表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ⅡLive ≪セカンドライブ≫  作者: 工藤 遊河
一章 異世界
17/56

顕現

 青年は左手の鞘を捨て、刀身が半分もなくなった右手の刀を強く握りしめた。

 数秒の静寂のあと晄が言った。


「悪いけど、今のお前でこの俺は殺せないぞ」

「あ?何言ってんだぁ?さっきまで手も足も出なかっただろうが」


 青年が反論する。その言葉はもっともだが今の晄は晄ではなく、別の人格が晄の身体を使って顕現している。態度も別人であった。


「試してみるか?」

「上等ッ」


 すると青年は刀を左脇に添えて晄に斬りかかった。一メートルもない二人の距離は腕を振るだけで刀が届いた。しかし晄はその刀を握っていた右手の手首を左手で掴んだ。


「なっ!?」

「ほらな」


 そう言うと右手首を掴んだまま晄は左足で青年の右脇腹に蹴りを入れた。


「ぐぅっ」


 その威力は想定できなかったほどに予想外の重さだった。本来ならば片手で青年の刀を防ぐことすら不可能だ。しかしこの時に限り、防いでしまったのだ。蹴りの威力も本来のものではない。

 攻撃はまだ終わらず、青年が顔をしかめている時に追い打ちとして右膝で青年の腹にひざ蹴りを入れる。


「ガハッ」


 肺の空気をすべて吐き出し青年は刀を落として、腹を抱えて跪いた。

 たったの二撃、カイリと優奈の攻撃ですら崩すことのできなかった彼を晄ではない晄が簡単に崩した。


「あぁ……、ぐぅッ……」

「イルミニアか……。過去に何度か戦ったがその中でも最弱だな」


 カイリは晄が何を言っているのか分からなかった。晄はカイリと同じ日本人だったと、それに嘘偽りはないはずだ。なのになぜ過去に彼らと戦ったなどという言葉が出てくるのだろうか?もしや本当に別人なのだろうか?だとすればどうなっている?

 事がどう転んでも不可思議なことにしかならない。

 張本人は自分の手を握ったり、伸びをしたりしている。傍から見ると別人にしか見えなかった。


「悪くはないか。前の人間よりかは健康的だし、丁度いいな」


 晄は辺りに理解の得られない言動をする。


「ちょっとアンタ」


 優奈が晄に語気を強くして呼び掛けた。


「あ?何だ……、コイツが付き添ってる女か」

「晄?ではないわよね。アンタがどういうものなのか正体を明かしてほしいのだけれど?」


 優奈はすでに彼を晄としてではなく別人として見ていた。十数年彼を見てきた彼女にとって今の彼は晄ではないと即決できる。二重人格などというものも持ち合わせていないのも承知していた。


「珍しいもんだな~、この俺を簡単に肯定できる奴がいるとはな」

「ソイツと何年一緒にいたと思ってるのよ?」

「それは知らねぇが、人のこと知ったつもりなら見直せよ。お前が思っているほどにコイツは理解できちゃいない」


 どういうこと?と優奈は思った。どこか達観した様な言葉に困惑する。晄の事をどれだけ知ってるかだって?それは……。しかし彼の言ったことも一理ある。私が思っているほどに晄を理解しているのか?しているとは言い難いと優奈は思った。

 実際彼女には空白の四年がある。その四年で自分でも変わったと思うほどに優奈は変わった。それだけあれば人が変わるのは自分が体験している。特に優奈が亡くなった十四から晄に再び会った十七の年頃は人格が最も変化する時期であり、今までの雰囲気の変化から人の一面を新たに発見できる時だ。しかし彼が言っているのは性格のことではない。晄がどういう人間かではなく晄はなにをしたいのかという心理的な部分だった。


