狂気狂乱
羽織袴の青少年は不敵に笑い、こう言った。
「俺はそこまで気の長い奴じゃないんだわ。ましてや、話し合いとかでも治まるわけでもねぇわけよ?だからさ、斬られろよ、俺にさぁッ!」
もはや理解できない。彼の言動からは自分の欲求を満たすためのこじ付けにしか聞えなかった。
行動の原理が戦いたい、だから襲うでは……。
青年は抜いた刀を掲げてカイリに襲いかかった。
カイリは素早く槍を腕時計から呼び出し、念のため防御魔法まで張って防いだ。
刀が魔法の障壁に衝突すると同時にカイリの身体か硬直する。重たいのだ。
魔法まで張って防いだにもかかわらず、魔法の障壁はガラスの割れる音と青白い光を撒いて割れる。
槍の柄が刀を防ぐ、しかしこの重撃は槍をへし折るのでは?と思うほどだった。
(なんて奴だっ!ここまで強力なもんか!?)
幸い、そんなことは起こらなかったがいずれにせよこのままでは力負けする。そう思った時、青年が横に飛んだ、いや飛ばされた。原因は優奈の右脚だった。その脚は青年の隙だらけの脇腹を蹴ったのだ。
「サンキュ、助かった」
「礼は後にして。コイツをなんとかしないと」
カイリは冷汗びっしょりだった。本能が逃げろと言っているように感じる。優奈も同じ心境だった。こんな化け物を相手するなどと思ってもいなかった。
晄にいたっては完全に硬直していた。彼が相手するには厳しい。
(何ビビってんだ……、でも体が)
息が苦しくなる。汗が止まらない。もしかすると二人ともやられてしまうのではないかと悪い思考に走る。
自分が強ければ、この闘いに加勢できるのならば。しかしそのような強さも力もない。この世界に来てからこのようなことばかり考えている。
強くなりたいと思うが局面が待ってくれていない。
ゲームのように相手が合わせてくれればいいのに、レベルを上げる時間などがあってもいいではないかとさらにあらぬ方へ考えてしまう。
チートでもなんでも即席の力がほしいと思った、即席の……。この状況を打破する力が……。
『確かにな?ゲームのように合わせてくれて、時間もあれば備えられるよな?』
突然声がした。自分の心の中に、頭に響いた声。
自分の声ではなかった。羽織袴の青年よりも狂気に満ちた声だった。
『そんなに楽なことはないだろうな。でもそれが…』
声の途中で意識が再び青年に向き、声が聞こえなくなった。
「あ~、痛ってぇな。そういや二人、いや三人いたんだっけ?一人ずつどうやって遊んでやろうか?」
遊ぶ……、ますます狂気さ大きくなる。
「まずは俺に蹴りを入れたワビだっ!しっかり受け取れよ女ぁッ!」
青年は優奈に向けて刺突を放つ。そのスピードは神速だった。
しかし優奈は読んでいたように右にかわした。刀の刃は左に向いているため追撃はない。だが左には隣り合っていたカイリがいた。青年は刺突から薙ぎに変えてカイリを狙った。
「チッ!」
カイリは舌打ちをして、刀の間合いの外へ跳んだ。空気を斬る音がむなしく響くが優奈は間髪いれずに左脚で青年の腹を蹴り飛ばした。しかし青年はよろけただけで平気だった。
「あぁ~思ったより強いのな、アンタら……。おい、さっきから突っ立ってるだけのお前」
晄のことを指している。
「お前だけは違うみたいだな、いいもん持ってるわりには希薄だもんな」
次は俺を狙っているのか……?晄は動けなくなった。ロボットの時とは違う殺気が、体を刺しているようだった。
「景気付けにお前の首から貰っていくか」
この判断はカイリと優奈から取ることが難しいからか、それとも気まぐれなのかは本人にしか分からない。
((まずいっ!))
