研究所
研究施設は沿部にありどこからでも路線でつながっている。移動中、施設には人が電車から乗り降りをする光景が見られた。そして現在使用されていない施設の一つ、一番近いところの施設に晄たちは向かっていた。
小さな駅で三人は降りて、その場から建物を見た。
「で、遠目から見ても分かるもんなのか?」
晄は駅から施設を見て言った。
優奈も目を細めて眺めているが反応は曖昧だった。
使用されていないのだから一目で分かると思ったのが甘かったのだろう。最大の誤算は施設の規模だった。
一つの敷地内に数棟ある研究所。それを一軒として見るので外から見て人がいるかなどと言う判断など付き様もなかった。
そういう具合に次のところと回っていると結局、一つもそれらしい施設など見つけることが出来なかった。
「思った以上に分からないものね」
一つの収穫もなし。
☆☆☆
解散したところで落ち合う。カイリとアルダの顔は優れず、やはり同じような答えだった。
「舐めてたなぁ」
「下調べもしていないので当然と言えば当然なのですが……」
「何で調べなかった?」
「開示されていないからですよ」
二人があぐねる。
晄も思ったことだが都市の沿部とは言え、研究資料にもなる物が置かれている施設がこじんまりとしたものではないということだ。
研究家が個人で使うようなものではないのだからそれなりの大きさにもなる。
「おい、晄とツバキ二人して役所に行って見学したいって言って来てくれ」
そんな投げやりに言われて誰が行くものか。それ以前、立ち入り禁止になっている所に見学で入れるわけがない。
時間が過ぎていき、路線の上を走る電車が駅へ止まる。
(そういや、この都市の外に出てる線あったな)
晄は路線で思い出した。辺りを見回してある物を探した。突発的に思ったことだ。
晄が探しているものがこの街ではそういう形をしているのであればアレだろうと直感的に思い、目の前まで歩み寄った。
譜面台ほどの大きさを持った電子ディスプレイなるものが駅にあった。街に中にあるこのディスプレイはおそらく都市マップだろう。本当はパンフレットを求めたが今はこれでもよかった。
いまいち使い方の分からない画面に指で触れる。タッチパネルと同じ要領で起動した。
適当に弄っていると、この都市の全体図が出てきた。
「地図?」
優奈が追いかけて訊いてきた。
「それならこれで出せるのに」と言って腕時計から地図を宙に出力した。
「早く言えよ」
「何も言わなかったじゃない……」
反感を喰らったがこの際どうでもよかった。
円形から複数の線が伸びている図は、円の部分と数本の線だけを浮かび上がらせていた。
晄が注目したのは浮かび上がっていない線だった。どうやら廃線になっているようだ。その線を順番に辿っていくといくつかは途切れたが、もういくつかは何と研究施設へと繋がった。
脈が速くなるのを感じた。
「廃線……」
優奈が確かめるように呟いた。「ちょっとコッチきて!」と優奈が叫んだ。
「なにかあったのかぁ?」
カイリが面倒くさそうに寄ってくる。晄がその場を譲るとこれまた面倒に覗きこんだ。
「はー、ここの地図ねぇ……。お?廃線からもあるのか!おいっ、アルダッ、ちょっと来い!」
偉そうに人差し指で招く。そんな事は当たり前と顔に不満を表わさずアルダも寄ってくる。
「何です」
「これだよ、これ。如何にもだろ」
眼鏡の奥の目を細めてディスプレイを見遣った。
「感じがすると言えばそうですが……」
「行くのか?」
晄は進言した。
「可能性としては有り得るでしょう。これ以上探すことが出来ないのならばここら一帯に手を掛けるしかないと思います」
「空振りじゃなきゃいいけど」
優奈が冷やかすが見つけることが出来なければ手詰まりになるので当たっていてほしいという気持ちは全員にあった。
「一つ一つに距離があるわけじゃないな。全員で行くか」
決まってからの動きは速かった。
ただ晄が見つけたことだけに無駄足ではないようにと祈るばかりだった。
☆☆☆
廃線の先にあるのでもちろん電車など通っておらず、てくてくと歩いていくことになった。
時刻は正午を回った。都市全体に盛大な電子メロディーが街の各所に配置されたスピーカーから流れ出す。昼食はなし。イルミニアの村では自分一人昼飯を取ったカイリは鳴りを潜めている。
晄たちは今一つの施設の前にいる。いざ近づいてみるとかなり巨大で生産工場一つ分の土地に二棟の鉄筋コンクリートで作られたと見える研究所が立っていた。それでもまだ余裕がある。しかし晄たちが行きすがらに見たものと比べると旧世代のもののように感じられた。整備はされておらず、晄から見ると謎の雑草で埋め尽くされた周辺空き地、ラボには蔓が張り付いて完全な廃屋となっていた。
