フラストレーション
目の前に対峙している男女の二人組。男の方を視認した際、思考は排除一択だった。
自分の感情をシステムに任せ、目の前の人間にぶつけようとした。見事に全てを防いでくれたがそれがどうしても癪に障る。何故そうなのか分からないがとにかく嫌だった。
どうにかして二人を消し去りたい、そんな思いしか沸き上がらない。
(消し去りたい、見たくない)
人をここまで無駄に妬んだ事があるだろうか。
とにかく今はこの感情に任せていたい。身体はそれに応えてくれるのだから。
☆☆☆
対処の仕方が思いつかない。カイリは困惑した。
目の前の少女、複数の属性魔法を使用する彼女をどうやって、どうするものか。
どうする?それは捕えるということだ。けれどどうやってが思いつかない。
普通一人を相手した場合、相手の魔法の癖と属性の弱点、性質を突くものだが複属性となるだけで対処法が倍増する。対処の数が増えるだけならば此方にもそれだけの攻め手が出来るものだ。だが此方の戦略を属性の変更だけで対応されてしまうのだから打つ手が消えていく。
問題はそれだけではなく、彼女の魔法発動には予兆がないのも重大だった。
接近戦に持ち込んで純粋な身体能力だけで相手をするか?そんなもの魔法の前には歯が立たないということは重々承知。
ツバキはどうだろうか?けれど彼女自身、人間を相手に刃を向けるのは初めてだと言う。対人戦のイロハを知らないのでは難しいことだ。
斯くなる上は……情けないことに話し合いか。
「なぁ、俺はカイリって言うんだ。あなたの名前を教えてもらえないか?」
「おい!?」
ツバキが何をしているんだとばかりに憤慨する。そんなツバキの口を手で防ぐ。「んっ!?」
彼女が口を開くのに少し時間が掛かったが素直に答えてくれた。
「私はアイク・シャンドと言います。あなたにどういう意図があって自己紹介をしたのかは測りかねます」
ここでカイリは彼女の名前を知る。
なるほど、コイツがアルバロの娘か。
薄々は感じていた。この施設にアルバロと死体以外の人間の出入りがあったとすればアイクという娘も収容されていてもおかしくは無いと。
「特に意味はないさ、お互い話をするのにお前とかアンタとかだと嫌だろ?」
ツバキと飯を食べた時の事を思い出す。お前と言ってツバキが名前を名乗ってそう呼べと言ったこと。
そもそもこういう事になって負けを認めているような気がして不服ではあるがこんな化け物を相手にしているわけにはいかない。
「話す?何をです?私にはそのつもりがありません」
「なくても、コッチにはあるんだよ」
「……手短に聴きましょうか?」
「どうも……。まずアイクさん、何で俺達を目の敵にするのかね?」
カイリが今一番に思っていることだ。何故攻撃されたのか。それによって彼女に何か得があるのだろうか?
損しかないとカイリは思う。なぜなら彼女はアルバロの計画の被害者なのだから、訴えれば自分の安全は確保される。
なのになぜ攻撃する必要があるのか。そういう風に入れ知恵されていても脅迫と言えばいいはず。
何故……、そう思った時カイリは彼女を見つけた時の表情を思い出した。
冷たい目に涙が溜まっていた。
(あの表情は悲しんでいた?だとしたアイクは私情で襲ってきたのか?)
そう考えた方がいいだろうか、カイリは悩んだ。
「私が貴方達二人を攻撃したのは……そう言われたからです。見つかってしまっては元も子もない、だから侵入者は消せと」
(今の間はなんだ……。理由を考えたからか?自分の感情を悟られたくないための……。ならばもう私情か!)
大体自分の体の事を考えればこうはならないだろう。また動ける体になったにもかかわらず、粗末に扱うなどと。彼女が一番知っているはずだ、命のことを。
身勝手な!
「ああそうかい、そんな体になって人を殺そうってのかい。随分気に召したんだな」
カイリの言葉にアイクの右手に少し力が込められた、それを見逃さない。
「よく分からん体になって最初にやることが殺しか!人には思えんな!」
「ッ!!」
アイクはカイリの罵詈に歯を噛み絞り、右頬を攣り上げる。その時カイリの目の前の地面が破裂した。
土煙と大量の風が地面から放たれる。風の魔法か。
(チィ!話をしている最中に仕掛けやがったな!)
