新興都市メイゼル
後日、早朝からこそこそとデュッセの街を出る。こそこそしなければならないのは主に二人だけだ。
サファイアオービタルに依頼の申請をしたものの撥ねられるのは目に見えているので提出だけして撥ねられないうちにさっさと街を出てしまおうという算段だ。
先日の段階ではどこへ向かうのかは決めていなかったが、対象の人物の立場から考えてやはりレギオンの総本山、新興都市メイゼルしかないだろうと言うことになった。
メイゼルは北に位置するため、悠長にキャラバンで移動していられない。だからこの世界では敷地内移動ほどにしか使われていない自動車を使うことになった。もちろんサファイアオービタルの物でこれを使うがために早朝から出て行ったのもある。
自動車と言っても晄が知っている物の中では装甲車に入るのでは?という具合に大層なものだった。
車内はかなり広く、キャンピングカーのような居住性を持っていた。外装の事もあって中は薄暗く、青いライトが点灯していた。
道も整備などされてないし、長距離の移動はひたすら荒れ地に揺らされている。運転はアルダが行い、他各自は自分が好きな場所を作り陣取っていた。
晄は贅沢に、車内上部に備え付けられている就寝スペースに寝転がっていた。時折車が石でも踏んで体が跳ねるがそれ以外は何もない。そして何も考えることなく寝転がっている。
『で、これから自分より強いやつのところに行こうっていうのに何もなしか?』
デザイアがちょっかいを出してきた。彼は既に戦う気のようだ。
(どうしようもないだろ、小細工とか浅知恵で勝てるわけでもないだろうし)
そもそも晄は剣を持って一週間そこらなのだから、刃を交える人間は皆、自分より強いことは確定だった。
天と地ほど差のある人間が天に向かって唾を吐いたところで自分にかかるだけだ。覆しようもないことがある。
『相手だって人間、大人、実力者。そんな人間がお前らみたいなのを見て何を思うだろうな』
(……雑魚だなって)
彼らには申し訳ないが、アルバロがそこまで言われる人物ならばそうもなる。
『そう、それ、慢心とか油断だな』
デザイアが得意げに言った。それに付けこめって言うのか?
(でも相手は妻子持ちの人間だぞ。そんなことあるのか)
子供の成長を見ている人間だ。その成長の中に予想にしなかったこともあったろう。そんなことを味わっているなら晄たちの年齢が起こす予想外の事態に油断するだろうか。
そして彼の立場からも考えるとレギオンという軍隊紛いの組織にいるのだから、慢心や油断と言うものが生まれるとは思えなかった。
堅実ならばそこに穴は無い、晄はそう考えている。
『そうは言っても人間……、心に隙はある。俺たちが数以外で勝とうにはそんなところしかない』
人の心に付け込んだ戦い、随分と難しいことを付きつけてくれるものだ。そうまで言うなら自分で戦えばいいものを。
『お前が行くって言ったんだから俺は知らんぞ。まぁ、死なれても困るから考えるだけ考えてやるよ』
(戦いたいのか?)
戦闘欲でもあるデザイアにはその気があるように感じて仕方がない。
『そうかもな、死ぬ前はそうでもなかったんだがな』
どこか思い詰めるような語気に余計なことを聞いたかなと晄は珍しく申し訳ない気持ちになった。
どうしてこんなことを思ったのだろう?一瞬、デザイアとの記憶の共有のようなことが起こり、瞬きの時間だけ記憶を垣間見たような感じがした。
☆☆☆
流石に半日で着かず、就寝の時間まで車内で過ごした一日は少し違った疲労を感じさせた。
夜中でもライトを点けて走行するこの自動車は今カイリが運転していた。途中で寄った町々で運転をアルダと交代しながら此処まで走って来ている。相変わらず走り心地の悪い土地に道を無理矢理作りながら走る。
こんな振動の中でも寝られる奴は寝られるらしくカイリ以外は皆睡眠していた、はずだったが突如助手席にヒョロっと誰かが座った。優奈だった。
「夜更しが得意な時期か、俺もそうだったよ」
「誰もアンタのことなんか訊いてないわよ」
「運転変わってくれ」
「出来ないわよ」
「アクセル踏むだけでいいから」
「出来ないって言ってるでしょ!?」
この世界の交通の事情、この手の自動車の免許を必要としていない。乗り方さえ覚えれば問題はない。
覚えてしまえば便利だが舗装路というものがやっぱりないので乗ることも人も少ない。
「揺れてる中で寝にくいだけよ」
「意外に繊細なんだな」
こんな揺れている中でも寝ている連中もいるというのにコイツは寝られないと文句を言う。贅沢な奴だ。
「悪い?神経質なのよ」
「その割に思い切ったことするよな、晄まで連れてくることはないだろう」
優奈が今回の依頼に付いてきたこともそうだが晄を連れてきたことも謎だった。
「そうね、不満?」
「そうじゃない。何でだって訊いてるんだ」
「じゃあなんでアンタは私たちのところに話を持ってきたの」
「質問に答えてくれ、何でなんだ?」
この世界に来て一週間ちょっとの人間をコイツはどうしようとしているのか?
