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30 スイーツタイム

 理香は気迫のこもった演技で団長を黙らせた。団長は他の劇団からのオファーを断わり、理香に自由を与えることを約束する。しかし同時に、観客の声援をバックに二ヶ月間も追加公演をつづけた。


 演出にも手を加えて芝居の質は向上している。追加公演でも客足はよかった。だが、どうにも理香を縛るための時間稼ぎに思われて、くるみが誰よりも愚痴をこぼしていた。

「あのオッサンは器まで小さいっすね」

「文句を言ってる暇があるなら、理香がいなくてもチケットが完売できるように努力するのね」

「どうされたんですかマサルさん、独り言ならもっと静かに言ってくださいよ」

 中華料理店「桂馬」の座敷席はいつも騒々しかった。


 活気があったのは、劇団の中心たる理香が集中力を失っていなかったからでもある。

 理香のファンではなく、劇団にファンをつけるためだと団長に言われ、理香は矛を収めていた。うまくいけば、理香がいなくてもチケットが売れるようになる。興行的に成り立つ。そうなれば、進一に会える時間も増えるに違いない。もとより覚悟はできている。進一のために何ができるのか。誰よりも舞台役者として輝くことを望んでくれた進一に、いま自分ができることは何か。


 進一に会いたい。

 その抑え込んだエネルギーを昇華させる。

 理香は進一が好きで、芝居が好きだった。劇団の仲間も好きだった。自分を取り囲んでいるすべてが好きだった。ひとつの演技、ひとつの舞台に集中することが、すべての幸せにつながると信じられた。



 理香はクリームレモンのソファーに座り、プータローを感じながらスイーツを楽しむ。

 プータローを膝にのせると、不思議と心は落ち着いた。


 もしも仲間が楽しんでいなければ、進一に会いにいったかもしれない。もしも毎日プータローが来なければ、ひとりで過ごす夜があったなら、我慢できずに進一を求めていたかもしれない。


 ちゃんと話をしよう。進一のメールを確認して、理香は長かった日々を思い返した。

 頬をゆるませてプータローの肉球をプニプニ揉んだ。

 いろんなことを考えだして、抱えた猫を振り回しはじめた。





 

 強い風が吹いた。

 街を行き交う人々は、小さな悲鳴を上げて身を縮める。

 理香の背後から吹き抜けた風は、冬を感じさせるほどに冷たい。しかし、進一を変えなかった。理香がくるであろう、駅の方角から目をそらすことなく、後方で様子をうかがう理香に気づくことなく、進一は待ち続けている。

 理香は胸元に手をおいた。鼓動は速く、舞台に出るときよりも緊張している。

 うん。だいじょうぶ。これならいける。

 理香は呼吸を整えながら、頭の中でシュミレーションを展開させた。前回の過ちは繰り返さない。どんなこともスタートが大切だ。勢いをつける。勢いで誤魔化せばもう、あとはなんだってできるはず。

 目指すは対面してからの、抱き合う形での抱擁。

 まずは強く一方的でかまわない。愛しさあふるる熱い抱擁によって、きっと進一は優しく包んでくれる。そして離れがたき抱擁の果てに互いの理性は麻痺して、求め求められるままに熱き口づけを交わす。

 よし。

 理香は一歩を踏み出した。

 平日とはいえ、アーケードの入り口は人の流れが多い。ステージの上で舞うように最小の動きで衝突を避けつつ、理香は一歩ごとに歩みを加速させる。問題ない。気づかれてはいない。喜色満面。目前の勝利に、理香は喜びを隠せない。

 我を忘れて、理香は勢いをつけたまま進一の背中に抱きついた。


「……やっちゃった」


「……事故だと思うなら、とりあえず離れない?」

「うん。やり直したいところなんだけど、これはこれで悪くないから」


 進一が首をまわして、背中に張り付いた理香をみる。


「……何を企んでいたんだ? いや、言わなくていい」


 進一は前を向いて、やれやれと息を吐いた。硬直していた進一の身体が柔らかくなる。同じなのだと理香にはわかった。時間を一気に飛び越えて、ふたりでいた頃の感覚が戻ってくる。


「ほんとに今日は、帰らなくていいの?」

「うん。二十四時間たっぷり空いてる」


 待ち望んでいた恋人と、一日中そばにいられる。ふたりの体温が上昇して、理香は進一から離れた。少しだけ残念。後悔もする。気恥ずかしくなり勢いを失ってしまった。これでは熱い抱擁も、路上キスも難しい。向かい合うだけで、何もできなくなる。


「それと、美咲が妊娠したんだよね。一条さんの子どもらしいよ」


 時間が止まってしまう前に、理香はジョーカーを使った。

 進一は顔を紅潮させたまま、理香から視線をそらさなかった。だが、爆弾のスイッチは入っていたらしく、しばらくすると下を向いて考えだした。

 理香はほっと安堵する。

 作戦は成功した。爆弾話により、恋人以外に意識を分散させることができた。これなら少しは余裕をもってデートがはじめられる。そしてなにより、驚き困惑する進一がみられる。



「……ごめん。よく聞き取れなかった」


 進一はたっぷり時間をかけて考えたあと、聞き間違えであると判断したらしい。

「わかるわかる」

 理香はうんうん肯いた。

「今はもう、樹理さんの気持ちもよくわかる。やっぱりこれはメールじゃダメだよね。我慢して正解」

 理香は得意になって進一の腕をとった。

 腕をからめるとテンションが跳ね上がり、説明を忘れて歩き出す。

 わけがわからないでいる進一を引っぱって、理香は美味しいスイーツを目指した。


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