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8 進一と早紀の報酬

 学生食堂にあらわれた早紀の表情は、いつもと違っていた。

 よく知った後輩の落ち着いた雰囲気を察知して、進一はゆるりと箸をすすめる。ランチセットの豚汁は煮詰まっていた。濃厚なスープに舌の感覚はやられているが、そんなことは表に出さず、余裕のある態度で対応しなければならない。

 静かな動きで、早紀が来る。

 目礼を交わして、無言のまま正面の席に座った。


 相手の出方がわからない以上、先手をうってみるのも一計。

「八代さんなら、まだ研究室にいるぞ」と、進一は箸を休めることなく、早紀を見ることなく声をかけた。

 が、早紀は何も答えることなく、進一との間に紙袋を置いた。紙袋の中からカスタードプリンを取り出すと、微笑みをつくりあげ、またひとつ、今度は抹茶プリンをならべた。

「なんの見返りも期待せずに先輩へプレゼントとは、いい心がけだ」

 進一の反撃に、焼きプリンをならべようとした早紀の動きがとまる。

「どうした? プレゼントを贈っておいて、なに受けとってんだコノヤローとか、言うわけないよな?」

 進一はコロッケを食しながら、微笑みをととのえる後輩の姿を観察した。そんな無言の圧力に負けたのか、早紀は慣れない作業に失敗して、結局はあきらめた。

 いつものようにけらけらと笑い、進一に詰め寄る。

「もちろん三個とも献上いたします。わたくしはただ、佐山代表にプリンを召し上がっていただきながら、我らが大自然研究会期待の新星、西園寺文恵について聞いていただきたいと思っただけのことであります」

「猫好きの西園寺さんか」

「そうです。猫依存症の文恵です」

「期待の新星とは初耳だ」

「そう、それです。ぜひとも佐山代表には、彼女の素晴らしい能力を知っていただきたい」

 進一がコロッケを食べ終えると、早紀は「お茶をお持ちいたします」と言って席を立った。


 進一はお茶をすすりながら、早紀に続きをうながす。

「文恵はときに迷い猫を探しております。見つけ出しては捕獲し、依頼者のもとに届けるわけです。礼金が出るなら受け取りますが、基本はボランティアであり、彼女の生きがいであります」

 早紀はプラスチックのスプーンを紙袋から取り出した。

「私も猫探しを手伝ったことがあるのですが、文恵の猫レーダーは素晴らしい。探しているうちに感覚が研ぎ澄まされてゆくようで、その直観力と行動力は驚異的です。あの能力をなんとか別方面で生かせないかと、そんな思いで説得を重ね、ようやく先日、我が研究会に入会させた次第です」

「別方面というのはなんだ。UFOか? 妖怪か? そんなんでどうやって説得したんだ?」

 視線をそらした早紀は、スプーンを保護するビニール袋を指先で破いた。

「そのへんはおいときましょう。いずれお話はさせていただきますが、その前に、佐山代表には文恵の能力をじかに見届けていただきたい」

「いや、いいよ」

「いやいやいやいや。じつは文恵に猫探しの依頼がありまして、明日にでも猫の捜索がはじまります。ぜひとも佐山代表には、今回の機会をつかんでいただきたい」

「パス」

「そんなことをおっしゃらずに、ささ、どうぞ」

 お召し上がりください、と早紀はスプーンをカスタードプリンの上に置いた。

「ちなみに、文恵はいま部室におります」

 進一は嬉しそうな後輩に無言の圧力を加えたあと、カスタードプリンを引き寄せてペリペリと蓋をはがした。早紀の企んでいることはだいたい読めている。そしてなにより、これらのプリンはなかなか捨てがたい。

「あとの二つは、部室でいただこうか」

 進一の答えに、早紀は黙って頭を下げる。

 頭をあげた早紀の顔は、ずいぶんと得意気にみえた。なんだかんだといっても、この人は頼みを引き受けてくれる。それを知っている顔だった。



「うち、ちょっと野暮用がありますんで」

 そんな言葉を残して、早紀は逃げた。

 進一はかまわずに旧校舎へ向かう。紙袋を片手にぶらぶらと歩き、大自然研究会の部室前で足を止めた。以前とは何かが違う。原因を探って、違和感の正体はすぐに知れた。入り口の張り紙に、先日までなかった茶トラ猫のイラストがある。

 こうもあっさり猫色に染めるとは、なかなか手ごわい。

 さすがは柴田の一押しだと、進一は妙に納得しながら部室のなかに入った。


 部室には、文恵のほかにUFOメンバーの三人がいた。

 文恵は彼らと同様にノートパソコンを開き、しっかりと馴染んでいる。

「なんだ、猫探しはみんなでやるのか?」

 進一が聞くと、文恵以外の人間が口々に声をあげる。

「いえいえ、僕らは違いますよ」

「佐山さんだけです」

「ほら、言ったとおりだ」

 これまでにどんな会話がなされていたのか、容易に想像がついた。

「まさか、ほんとうに佐山さんが来られるなんて」

 すみません、と文恵は申し訳なさそうに頭を下げた。

「ああ、気にすることはないよ。それより、柴田はなんて言ってたんだ?」

「……代役はいるから、猫探しはパスしたいと」

 やはり、お前の身代わりか。

「思ったとおりだな。あいつは、以前から猫探しの約束を?」

「はい。わたしがここに入るなら、いつでも手伝ってあげると」

「そうか……で、あいつは何でパスしたいって?」

「それは、その……用事がある、とは言っていましたけど」

 UFOメンバーにも心あたりはないという。

 本当に用事があるのか。なにか行きたくない理由があるのか。それとも、ただ面倒なだけか。

 理由はあとで本人から聞きだすとして、進一は文恵から猫探しの詳しい話を聞いた。


 依頼者は猫カフェで知り合った猫仲間の知り合いで、隣町の住人。二人で行くと伝えており、交通費は依頼者が出してくれる。明日の午前中には自宅を訪れて、近所の捜索をはじめる予定。見つからなければ暗くなるまで捜索をつづける。動きやすく、汚れてもかまわない服装。進一が用意するものはとくにない。現地集合と決めて、お互いに携帯電話の番号を登録しあった。


「たぶん一日つぶれますけど、大丈夫ですか?」

「かまわないよ。明日はバイトもないし、院生からも、たまには休めって言われているから。じゃあ、向こうの駅に九時集合ってことで」

 進一はイスに座ると、紙袋から報酬を取り出した。

 プリン二個で買収されたのかと、外野が騒ぎ出す。

 進一は「三個だ」と言いきって、抹茶プリンの蓋をペリペリとはがした。

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