバロが事件を起こした動機と子供を攫った動機については前日別の人に話したので、今回の聴取がそこへ話が及ぶのは分かっていた。

 アルバロの計画に加担した人間、それは無人兵器の制作に携わった人間とアイクの改造に携わった人間だ。

 この計画はアルバロの単独で行うことのできるほど容易なものではない。自分の娘に施す為の戦闘プログラムの収集にあたったロボットの製作はアルバロだけではプログラムを組み込むことしかできない。パーツ加工の技術など持っているわけではない。本体を作り出すのに少なからず専門の人員が必要となる。

 さらにアイクへ直接手を加える時にもアルバロの手に負える分野ではない。生の体を扱うのだから医学の知識と医療スタッフが必要となってくる。

 そうした人員達をどこから集めたのかというのがこの取り調べの趣旨だ。

 

「自分と同じ境遇の人間なんてレギオンには多くいるさ」

「子供を失うだけだったらな」

「それだけじゃ足りないから人脈使ってレギオン以外の人も使ったよ」

「そいつらはもうこの街から出て行ってるよな?」

「かもね。貰えるものは貰っていっただろうし」


 アルバロは自分と同じく子供を失ったレギオン人員に同情を買わせて人員を集めた。それだけでは足りないのでさらに別の所からも調達したと言う。大方無法者や退役者からだろう、それなりの報酬を払って。

 レギオン外の加担者はメイゼルを出てしまわれてはレギオンも拘束力を持たない。


「ならレギオン内だけでいい、どいつらが加わった?」

「流石に言えないね」

「売ることはできんか、まぁいい。すぐにでも炙り出すさ」


 アルバロは加担していた人員については黙秘した。メイゼルで制定されている法は主犯に重点を置いて罪を追求する主意がある。一斉に捕える事が出来たならまだしも別々となると街の外に出ている可能性があるため、そこまで必要に探ることをしない。黙秘していても重要情報でない限り割らせるということも少ない。その代わりに主犯に課せられる罪はかなり重たくなる。


「裁判にするまでもなく」

「死刑かな……」

「確定だろう」


 この男は既に複数の罪無き子供を攫い、無惨にも殺めている。その残虐さはとうにマスコミらによって周知のものとなっており、住民からの要望も多い。裁判もその通りに進めていく予定となっており、メイゼル住民との総意に近い。

 今はこのメイゼルのみにしか公にされていないがそれも時間の問題だろう。悪事は千里を走る。


「自分の奥さんと娘はどうする?」

「それは……申し訳ないと思ってるよ。サナリにはかなりの苦労を強いたと思うし、アイクも私のせいで今は混乱してるだろう」

「あっさりしてやがる」

「こうなってしまっては奇跡でも覆せないからね」

「今、お前の事なんて言われているか知ってるか?奇跡を起こした奇跡だってよ」

「変人扱いは慣れてるけど……奇跡ってなんだい」

「お前みたいな存在という奇跡と娘を復活させた奇跡だろう」


 アルバロは苦笑した。


「可笑しいね。奇跡なのに」

「偶然と変わらねぇよ。後先考えてくれずに起こって、結果が良いか悪いかなんだからよ」


 関係のないことを喋ってしまう。

 こうして科学者になってからかなりロマンチックな事を言い出す様になってから話のペースは常にアルバロが持っているように思う同期だった。

 これ以上は本当に持っていかれてしまうと思い、切り上げに焦る。


「お前が思いのほかあっさりだから訊きたいことも無くなっちまった。何か伝えることあるか」

「んー、無いかな。あったら自分で伝えるよ」


 そんなチャンスはもう巡ってはこないと思いつつ、同期は立ち上がって戸口へと向かう。

 死を覚悟した人間、ああも余裕になれるのか。





 

読んでいただきありがとうございます。

誤字脱字などがありましたら報告ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