しかしカイリとアルダ、優奈は同じようにして首をひねっていた。
「ありきたりかしら」
「そうか?ただな、此処だけセンサー類がゴッソリ消えてんだよな。紛いなりにも研究施設だからな」
チームが撤退して廃棄されたとは言え研究所だ。装置などの器具はそのままならば研究を行うことは可能だ。
「ん~、ハズレか」
カイリは唸った。けれどもアルダはそうではなかった。彼はしきりに動き回っては屈んで植物を観察していた。
「アルダ、何か分かったか?」
「踏まれた個所が複数、けれど最近の物ではありません。敷地が相当なものなのでここから入ることもできれば他からも入れるでしょう」
「じゃあ意図的に侵入口を変えてるってこともある?」
優奈が一つの可能性を言った。
「そうならば、確信犯でしょうね」
自分たちのように何らかの用でここを訪れた人間が偶然道を見つけて怪しまれては困る、よってそこから定期的に侵入路を変えて少しでも近隣植物への変化が少ないようにする工夫と見えた。
「センサーも本当にないのか」
「ええ、ないです」
だとしたら何故それが発見されないのか不思議に晄は思ったが、アルバロが重役ならば賄賂でも渡しておけば見つからんのだろうと勝手に解釈した。
「そうか……。だったら入ってみるか」
一同がカイリに目を遣った。
「入るの?」
「ああ、実際他のところにもセンサーはあった、でもここだけ無いって言うのも怪しいだろ」
「勝手に入ってもいいのか?」
ツバキが口を開いて問うた。
「何もなくてもバレようがない」
現にアルバロの奇行が発見されていないのだからその辺は問題ないだろうと踏んだ。
「問題は入ってからだ。どうする?別れるか」
「そうですね、まとめて入ってから何かあって外へ何も伝えられなくなるのは危ないですからね」
双方に問題が発生したならばどうするのかと晄は余計なことを思った。しかし片方に何か起これば引き返せばよい話であった。
「戦力的なことを考えると……ツバキ、お前どれだけ強いんだ?」
カイリがせっせと、有無を訊かずに話を進めていた。ツバキにどれだけ戦えるか訊いている。
強い強いとは言ってもその片鱗を見ただけで測りようがなかった。
「私か?これが目安になるか知らんが、鍛練しかしていない」
「えー」
カイリが落胆した。
ツバキが心外とばかりに眉を吊り上げる。
「じゃあ力だけってことかぁ……」
カイリはツバキに実戦経験があることを疑わなかった。けれども彼女は十五、嘘くさいがその歳で人を殺めたなどと聞いても何も言えない。
そうなると、カイリがツバキを連れる、アルダが晄と優奈を連れるという構想が浮かぶ。
自分を過大評価しているわけではないがこの中では一番戦えると思ってる。
そしてアルダが二番。見た目は完全に優男だが相当腕が立つ。そうでもなければサファイアオービタルに身は置けない。
優奈もこの中ではそれなりに戦えるのだろうが如何せん分かりずらい。
初めて名前を聞いた時の話とイルミニアの一件を考慮するに銃と刀剣を使うようだが高く見積もってはダメであろうとカイリは思案する。
そうして残った晄はどうだ、彼も相当曲物で奴一人ならば歩兵にもならない。しかしあの二重人格のようなもう一面を使えれば話は変わってくるだろう。けれどこの要素を組み込むのは良くない気がした。無い物として考えておくべきだと判断する。
「仕方ない」考えは変わらなかった。「俺がツバキを引っ張る。アルダ、そこの二人頼むぞ」
最初に浮かんだ構成のまま行うことにした。
「な、なんでツバキを持って行くのよ!」
優奈が問い詰めた。
「モテんな、お前。いいか?コイツは実戦経験がない、それを満足に戦えるとは言えない。だから俺がリードするんだ。もっと言えばお前と晄が頼りないから二人セットにしてアルダに預けるんだよ」
「頼りないですって!?いいわ、アンタ後で覚えときなさいよ」
「頭の隙間にでもな」
こういう時、晄のほうが扱いやすい。変に腕が利くと従わせにくい。
「私は別に構いませんので」
物分かりのいい人間も扱いやすいとカイリは思った。その実、何を言っても変える気がないカイリに何か進言したところで考慮されない事を分かっているアルダの理解力のおかげか。
「それじゃ、俺らは……奥の方を当たるから、お前らは手前の方な」
カイリは行くぞと声を掛けてツバキを引き連れて行った。戸惑いながら付いて行く姿は不満の表れだった。
