第25話:悪の効率とバンシーの法
「スリーピング・バジリスク亭」を出発する朝、見送りのファンファーレも涙の別れもなかった。ただ、狂気的な情熱で錆びたスプーンを磨き上げる、規則正しい音が響くだけだった。
モルデカイはラリーを宿に残してきた。それは罰ではなく、長期的な投資だ。【不眠不休の労働者】のパッシブスキルと軍手を装備した小さな骸骨は、パラディンが古龍に挑むような気迫でカトラリーの山に立ち向かっていた。
彼はただ、主人のために最善を尽くそうとしていた。
モルデカイにとって、その「シュッシュッ」という音は最高の音楽だった。効率の音であり、適切な「管理的枠組み」さえあれば、どんなに卑小な存在でも有能な資産に変わるという証明でもあった。
しかし、ブラックストーン砦への道中は、彼の忍耐を激しく試すものとなった。肉体的な距離ではなく、この世界の**「怠慢な脚本」**による知性への攻撃のせいだ。
「荒廃した湿原」は、灰色に霞む霧と尖った岩が広がる、恐怖を煽るべき場所だった。だが実際には、退屈を煽るだけであり、さらに悪いことにRPGにおける最悪の要素――「冒険者」をホストしていた。
それも普通の冒険者ではない。凡百のアニメで使い古された、いわゆる「ファストフード・ストーリー」のためのコピー商品たちだ。
ぬかるんだ道を歩いていると、典型的なパーティに遭遇した。輝かしい(が実用性のない)鎧を着た戦士、戦闘には不向きなほど裾の長いローブを纏った魔術師、そして回復よりも靴を汚さないことを気にしている聖女。彼らは壊れたトースター並みのAIしか持たない【グレート・マッド・ボア】と戦っていた。
モルデカイは足を止め、労働安全衛生規則の明白な違反を目撃した検査官のような厳しい目でその光景を観察した。
「見ろ、パイロエッタ」彼は、青い光の粒子に包まれて宙に浮き始めた魔術師を指差した。「あいつが何をしているかわかるか?」
「……強力な魔法をチャージしているのかしら?」パイラは光の演出に魅了されて尋ねた。
「いや、時間の無駄だ」モルデカイは冷淡に答えた。「あの猪を見てみろ。ただ立っているだけだ。文字通り待っている。3秒周期で頭を左右に振るループアニメーションを繰り返しているだけだ。なぜ攻撃しない? 世界の『スクリプト』が、主人公に友情のモノローグを完遂させ、呪文を唱え切る時間を与えろと命じているからだ」
自分が査定されているとも知らず、魔術師は深く息を吸い込み、叫んだ。
「悠久の谷を吹き抜ける風の精霊よ、我が声を聞き、天を裂く刃となれ! 【神竜の烈風散華(ゲイルストーム・オブ・ザ・ディバイン・ドラゴン)】!」
丸10秒が経過した。実戦なら3回は臓物をぶちまけられている時間だ。ようやくカラフルな風が猪を直撃し、2メートルほど転がした。ダメージは最小、パーティクル演出は最大。
「無様に」モルデカイは呟き、戦士が剣技の名前を叫び始めるのを背に歩き出した。「いいかパイラ。ああいう戦いはエピック(叙事詩)じゃない。**『怠慢な脚本』**だ。作者が知的な戦略を書けなかったから、読者の目をプロットの穴から逸らすために光と叫び声で誤魔化しているだけだ。ひび割れた壁を高価な壁紙で隠すようなものだな」
「じゃあ……技の名前を叫んじゃダメなの?」彼女は困惑した。脳内では【紅蓮の煉獄爆裂】と叫ぶのが正解だと思っていたからだ。
「敵に手の内を教えて対策を立てさせたいなら構わん」彼は答えた。「沈黙は戦術だ。効率こそが致死だ」
その瞬間、霧を切り裂いて【腐敗した湿原犬】が無警告で襲いかかってきた。叫びも光もない。ただ牙と飢えがあるだけだ。
パイラが炎を召喚しようとしたが、モルデカイはすでに動いていた。武器は抜かない。ただ左へ30センチ、最小限のサイドステップを踏んだだけだ。
