6 猫のプータロー
ゴトン、という音が聞こえた。
進一は箸をおいて立ち上がり、小さいほうの窓から外を見る。
犬小屋のうえに、キャラメル色の猫がいる。
「また来たのか」
進一が笑って窓を開けると、猫は当然のごとく部屋に入ってきた。夕食の存在に気づいていたらしく、テーブルにのっていたマグロの刺身をためらいなく奪う。
「さすがだな。人がとっておいたスーパーの半額マグロをいきなり食べるのか」
猫はあきらかに進一を見たうえで、さらに一切れマグロを奪った。
このままではまずい、と進一も食事を再開する。
猫の狙いはマグロに限られていたらしい。箸でつかんだマグロは、爪をとがらせた猫に奪い取られた。
猫は刺身がなくなると、進一の向かい側でごろんと横になる。
だが、いっこうに眠る気配はない。
なんとなく、進一も予想はしていた。
こいつはプリンを狙っている。
進一はできるだけゆっくりと食事を再開した。猫の様子をうかがいながら、ご飯がどろどろになるまで噛み続けたりもした。「ごちそうさまでした」と合掌し、洗い物はいつも以上に精を出す。お湯を沸かして、砂糖たっぷりのインスタントコーヒーをつくり、ふたたび猫に対してテーブルについた。
元の位置にもどり、コーヒーをすすりながら猫をみる。
猫の様子に変化はない。
蜂蜜色の瞳で気だるそうに眺めて「そんなフェイントが通じるとでも?」と言わんばかりの冷ややかな視線を突き刺してくる。
進一は、すすったコーヒーに苦味を感じた。
この猫は知っている。
食後のプリンを知っている。
そんなはすはないと思いたいが、なぜか見抜かれている気がしてならない。
我慢比べをしても、勝てる気がしなかった。
「野性の勘か?」
進一は猫につぶやき、あきらめて冷蔵庫に向かう。
そして猫は、畳で爪を研ぎはじめた。
ゴトンという音を鳴らして、猫はどこかへ消えていった。
あいつはまた来るだろう。
プリンを狙い、捨てられない犬小屋を踏み台にして。
ふっと名前を思いついて、進一はキャラメル色の猫をプータローと呼ぶことにした。
プリン大好きプータロー。
ふざけた名前だと、進一は笑った。
ドアの前に、キャラメル色の猫がいる。
ピュアな蜂蜜色の瞳。ふくよかで大きな身体。しなやかで長い尻尾。ぷにぷにの肉球。
子どものころ、思いがけないプレゼントを見つけたときのように、理香は猫のそばに駆け寄った。
ドアを開けると、猫は当然だといわんばかりに部屋に入る。
五目炒飯を食べたあと、コンビニで買ったチーズケーキを猫と一緒に食べる。
ソファーで過ごす、新しい幸福の時間。
「なんだろうね、この一体感は」
ささやきながら、ていねいに皿を舐めまわす猫の姿を見守った。残っていたチーズケーキをフォークで刺すと、猫は理香の取り分を見つめる。猫のみている前で、理香は最後の一口を放り込んだ。
猫が動いて、理香の太ももに前脚をのせる。
さらに身体全体をのせて、膝のうえで落ち着こうとした。
重たい。
けれど、嫌な気はしない。
理香はケーキ皿を脇において、猫の身体をやさしく撫でた。
この子に、名前をつけよう。
そう思ったときには、プータローという名が浮かんだ。
ぷにぷにの肉球でオスだから、プータロー。変な名前だけど、プ二タローよりはいい。
両腕で抱えこみ、下腹部全体で猫を感じる。
「うん。君の名前はプータローだ」
眠ろうとする猫に語りかけて、理香はやさしい微笑みを浮かべた。