「私たちも行きましょう。アレが彼のやり方です」
横暴だと言ってアルダは二人に促した。カイリにやり方に慣れている彼は頭の切り替えが早い。
優奈は鼻をならして雑草を踏み荒し、晄はその出来た道の上を歩いた。
☆☆☆
目が覚めた時いつもと何かが違うと思った。それは思考だった。いつ頃からか頭で物事を考えることと体を動かすことが出来なくなった。理由はハッキリとしない。
ベッドの上で体を起こす。そこで初めては自分はベッドではなく生命維持カプセルで延命されていたということを知る。約三年寝たきりだった体は悲鳴を上げることなく動いた。辺りを見回す。
暗く、窓のない室内だった。天井付近に付けられた清浄機がこの部屋の空気を管理している。二本のコンクリ柱に埋め込まれたライン上のライトとカプセルが放つ光だけが光源だった。
自分の体を見る、異常は無かった。165センチの身長に、肩から中指までの長さ72.5センチ、脚の長さ83.5センチなどと自分の身体データが事細かく目に映っている。余りにも事細かく、手の材質やら爪の成分を写すため不快になってシャットアウトさせた。すると視界がクリーンになった。
続いて自らの体にスキャンを掛けた。順番に自分の体の情報が判明する。体温、脈拍、血圧ともに正常。魔力管と内臓CPU同期確認完了と何か行われるとその都度目に映るようになっているようで、自分の視界の端には大量のチェック項目が出てきていた。
私の体はどうなっているのだろう?人間でなくなってしまっているのは明らか。
どうなっている、それに答えるように、頭に解答が導き出されてゆく。
ナンバー010、ヒューマンベースサイボーグ、個体名アイク。
アイク……、アイク・シャンド、それが私の名前。父アルバロ、母サナリから貰った自分を誇示するための文字。アイクという名前が何故か今まで以上に温かいと感じる。
目を閉じ、ひとしきり温かみを感じると視界の端に映る自分の体の図面を見た。
自分の体の形の枠組の中に無数の線が写し出されていた。血管でもなければ神経でもないそれは魔力管を示しているようだった。
注目して見ると自分の魔力管は本来自分が有していた闇属性の魔力管に縫い付けられたように複数の管が入り乱れていた。
蝶の翅脈のように広がっている管は色とりどりだった。本来の魔力管は各属性のイメージカラーの元になった色が付く。言わば扱う元素の色素で色付けされている。炎ならば赤、水ならば青。しかし風や治癒など目に見えないものは緑の濃淡で表わされる。(雷、氷は青で示される。水←氷←雷の順に濃い)無属性ならば無色となる。
ならばアイクの魔力管は勿論黒で表わされる。しかし今アイクの魔力管の色は虹色に近い混色だった。
綺麗と言えば綺麗だがこれはアイクが人ではないということの裏付けになった。
何故そうなったか?理由は単純、魔法学に於いて定義されている属性全てがアイクの体に宿っているからだ。水火風雷氷光闇治癒の八種が混在して虹色を出している。
そしてその内の治癒の属性が入った影響で、アイクの事故で傷ついてしまった神経を眠っている間に自然治癒させてしまったようだ。治癒を扱える者は自然回復力が高い。
アイクの脳はそう導きだし、その結果が目覚めだ。外側から取り付けた治癒の魔力管で神経の治癒を行うことが出来ると言うのは聞いたことがない。ましてや自立可能なまでとなると医学にも多大な影響を及ぼすだろう。
(奇跡というのは……こういうことを言うのですね)
科学と技術が成した奇跡はアイクに恐ろしい現実味を感じさせた。
そう考えたとき自分の体には思考を走らせる器官が二つあることに気が付いた。一つはもちろん脳、もう一つはCPUと言う名の人工頭脳。身体の中央付近に集められたサイボーグたらしめるパーツは生身の人間が生きていくのに必要な脳、肺、心臓その他もろもろを機能させているにもかかわらず、パーツも同様に機能していた。そして先ほどのスキャンで得た自身の体で最も変化のあった腹部に手をあてる。
身体の構造が大幅に変わって骨格も大きく変化し、食事を取ることも必要なくなったというのに申し訳程度に、消化器官の一部切除した消化器官がある。そして切除した出来たスペースに人工物がひしめいていた。
手の感覚が正常だからこそ伝わってしまう不快感にアイクは泣いてしまった。
ここまでしなくなって……
誤字脱字などがありましたら報告お願いします。
自分の作品でも定期的に読み返さないと忘れてるものですね、いろいろ