優奈の行動はイルミニアに連れてきたこともそうだが、晄を崖に突き落としているようにしか見えない。
「私たちのような人間はこの世界に放り出されてからじゃゆっくりとしているわけにはいかないのよ?」
「それはそうかもしれん。でもな……無理っていうもんがあるだろ」
元々この世に住んでいる人間はこの世に適している。しかしカイリたちのような別の世界から来た人間には適していない。この世に転生した際の以前の記憶と価値観のおかげで自分が今まで行ってきた生き方を真っさらに拭い切る事が出来ない。
そもそもどういう訳があってこのままの状態で転生するのかは知らない。けれどもそれの所為で早急かつ急激な適応力を発揮せねばならず苦行、修羅場は仕方のないことだった。
誰も助けてくれない、助けてもらってもそこからがスタートラインにしかならず、どうあっても最初の難関というものが突き刺さる。
カイリも優奈もそれを乗り越えこの世の人間の端くれになった人間だ。そしてそんな人間が自分たちと同じような生き方を指南するためには無慈悲にならざるを得ないのかもしれない。だって他の方法を知らないから。
「正直なところ、俺たちがしてやれることもないよな?」
「出来るのは用意だけ」
そう言っていつの間にやら倒した助手席で欠伸をした優奈はカイリに背を向けて寝た。
「だから私は放っておかない、だって頼りないもの」
「ハハ、そういうこと」
それにしては手に余りすぎやしないか?
そうカイリは思ったが今の状況、自分やアルダがいてツバキもいるからこそなのかもしれない。
言動、仕草からは堅実で計算高そうな素振をする彼女はその実、必死に背伸びをしているだけなのかもしれない。悪い言い方はいくらでもできるがカイリも人のことを言えないので胸にしまっておく。
そこのところは年相応の見栄が出ているだけなのだ。カイリ自身、自分の事に計算づけてその通り振る舞えるようになったのは二十歳以上になってからだ。
望みと実力が一致せず、どっちつかずになるのが十七という歳だ。そのことを考えるとその歳でこの世界に放り出された彼女は恐ろしく酷だったのだろう。
「身の丈に合わない事はしない方がいいぞ……」
「もう遅いのよ」
生意気で随分とませている彼女はその後寝息を立てた。その姿は年相応のものだった。
☆☆☆
丸一日かけて移動したおかげで朝方にはメイゼルの特徴、街の中心と言われる砂時計の形をした塔が見えた。砂が本当に落ちているわけではないが朝日に照らされている塔は天の川のようだった。
メイゼルはかなり技術が進んだ街で、あの周辺のみ別次元だと言われていた。その通りなのか遠目からでも都市内を忙しなく動き回るモノレールや恐ろしい高度を持ったタワーがずらりと並んでいた。
デュッセの町しか基準のない晄は感嘆した。
晄が見ればまさしくファンタジー大都会だった。
「このまま入っちまっていいのか?」
カイリがアルダに問いかける。
「街中はこれでの移動はできないはずです。なのでどこかに預けられると思うのですが……」
アルダもあまり詳しくないようで曖昧な反応だった。
「ここから似たような車やキャラバンが入っていくのは見えるんだがな」
晄も同じようにして見据えると都市の一か所に車、キャラバンが道に乗って吸い込まれていた。
「あそこに乗ればいいんじゃないか?」
「それだな」
そう言ってカイリはその一か所に向けて車の軌道を執った。
そしてそれは正解だったらしくすんなりと都市の中に入り、駐車場と思しき所に車を駐車させた。
外見は普通のパーキングで入口出口でバーが横になっており、カードを取って開閉させるようになっていた。まるっきり前世と変わらないので金を入れることになるのだろう。
