表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/51

1 進一と時計

 目が覚めて、携帯電話に手をのばす。

 昨夜のメールをもう一度、あるいは、新たなメールに期待して。


 奇跡を期待するほどの信仰心はないが、祈るほどの間もない。

 現実はあっけなく、液晶画面に表示される。


 今日は、何もない一日。

 

 進一は手にした携帯電話をもとの場所より遠いところに置いた。腕を伸ばし、指先を駆使して遠ざける。距離があるほど正解のような気がして、ベッドを買わずに良かったと、そんなことを思ったりもした。

 寝返りをうって、携帯電話に背をむける。

 暇な休日は二度寝から始まるものだと布団を頭からかぶった。そのうち息苦しさを覚えたかもしれないが、そうなる前に疑問が浮かんだ。


 昨夜、メールの返信、したか?


 思い出せない。布団から顔を出して、仰向けになって記憶を探った。

 理香のメールに気落ちしたのは覚えている。そのあとで返信をしたような気がするものの、どうもはっきりとしない。

 天井を眺めているよりは、送信記録を見たほうが早いだろう。

 考えをあらためて、ふたたび携帯電話に手をのばした。そんなはずはない、届かないはずはないのだと、少し意地になって手を伸ばしてみたが、指先がわずかに触れるだけだった。

 あきらめて、布団をめくる。

 ささやかな冷気を感じて少し身体が縮んだ。勢いをつけて起き上がり、手早く携帯電話をつかまえる。あとは送信記録を見るだけだったが、確認するまでもない。つかんだときに思い出していた。

 ほっとして、ため息が出る。


(いいよ。また次の機会にしよう)


 そんな言葉を昨夜も理香に送っていた。

 当初の予定は何の問題なくキャンセルされて、理香は今日も稽古場へ向かうだろう。

 心配することは何もない。

 ただ、今日も会えないというだけだ。


 進一は携帯電話から視線をうつして、黒いブラウン管テレビの上に置かれた時計を見た。

 丸い形をしたアナログ時計で、大きさは十五センチほど。淵はグレー、なかは黒く、銀色の数字が十二個ならび、銀色の針が七時前を示していた。

 コツコツと動く秒針が、淡々とした乾いた音を響かせている。


 進一は時計をながめたあと、また布団のなかへ戻った。

 静かな部屋のなかで、淡々とした響きだけが聞こえる。

 やけに大きな時計の音は、目を閉じればなおさら響いて、布団をかぶっても聞こえてきた。

 消えそうにはなく、眠気を誘うものでもないらしい。

 

 静かな部屋のなかで、進一は長い朝を過ごした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