自らの突進速度に翻弄された犬は、標的を逸れた。モルデカイはただ足を伸ばし、獣の後ろ足に引っ掛けた。あとは物理法則の仕事だ。慣性によって、モンスターの跳躍は無残な顔面からの転倒へと変わり、地面から突き出た黒い岩のスパイクに直撃した。――バキッ。頭蓋が砕ける乾いた音には、何の伴奏もなかった。
「見たか?」モルデカイは肩の埃を払った。「マナ消費:ゼロ。執行時間:0.4秒。重力は無料かつ常に利用可能な資源だ。これを利用しろ」
パイラは頷いたが、その目は物理の講義には向いていなかった。彼女の右手は鎧の隙間に入り込み、内ポケットにある「秘密の恋文」を握りしめていた。
(……なんて実用的なの。あのアダルトな殺し方……まるで死そのものに『効率的であれ』と命じているみたい。そしてあの手紙……あの神秘的な言葉は、わたくしたちの愛があの岩のように強固であるという約束に違いないわ)
その時、モルデカイの前に見慣れた画面が現れた。
【システム通知:ターゲット排除:腐敗した湿原犬】
【報酬:1,000 EXP】
【新スキル解放:暗黒吸収】
【効果:排除した敵のスキルを恒久的に獲得可能(精神ストレージ容量に依存)】
モルデカイは、確定申告が一度で受理された時のような、冷めた技術的承認の表情でその通知を見つめた。力の高揚感などない。
(……ふむ。ようやくリソースを無駄にしないメカニクスが出てきたか)モルデカイは襟を正した。犬の残滓がサーバーへアップロードされるデータのように、彼の影へと吸い込まれていく。
(ターゲットのポテンシャルを死という管理的空白に消えさせる代わりに、システムが資産を俺のインベントリに再配置する。いわば知的財産の強制清算だな)彼は満足げに頷いた。(法的承継として資産を引き継ぐわけだ。書類手続きも相続税もなし。効率的だ)
当然ながら、パイラには犬の精髄が吸い込まれる様子は見えていなかった。彼女は4人の子供と、ちょっとエッジの効いた夫との将来を想像するのに忙しかった。
【上位次元からのフィードバック】
MinMaxNecro ⭐⭐⭐⭐⭐: 「ダークアブソーブ! 究極のパワーレベリング・スキルなのに、モルデカイはそれを冥界の確定申告みたいに扱いやがる。死霊術を地味な会計事務みたいに語りながら無双するのが最高だ。」
XxShadowSlayerxX ⭐⭐⭐: 「知的財産の強制清算だと? お前、それただの死体漁りだろ! まあ、殺戮と略奪のサイクルを法的用語で呼ぶそのサヴェージさは認める。」
System_Whisperer: 「ユーザーの性格とスキルの適合率98%。システム史上、火力バフではなく『資産移転のレイテンシ削減』を求めたのは彼だけだ。効率が主要な攻撃ステータスになりつつある。」
さらに1時間の徒歩移動の間、モルデカイは橋の構造(「OSHA基準の手すりもない吊り橋を誰が溶岩の上に架けるんだ?」)や現地の植生(「この毒植物には生態学的有用性がない。単に嫌がらせのために配置されている」)を酷評し続け、ついに目的地に到着した。
ブラックストーン砦。
それは悲観主義を体現したような、無骨で殺風景な建造物だった。優雅な尖塔もステンドグラスもない。黒い石のブロックと灰色の苔、そして骨の髄まで染み込むような圧迫感。
「完璧だ」モルデカイは微笑んだ。ジェフリーから買った通り、低コストで「個性」のある物件だ。
しかし、錆びた門に近づいた瞬間、脳内に鋭い音が響いた。
『マスター』ウーゴの声に懸念が混じる。『プロパティのメタデータに異常を検知しました。ジェフリーの譲渡証書は有効ですが……ローカルサーバーの壊死帯域を何者かが不法占拠しています』
(アノマリー? つまり、俺の砦に不法占拠者がいるというのか?)
