表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

文月

仁宮(にのみや)!」

 天河(あまかわ)は、海で溺れかけている友人に向かって必死に泳ぐ。

 まだ遠い。

 もう少し。

 手を伸ばして……

 ようやく届いた。

 無我夢中で引っ掴んできた浮き輪を仁宮の身体に通し、何とか浮かせた。

 そして、

「……あっ……」

 天河は意識が朦朧とし、ゆっくりと、海に沈んでいった。

「天河っ……天河ぁ……!!」

 海水に閉ざされこもって聞こえる仁宮の声が、次第に遠のいていった。


 ◆


「……はっ……」

 目が覚め、視界に入ったのはいつもの天井。

(過去夢、というやつか……)

 天河は深呼吸し、少し昂っていた心臓音を落ち着かせた。

(ま、今となっちゃあ懐かしい記憶だな……)

 天河が、海で溺れかけた友人を助けて逆に自分が溺れたのは、もう三十年も前のこと。

 すぐにライフセーバーに助けられ、仁宮も天河も命に別状はなかった。

 ただ、目を覚ました天河は、助けたはずの仁宮に「バカッ!」と怒られた。

 その目には、溢れんばかりの涙が溜まっていた。

 言われた瞬間は「せっかく助けてやったのに」と反論しようとしたが、すぐにそれは自分を心配しての言葉なのだと気付いた。

(仁宮……)

 今はもう、その友人はこの世にいない。

 二年前に、病気で死んでしまった。

(まだ半世紀も生きていないのに、死んでしまうなんて)

 思い、ふと時計を見ると六時半を少し過ぎている。

(……起きるか……)

 今日も彼は、いつものように起きていつものように仕事へ向かう支度をした。


 ◆


 そして、いつもの交差点。天河は信号待ちをしている。

 やがて青になり、渡ろうとした、その時。

「えっ」

 誰かに腕を掴まれた。

 驚いて振り向く。が、誰もいない。

 気のせいか……と思い足を踏み出そうと

 ドンッ!

 ……した瞬間、目の前で車と車が激突した。

「…………」

 あまりの出来事に、天河の思考は停止した。

 その真っ白になった脳に、

『……よかった……』

 風が通り過ぎるような静かな声が響き渡った。

 とても、懐かしい声だった。

『あの時の、お返しだよ』

 その声の主が誰か、天河にはすぐにわかった。

(……にの、みや……)

 未だ思考が停止した状態の彼の脳は、ただひとつのことを理解していた。

(お前が、助けてくれたんだな……)

 あのまま渡っていたら、おそらく自分は車に撥ねられていただろう。

 辺りのざわめきが、ようやく耳に届いてくる。

(……ありがとう、仁宮)

 心の中でそう呟いた天河の眼前に、優しく微笑む「彼」が一瞬現れたような気がした。




【文月】終

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