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葉月

 燃える木々、隊員の呻き声、焼ける(にお)い。

 未だ撤退の命令はない。

 だから、守り続ける。

 自分に充てられた、この場所を。


 ◆


「昔、此処で戦があったんだよ」

 山道を歩いている途中、ふと祖父が話し始めた。

 敵を迎え撃つためにこの山に陣取っていた部隊があったのだが、裏をかかれてこの辺りは火の山と化し、その部隊は全滅してしまったらしい。

 私は特に深く考えることなく、ふうんと適当に聞き流していた。

 そういう話に興味はなかったため、やがて頂上に着いて、母や弟たちが「よーし、お昼にしよっか」などと言っているのを見ているうちに、戦の話は私の脳から排除されつつあった。


 朝からみんなで作ってきた弁当を食べ、景色を眺め、家族と他愛無い会話をして。

 団欒の時は刻々と過ぎていく。

 私はちょっと離れて、登ってきた方とは逆の山道を少し辿って行った。


 かわりばえのない山道。

 トボトボとしばらく進んで迷わない範囲まで行ったところで、何かを感じた。

 最初はそれが何なのかは分からなかった。だが、すぐに何者かの気配であることを悟った。

 人? 動物?

 私は辺りをゆっくり見渡した。

 ぐるりと一回り。見つけられずにもう一回り。

 そこで、見つけた。

 気配の正体は、人だった。離れてはいるが、姿がはっきりと見て取れる。

 鎧を身に付け、黒い傘を頭に被り、右手に槍を持っている。現代にあるまじき、兵士の装いである。

 私は最初、イベントか何かがあっているのかと思った。

 次には、コスプレイヤーかと考えた。

 そして、そのどちらでもないことを瞬時に理解してしまった。

 忘れつつあった先ほどの祖父の話を唐突に思い出し、あれは戦で命を落とした兵士の霊なのだと何の根拠もなく理解したのだ。

 何故かはわからない。だが、確信していた。

 あの兵士は、そこには居るがそこには居ない。魂だけが留まっている。

 自分には霊感があるとかないとか考えたことはなかったが、それだけははっきりとわかった。


 兵士はただじっと、立っている。

 そこが自分の立ち位置だと決まっているかのように。


 ふと気づいた時には、私の足は兵士の方へ向かっていた。見なかったことにしてさっさと家族のところへ戻ればいいのに。

 それじゃ駄目だと思ったのだ。

 私は彼の元へ行かなければならない。

 訳もわからないまま、ずんずん進んでいく。不思議と霊という存在に怖れてはいない。



 彼の傍まで5メートルというところで私は立ち止まり、正面から向き合う。

 私のことを見ているのかいないのか……彼は身動き一つしない。

 じっと彼を見ながら、私は祖父の話をじっくり思い出していた。

 そうして、彼が此処で何をしているのか、その答えを導き出した。

 彼は、此処を守っているのだ。これ以上、敵が攻めてくるのを防ぐために。

 そう確信した私は、

「あの」

 彼に告げた。

「……戦は、終りました。だからもう、ここはいいんです」

 瞬間、彼の目が少し見開き、そして瞼がゆっくり閉じられた。

『もう、よいのか……』

 囁くような安堵した声を、どこか遠くに感じた。


 ヒュウゥゥ……


 そして彼は風に乗り、在るべき場所へようやく旅立って行った。


 ◆


 木々は青々と茂り、揺れる葉の音と鳥たちの囀りが優しく聴こえ、自然の香りが辺りに満ちている。

 戦は終わった。

 その言葉をようやく耳にし、胸に刻む。

 もう、此処を守る必要はない。

 これでやっと、仲間の元へゆける。




【葉月】終

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