一矢報いてやりたいと思ったが魔法の発動が分からないと、彼女の周りには無数の罠が張ってあると思ってしまう。
「貴方には……分かる訳がないのです。この体になったことが」
(やっぱり、コンプレックスになってやがるな)
カイリは彼女のこの攻撃が奴当たりということを確信した。
アイクがカイリたちに向けている牙がアルバロに向いていない。
自分の体のこと、アイクが活動しているということは既に彼女の体は人のものではない。そこから来る何かしらの怒り、こんな体にしてくれた怒りが彼女を動かしている。その怒りがアルバロに向かないのは自分の体を蘇らせてくれたことに対する感謝が怒りと混じって混乱しているから。
振りあげたものが振りおろせなくなって、それをカイリたちへ向けた。
アイクを正常に戻す為にはその振りあげたものを放す必要がある。吐き出させるものを、フラストレーションを。
「アイク、お前のやってること……おかしいと思わないか?その感情を何処に向けている?俺たちじゃなくて父親に向けてみるべきだろ」
「気の利いたことをッ!!知った風なことを実しやかに!」
「知らなくってもな、察しは付くんだよ」
「アナタはそうやってっ!!」
言葉が荒くなってくる。恐らく自分の感情を読まれているのが気に障るのだろう。
会話などで済ませようとしていたが気が付けばこんなことになってしまった。
これから彼女は怒りのスパイラルに呑まれていくだろう。少し言葉を選べばとカイリは反省したが自分の性格が滲み出た言葉にはどうしようもない。
カイリは槍を一回転させる。腰辺りで構え、アイクを見据える。ツバキも太刀を正眼で構える。
三人の間に緊張ができる。いつでも仕掛けられるのはアイクだ。しかしそれを予想してからのカウンターの魔法を張ることはできる。不安はあるが……。
「罠ですか……。此方から行きます」
「やっぱりお見通しか」
薄々どころか大いに思っていた。此方の魔法は通用しそうにない。
そしてアイクが右手で何かを握るような形を作ったまま疾駆してきた。
意味のわからない動作のおかげでカイリはアイクを招き入れてしまう。そのことに反応できた時にはもう遅かった。
右手が白い靄に包まれだし、何かが形作られてから失敗したと気づく。アイクが手に収めたのは氷の剣だった。
咄嗟に身を捩るが剣を使っている以上、繋がりの良さは剣が上だった。突きから流れるように繰り出される乱撃にカイリは避ける一方だった。しかしそこへツバキが太刀で割って入ってくれた。
氷とは思えない硬度で高い音を立てて太刀とぶつかり押し合う。だが、ツバキと力比べをしようというのが間違っている。
所詮は氷と言うことかそのまま叩き折り、アイクへ斬撃を加える。アイクも後ろに跳んで間合いから逃れる。着地と同時にカイリがアイクに突きを繰り出す。そこから乱れ突きを放つもののどれも当たりはしない。それどころか体を捉えようとしても魔法の障壁を張ってくるため狙いが外れてしまう。
(ならっ!)
カイリは槍を振り上げ、刃を肩に担ぐように持っていく。さらに右手を順手から逆手に変え、肩にかついだことによって先端が入れ替わった槍の柄尻を振りあげアイクを狙う。けれどこれでもアイクへは当たらない。さらにそこから先端の動きを巻き戻す。そうすれば今度は刃が先端になる。右手も順手になり元通りだ。
カイリが再び攻撃を繰り出そうとする。しかしその途端、槍に人一人分ほどの重さが加わった。アイクの左足が槍の刃を踏んでいたのだ。
振り下ろしたときに刃を下に向けてしまったところを突かれる。槍を振り上げようとした反動を利用され、カイリを飛び越えてアイクはツバキとカイリの間に立った。
カイリが咄嗟に右脚を軸にして後ろへ振り向く。ツバキはアイクに薙ぎを繰り出そうとしている。
だがその時、アイクは両手を二人へ向けた。その瞬間から衝撃破が飛び、二人は突き飛ばされる。
床を滑り転がる。カイリはアイクをすぐに見た、アイクは両手を向けたままツバキを見つめていた。
「少しそこで大人しくしていてください」
そう言うなりカイリの周辺に光の球が無数に浮かびだした。一つ一つに熱があるらしく槍で触れてやるとバチバチと音を立てた。
(光の魔法に電気か、ならではだな)
これでカイリは身動きが取れなくなった。
