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ⅡLive ≪セカンドライブ≫  作者: 工藤 遊河
一章 異世界
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真意

 命運が尽きていたのは少年が立ちはだかった時だろうか。

 自分の魔法が通用しなかった時がそうだったのだろうか。

 未だにどういう仕掛けで魔法式を消し飛ばしたのかは解っていない。

 冷静になって考えてみれば何も体に当てずしも顔面で良かったのだ。

 そこへ至らなかったのは疲労で疲れていたからか、焦っていたのか。

 焦っていると言えばここに少年を含めた数名が侵入してきた時からそうだった。平常を装って居られたのは歳が成せたことだろう。

 あと少しで成功を収めるこの計画に思わぬ水が入ったことに悔んだ。後に我が妻サナリが依頼したと聞いた時は疑心が生まれた。賛成もしてくれた、何よりの後ろ盾だったにも関わらず……。


(見限られたかな……?)


 確かに家に帰らず、一人放置していてはそうなってしまうのも無理はない。だが彼女は聡明な人だ。後々これは過ちだと気付いたのかもしれない。

 アルバロに限っては計画を再発した段階で微塵も可笑しいとは思わなかった。


(可笑しいね、本当に予想外だったなぁ……、自分の娘と同い年くらいの子に傷を負わされたのは)


 この傷の痛みも久しぶりだった。IDカードが黒になり階級が上がってからは自らが戦闘を行うということも無くなった。

 いつの間にか忘れていた痛みだった。

 与えた事もあったろうに。だがそれを忘れさせたのは何よりも娘の事故だ。

 今まで幸せであったことを語る娘が動かなくなった時、もどかしさが生まれた。

 死んだわけではない、だが死亡扱いになっていること。死を悼むことも出来なかった。ただひたすらに生命活動だけを行っている娘。悲しんでいいのか喜んでいいのか。

 死んでいないのになぜ歩いたり、喋ったりが出来ないのか。

 もどかしさに苛まれ続けた結果、アルバロは自ら植物状態の人間の蘇生を試みようと至った。

 生きているのに死んでいる。生きているのに動けない。そのようなことに納得がいかなった。

 世の中アルバロのような感情を抱き、同じ境遇にあった人間はいる。

 だがその中で諦めきれずに行動に示したのがアルバロだけだった。

 何もかも捨てる覚悟の本で実行した。だが……


(なのに……私は……私に負けた……)


 それはこの計画の蛇足となる、サイボーグ化を行おうとしたことだ。

 打ち切りに終らされた無人戦闘ロボット開発計画の不完全燃焼がここへ来て燻った。

 アルバロの科学者としての性が招いてしまった。そのためにあろうことか子供を攫った。どうしても魔力管が欲しかった、そのためだけに攫った。


(どうしてしまったのか……子供の不幸を分かっているはずなのに……!)


 子供が不幸に合うことで抱く気持ちはアルバロにとって忘れてはならない事だった。

 けれども、アルバロは性に囚われ、痛みを忘れ、振り返ることなく没頭した。

 そのことに気が付いたのは何と今になってから。

 自分の娘と同じ歳くらいの少年に傷を負わされ、痛みを思い出した。自分の都合に振り回された子供と娘からの逆襲のように、彼に叩きつけられた。

 魔法の開花というオマケつきで、子供の成長というやつと共に。


(私のような大人が手を加えたらダメなのだ……子供を潰す)


 私に出来たことが研究のみだと知らされているような感じに陥る。感傷的になっているのだろう。そう思うと涙が出てきた。

 自己中心的な大人ほど碌なことをしないのは本当の事のようだ。


(このような私は、今ここで死ぬべきだ)


 目に溜まった涙を追い出す様を目蓋を閉じ、アルバロは死を願った。


☆☆☆


 それほど時間も経っていないように感じるがこの施設へ赴いた時には既に正午を回っていたので胃が食事を求めて、呼吸のたびに鳴いてくれる。

 あの場から泣き崩れたアイクを引きずるようにして建物から出し、古びたベンチまでもって行った。

 虚ろな目で頭を下げているアイクが急にぽつりと呟いた。


「本当は」

「ん?」

「本当は知ってたんです。自分が貴方達に当たったこと……ただの苛立ちからだって」

「そっか」

「自分の心が作られたからとか言っても自分ということに変りは無かった。無理にでも正当化しようとして勝手に動くとか言ってみた……。けどやっぱり自分の心で、私だった」

「単純に嫌だったんだろ、その体になったのが」

「え?」

「必ずしも嫌ということの理由が自分で検討がつくとは限らない。理性が嫌ったり、本能が嫌ったりってな」


 カイリは彼女に親身になった。

 明確に嫌ということが起こるのは本能だとカイリは思っていた。 

 我慢すれば耐えられるものは理性で理由を作って嫌うだけ。そうでない耐えられないものは理由を作れず本能が嫌う。

 生理的や感覚的と言ったりするように人間の本音に近いものを持っているとカイリは持論づけている。

 だからアイクの不快感は人工物を体内に取り入れ、活動しているという人間が長い間受け継いできた生命への価値観から外れているからと推測する。

 人間の持つ価値観は人工物で生命をつなぐことに躊躇する。

 アイクはそれに苛まれたのだ。

 