「ま、どれだけ居ようと、近すぎると見えなくなるもんや、見えるようになるもんだってあるだろ。あっと、もう起き上がりやがった」


 青年に目をやるとヨロヨロと立ちあがっていた。裂傷の上を右手で押さえながら苦しそうに呻いていた。

 今見ると洒落ていた羽織は血で汚れ、とてもみすぼらしい姿となっていた。


「キヒヒヒヒッ、キハハハハッ」

「自分がどうなってるのか分からないのかねぇ……、頭がダメだな」


 そう言って晄が右手の剣を掲げたとき、青年の左手が晄の右手首を掴んだ。


「!?」

「チィッ、このまま握り潰そうってのか!?」


 そうはいくかと右手を抜けさせようと動かしてみるがビクともしない。

 青年の左手は青筋が浮かび、顔は当初の整った顔は崩れ去り、狂々としていた。


「力だけはッ」


 晄は埒が明かないと判断し、右手の剣を離す。剣は柄から晄の右腕の内側を通って落ちる。そしてその剣を左手で掴み、青年の胴を右肩から左脇腹へと斬り付ける。すると見事に優奈の付けた傷と交わり、十字を作った。剣は晄が動くたびに炎もどきの軌道を描く。


「なんだよ、こんな隠し玉があったのか」


 カイリが言った。

 炎を消えるように軌道が消えると手首から手が離れ、青年は後ろに下がって膝をついた。


「ハハアハ、アッハハハハ」


 もうどうしようもないな、こいつはと晄は思った。


(コイツは戦闘狂でも実際には人を殺したことがないんだ。これほどの力があるのならばこの体とアイツらはもう死んでいた)


 右手首を擦る。手首には赤く手形が付いていた。


(いつでも殺せるのにもかかわらず、所々で隙を見せたのは理性が働いていたからだ。何がこいつをそうさせたのかは知らないが、こういうのは行き過ぎた怒りから来るんだろうな)


 彼が村でどうだったかは知らないが、晄の中の別人格はそう分析した。六十年近く人の中にいて、二十数年間人として人を見てきた彼には人の精神状態を分析することができた。

 そして彼が人を殺したことのない戦闘狂と言うのはどこから推定したのかと言えば、一人を集中的に狙わず、複数を相手したからである。人を殺すことで快楽を求める人間は一人を集中的に追い回す習性があった(彼の経験において)。

 最初に狙いに付けたのは優奈とかいう女、その次にカイリとかいう男、そしてこの晄だった。

 どうあれ人を殺すことにピュアに成り切れず、人を殺すことにセンシティヴだった彼はこれからの生き方によって殺人鬼にもなる。


(どうするかな、このまま放っておくのも……、これから先コイツの苦しみを考えるとここで殺してやった方がマシか……)


 青年の今後に賭けるなどということはしない。ここで見逃せば確実に人殺しを好む人間になるだろう。だったらここで殺して、人を殺めていないうちに葬ってやろうと考えた。

 晄が左手の剣を掲げて青年の首を切ろうとした時、優奈が止めた。


「待って」

「いいのか?どうせコイツの末路はしれてる。お前らがこのまま村に送ったとしてもコイツは」

「分かってるわ。私たちで彼を救うことはできない。だからここで殺してあげるというのは末路から解放してあげる手段だけど……、アンタが人の体を使ってまで行うことかしら?」


 優奈の目は彼を殺したくないという望みの目ではなく、晄を人殺しにさせたくないという憂いの目だった。

 勝手なのは分かっている。この世界では自分に刃向かってきた者に容赦しないというスタンスの人間は沢山いる。彼もそういう人間なのだろう。逃がせば明日に、今にでも仕返しを受けることに成りかねない。