ここはおとなしくしておくか……。
☆☆☆
カイリが捕えられた。自分の状態もよろしくはないが目をやるとどうやら動くつもりはないようだった。
よろよろとツバキは立ち上がる。イルミニアの血を引く彼女の体は頑丈だった。ある程度埃を落としたかったがそのような隙を見せるのは禁物だ。アイクという女は私を見ている。
生身の人間を相手することは初めてだった。躊躇を力任せに振り払った攻撃を幾つか行っているが当たりはしない。だがこれは機会だった。
人を相手に自分は戦えるのか、イルミニアの村にいた時はいつも思っていたし、聞かされていた。どれだけ鍛練を積んでも本当に実戦で使えるのかは分からない。それの自信にするための鍛練だが確実にするためには経験が必要だった。今がその経験の時だとツバキは思った。
少しばかりそこで大人しくしてもらいたいとカイリに念を送ってみる。分かるはずもないが……。
ツバキは太刀を構えなおした。右手で鍔元を握り、左手で柄頭を軽く握る。腰を低くし、刀の先端を相手に向け顔の高さほどまでで固定する。
刀というものに強力な殺傷力を与える刺突。
アイクという人物をどうしたのかは分からないが手を抜いていては此方がやられそうだった。
自分の力を最大限にぶつけることができるか?それがツバキの試練だった。
魔法には予兆があると言う、だがツバキにはそれが分からない。アイクは構えもしていないが今も魔法を練っているのだろうか?だとすれば待っているより、
(仕掛ける!)
ツバキは力を入れて、アイク目掛けて一直線に飛んだ。一回の跳躍だけで地面を滑るようにしてアイクへ向かっていく。太刀を突きさせる間合いに入り込むと彼女目掛けて刺突を放つ。
しかし、寸でのところでかわされる。地面を舐めるように、物理法則を無視してスッとかわされた。
ツバキはそのまま太刀を水平に振り払った。互いの位置が入れ替わる。
彼女は未だに冷たい顔でツバキを見ていた。
「……イルミニアですか?」
「知っているのか」
「名前だけは……」
それくらいだろう、今では戦闘力云々を公にしていない。
「その強力な力は先に消しておきましょうか」
見かけによらず物騒なことを言う。それはツバキにも言えたことだが……。
アイクは両手を胸の前であやとりをするように形取った。すると両手の間に火花が渦巻く。ネズミ花火のような炎円が出来上がった。
光量の少ないこの棟で随分な輝きを放ってくれる。
それは案の定ツバキに向けて放たれた。
ジャイロ回転をしながらツバキへ向かって飛んできた炎円は決して速いものではなくツバキは体をそらしてかわす。
炎円はそのまま後ろへ飛んで行き、カイリの傍で爆発した。
「おわっ!」
束縛されているカイリには申し訳ないと思う。
ツバキは魔法を使うことはおろかその種類の判別がつかないほど無知だった。
そもそもイルミニア民族の人間が魔法というものを押し出した戦いはしない。なぜならそれに匹敵できる身体能力と力があるからだ。身体も滅多なことでは壊れない。それ程の頑強さがあったため必要としなかった。しかしそれは昔の話。
今のツバキの世代ではそういうわけにはいかず、まともに戦える者すら少ないというのが現状だ。トオリ・マガイのように持て余すだけ余してしまっている。これでは堕ちるのも無理はない。
比較的遺伝に恵まれているツバキでもこればかりはどうしようもなかった。
戦術指南が居らず、剣術だけを引き継いだとしても体たらくなものだった。
(我流では自己満足にすぎんか?敵のことがわからんのではな……)
多少の後悔が過る。さて、どうしたものか
「おい、どうするつもりだ?」
カイリが小声で話しかけてきた。
「少なくともアイツの魔法を探るのだけは止めた方がいい、どうやっても分からんからな」
「それは承知している、だがそれではやりようがない」
魔法主体として戦う彼女のソレが分からないことにはまともに戦えないのだ。
「だろうな、それに相手は半分機械だ。魔力の枯渇は無いと見ていい」
攻め手がないというのだろうか。それならばますます状況が悪くなる。
「やっぱり自分の体だけを頼りにするしかないだろうな」
「その方がいい、分かり易い」
頭で考えてやるよりは本能に任せた方がツバキにはやり易かった。
