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第2話:強制リブランディング

カイトはシステムウィンドウに背を向け、湿っぽく薄暗い廊下を歩き出した。


「はいはい」彼は呟いた。相変わらず、洞窟のように低く響く馬鹿げた美声イケボに自分でも驚く。「ネズミ退治だろ。いつものチュートリアルだ。ネズミを見つけて、殺して、それから運営に正式な苦情申し立てを行う。完璧なプランだ」


カイトは新しい人生に対する恥ずかしさを拭えなかった。 彼は、電気代を滞納している客の家のブレーカーを落としに行くときのような決意で進んだ。ブーツが砂利を踏みしめる音が響く。


前方の暗闇に目を凝らす。赤い目や、チューチューという鳴き声を期待して。 10メートル歩いた。 20メートル歩いた。 おそらく、どこか心の奥底で「いきなり最強モンスター(OPボス)」が現れるのを期待しながら。


さらに数歩進んで、彼は立ち止まった。 何かがおかしい。 音声ミックス(オーディオバランス)が変だ。 自分の足音――重厚な革ブーツの音――は聞こえるが、それに伴うはずの『カチ、カチ、カチ』という骨の音が聞こえない。


カイトはゆっくりと振り返った。


ラリーは、召喚された地点、つまり30メートル後方に微動だにせず立っていた。 骸骨は壁を見つめていた。まるで潰れたハロウィンショップから忘れ去られた小道具のように、ただそこに存在していた。


「ラリー」カイトは呼んだ。 ラリーは動かない。 「ラリー!」カイトは叫んだ。 無反応。 相変わらず壁を見つめている。


カイトは来た道を重い足取りで戻り、一歩ごとに苛立ちを募らせた。 骸骨の前に立ち、その眼窩の前で手を振る。


「なんでついてこないんだ?」 ラリーの頭蓋骨は固定されたままだ。


【システム・ヒント】 ミニオンの仕様:『下級ロー・ティア』のアンデッド構成体は自律性を持ちません。 要件:具体的な言語または精神コマンド(例:「ついて来い」「攻撃しろ」「踊れ」)を発行する必要があります。


カイトは眉間をつまんだ。


「歩くことすらマイクロマネジメントしなきゃならないのか? こいつはカルシウム製のお掃除ロボット(ルンバ)か? 足を前に出す方法を学ぶためにファームウェアの更新が必要なのか?」


【システム:肯定】


彼はため息をついた。遠くの雷鳴のように響くため息だ。


「ラリー。ついて来い。俺が止まれと言うまで止まるな。俺が穴に落ちても、助けにならないなら飛び込んでくるな」


カチッ。 ラリーはぎこちなく一歩前に出た。そしてもう一歩。カイトの肩にぶつかり、跳ね返り、そして待機した。


「最高だ。99年製の衝突判定エンジンだな。行くぞ」


カイトは再び背を向け、行進を再開した。今度は背後からリズミカルで鬱陶しい骨の音がついてくる。


「馬鹿げてる」カイトは虚空に向かって愚痴をこぼした。「俺の名前はカイト。資格持ちの電気工事士だ。俺は問題を修理する人間であって、下水道で骨のパレードを率いる人間じゃない」


【システム通知:IDエラーを検出】


赤いウィンドウが顔の真正面にポップアップし、彼を強制的に停止させた。ラリーが彼の背中に突っ込む。ドカッ。


「今度はなんだよ!?」カイトは叫んだ。明らかにブチ切れている。


【通知:登録された呼称を使用してください。】


「登録された呼称を使ってるだろ!」カイトは怒鳴り、ウィンドウを手で払いのけた(ウィンドウは視界の中央にテレポートして戻ってきただけだった)。「俺の名前はカイトだ!」


【エラー:『カイト』には重厚感グラビタスが不足しています。】 【エラー:『カイト』は『伝説のネクロマンサー』のアーキタイプと互換性がありません。】 【エラー:市場性スコア 12%。フォーカスグループ調査により『平凡すぎる』『闇が足りない』との評価を受けました。】