『さらに悪いです。ルート権限(管理者権限)を持った現地の管理者のような反応です』
我が愛すべき偽の死霊術師は、ウーゴが自分の世界の人間のように流暢に喋っていることにすら気づかなかった。システムに質問することなど、もうとっくに止めていたのだ。
モルデカイは門を押し開けた。ホラー映画のような軋み音ではない。重く、油の切れた機械的な音を立てて開き、二人は中庭へと踏み込んだ。
瞬時に空気が変わった。湿原の霧は消え、代わりに古いインクと封蝋の臭いが漂う、淀んだ空気が支配する。頭上の空は灰色ではなく、古びた羊皮紙の色をしていた。
パイロエッタは恐怖を感じ、それを口実にモルデカイにしがみついた。
(引き離せば不毛な会話になり時間の無駄だ。放置するしかない)
すると、風が吹き始めた。それは空気ではなく、紙だった。何千枚もの霊的な書類が、官僚的な吹雪となって二人を包み込んだ。召喚状、差し止め命令、罰金告知、履行遅滞通知。それらは攻撃的に飛び交い、紙の刃となって空気を切り裂く。
「未承認の侵入を検知。」
声が響いた。怪物の咆哮ではない。それより酷い、忍耐を限界まで使い果たした裁判官の増幅された声だ。「不生者法・第7条第3項違反。重過失不法侵入、およびゲスト入館フォームB-65の未提出。」
書類の渦の中心から、霧が凝縮して形を成した。彼女はゆっくりと降下してきた。魔法ではなく、圧倒的な法的優位性によって地上10センチで浮遊している。
(……なんだ、あれは?)彼は【魔力看破】を発動した。
【キャサンドラ・レックス:レベル(??? ERROR)】
モルデカイは解析を試みたが、無駄だった。すべてのステータスが「Error」の文字に置き換わっている。鎖を鳴らして叫ぶ亡霊を期待していたなら、彼は失望(あるいは安堵)していただろう。
目の前に現れたのはバンシーだったが、地獄の取締役会にでも出席するような装いだった。
ぼろ布を纏った標準的なバンシーではない。キャサンドラ・レックスは、高予算のコーポレート・ナイトメアから抜け出したような姿をしていた。
彼女は、軍服すらだらしなく見えるほど厳格でシワ一つないハイカラーの黒いドレスを身に纏っていた。墨のように黒い髪には霊的な白い筋が入り、精緻に起案された契約書の余白のように彼女の顔を縁取っている。しかし、何よりも目を引くのは、細縁の眼鏡の奥で「死刑執行」のスタンプのような冷徹さを放つ、酸性の緑色の瞳だった。彼女は、翻る条項や、 underworld(冥界)の法廷の蝶番のような音を立てる銀の鎖の嵐を伴って、優雅に浮遊していた。そして……眼鏡をかけていた。
彼女は恐ろしく美しく、冷たく、不可侵だった。そしてモルデカイが冷静に分析した通り、その身体的プロポーションは……統計的に極めて有意だった。
(……あのヤンデレ小説のヒナにそっくりじゃないか。どういうことだ!?)
