妙な依頼
彼女、アルバロ・シャンドの奥方であるサナリ・シャンドは時折、言葉を詰まらせながらもカイリに事情の説明をした。その話はあまりにも信じ難く、レギオンの人間が行なえば確実に刑罰は免れないものだった。それと同時に医学と科学を数年早めるほどに偉大だった。
(……植物状態の人間を事実上の蘇生、ねぇ?)
嘘なのだろうかやはり、しかし何のために?となってしまうのでその線は無いと思っているがどうもピンとこない。
本当だったとしてレギオンに言わず、ギルドに頼みに来たのはこの件が違法だからだろう。そのことが知れたらレギオンも黙ってはいない。だから頼みに来たはず……。しかしこれは……。
「もしこの話が本当ならば……貴方も共犯ですよ?」
「……分かっています。嫌な予感がするんです。あの人は父親以上に科学者で……、また、その、要らぬ罪を重ねるんじゃないかって……」
理解しているからこそ疑いを掛けなければならない。本来なら好ましくは無いのだろうが愛し合っているからこそ目を背けられない。そのことを出来ていないからアルバロは人生を棒に振れるのかもしれないとカイリは思った。
カイリはサナリの心中を察したが、この件に関しては取り組みづらい条件が多かった。
一つに相手がレギオンだということ。ギルドがレギオンの管轄に入れたがらないし、その逆も然り。
さらに相手の居場所に見当がついていないのだ。今の今までレギオン内で何事も起こっていないことを考えるとアルバロは常勤しており、レギオンの人間に顔が見られているはずだ。
アルバロが恐らく使用しているであろう研究施設もサナリは知らないと言う。極秘に行うためか本人以外に教えていないそうだ。
そして一番厄介なのがアルバロをもし発見できた時にすんなりと此方の用件を承諾してくれるかだ。しかしそれは無いとカイリは思う。貴方を捕まえにきました、はいそうですかと捕まってくれる罪人などいない。
抵抗された場合に大陸五指に入る人間と戦わなくてはならないことも想定しなくてはならない。サファイアオービタルにも割ける人員というものがあって、被害の規模も考えると見当がつかない。
つかない事だらけの悪条件ならば勿論お断りなのだが……。
「……わかりました。その依頼、此方でお請けいたします」
カイリという人間は情に流されやすい人間だった。その結果がどうであれ、何であろうと依頼を二つ返事で受けてしまう。この手の職業が向いていないとカイリは常に思っている。
この返事を聞いた依頼主は皆一様に安堵の表情を向ける。彼女も変わりは無かった。
初めは驚き、次第に目元が潤んでくる。
カイリ自身そんなものが原動力になるとは思ってもいなかったがこの世界に来て、このギルドに入ってから初めての依頼で受けた感謝は忘れられなかった。ピュアな心を持っていたカイリはそれだけで活動できた。
「本当に、いいのですか?」
「はい、それが仕事ですから」
その言葉を聞いた後にサナリはありがとうございますと頭を下げた。
悩みに悩んだ挙句、サファイアオービタルを最初に立ち寄ってもらえたのはこのギルドならば訊いてもらえると思ったからだろうか。
そしてこのような依頼を持ちかけてもらえるほどに信用されているギルドだとサファイアオービタルのメンバーは知っているのだろうか。
こうして考えると感慨深いことだとカイリは思った。
☆☆☆
データーベースでの作業を終え、一階にアルダが下りてきたころにはサナリはいなかった。
カイリが忙しなくフロア内を動き回っているので何事かと聞いてみた。
「どうしました?落ち着きがない」
「依頼だ、結構デカめのな」
そう言ってカイリは口頭説明ではなく依頼内容を描いた書類をアルダに渡した。
それを見たアルダは顔をしかめた。
「こんなイタズラを受けてどうするんです……」
「これ見てもか?」
と言って差し出したのはレギオンのIDカードだった。
レギオンのIDカードは一年置きに作り変えられると聞くので、アルダはこのカードが前年度の物だと見た。複製かと思ってマジマジと見つめると証明写真に目が止まった。
「複製として通すならこのような人物の写真など使わなければ」
「よく見ろよ、本物だろ、それ位俺にも分かる」
そうだ、カイリの言った通りにこのカードは本物だ。
「……本当に?だとしたら何故」
「アルバロの奥さんはなんて言った?」
「サナリ・シャンドでは?」
「そう、その人から来たんだよ。どうして頼んだかってざっくり説明すると、十五の時に事故にあって植物状態になった娘をオーバーテクノロジーとやらで蘇らせようって、そしてその研究施設を違法に使ってるかもしれないから捕まえてくれってよ」