「お前にクレバーさなんて求めてなかった」
「クレバー?」
聴いた事のない単語だったが馬鹿にされているということは口で分かる。
「もう聴かん」
ツバキは太刀を構えた。相手は次の手を打ってこようとはしない、カイリの言うことを考慮すれば今も何か下準備をしているのかと思われるが本当に分からない。
だが分からないのならば先手を掛ければいい。
「はぁッ!!」
短く吠えてツバキがアイクへ逆袈裟を仕掛けた。アイクは地面を滑って後退した。
ツバキは刀を返して切り下げた。それもアイクは難なくかわし続けて繰り出した薙ぎも当たらず。
それを隙とみたアイクがツバキの左脇腹を、早急で生成した歪な氷剣で突こうとした。
「ッ!?」
だがツバキも太刀を返し、氷剣の下から巻き上げ防いだ。
氷に食い込んだ太刀はそのまま氷を折ろうと圧し上げている。気持ちの悪い程の硬度を持った氷はむしろ放すまいとさらに凍りつく。
刀身に霜が降り始めた時、剣が突如不可解な成長をした。切っ先が三本の指のようになり、ツバキの左腕に張り付いた。
「!?」
氷の冷たさに、鋭い痛みが走る。
「ぐぅッ!」
痛みが徐々に広がり、耐え難いものになってくるとツバキは自分の精一杯力を出して剣を斬った。
そこから後ろへ飛び、氷の手を掃った。装束の袖がズタズタになって腕から軽い出血が確認できた。
だがそんな確認をさせる暇を潰す様にアイクが攻撃に転じてきた。
アイクの背後から陽炎が生まれる、炎だ。
それはツバキとアイクを囲むようにして広がり、二人だけを輪の中に括った。
すると炎がアイクの方から左右に爆ぜて行く。熱風と爆音が施設内に響き渡り、何が起こったか把握できなくなる。硝煙が視界を奪う。
「後ろだ!ツバキッ」
カイリの大声が耳に入ってきた。ツバキは意識を後ろにやる。だがその時にはすでにアイクがツバキの背後を取っていた。
(どうやって!?)
ツバキが振り向くころには彼女がもう右手を開いて押しつけていた。
その右手から風の集まりを感じ取ることが出来た。これはと咄嗟にツバキは刀の腹をアイクの右手の前にやった。
瞬間、強烈な衝撃破と風と共にツバキは突き飛ばされる。
だが姿勢を崩すことなく足で着地する。刀である程度緩和出来たようだが……。
「ゲホッゲホッ!」
ツバキは咳込んだ。
刀の刀身一枚で何とかなる訳もなく、刀身を抜けて当たった衝撃は体内の器官を痛めつけたようだった。
ついには膝をついてへたり込んでしまう。
今の一撃は確実に殺しにかかった一撃だった。
アイクの冷顔からは伝わらないが殺意のあった攻撃。
もはや相手は此方を生かすつもりがないのだろう。
「今ので生きていられるのは流石のイルミニアと言うことですか?アナタに特に恨みはありませんが、此方も見つかってしまっては元も子もないので死んでもらいます。それとそこのカイリさん、アナタは特別に対応させてもらいます。私を侮辱したことについて」
「それは楽しみだ」
カイリもそうは言っているが動けない今では強がりだ。
ツバキに至ってはとばっちりだ。
そんなことで殺されてたまるか。それに何より体の頑丈さをイルミニアの一言で済まされてたことの方が癪に障った。
「言ってくれる。この力も体も操るのは私なのだがな」
「だけれど今の貴方はその力を振るうだけ。貴方の力ではなくて民族の力。それが無ければ貴方はこんなところにいないでしょう?」
自分の存在がこの力有きだと痛感させられる。確かにそうだ、刀をイルミニア特有の破壊力を持って振るだけだ。魔法が使えるわけではない。何をしても現状ツバキはイルミニアの血有きの力を使ってこの場にいる。
教わった剣術も教わっただけ、イルミニアの戦闘力も満足に使えるわけではない。
だがツバキは「そうではない」という事を手に入れたくてこうして戦っている。しかし実際はこんな様だ。
言われたとおりの力押しだけがツバキをこの場に突っ立たせている。
ツバキがそういう情に揺らされているとカイリが口を挟んできた。
「そういうお前の力はなんだ?それこそ本当に他の力だろう?」
「確かに、私の今の体は造られたもの。けれどこの体で行っていることは私の経験に基づかせた戦い方。後はこの身体を使ってのバリエーションです」
「何……?使いこなしているって言いたいわけか」
