仕事のお誘い
三十分ほど、イルミニアから来た女性ツバキを相手していた優奈と晄だったがまたしても来客が来た。この来客も顔見知りだった。
「ちーす、流行ってっか?」
軽い挑発の入った挨拶をして入ってきたのは長身に黒茶髪のナチュラルショートでサファイアオービタルの青いジャケットを着たカイリ。
「申し訳ありません、忙しい時に」
謝罪を述べながらカイリの後に入ってきたもう一人は、カイリより背が少し低く、カイリのようなワックスで整えられた髪とは反対、ある意味でナチュラルな髪型にインテリを思わせる眼鏡を掛けた青年、アルダだった。
優奈はカイリを見て顔を引き攣らせたが何とか営業スマイルを保った。
「何でしょう……?」
少しおかしなアクセントで返事をした優奈を見て、もう一人の女性を見たカイリは「おっ」と声をあげた。
「誰かと思えばツバキか」
「ほう、お前もここにいたのか、カイリ」
ツバキは軽く返した。
カイリとツバキがお互い名前で呼び合っている。優奈と晄が知らないところで昼食を取った際に名前を教えた。
「ツバキって言うのか」
ボソっと晄がつぶやいたが、目ざとくツバキが聞いていた。
「そう言えば名前を言っていなかったな、私はツバキ・フリューガルと言う」
晄も「俺は、たか……コウ・タカイチって言うんだ」
優奈が自己紹介の際に姓と名を入れ替えて名乗ったことを思い出して訂正に言葉が詰まった。
「私はユウナ・カガと言います」シンプルに優奈も名乗る。
「それであなた方は何をしに来たのでしょう?」
既に冷やかしと見られていることにアルダは辟易としたが、初対面のことからすると無理もなかった。
「ええとですね、依頼の協力です。断ってもらってもかまいません」
単刀直入に「断って」ということを強調した言葉に優奈は引っ掛かった、断れって?
「どういう依頼なの?」
「真に受けないで下さいよ」
アルダの言動が先ほどから協力を拒否しろと言っている。そう言っているのに要請とは……、これでは逆に興味を引かせてしまっていた。
アルダは依頼内容を書いた書類を渡した。
優奈は受けとって読み始めた。そしてすぐに怪訝な顔をした。
「本当に言っているの?これ」
「信じ難いでしょうが、信憑性が高いんです。少し調べましたが奥方の顔はカイリが見た通りの顔だったそうです。あと掲示板の噂話程度でその娘について挙がったそうで」
この世界にもコンピュータの類は存在するためネット環境もある。仕組みはだいぶ違うが存在はする。
そして掲示板というやつもあり、そのサイトで数年前にアルバロの娘が植物状態になっているという記事が複数あった。
優奈側は一度カイリに協力要請をお願いしたのだから出来れば断りたくは無い。
「断りたくは無いのだけれど、何があるわけ?」
「アルバロとお茶をしに行くのではありません」
「そういうこと……」
優奈はアルダの遠回しな言い方から一戦交えるかもしれないということを察した。
優奈もアルバロという人物を知らないわけではなかった。
「いざと言う時は……無理ね、でも余地はあるんじゃない?」
「人ならばですか?確かに此方の方が可能性としては行けそうですね」
相手がまだ話の分かる人間ならば話し合いができる、けれども決裂した場合は返り打ちにあう。
「ちょっと奥まで来て」
唐突に優奈はツバキに「少々お待ちを」と言ってアルダとカイリをキッチンのほうへと誘った。結果、フロントには晄とツバキしかいなくなった。とりあえず晄はツバキの正面に座った。
☆☆☆
奥へと付いて行った先はキッチンだった。元々が宿で少々大きいように感じる。
優奈とカイリとアルダの三人はダイニングテーブルのイスに座った。
「それで私はどうすればいいの?」
「断っていただければ」
「どうしてそうなるんだよ」
カイリが異議を唱えた。そうなるなら元からここへは来ない。
「少しでも戦力が欲しんだよ、あいにくこっちのメンバーは全員出払っててな」
「なんで私なの?」
特に理由は無い上に本命は晄の特異だと言ったら怒るだろうからカイリは適当に理由をつけた。
「俺がお前らに協力したろ?その返しが欲しいんだよ」
依頼屋の間で協力したら、協力してもらうなどと言う風習は無い。けれどもそういうことを好んで行う者もいるので理由としては問題ないと思った。
「それは死ねって言ってるの?」
依頼内容からすればそうなる可能性は否定できない。現状としては依頼のもしもに備えて人数が欲しいだけだった。