カイリと優奈は危険を感じた。晄に目を付けられると下手に動けなくなる。
現段階でこの怪物に押されっぱなしである。彼の動きを止める方法がない今、誰かがダーゲットを取って晄への接近を防がなければならないのだが彼が晄をロックオンしてしまうと彼の強大な力を、晄を背にしてぶつからなければならなくなる。
カイリの魔法壁をいともたやすく斬り裂いた力は優奈一人で防げるはずもない。
(私の魔法でどうにか……)
優奈の魔法は強化特化となっている。使う機会は少ない上に彼女自身の魔力量も少ないので連発することはできない。だがこれを使えば……。
(少しは埋められるかもしれない……)
上回る、並ぶということはないだろう。しかし肉薄さえできれば押されるだけにはならないはず。
拳銃は使用できない。こんな相手でもイルミニアの村の人間だ。いくらイルミニアの人種と言えど拳銃の弾丸を喰らって立てるはずがない。気絶させるか相手から去ってくれるか。できれば後者の方が望ましい。だから優奈は拳銃以外の武器を腕時計から呼び出した。
呼び出したものは一般的には小太刀とよばれるサイズの刀を一本だった。刀の棒樋と呼ばれる刀身の溝の部分にはカイリの槍と同じように赤い半透明のパーツが流し込まれていた。
刀身は黒く光を吸収して、半透明の物が血管のように見えた。この赤い半透明の物質は鉱石で魔力の伝導を助けるものだ。今となってはほとんどの近接武器には施されている。
(まさかアイツ相手に力比べでもするのかよっ!?)
カイリは度肝を抜かれた。どこに勝算があって無謀なことをするのか?
(お前って意外にそういうタイプかよ……)
笑えてきた。この状況を楽しめるような人間ではないが年下が無謀にも怪童と張り合おうと言うのだ。この場に置いてカイリが逃げるわけにもいかない。
「首が取れないようにしっかり頭ぁ押さえとけよッ!」
青年は刀を左に水平に構えて、突っ込むような姿勢を取った。優奈は晄の前まで歩み寄り、小太刀を正面に構えた。カイリも立ち上がって魔法を練り始める。
反撃開始とは言い難い。しかし攻撃は最大の防御ともいう。
守るだけでは破られるのだ。
(さぁ、来なさい。どうにでもしてあげるわ)
☆☆☆
「がぁッ」青年は短く叫び、砂を巻き上げて突っ込んできた。すぐに間合いが詰まり刀が振られる。優奈は太刀を両手で持ち、魔法を発動させて防いだ。
途轍もない音を立てて刀と小太刀が衝突する。
本当ならば優奈が飛ばされるかしているだろうが、発動した魔法のおかげで飛ばされていない。発動した魔法は地面と、接地しているブーツとのミューを上げる(強化によって引き上げた)というものだ。しかしそれを発動していても地面にブーツの底で二本の両足の溝を作ってしまう。溝が長くなり足の裏に摩擦熱を感じ始めたころには、背が晄のいるところまで下がってしまっていた。
「チィッ」
「オラァッ、どうしたぁ。出しゃばっといてその程度かッ!?」
「誰か忘れてるだろっ!」
小太刀ごと斬ろうとしている青年の隙だらけの背に、細い電流が束になった電撃の波を飛ばす。カイリの魔法だ。
雷鳴を竹藪に轟かせて青年の背中に直撃する。電気が空気中を伝う速さには反応できまい。優奈の目にも強い光が一瞬、青年の背後に見えただけだった。
「あがぁッ」
体を襲う激痛に青年は悶える。それだけではなく四肢が全く動かなくなる。攻撃魔法を兼ねた束縛はカイリが扱う電気の属性魔法によるものだ。生物に当てるともれなくスタンさせることができる(例外もある)。それによって青年の体は硬直したのだ。その隙を優奈は逃さず小太刀を青年の胴を右斜めに斬り上げ、さらに胸に左足で蹴りを入れ突き飛ばした。先ほどの蹴りよりも力を込めたので後ろによく飛ぶ。電流による硬直は地に背から落ちた途端に解け、青年は素早く起き上がり優奈に向かった。右わき腹から左肩に一直線の裂傷ができ、血が垂れていた。
「ああッ」
それでもなお短く吠え、再び優奈に向かって突進した。だが今回は刀ではなく鞘だった。左手で素早く鞘を逆手で握り、抜き放った。抜き放ちは鞘と言えど金属で出来たものだ。重みのある鞘は青年の力も合わさって相当な衝撃を生み出した。優奈は小太刀で受け止めたが横に弾き飛ばされてしまう。すると彼の前には晄しかいなくなった。
「ッ!?」
相変わらずいうことを聞いてくれない身体であった。お構いなしに青年は鞘を晄のコートの襟に突き入れて、片腕だけで晄を釣り上げた。
「がはっ」
宙に釣りあげられた衝撃で肺の空気が押し出される。このまま晄を突き刺すかと思えば、青年の背に槍を突き刺そうとして接近していたカイリに向かって刀を向けた。
「動くなよ、アンタもお前も」
続いて優奈に刀を向けた。左脚を立ててしゃがんでいた優奈は動けない。宙づりの晄は鞘から抜け出そうともしていない。おそらくはそれが正解、抜けて落ちればそのまま着地を取られるからだ。しかし晄は そこまでは考えてない。
「さてと、どうっすかなぁ、腕を落としていったりするのもいいけど心臓一突きでもいいかぁ」
青年は嬉々としていた。その表情は獲物の前で舌舐めずりと同じだった。
(あの野郎……、少しはどうかしたらどうなんだっ!?)