「それ故この力は私のものです」
無茶苦茶な理論だとツバキには思えたが、その特異な体を使って戦えているということはやはり自在に操れるのだろう。
「そう言うのであれば私自身の力を見せてあげましょうか?」
「舐めやがって……」カイリはそう呟いた。
随分な余裕を見せつけられる。負ける気がないようだ。
ならば此方とて本当の力という奴を出してやろうではないか。ツバキはそう心に決めた。
本当の、が分からないが今自分に出来ることが真の力のはずだ。
息も整った体で太刀を構える。
「まぁ、俺もその本当の力って言うやつを見せてやってもいいんだがな」
そう言ってカイリは槍先で自分の周りに浮いていた光球を弾く。するとそれは刃に吸い込まれ、刃の先端から電流が空気中に漏れ出した。そして一つの放電が終わると何かの吸引力で光球をさらに吸い寄せては放ちを繰り返した。そうするとカイリを取り巻いていた光球が無くなる。
「洒落な技……」アイクが感嘆したように呟いた。
「これだけじゃなくって、これからな?」
カイリは自分の背丈ほどもある槍をクルクルと数回転させると、右手だけで槍を腰の当たりで構えた。
これでカイリも自由に動けるようになったわけだ。
ツバキとしてはもう少し大人しくしてもらってほしいところだったが、そういう性分ではなさそうな彼だと短い付き合いで察していた。
(こうも押されるのは性に合わん)
☆☆☆
色々と誤算が出てきて計算が意味のないところまで来た。
彼女を只の一般人として見ていたがどうやら魔法の心得があったようだ。
アルバロの娘なのだからその可能性はあったわけなのだが、
(結構ひっそりしてたんだなぁ)
アルバロの指導の本ならば注目株にはなっていただろうに。
ハッキリとしたことはアイクが機械の体から得られている戦闘力ではなく、自前の戦闘力で戦っていたということ。
自分の限界を知っているだろうから、体力的なペース配分も行われているだろう。
此方に分があると見ていた彼女自身の肉体疲労を狙うことも難しくなった。
(だったらもう、こっちが元気な内に眠らせるか)
カイリは細々とした魔法を使うことなく、相手に丸分かりの魔法を練り始めた。
槍に施された赤いクリアラインが爛爛と輝く。魔力が流れている証拠。
タイミングを窺う必要はない、時間を与えるだけで相手の攻撃が増える。
仕掛ける……。
「はッ!」
カイリは床を蹴ってアイクに突きを入れる。右腕だけで槍を操り、乱れ突きを放つ。
アイクは避けられるものを避け、難しいものには魔法壁で防ごうとした。だがカイリにはそれを踏まえての乱れ突きだった。
「そうは行くかよ」
「!?」
アイクがCD程度の大きさの薄黒い魔法壁を作ってピンポイントでカードした時、円の黒い色素がさらに薄くなる。そして槍の先端を捉えた部分には何も無くなり、そのまま侵攻をを許してしまった。
ガラスの割れる音を立てて砕ける薄闇を他所にそのまま貫いた槍がアイクの右頬を掠める。
「ぐッ!」
当たったことを確認させない次々と繰り出される突き。そのどれもがバリアを貫いてアイクの体を掠めていく。
貫かれる数が増えていくにつれてバリアの形成が雑になり拡大していく。
少しずつカイリの右手から伝わる感触が突っ掛かるものに変わってきた。
ならばとカイリは手持無沙汰になっている左手で槍の柄を、柄尻方向に対して順手で持ち、右手を柄から放す。槍を握った左手を振り上げる。そうすると柄尻が頭上付近に移動する。
左手で槍を逆手持ちした状態になり右手で再び柄を握る。力と魔法を込めて叩き下ろす。
「ああッ!!」
叩き下ろされた槍はバリアを一刀で両断し、床を抉った。当たりこそはしなかったものの跳び退かせることはできた。
この一連の流れの後には持ち手の都合で隙が出来てしまうが槍のような得物には必ず付いて来る事だとカイリは割り切っている。
そしてその隙を突くためにアイクも跳び退いた後に反撃を試みる。
左手の指二本で銃を形作り、水を魔法で指先に集めるとウォーターカッターさながらの水流がカイリへ向かっていく。
どうする?とカイリが迷った時、ツバキが極細の水流に太刀の刃を入れた。
分流した水が床、フロアテラス全階を切った。
あれだけの物を切断するとなれば水圧も凄まじいものになるが太刀もツバキもお構いなしにアイクへ迫る。
