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2 進一と猫

 時計が十時を示していた。

 布団から出た進一は、固まった身体をゆっくりと動かして、黒いブラウン管テレビのまえに立った。

 変わることのない時計にふれて、ざらついた感触に、進一は苦笑する。

 指先についたホコリを払えば、白いテレビがそこにある。


 ホコリを積もらせた家具を前にして、見えないふりにも限界があるらしい。

 予定を失った休日。

 部屋の掃除でもしようか。

 まわりをきれいにしたところで、気分が沈むなんてことはないはずだ。


 

 進一の部屋は、二階建てアパートの一階、角部屋にあたる。

 六畳の畳部屋、四畳半のダイニングキッチンに、バス、トイレつき。

 駅から徒歩で十分ほど、坂道をのぼった、周辺がすこし寂しいところにあり、静けさと部屋代は申し分ない。

 六畳の部屋に窓はふたつ。

 ベランダに出る大きな窓が西側にあり、小さな窓が北側についている。

 西日が射し込むため、夏はかなり暑い。小さな窓の外側には空っぽの犬小屋が放置されており、かつては柴犬の臭いが流れ込んできた。

 六畳間には、折りたたみ式の小さな黒いテーブル、一メートル丈の本棚がふたつ、黒いテレビ台に黒いブラウン管テレビ、開けにくいタンス。キッチンにはそれなりの電化製品があり、ダークブルーの小型冷蔵庫、同系色のレンジ、グリルがついた黒色のコンロ、ステンレスラックには三合まで炊ける炊飯器が置いてある。

 大学生活も四年目。

 一人暮らしをはじめて三年が過ぎていた。

 入居したときに比べて、天井のシミは数を増している。畳は色あせて、白かったはずの壁紙も薄汚い。

 ふと気がつけば、雑然とした部屋で暮らしている。

 主要な家具に変化はなく、配置すら変わっていないが、ずいぶん部屋は狭くなった。物は確実に増えている。収納スペースには、友人である孝雄が持ち込んだ釣竿や昆虫採集セット、UFOキャッチャーの景品などが場所を占めていたりする。


 この際、捨てられるものは捨てようか。

 つらつらと考えながら、進一はベランダに布団を出した。曇り空ではあったが、干しておいたほうが掃除はしやすい。布団をパスパス叩きながら、どこからやろうかと片付けプランを考える。

 結果、食事をかねて冷蔵庫の中から片付けることにした。

 炊飯器のなかに、ご飯が二合半ほど残っている。冷凍しておくつもりだったが、食べたとしてどうなるわけでもない。たっぷりと消費するなら、焼き飯がいいだろう。

 萎びたネギと賞味期限をすこしばかり過ぎたベーコン、残っていた三個の玉子をつかう。

 厳選した他の食材は、しかたなくゴミ袋にいれた。


 フライパンの扱いは慣れたものだ。米粒がパラパラになるまで炒める。大きくカットした具材がご飯と混ざり、彩りもいい。味付けは塩コショウと醤油で間違いようもないが、醤油風味というよりは、醤油味の焼き飯ができあがった。

 悪くない一品を食べ終えたあと、インスタントコーヒーを飲みながら休息した。

「やっぱり食べると疲れるよな」と、一人で納得しながら洗い物を終えて、ようやく分別作業にとりかかる。

 二度と読まないと思われる本や雑誌、着ることのない冬物衣類、サビが浮き出ている簡易ガスコンロなど。

 作業は順調にすすんだ。

 ダイニングキッチンでは、燃えるゴミ、燃えないゴミ、資源ゴミといったゴミ袋が占領していった。

 不要なものはひたすら処分したが、例外もある。

「犬小屋も、いいかげん処分しないとな」

 そうつぶやきながらも、気が進まずに捨てられない。

 孝雄が置いていった釣竿や昆虫採集セットも残ることになった。

「あいつは、いずれ帰ってくるだろう」

 友人との再会を期待しつつ、クレーンゲームの景品だけは迷いなく捨てた。


 片付け作業を終えて、今度は掃除機をかける。壁際でころがるホコリの塊をはじめ、手当たりしだいにホコリを吸い取っていると、排気の臭いが部屋にこもった。窓を二つとも、網戸まで全開にして、ついでに窓枠の溝もきれいにゴミを吸い取る。

 ていねいに掃除機をかけたあと、ゆるいTシャツを手にとった。捨てる前のTシャツを、雑巾として利用する。窓の汚れも気になるが、とりあえず家具につもったホコリを拭き取りたい。


 シャツを片手に黒いブラウン管テレビの前に立ったとき、妙な音が聞こえた。

 ゴトンという軽い音。右側、小さな窓の方から。

 何気なく窓のほうを見やる。

 と、またゴトンという音がして、何かが窓枠に飛びのってきた。


 薄っすらと縞模様のあるキャラメル色の毛並み。大きくて、でっぷりとした身体。

 ゆらゆらとゆれる、やたらと長い尻尾。

 桃色の鼻に白いヒゲ。

 蜂蜜色の瞳。


 見知らぬ猫がそこにいた。


 キャラメル色の猫は、当然のごとく窓枠でたたずみ、長い尻尾をゆらしている。蜂蜜色の瞳を気だるそうな半眼にして、部屋の様子をうかがっていた。首輪はなく、野良猫と思われるが、人間に対する警戒心はまったく感じられない。

 猫は蜂蜜色の瞳をいっそう細めると、ためらいなく部屋のなかに入った。

 窓枠に飛びのったときとは違い、ドスッという、重たい音がした。

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