 殺し合いが寛容なこの世界では優奈の要望は綺麗ごとだ。


「……そうかいそうかい、そういう奴もいるわな。自分の知らないことで人殺しになってるなんてやなもんだよな」


 優奈は驚いた。これほどに人の思いを汲んでくれるとは思っていなかった。言動と仕草からは考えられない人格を彼は持っていた。


「どうせコイツももう動かないしな」


 ふと青年に目を向けると、膝を突いたまま気を失っていた。裂傷による出血から来る貧血だった。


「コイツをどうするかはお前らで決めな、ほったらかしとけばどの道死ぬぞ」

「そのまま村に引き返すわ」

「それがいいだろうな。よし、俺はこれで寝るとするか。じゃあな」

「ちょ、ちょっと」


 そういうなり彼は優奈の呼び止めを無視して自我を眠らせた。そして晄の体は膝から崩れうつ伏せになって倒れた。晄としての意識は人格が眠ったと同時に元に戻ることはないようだ。


「晄っ!?」

「おい、大丈夫か!?」


 優奈とカイリはその後、青年と晄を村まで運んだ。


☆☆☆


 村に着いた途端、様々な村人の目に四人は映った。そのなかにツバキもいた。

 二人が血相を変えて村に現れて、二人が担がれてきた。そのうち一人は誰しもが村で見覚えがあった。

 少し小さな騒ぎとなり、そのうち御殿にいたギンガの耳にまで届いた。

 何があったかは察しがついた。


(やれやれ、とんでもないことをやってくれたもんだアイツぁ)


 あの青年、トオリ・マガイのことはだいぶ前から目を光らせていた。

 全盛期イルミニア人の世代交代も終わりを迎えたころに彼のような血の気が濃い、根っからのイルミニア人が誕生したことは驚いてはいない。なにせ自分の家内もそうだったのだから。今頃どこで何をしているかは知らないが頭を下げなければならないことになっていないといいと思った。

 しかし目が届かない家内より先に自分の目が届く範囲内でこういうことになろうとは……。

 後にギンガは優奈とカイリに侘びを尽くした。この二人が比較的温厚な二人で良かったと思う。

 外の街々とそろそろ交流再開しようとした矢先にこんなことがあっては堪ったものではなかった。

 誰かれ構わず人を襲う血の気の濃さが民族の特徴でもあり、汚点でもあるこの事実は年月が幾星霜流れようとも血から抹消することはできないようだ。


「ツバキ、いるか?」


 自宅にて、今回の被害者である三人が帰って行った後にツバキを呼び出した。

 どうやらあの三人とどこかで知り合ったようで。


「なんだ、父上」


 十五の娘は妙に大人びていると思う、それも家内も居ないせいか。


「今回のことで決心が付いた。ツバキ、村の外に出て母親を探して連れて帰ってこい」

「何故?」


 ツバキは動揺した。今になって何故戻ってこさせねばならない?


「あの女は表向きは口当たりがいいが裏は完全にトオリと同じだ。あんなもんを外に出したのが間違いだと再認識した」


 語尾に殺意が籠っていたような気がするとツバキは思った。

 ツバキは自分に母親を連れて帰ってこれるのか不安があった。

 父の言うことを断わろうとも思わない。強制はしないが断ることができない威圧がそこにあった。


「私に母を連れて帰ってくることなど……」

「無理だと思ったら俺に教えろ、直々に相手してやる」

「……分かった。明日にでも行って連れて帰ってくる」

「すまんな、立場上村を離れるわけにもいかんのでな。一人が嫌ならデュッセの街に行ってみろ、お前の助けになってくれる人がいるはずだ……」


 自分の子供にこのようなことを頼むのは情けないが、仕方なしと本音を押し潰すしかなかった。

 ツバキにできるかどうかは賭けてみるしかない。

 子供に苦労ばかり掛ける不甲斐ない父親だとギンガは悟った。






誤字脱字などがありましたら報告ください

この前ふと気になって逆袈裟というものを調べると、普通は斬り上げのことを指すみたいですね('_')

どこぞの漫画を元に斬撃を九つに振り分けてますがその漫画では左肩から右脇腹の斬撃を袈裟、右肩から左脇腹の斬撃を逆袈裟となっていました。

稀に後者を逆袈裟と指すみたいですが、普通は斬り上げみたいですね(-.-)

そこらへんの調べ損ねもあって、九体のロボットは失敗だと思いました(._.)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