大体はこの通りだが、内容に信憑性がなかった。
「そんなオーバーテクノロジーとか言われましてもね……大体何故彼女がそのことを知っているんです?これじゃ共犯ですよ」
「本人もそれを承知でここへ来てくれたんだ。依頼主だって必死なんだよ、その人自身が夫の計画に承諾して加担したことには変わりない。けど時が経って悲しみが薄れてきて自分はとんでもないことをしたって……苦しんでた」
その場の感情で依頼を受けてしまうのは彼の特徴。初め、そういう類に人種には見えなかったが共に依頼をこなしていくにつれて発覚したことだった。今までも何とか依頼達成させてきた。
しかし、今回の依頼はそういう訳にはいかない。難度が違いすぎた。
「たとえ発見できたとしてもすんなりと受け入れてもらえるでしょうか?抵抗されたらこちらでは打つ手もないんですよ。相手を誰だと思って?」
「分かってる、そこまで馬鹿じゃねーよ、それを今から考えるんだよ」
今から……。やはり事の大きさを理解できていないような気がしたアルダ。けれども彼が何か理に基づいて動いたことが一度でもあったかと言われれば答えられない。それでこそカイリという男なのだから仕方がない。
しかし、それとこれとは話が別で実際問題、アルバロを相手にすることになると最悪死傷者が出ることだろう。
サファイアオービタルの人員を割いて数で物を言わせても止められるという確証がない。それにコレを上に伝えると確実に依頼を破棄される。そこまで融通のきく組織ではない。
「他のギルドに協力要請でも出しますか?受けてくれるところは無いでしょうけど」
「それはダメだ、上司のパイプでバレる」
見つかるのがいやならば受けなければよいのにとアルダは思った。
他のギルドとは決していがみ合っているわけではないし、友好な関係でいるギルドも多い。なのでそこからサファイアオービタルの上司に伝わって大目玉を食らうのが嫌なようだ。
「だったらどうするんです?ユウナさん達にでもお願いしますか?失礼ですけど」
「それも分かってる、戦力にならないって……いや、待て、アイツがいるなら」
カイリが妙なことを思いついた。
どちらにしてもあの二人は戦力不足だ。優奈のほうはルーキーの域を出ないし、晄に至っては駆けだしもいいところだ。
「まさか本当に誘うんじゃ……」
「俺は晄のあの変異が上手く使えれば戦力になると思うんだよ」
「軽率です、根拠もない事で危険を晒すと死にますよ!」
今更とカイリは思った。人間死ぬ時はあっさり、しかししぶとくも死なない。一度死んだ人間だからこのことを思うことができた。
「少なくとも他人を巻き込んでまで死に近づかんで下さい」
「付いてきたら自己責任だよ。それは俺たちがよく知っていることだ。行こうが行こまいが、それで死のうが死のまいが自分で決めたら覚悟を決めておくもんだ。嫌なら来なくて結構だ」
ピシャリとカイリが言い放った。
無茶苦茶を言う。依頼は原則、依頼という形を取っていれば二人一組が最低条件になる。優奈のようなフリーには関係ないことだがギルド所属の彼らには重要なことだった。
相方が倒れてもそれを知らせることができるし、ギルドとの音信不通になることもなりにくい。そして相方の暴走を止めるためでもある。今がその時のようだ。
「行くのは勝手ですがこれは上に知らせておきますからね!」
「かまわねーよ、それにもう依頼として受けちまったからどうせお前は来ることになるんだぜ」
相方制度の組は決められていて、どちらか片方が依頼を承諾すると相方に付いていかなくてはならなかった。双方依頼が被れば要相談だが、こういう風に勝手に承諾されてしまうこともある。
カイリは相方の意見を酌みしてくれないのだ。残念ながらアルダに承諾した依頼は無かった。
やれやれと言わんばかりにアルダは首を振った。
カイリは勝ち誇った顔を見せた。
「そうと決まったら紙持ってさっさと行くぞ」
そう言うなりカイリは机の引き出しから協力要請の用紙を漁りだした。
人の心も知らず事が進んでしまうのはこれが初めてではないが、どうしても釈然としないものがあるとアルダは思った。
☆☆☆
晄は覚えのない満腹感を感じていた。唐突にデザイアと意識がすり変わって、徐々に自分の体の感覚が分かるようになる感じは不快なものあった。
今度の入れ替わりには気絶は起こらなかった。
ソファに座っているのは変わらないが、優奈の顔は不機嫌一色だった。何かしたのかと思ってしまう。
「俺……何かした?」
「晄がしたわけじゃないんだけどねぇ……」
気難しくなった優奈の心中を察することができない晄はデザイアが何かやらかしたことに不快感しか燻らなかった。