アルダも言うようにそのもしもというやつが余りにも危険すぎることもある。
「そうは言わない、最低でも話し合いで何とかしたいのはこっちも同じだ。相手の子供はお前らと近い歳だし、説得させるときに強い影響力になるかもしれないだろ?」
正直なところ、自分の娘をそうまでして蘇らせたい天才に自分たちと同じ感性をしているとは思っていない。これはあくまでカイリが優奈たちを入れて戦力を上げたいだけの口実だ。
「私としては本当に断ってもらいたいんです。レギオンの管轄に首を突っ込むことになります。私たちギルドならともかく、個人でやっている貴方はレギオンに目を付けられてはやってけないでしょう?」
確かにレギオンに目を付けられると優奈のようなフリーは手狭にやっていくしかなくなる。レギオンの連中と目が合うだけでお尋ねお物扱いされるのは御免のはず。
普通ならば断わるだろう、そう思ってカイリが諦めた矢先、
「別に構わないけどね」
と優奈が言った。
これは意外な反応だった。やはりイルミニアで羽織袴に接近戦を持ち込んだようにそういう性格なのだろうか?流れはカイリに向いていた。
「な?構わないって言ってんだから支援してもらえばいいだろ」
気が変わらないうちに話を進めてしまおう。そうカイリは判断した。
「はぁ……、此方も要請しておいて来るなとは言いませんよ。後悔しますよ、おそらく」
「来るなって言ってるみたいなもんだったじゃねーか」
アルダはカイリに冷たい目を向けた。
コイツに冷ややかな目で見られるのは慣れている。
☆☆☆
どうしようもなくソファに座ったものの、沈黙の空気には耐えがたかった。
何か話題でもと思ったが何も思い浮かばない。天気がいいですねとでもいっておくか?晄がそう言おうとした矢先、ツバキが先に喋った。
「あれからなんともないのか?」
一瞬何の事か思考を巡らせ、一つの事に思い至った。
「あぁ、なんともない……です」
晄は正式には此処の依頼屋となっていないがやはり、客相手には敬語がよろしいと思いぎこちない喋り方をした。
「出来れば、そのような喋り方はやめてもらいたい。もう知らない仲ではないだろう」
ツバキは晄に普通に接しろと言った。
「そうか、じゃあこれでいいな」
やっぱり気持ち的に此方の方が話しやすい。人によっては敬語で話されると緊張する人もいるし、普通にフレンドリーに話したほうが相手との距離も縮まる。その逆もあるが晄としてはありがたい。
「二人でやってるのか?」
唐突にこんなことを聞いてきた。
「いや、俺はここに住んでるだけ。でも穀潰しするつもりはないってよ」
実際、晄は今現在ただの同居人だ。何もすることができず優奈に振り回されて危険な目にあっているだけである。
それなりにやるべきことをこなしているだけで、それだけで一人で生活することは出来ない。
「なにかあるわけでもなくあの場にいたのか、災難だな」
「でも生活手段を手に入れようと思えば、そうならざるを得ないんだよ」
今、晄の生活手段は優奈に付いて行く他なく、文句も言えない立場だ。
本来ならば助けてもらっているのだから感謝しなければならないのだろうが、そうは思わない。その理由としては二人の間柄だろう。
前世での二人の親しい関係を此処でも繰り広げているから助けてもらっている、やっているという感覚が二人には無かった。
「ま、強くなって見せるさ」
「たくましいのだな、羨ましいよ」
ツバキもかなりたくましいと思うが素直に受け取る。初対面の時に遠回しに力不足と言われた人間に褒められるのは光栄だった。
「ところで、結構揉めてるみたいだな」
キッチンでの事についてツバキが言及した。奥に行ったとしても聞えるものは聞こえてしまう。
「揉めてるってわけじゃないんだろうけど。おーい、いつまで待たせてるんだ!」
三人へ向けて晄が叫ぶと「はーい」と優奈の返事は返ってきた。
そして三人がぞろぞろと現れると優奈は開口一番に「依頼よ」と言った。
「ついてくる?」
「え……?どんな?」
優奈は「こういう依頼よ」と言って紙を差し出してきた。
書かれた内容を読んでいくと人探しと言うことはわかった。それなら大丈夫だろうと晄は頷いた。
『お前、アルバロって知ってるのか?』
急に声が頭に響く形でデザイアが話しかけてきた。
(なんの前触れもなく出てくるなよ。で、誰なんだ?)