カイトの目元がピクリと痙攣した。


「整理しよう」彼はゆっくりと言った。声が危険な唸り声のように低くなる。「お前は俺にクラスを強制できる。仕事を強制できる。ネズミ狩り(グラインド)を強制できる」


システムは無邪気に点滅した。


「その上、俺の名前まで『生産終了した商品ライン』みたいに変更する権利があるってのか?」


【肯定。】 【新規呼称デザインネームを生成中……】 【『ダークファンタジー』データベースを処理中……】


「やめろよ」カイトは警告した。「変な名前をつけるなよ。ボブとかでいいんだ。あるいはスティーブ」


【命名完了。】 【ようこそ、モルデカイ・フォン・レイヴンロフト。】


カイトはその名前を見つめた。地下聖堂の静寂が耳に痛い。


「モルデカイ……フォン……レイヴンロフト?」


声に出してみた。 その音節は、安っぽいワインとベルベットの味がした。


「2008年に書かれた痛い二次創作ファンフィクの吸血鬼みたいな名前じゃねーか!!」カイトは絶叫した。「棺桶で寝て血についてポエムを書くやつの名前だろ! 拒否する! 俺は電気工事士だ!」


【システム:名前を登録しました。IDロック完了。新しいブランドをお楽しみください、モルデカイ。】


「憎んでやる」モルデカイは呟いた。「全身全霊でお前を憎んでやる」


彼は笑った。 だが、出てきた音は間違っていた。 もうカイトの笑い声ではなかった。 深く、空虚で、苛立つほどカッコいい(クールな)笑い声だった。劇場版の予告編で、影から笑う悪役のような声だ。 この悪意ある笑いに付け足せるセリフがあるとしたら、**「アイ・アム・アトミック」**と呟いて紫色の爆発を起こすことくらいだろう。


「ああ、素晴らしいね」彼は喉に触れながら呟いた。「俺の人生を盗み、今度は声帯まで盗むか」


彼は何でもいいから殴りたい衝動に駆られながら前進し、暗闇の中の小石を蹴り飛ばした。


バシャッ。


ブーツが浅く淀んだ水たまりに着地した。


「完璧だ。靴下が濡れた。この最悪な体験エクスペリエンスを完成させるのに必要なピースが揃ったな」


モルデカイは水がブーツに染み込んでいないか確認するために下を見た。 だが、彼は足を見なかった。 暗い水面から見返してくる『反射』を見てしまったのだ。


彼は凍りついた。 水面の顔は、カイトの顔ではなかった。 カイトは丸顔で、疲れた目をしていて、鳥の巣のような髪をしていたはずだ。


水たまりに映る反射は……犯罪的だった。


鋭角的で貴族的な顎のライン。紫外線を知らないかのような、青白く陶磁器のような肌。薄暗闇を切り裂くように、魔力で微かに発光するエレクトリック・ブルーの瞳。 そして髪だ。黒髪。計算され尽くした「無造作ヘア」で、片目が完璧な角度で隠れている。まるで悲劇の詩人がモデル契約を結んでスタイリングされたかのように。


「嘘だろ……」モルデカイは汚い水に顔を近づけて囁いた。


顔を左に向ける。反射は完璧なままだ。右に向ける。やはり完璧だ。抱き枕カバーに印刷される運命を背負った男の顔だ。


「違う。違う違う違う。これは受け入れられない」


彼は床から鋭い骨の欠片を拾った(たぶんラリーの組み立て余剰パーツだ)。 そして、そのサラサラで完璧な黒髪の前髪を掴んだ。


「俺は『情緒不安定な攻略対象』みたいな見た目で歩き回りたくないんだよ」彼は唸り、手の中の骨片を震わせた。「二次創作作家の餌食になるのは御免だ。俺はダサい髪型がいいんだ。『第3章で死ぬモブNPC』って書いてあるような顔がいい。『税金を払い、腰痛に悩んでいます』って叫んでるような見た目にしてくれ!」