釈然としないままにソファに座っているとふと、この世界に来て一週間たったということに気づく。
この一週間の内容はこの世界に無知な晄にとっては強烈以外の何物でもなかった。ロボットに襲われるわ、青年に襲われるわ、体を乗っ取られるわで奇妙なことこの上なかった。丁度疲れも出てくるころか今からでも眠れそうな気がしてくる。満腹感もあって本当に寝てしまおうかと思う。
優奈は頬杖をついて虚空を見つめている。依頼屋の仕事は依頼が来るのを待つだけ、来たら行うだけの仕事なので人が来ないと基本閑古鳥だった。それでも私用というものがあるがその私用さえも今は無い二人はボケーっとしているだけだった。
晄は何も考えずに天井を見つめていると突然、カランとドアのベルが鳴った。客かと思って二人してそそくさと姿勢を整える。
現れた人物は背が高く、長い黒髪が綺麗な女性だった。顔付きも凛としていて、金色の刀に服装が巫女装束という変わった姿だったが二人は特別驚きはしなかった。なぜなら見覚えがあるからだ。
「ここでよかった……見たいだな」
声も凛としているこの巫女はイルミニアの村で黒騎士を斬り飛ばした女性だ。
「少し、力を貸してほしいことがあるのだが」
入店して早速用件を言い放った。優奈は我に返って受け応えをした。
「え……ええ、依頼の受付は此方に」
と手で促した。促した先は晄が座っているソファのため、晄は立ち上がって退いた。
また変わったの来たなぁと晄は思った。
彼女は持っていた金色の刀をソファに立て掛けて、背筋を伸ばして座った。
「力を貸してほしい、と言うより見かけたら知らせてほしいというものなのだが……」
「と言うと?」優奈が
「私の母親だ。理由についてはあまり聞かないでもらいたい」
どちらかと言えばこの女性は依頼を頼みに来たのではなく、カヴァンからここを聞いて自分の母親に関する情報を提供してもらおうと思っているのだろう。優奈も別に断るというわけでもない。
優奈は聞いた。
「一応探してはみますが、写真など人物が分かる物はお持ちでしょうか?」
「それが……ないのだ。家にそういうのがなくてな」
申し訳なさそうに女性が言った。
優奈は内心ガックリとした。こんないい加減な捜索願とは。
姿形が分からなければ探しようがないのは当たり前の事、晄ですらそれはないだろうと思った。
「本当なら私一人で探すつもりだったのだが、母自身に全く当てがないのだ」
声だけは困っているように聞こえるクールな彼女は小さなため息をついた。
「仕方ない……私一人で探すしかないか」
一人で話をポンポンと進めていく彼女がここへ来た経緯が分からないが優奈は一応聞いてみた。
「何故母親を?」
「私が小さいころ、というより妹が生まれてからすぐに村を出て行った。その時父上はなにも思わなかったらしい。しかしこの間の一件で私たちの種族を野放しにしておくのは危険だと言った」
一件とは私たちが戦った青年のことだろうと優奈は思った。
「私の母親はな……奴と似て、いやそれ以上に獰猛らしい。私にはそう言う風には映ってはいないから分からないのだがな。それで父上に連れ戻して来いと言われた」
話を聞くに親二人にも問題があるような気がしたが関係ないと思い聞き流した。
そして、何故彼女が探しに行かなくてはならないのか優奈は聞いた。
「どうして貴方が行かなければならなかったのでしょう?」
「私の父は村の長だぞ、長が村を長期留守にするわけにはいかんだろう」
ここで優奈と晄は彼女の素性を知った。あの巨漢、ギンガ・フリューガルの娘だと言うことを。
ならばこの事を事務的に娘に言ったのも頷ける。しかし姿が分かる物も無しに、ここを頼れと言われても迷惑な話だが……。
優奈はある提案をしてみた。
「受けることはできませんが、協力することはできますよ。ある程度目星が付いてから依頼届を出すことってよくあるんです」
「本当か?」
「ええ、料金も取りませんし、別依頼で入った情報を其方に提供することもできます」
意外に融通が利くんだな晄は思った。今でもそうだが剣や銃を携帯しているからというだけで身構え、殺伐としているものと思っていたが人の善意に変わりは無いようだ。
「それなら良かった。時折村に戻ってやらんと妹が心配してな」
「そうですか!忙しいですね」
「あの子ためにも母親はいた方が良いからな」
他愛無い世間話や雑談も依頼主と信頼を築くために必要なことだ。
今回も晄は蚊帳の外だ。けれども傍で聞いているのも悪くは無かった。
読んでいただきありがとうございます。
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