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ⅡLive ≪セカンドライブ≫  作者: 工藤 遊河
一章 異世界
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羽織袴

 時刻は昼を少し過ぎた頃、回収班への連絡で席を外したカイリは空腹だった。

 二十代前半の健康な青年の腹はさっきから食べ物を要求してくる。仕事の都合上、腹が減ったくらいで文句は垂れないが、依頼が一段落した今ならあの二人に黙って買い食いするのもありだと思った。

 買ってきてあげようなどという良心は無かった。


(どっかに飯屋ないかね……、ん、あいつは)


 カイリの前方から見覚えのある二人組が歩いてきた。


「む?」

「よ、よう……」


☆☆☆


 どうしてこんなことになったのやら。ついさっき喧嘩別れのように行ってしまった女とカイリは飯を食べている。

 畳の懐かしさを感じる座敷を久しぶりに満喫できるかと思ったが、目の前にいる女がそうさせなかった。


「ここは、よく来るのか?」

「まぁな、いつもという訳ではないが今日はたまたまここだっただけだ」


 そう言って白身魚の塩焼きを箸で突っつく。

 幼女は三角おにぎりを頬張っている。

 カイリとツバキは焼き魚の定食といういかにもな物を頼んでいた。


「ところでさ、お前って」

「ツバキだ、ツバキ・フリューガルだ」


 それが彼女の名前のようだ。ツバキと言う名は前世でたまに聞くが、フリューガルは完全にこの世界の姓だ。


「あぁ、依頼主の娘か……?俺はカイリ・トミオカって言うんだ」

「ん?父上が?そういえばなんとか言っていたな」


ボソっと呟いたつもりだったが聞き取れたようだ。


「ところで、あの時の馬鹿力だけどさ、アレがイルミニアの力っていう奴なのか?」


 竹林にてロボットを魔法も借りずに斬り飛ばした力はどう考えても異常見える。

 事前にアルダが言っていたように脅威的な戦闘力を買われたというのも頷ける。


「周りがそういう様に言うならばそうだが、私はまだそれ程自由に力が扱えるわけではない」


カイリは異議を唱えた。


「世間一般はあれでも十分だっての。あれ以上を望むなんて贅沢なもんだ」

「そうか?私の周りではあれ以上が普通なのだがな……」


 価値観の違いを感じられずにはいられなかった。

 ツバキの中では自分の力はまだ未熟で周囲の人間、例えば父親だろうか?その辺の自分より強いものが基準になっているらしい。

 単純に力だけならば自分はツバキに及ばないだろうとカイリは思う。しかしこんな竹林に籠ってばかりの経験より、この地方を歩きまわり所かまわず槍を振ってきたカイリには転生してからの数年の経験、駆け引きの術などの戦術がある。そしてカイリには野生の勘に近い直感力があった。

 このことを本人は知らない。理論的な裏付けはないが脅威のパフォーマンスを見せる。カイリの性格に合っていると言えるだろう。

 それから数分会話はなく食べ終えるとすぐに勘定を払って店を出た。


「それでお前はどうするんだ?」


 ツバキがカイリに唐突に聞いてきた。


「え?そうだな、御殿に戻るか。勝手に帰るわけにはいかないからな」


 優奈とアルダが協力という誓約をカイリの意思を無視して交わしてしまったため、黙って帰ると罰せられることになるかもしれないのである。たとえ無理矢理でも。

 これは誓約を破られた側が相手側のギルドなどの所属団体に誓約逸脱の申請を届ければ法的に、もしくは所属団体の規則によって罰することができる。規則の内容は団体により様々だが、カイリの所属しているサファイアオービタルはこの手に関してかなり厳しい。


「私は……そのまま帰るか?」


 ツバキは一度迷ってから幼女に帰るかどうか聞いた。

 すると幼女はコクンと頷いた。


「途中までは一緒になるな」

「へぇ、そうなのか」


 ツバキと移動することに嫌気はないが道中会話の一つもない気まずい空気が待ち構えているとカイリは思った。せめてこの幼女が喋ってくれればいいのだがこの幼女、全く喋らないのである。

 意思の疎通も表情と身ぶり手ぶりだけで口が動かない。ツバキも普通にしていることからこの子はそういった子なのだろうか。

 少しばかり理由を聞こうかと喉元まで言葉が上がってきた時、前方から異様さを放った青少年が歩いてきた。

 その男はチャラチャラとした飾りが付いた着崩れた羽織袴、腰に金と黒の彩りをした刀が特徴的だった。顔立ちも十五、六そこそこで寝癖のついた黒髪に、ツバキと似て鋭い目付きをしているが何故か光彩が濁っている眼をしていた。まるで血に飢えているように……。

 すれ違う時、カイリは不気味さを感じた。ツバキはすれ違ってからも彼の背を睨み付けていた。

 彼の登場によって結局、幼女について聞きそびれてしまった。


(変わった奴が多いな、あれもイルミニアか?)