彼は髪に刃を入れた。 ジャキッ。 長く、「エッジの効いた(中二病的な)」前髪が水たまりに落ちた。


モルデカイは笑った。 心からの、勝利の笑みだ。「ざまあみろ、イケメン野郎」


シュウウウウウ……。


パイプから蒸気が漏れるような音が地下聖堂に響いた。 紫色の粒子が彼の頭の周りで輝く。 一秒も経たないうちに、髪は再生した。以前と全く同じに。同じ長さ。同じ形。同じ、イラつくほどの完璧さで。


【システム警告】 【『主人公の美学プロタゴニスト・エステティック』プロトコル違反】 開発者ノート:髪に触るな。このキャラデザには大金を払ったんだ。読者は『憂いを帯びたイケメン』を好むんだよ。


「開発者……ノート? どういうことだ?」


モルデカイは反射を見つめた。反射もまた、クールで動じない表情で見つめ返してくる。


「……つまり、俺にイケメンであることを強制してるのか」


【確認:YES。】 【高いカリスマ(魅力)値は、ハーレム機能(将来のアップデート予定)に不可欠です。】


「ハーレム機能なんていらねぇよ!!」モルデカイは咆哮し、骨片を闇の中に投げ捨てた。「維持費メンテナンスコストがかかるだろ! この『計算された無造作ヘア』を維持するのにどれだけの労力がいると思ってんだ? 俺はゴミみたいな見た目になって、誰からも関わられないようにしたいだけなんだよ!」


【労力は自動化されています。クエストを再開してください。】


彼はゆっくりと息を吐いた。彼の気分に呼応するかのように、周囲の空気が暗くなる。


「最高だ」彼は呟き、立ち上がってブーツの水を払った。「つまり俺は、ネクロマンサーみたいな痛い名前と、シャンプーのCMみたいな顔と、許可証なしじゃ歩けないポンコツ骸骨を押し付けられたってわけだ」


彼はラリーに向き直った。「こっちを見るな。お前はブサイクだ。羨ましいよ」 ラリーは虚無の表情で見返した。


モルデカイは廊下を歩き始めた。その気分は、彼が使役する影よりも暗かった。廊下は延々と続き、退屈だった。


「どこにいるんだ、ネズミどもは?」彼は周囲を見回して毒づいた。「もう5分も歩いてるぞ。これ、自動生成プロシージャルマップか? レベルデザイナーが途中でバックれたのか?」


キノコを蹴り飛ばす。胞子が爆発した。


「賭けてもいいが、どうせ馬鹿げたことが起こるんだ」モルデカイは沈黙を埋めるために独り言を言った。「いきなり高レベルのモンスターが現れて俺を『テスト』し、HPを1だけ残して、劇的な覚醒イベントを起こすパターンだろ?」


彼は天井を見上げ、巨大蜘蛛やドラゴンを待った。


「それとも『駄女神』が空から降ってくるのか? そうなんだろ? 俺の上に落ちてきて、甲高い声で謝って、『神聖な紅茶の淹れ方』とかいうチートスキルをくれるんだろ?」


彼は待った。天井からは何も落ちてこない。モンスターの咆哮もない。 ただ、水滴の音と、ラリーの『カチ、カチ、カチ』という音だけだ。


「何もなしか」モルデカイはため息をついた。危機的状況について文句すら言えないことに、奇妙な失望を感じながら。「ただ歩くだけ。下水道で、イケメンが無駄に歩くだけ。これが俺の人生か」


角を曲がり、発光する瞳で闇をスキャンする。


「出てこいよ、ネズミ! 俺を殺しに来い! 俺がラノベの表紙ポーズを取らされる前に、この惨めな茶番を終わらせてくれ!」


その時、音がした。チュー。 前方の闇の中で、5対の赤い目が光った。


「やっとか」モルデカイは呻いた。「読者が待ち望んだ瞬間だ! 俺が経験値を得る、あの瞬間が来たぞ!」

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