「……そうですね、嫌だったんですね、この体が」

「でも科学が進歩すると人間の価値観もそれに沿っていくからな。それがたまたま、早すぎたんだ。それにまだ十七、八だろ?自分がそんな風になるなんて思ってなかったなんてこともありえるさ」


 カイリは慰めるように言った。先程からこんなことしかしてないことを思うと自分は相当世話焼きなことと思う。


「蘇ったんだから誇ってもいいと思うぜ」

「誇る?」


 アイクが頭を上げた。

 

「誇れば自分を偽って動くこともなくなるはずだ。これを可能にした父親もスゲーんだから」

「そうですね……、誇りに思えば」


 少し眼の色が変わったか。

 やはり前を向いていたほうが悲観にのみ込まれることも無い。

 カイリが改めて思った時、別棟の方向から一人、中腰の男が走ってきた。

 中腰なのは何か背負っているからか、などと一々思わずとも一目でわかった。


「アルダか!?」


 カイリが駆けよる。


「どうした!?大丈夫か!?」

「私は……何とか。それよりもユウナさんを」

「あ!」


 アルダの姿が見えたときからチラホラしていた陰でなんとなくと思っていたがカイリの予想よりも凄惨な姿になった優奈に思わず驚いた。


「アルバロ、いたのか?」

「はい、居ました、ですがすぐに戻らないとコウさんが……」

「晄?アイツ一人で戦ってるのか!?」


 どうしてそうなったと頭を抱えたくなるが一つだけ可能性があることを思い出した。それは晄の二重の人格だ。

 イルミニアで見た通りならばもう一つの好戦的で生意気さのある人格はある程度戦えるはず。

 そもそもなぜもう一人の人格の方が戦えるのか疑問になるところだが今は気に掛けない。

 戦えると言っても相手はアルバロだ。そう長くは持たないはず。今すぐ行くべきか……


「そちらの方は……?」


 アルダがアイクの紹介を求める。


「ああ、あいつはアルバロの娘でアイクだ。色々あるけど生きて……そうだ!」

「何です?ああッ」


 カイリが何か閃いたように声をあげ、アルダの支えを放ってアイクの所へ戻っていく。

 アルダの体は支えを失って膝を突いた。

 両腕で体を支えるとカイリがアイクの手を引っ張って連れてきた。フラフラと何事という顔をして連れてこられたアイクの顔は涙の跡が出来ていた。

 カイリはアイクの肩を持って言う。


「お前、自分の体の傷、治してたよな?治癒魔法が使えるならコイツらも治せるか?」

「え……、出来ると思います。ですが……」

「ですが何だ、今度は人を助けてやってくれ。後悔してるなら姿勢と行動で示そうぜ」


 カイリは彼女にそう言った。

 時間がない。だけれどアイクならばアルダと優奈の傷の手当てが出来るとカイリは思った。


「アルダ、晄は何処にいる?」

「四階です。すぐに分かると思います」

「分かった。アイク、頼むぞ」


 アイクの肩から手を放し、カイリはアルダたちが捜索した棟へ向かって跳躍した。魔法は便利だと言わんばかりに。


「ツバキ!三人頼むぞ!」

「あ、ああ」


 蚊帳の外になっていたツバキにそれだけ告げた。

 そしてどうして良いのか分からなくなっているアイクにアルダが進言した。


「何をしたのか知りませんが、助けてやってもらえませんか?この人を」

「私の友なんだ」ツバキも促した。「頼む」

「でも私に人を治療して良いなんて……。」

「そんな事は無いと私は思う。善意を行うことに資格は無い」

「そうでしょうか……?」

「ええ、誰も咎めませんよ」

「……解りました。私が……救ってみせます」


 アイクは決した。自分の行った事に許しを貰うならばこうするしかないと。

 あの人から貰った、許しを貰うためのチャンスなんだと。

 アイクは優奈へ寄り添った。傷を見て、この傷は自分の父が付けたものだと思うと私たち家族は途轍もない過ちを犯していると痛感する。

 彼女へアイクは手を伸ばす。

 全ての意識を治癒魔法の発動に回す。精一杯の誠意を籠めて。


 



 

読んでいただきありがとうございます。

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