予想外の対処にアイクはさらに跳び退こうとした。けれどもその予想外な対処が一瞬の判断を遅らせた。
咄嗟に魔法を張って防いだがこれを紙屑のようにツバキが破く。振り切った太刀が返り、アイクの左腕を掠めた。
「うぅ……!」
アイクが軽く呻くがそんな事にカイリは構わない。ツバキとアイクの間には太刀一刀分のスペースが出来ていた。そこへカイリがツバキを飛び越え、割り込もうとした。
空中で槍を器用に回し、持ち替えた右手は左薙ぎの構え。
見開かれたアイクの目とカイリの獲物を捕らえんとする鋭い目が合う。
そしてカイリから繰り出された薙ぎにアイクは自分の右腕で対応する。しっかりと魔法は張っていた。
しかし、カイリの槍は何もなかったように右肘に食い込み、手首までを斬った。
確実な手ごたえだった。
確実な一撃にアイクはフラフラと後退し、頭を垂れた。
両腕からは、特に右腕は酷く、血が溜まるほどに流れていた。
痛みは無いのだろうか?苦痛の声一つ上げはしなかった。
肩で息をする彼女にカイリは言った。
「何でこんなことしてるんだっけ?」
野暮なことを言っているとカイリは思った。
「お前の言った本当の力はーっていうのは自分の何だろうけど、それをどう使うかって言うのはもう選べないだろう?その体じゃ」
「何を……」
「だからさ、その力を人を殺す為に使うって言うのはダメだって言いたいんだよ。そんな体でももう一回生きられるんだからさ?」
残念ながらこの大陸では植物状態の人間は事実上の死亡扱いになっている。それを否定した存在がアイク・シャンド、証明したのがアルバロ・シャンドだ。
「死を乗り越えた人間が死というもんを踏み落としてぶつけんのかよ?」蹴落とした石を人に当てるように。
死を乗り越えたという存在はカイリも優奈も晄も同じだ。他の二人は知らないがカイリには生きる意思としてこの力を奮っている。今のアイクのような八つ当たりでの使用は自分自身で抑えている。
「俺の価値観が入ってるのは否定しない。人の命の取り方は考え方で変わってくる、好かれるのも嫌われるのも。何も考えずって言うのが……ダメなんだよな。ん?」
アイクが随分と大人しくなっていた。けれどそれは反省したからではないようだ。
アイクの体の傷が緑の粒子を振り撒いて凄まじい速度で防がれていった。
「治癒も使えるのか?だとしたら益々」
「カイリ、お前は少し言葉を選べないのか……」「え?」
ツバキが忠告した。カイリはまたかと後悔する。
自分が気付かないうちに人を責めていたようだ。
「だから、貴方には解らないと……。そんな考え方が出来るのは自分という人格が有ってこそでしょう!?今の私には生身で生きていた頃の私の人格が無いのですよ!」
「どういうことだ?」
ツバキが問い返す。
「今の私は頭と体と心が全て作られたものだと言ってるのです。育てたものじゃない。こうやって貴方達と向かい合っていると体が動くんです、頭が勝手に答えをだして、私が選ぶ、でも私の心なんてない!こんなの私じゃ……」
アイクの声が次第にヒステリー混じり金切り声に変わっていく。
「それでも考えられるんだろ!?しっかりとした自分の思いがあるんだろ!?」
唐突にカイリが納得いかんと怒鳴り始めた。
「それ認識できたんだろ?ただ止められないだけで!その鬱憤やらを俺らにぶつけたんだろ!それが私の心だってのッ!」
年がらに無く、そんな柄でもないが言ってやりたかった。
(なーにこっぱずかしいこと言ってんだか……)
「もう少しその体を扱ってみな、そうしたら自分の行動と思いがあべこべにはならんだろうよ」
そうカイリが締め括った後、アイクはその場にへたり込み、自分の両手に哀感な目を落した。
「鬱憤……?憤り……?どうして、何に……うぅ……」
終いには泣き出した。
カイリも先ほどの熱弁を思い出して泣きそうになった。
(あー、はずかし)
「相当な激情家だな、お前は」
年下のツバキに馬鹿にされた。そんな情けなさの中にカイリは達成感を感じた。
何もかも終わったわけではないがこうやってアイクを宥めたことを考えると勝手に終わって気でいたくなる。
カイリは照れ隠しに大きく伸びをした。
ありがとうございます。
誤字脱字などがありましたら報告ください。