 血が同じということは元をたどれば血縁関係があるのだろうかなんとなくそういう雰囲気を醸し出していた。

 眼を見る限りあまり関わらないほうが身のためだと思う。

 結局幼女が喋らない理由も聞けずそのまま御殿の前で別れてしまった。


「あっ!アンタどこ行ってたんだっ?」


 急に御殿の入り口付近から怒鳴られてカイリは驚いた。声の正体は晄だった。

 彼の歳は見たところ十六、七あたりだろうがそんな年下にアンタ呼ばわりされるとは思ってもみなかった。しかしカイリはそこまで上下関係を気にする人間でもないため不満を感じなかった。


「ちょっとな飯食いに行ってた」


 昼飯を済ませたことは黙っておこうかと思ったが、彼らが帰りにどこか昼食のために店を寄って、カイリがその場で何も食べなければ怪しまれるだろうから素直に打ち明けた。


「自分だけなに食いに行ってんだよ」

「そこまで腹もちがいいわけじゃなくってな。で、どうなったんだ?」

「あ、あぁ、いろんな手続きも終わったし、もう帰るんだって」

「そっかそっか、やっとおさらばできるな」

「何かあったのか?」

「いや何でも」


 晄はこの村からおさらばできると捉えたが、カイリは晄と優奈の二人からおさらば出来ると言う意味だった。

 カイリもあまり大きな報酬を見込めない事に専念するほど、本当に人がいいわけではない。こんなのに付き合うよりも断然、サファイアオービタルに入ってくる依頼のほうが儲かる。


「やっと戻ってきたわね、アンタ」


 それよりもこの女と離れたかった。

 優奈は御殿から出てきた。あの様子だとこれからの予定は帰るだけのようだ。

 今回得られたロボットから何も得られなければ、この意図の分からない騒動の糸がプツリと切れてしまう。せめて部品の規格さえ分かれば……。


「さっさと引き上げるわよ。帰ってもやること一杯あるのよ」


 そう言うなり優奈は来た道を歩き始めてた。

 相変わらず変に忙しい女だ、とカイリは思った。


☆☆☆


 村に繋がっている一本道を帰っていると最初に幼女と出会った分岐路に着いた。そこで待っていたのは一人の青少年だった。


(コイツは……?)


 青少年はカイリとツバキが村ですれ違った羽織袴だった。

 彼は村に引き返す訳でも先に進む訳でもなく分岐路の円の真ん中に眠そうに立っていた。

 眠そうにしていたがカイリたち三人が近づいてくると


「暇だなぁー、昨日一昨日は黒いのがどうとか言って面白そうなことがあったのに」


などと、わざとらしくカイリたちに聞こえるように言った。

 三人は煽られていると察し、無視を決め込んで彼の前を通り過ぎようとした。


(どこにもいるもんだよな、ああいうのが)


 カイリは思った。

 この世界に転生させられて武器を持つようになった頃からこの手の、厄介事を好む輩は沢山いた。

 ただ単に自分の力をみせびらかしたくて、あるいは戦闘狂なるもの。

 戦闘狂は前世では見たことがなかった。そもそもそんな者が生まれる環境はなかった。

 しかしこの世界では少なからず存在し、危険視されるような奴らはギルドでも警戒している。過去一度だけ戦闘狂と刃を交えたことがあった。原因は価値観の違いや相容れないなどと言う衝突ではなく、一方的な相手側の殺意。

 自分の欲求を満たしたいだけの人間に話は通用しない。

 カイリのギルドが対面した時、こちらは数十人いたというのに、僅か数秒で五人が倒れた。

 同い年のメンバーや先輩にあたる人々が何もすることができずに落ちた。

 それだけ倒しても相手は人、どうにかして戦闘狂を倒すことに成功したがカイリはその時、人の狂気を初めて知った。

 そしてその狂気さが羽織袴から滲み出ていた。


「アンタらが片づけたんだって?一々来なくてもよかったのに……俺が片づけるからさぁ」


 無視を決め込む。関わるとロクなことにならないのは分かり切っていた。


「やっぱり気に入らねぇ、入らねぇよ。こっちが親切に話しかけてやってんのにさぁッ!」


 三人の何が彼の気に障ったのだろうか。青年は腰の刀を一気に抜き、晄たち三人にギラつかせた。

 抜刀の際、本来ではありえないほどの風圧を起こし、近隣の竹藪をしならせた。

 ザァっという音が通り過ぎ再び静寂が訪れる。

 晄と優奈はあまりの出来事に絶句する。

 カイリは心の中で舌打ちをし、顔を引き攣らせた。

 青年は不敵に笑った。





ありがとうございました。

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