「一時間何円何だろうな」
晄は何気ないことを口にした。
「ガルツな、円もガルツも変わらんが円なんて言い方はできないぞ」
「そう言えばそうだった」
他愛無い会話をしながらパーキングから街の入場口を探す。あった。
関所のような小さな事務室に役人が入っているだけのアミューズメントパークの入場口のような建物だ。
中には制服を着込んだ小太りの男性が座っていた。その前を素通りしようとすると男性が声を掛けてきた。
「おーい、兄さんら。入場料払ってくれよ」
体型から出るいかにもな声は五人の耳に届いた。
カイリとアルダは訝しんでいたが大人しく払うようだ。
二人は何事もなく、ツバキも問題無く支払った。しかし晄はそういうわけにはいかなかった。
(やっべ……俺文無し……)
『はぁ?金ないのアンタ!?』
晄はこの世界の通貨、ガルツを持ったことがなかった。
この場合晄に出来ることは……
「優奈……ちょっと」
「はいはいはい、アンタが金持ってることのほうがおかしいから」
女の財布に縋ることになろうとは……。そもそも一銭も渡してもらっていないというものどうなのかと晄は思った。
「情けねぇのぉ」と役所の男性に告げ口された。
結局、優奈に払ってもらって中に入ることに成功した。
都市と言われているだけあって人の数は朝方だと言うのに、だからなのか多い。
「金取るのかよ」
「そう言う方針なら仕方ないでしょう」
ぐちぐち言っていると少し開けた所に出た。辺りを見回してもファンタジックな印象の強い建物が軒を連ねていた。壁が透けていたり、ディスプレイになっていたりとフラフラと歩き出したくなるような雰囲気だった。
優奈も平然を装っているが眼が様々なものを追っていた。
「さて、本題はここからだ」
「アルバロがどこにいるのか、ね?」
「この都市は沿部付近に研究施設が密集しています。そしてその内、いくつかは立ち入りが不可能です」
立ち入りが不可能というのは封鎖されているということで、それ以外の施設には入れるというわけではない。
一つ一つの施設に監視も張ってあるようで入れるといったところではない。しかし現在のアルバロの状態から分かることと言えば常勤しているということだけだ。しっかりと仕事をこなしていると判断出来るため、メイゼルに何事もなく過ごしているという事だ。
「直に当たってみるか?」
「相手にされないでしょう。なので施設に先回りします」
一蹴した。
カテゴリーでは一般人になる晄たちが直に会える人物でもないため、先に人体実験を行っている所を抑えよう言う訳だ。
「やっぱり施設とやらで娘を探すほうがいいか」
「生命維持が出来て、実験もできるところでしょうから……」
ここが正念場のように晄は思った。今一つ確証のないことだらけの中で体を動かして足を運ぶしかないことを彼らは知っている。
「その施設っていくつあるんだ?」
「現在止まっているもので十以上あります。どこかで密集しているわけではないので固まって動くと時間が掛かるでしょう」
カイリとアルダの二人と中心として話が広がり、他は従うだけなのでどういうやり方を取られようと対処はできる。
「そうだな、中途に五人か……よし、俺とアルダは一人で、あと残り三人で組んで施設を回ってくれ。勝手に入るなよ」
「分かったわ。怪しいと思ったら?」
「連絡とって落ち合おう」
いよいよ始まるようだ。
虱潰しに探っていくようで晄と優奈、ツバキは一緒に移動することとなった。
後、当たる施設を決めて、カイリの解散で各々散って行った。
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