0 九回目のデート
華やいだ声が店内にあふれていた。
雑誌で紹介されたスイーツに惹かれて、多くの女性たちが集まっている。
評判どおりのおいしさに、店内のいたるところで歓声と賞賛が叫ばれていた。
「コーヒーのおかわりはいかがですか? 本日は、無料でサービスさせていただいております」
誇らしげな女性店員に声をかけられて、
「それじゃあ、お願いします」
と進一は答えた。
店員は満足気な笑顔をみせると、正確な動きで進一のカップにコーヒーを注ぐ。
二杯目のコーヒーが注がれるさなか、理香が最後の一口を食べ終えて口を開いた。
「はぁ、おいしい……」
名残惜しそうにつぶやいて自分のカップを手にとり、
「樹里さんまで、あと二歩ぐらいあるけど」
と、さらりとつけくわえる。
「アップルパイも絶品なのか。すごいな、あの人は」
進一は微笑み、二杯目のコーヒーに砂糖をこぼした。
そばにいた店員が進一と理香にむけてニッコリと笑う。だが、店員の力強い笑顔など、ふたりの視界には入っていなかった。
理香は進一に照れているような笑みをむけて、砂糖とクリープがたっぷりと入ったコーヒーをおいしそうに飲んでいる。進一は銀色のスプーンでコーヒーに渦をつくりながら、理香の姿をじっと見つめていた。
進一と理香は店を出た。
街路樹の淡い緑が、光を揺らしている。
ふたりは輝ける道をならんで歩きだした。出会って、二週間。ふたりの不慣れな歩き方では、まわりに気を配ることも難しい。ときに迷惑をかけ、ときに疎まれながらも、気づかずに歩いていた。
ふたりは駅前のアーケード通りに並んだ店をあちこち見てまわる。
アンティークに興味があるわけではない。かわいいインテリア雑貨が欲しかったわけでもない。それでも理香は歓声をあげながら落ち着くことなく動きまわり、進一は理香だけを見ながらついてまわる。
目的などなにもない。
一緒にいられるのなら、それだけでよかった。
理香が立ち止まったのは、家電製品をあつかう小さな店舗の前だった。もちろん進一も立ち止まったが、同時に首をかしげた。店頭には在庫一掃セールと銘打たれたワゴンがあり、理香がワゴンにならんだ安っぽい商品のひとつに熱い視線を送っている、かのように見える。
理香って、そういうのが好きだっけ?
進一が問いかける前に、理香は勝気な笑みをうかべて進一を見ていた。
嬉しそうで、どことなく幼い表情をみせる恋人に、まっすぐ見つめられて、進一は言葉につまる。
何も聞けず、何もできないままに、腕をからめて引き寄せられて、進一はすべてをあきらめた。はじめての歩き方に頭をかきながら、どこまでも、理香と歩いていくことにした。