『やっぱり知らないのか。正直俺もよく知らん』
(そのくせ、偉そうにしてたのか)
八十にもなってやってることが子供じみた見栄を張るとは如何なものと晄は呆れた。
しかしデザイアが反応するということ、よく知らんという全く知らないというわけでもない答えから推察するにアルバロと言う人物は名が通っているのだろうか?
現状、この世界の偉人を知らない晄には知る由もなかった。
「そのアルバロっていうのは誰なんだ?」
「はぁ?ご存じないと?」
アルダがありえないと声を上げた。
優奈とカイリは揃って顔を引き攣らせ、見合わせた。晄も拙かったと気づき、必死で言い訳を絞り出した。
「あ、あー、あの有名な方の……」
ご存じないと聞いて来るからにはそれなりに見聞きする名前だと言うこと。自分ですら鈍いと思っている頭でここに気が付いたことに晄は安堵した。
「そうです、あの有名な方です。そんな人物の捜索をして説得をするんです」
晄は依頼書の途中に人体実験がどうとか書いていた事を思い出した。
「説得するのにこの人数で行くのか?依頼した人間がやればいいんじゃないのか、それは」
人物を探すのにこの人数は分かる、しかしなぜ自分たちが説得とやらをせねばならないんだ?
晄はもう一度よく書類を見た。そして人体実験の件のところで晄はやっと理解した。これは説得ではなくアルバロの計画の阻止だということに。
計画の内容は読むだけで晄の乏しい感性でも禁忌だということは分かった。そしてこの世界で言う阻止というのは……
『そういうこと、一戦交えるってな』
またか……と晄は滅入った。
相変わらず自分の身の丈に合わない出来ごとに遭遇する。けれどこのままでいいとも思っていないのだ。世界の形がそうならば、そこに住む人々もそうあらねばならない。そういう意味では晄はまだこの世界の人間ではない。
世界の成り立ちの上で生きて行くには場面、状況どうとかではなく、その上を歩く力が必要なのだ。
「少しいいか?」
空気を読まないのかツバキは話に割って入ってきた。
四人が何事かとポカンとしている。
「それは私でも同行できるのか?」
意外な質問だった。この場では晄よりも一般人のツバキはこの依頼に付いていきたいと申した。
アルダは「どうして」と訳を訊いた。
「私はユウナにある依頼を頼んだ。受けられはしなかったが協力はしてくれると言う形で了解してもらった。いつ終わるか分からない事で手数を掛けてもらっている、私だけのうのうと待っているだけでは礼もできやしない」
優奈は面喰っていたが、具体的にまだ何もしていないのにそれはどうなのかと思われた。
これはここにいる四人が思ったが誰も口にしなかった。さらに一人、このことを良く思った人物もいた。
「だってよ。まだ何もしてないのに報酬をくれるって言うならお前がそれに見合った働きを対価にすればいい。お前だって分かってるだろう、人出がいたほうがいいことぐらい」
「貴様に対してではないのだがな」
ツバキは厭味ったらしく言った。
優奈は「そうね」と呟いて少し考慮した。そして短い間だったが優奈は頷いて賛成した。
「分かりました。先払いということは此方も相応の成果を示さなければなりませんね」
そう言って優奈は微笑んだ。営業スマイルというやつなのだろうが男三人は思いもしなかった彼女の仕草に、一様顔が強張った。
しかしこれで相当な戦力アップになったことは間違いない。アルダを除いた三人は彼女の力の片鱗を見ているのだから。
「……それでは此方に必要事項を書いてもらえますか」
もはや何も言わなくなっても事務的なのに変わりはないアルダはツバキに書類を渡した。
どこからか筒状の筆入れを取り出し、万年筆でせっせと記入していった。
書き終えアルダに返し、彼が目を通し呟いた。
「十五……」
ツバキ、アルダを除いた三人がアルダの手元にある書類を一斉に覗きこんだ。
達筆な字で名前が書かれた横の年齢記入欄に「十五」と書かれていた。え、十五?
何かの間違いではないかと思った。なぜならどうしても十五には見えないからだ。
落ち着き方からして年相応のものでないし、顔付きも同じく、もっと言えば優奈よりも女性らしい体のラインをしている。
「なんだ?」
不機嫌な顔を示すツバキに晄、優奈、カイリ、アルダは彼女に注目して各々数字を言った。
「十九」
「二十?」
「二十二あたりかと」
「いやいや、二十六とか」
一番大きな数字を言ったカイリをツバキは睨みつけた。
ああ見えても、歳を食っているとは言われたくないようだ。
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