晄の無抵抗にカイリは苛立った。少しはもがくなり暴れるなりすればその時に出来るわずかな隙で助け出せる自信はカイリにはあった。晄に信じてくれと言うのは不可能だろうが、可能性としても考えてもらってもいいのではないか?
普通は助けてくれなりと叫んだりするだろうに晄は意識が上の空だった。しかし晄が動かないのには理由があった。それは先ほど、奇妙な声が聞こえたころから何かが晄の意識を乗っ取ろうとしているからだった。吊りあげられている今も意識が眠ったり覚醒したりと忙しい。そんな混乱の中で晄の頭の中に再び声が響きだした。
『でもそれができるとしたら?今すぐに力を手に入るならば……、お前は取るか?その力を』
取るか取らないか……。しかしそんな都合のいい話はない。それに声の謎も分からないままに従うほど晄も馬鹿ではなかった。
(信じるとでも!?)
『信じる信じないは勝手だが…このままだと死ぬぞ?』
今のは心で思っただけだった。なのに声はそれに返答してきた。意思疎通ができるのか?
改めて自分の状態を見る。自分は刀の鞘で宙づりになっている。刀は優奈に向いていたがすぐに晄に突き付けられた。少しずつ刃先が晄の胸に迫ってくる。なぜか恐怖や焦りを感じなかった。それどころか抗う気も起きなかった。それは晄の意識が謎の声によって浸食されているからで、感性が機能しづらくなっているからだ。
カイリと優奈はどうすべきかあぐねいている。人間、時が迫ると頭の中が真っ白になる。カイリと優奈も同じくもはや一つも策が思いつかない。しかし策がないわけでも……ない。それは確信のないもので物事の行方が分からなくなるものだ。
晄の中に響く声……。それは力を授ける、とは言っていない。しかし言い方はそんな風に感じた。もうこれ以外には何もなかった。
(……チッ、力を……くれ)
こんなものを信じる自分に晄は舌打ちをする。しかしこの状況に置いて晄の力では役に立たない。
嘘でも本当でも、死ぬのは勘弁だった。
『ハハハハハッ、そうこなくっちゃな』
声が返ってきた途端に晄の意識がなくなる。そして入れ替わるようにして別の意識が晄に表れた。口角を右につりあげて笑う。
青年はその変化を見逃さなかった。本能的に何かを感じ取り串刺しにしようと力んだ瞬間、晄の右手が素早く背の黒剣にのび、恐ろしい速さで抜き放たれた。
放たれた剣は刀と鞘を叩き斬り、晄を地へ降ろした。
「このやろうッ」
「晄!……晄?」
青年は毒づき、優奈は晄に心配の声を掛けた。しかし晄は地面に着地した直後にスッと立ち上がり青年を睨みつけた。その眼は優奈の知る晄から覗くことの無い表情だった。目付きが鋭くなり口角がつり上がり笑っているように見えた。気がつけば黒茶色のコートに紅い炎のような模様が浮かび上がって揺れていた。剣も同じように刀身に炎のようなものが揺らめいていた。
「あぁ、好き放題やりたいことやってるみたいだな、俺も混ぜろ」
晄がそう言い放った途端、晄の周りに、光が屈折して出来た靄のようなものが生まれた。
優奈、カイリ、青年は同時に強烈な殺気を感じて鳥肌を立てた。
(なんだよ……晄の奴なのか……これは?)
(どうしたのよ……、アンタは)
(おもしれぇ、これでこそ甲斐があるってもんだっ)
三人はそれぞれの感情を心の中で思い、混乱し、驚き、歓喜した。
少し長くなりました。いろいろと
今まで影の薄かった主人公の見せ場が来ます!
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