パイロエッタもまた、その「巨大な」プロポーションに気づき、脳がショートした。モルデカイへの感嘆は一瞬で消え去り、極めて危険な【JEALOUSY_OVERDRIVE.exe】に置き換わった。
彼女はキャサンドラの完璧な顔を、そして霊的なジャケットのボタンを弾き飛ばさんばかりの豊かな胸元を見つめ、それから彼女を凝視している(脅威度を査定しているだけだが、パイラには興味津々に見えた)モルデカイへと視線を移した。
「……なによ、あのオフィス牛は!?」パイラは呻き、両手に紅蓮の炎を灯した。「あの……無駄な突起物でわたくしのカイトヤマを誘惑できると思っているの!? わたくしの前であんな破廉恥な格好で現れるなんて……!」
「パイロエッタ、よせ。彼女は高レベルの法的実体だ。無策で攻撃するのは――」モルデカイが手を挙げて制止しようとした。
だが遅すぎた。嫉妬が論理をバイパスした。「燃え尽きなさい、このバカ役人女!」パイラが叫び、突進した。恋に狂った王女の怒りを燃料とした圧縮火炎球が、霊的な弁護士へと射出された。
キャサンドラは動かなかった。回避もしない。瞬きすらしない。ただ、白い指で鼻筋の眼鏡を直しただけだ。
「【異議あり(オブジェクション)】。」
その声は冷静で、氷のように絶対的だった。彼女は左手をかざした。「公務執行中の公務員に対する暴行。法典404:物理的暴力の否認。損害反射条項を適用します。」
キャサンドラの前の空気が水面のように揺らいだ。パイラの火炎球は空中で停止し、戦慄した後、色を変えた。赤から、行政処分の色であるエレクトリック・ブルーへ。スタンプを机に叩きつけるような音と共に、火炎球は逆走した。倍の速度で。
「なっ……!?」
パイラが発せたのはそれだけだった。衝撃で身体が浮き上がる。肌を焼く火ではない。純粋な概念的な打撃だ。
「追記」パイラが吹き飛ぶ中、キャサンドラは続けた。「公然わいせつ(大声での叫び)、構造的安定性の毀損、および第一級殺人未遂。」
キャサンドラが、ケースファイルを閉じるように鋭く手をつり下ろした。パイラの周囲の重力が10倍に跳ね上がる。
――ドォォォン!
王女は中庭の壁に叩きつけられ、どこからともなく現れた青い光の鎖で拘束された。彼女は白目を剥き、即座に気絶した。肉体的な痛みではなく、法的な罪の重圧に屈したのだ。
モルデカイは意識を失った相棒を一瞥し、脳内で彼女のHPバーを確認した。(……ふむ。まだ生きているな。将来のファンサービスシーンのためにプロット上必須のキャラだから、死亡耐性があるらしい。リソース管理としては最悪だがな)
彼はキャサンドラに向き直った。彼女は今や、オーガですら泣き出すような威圧感を纏って彼を見下ろしている。
「さて」モルデカイは冷静さを保とうと努めた。「俺の所有権について話そう。俺は売買譲渡証書を持っている」
「**採択不能**です」キャサンドラが遮った。彼女は磨き上げられた人骨製の裁判官用ガベル(小槌)を召喚した。「貴方が持っているのは『カーサトンバ不動産』の紙切れに過ぎません。ですが、私はここに300年間居住しています」彼女は薄く残酷な笑みを浮かべた。「**冥界時効取得法(亡霊セクション)**に基づき、前所有者の管理懈怠によって管理権は私に移転しました。貴方は不法占拠者です。そして、不法占拠に対するペナルティーは……」
彼女がガベルを掲げると、その影が中庭全体を覆うほどに伸びた。「……魂の裁断による、強制的立ち退き執行です。」
【システムアラート:ボス戦開始:鋼のバンシー、キャサンドラ・レックス】
【警告:論理だけでは官僚主義を打破できません。貴方には『権威』が必要です】
【敵スキル検知:『レッドテープ(お役所仕事)の絞首刑』――社会的地位の低い対象を麻痺させます】
モルデカイは動こうとしたが、その場に縫い付けられたように感じた。膝が震える。恐怖ではない。物理的な圧力だ。キャサンドラはこの場所の「ルール」を彼にぶつけている。
「……俺はレベル1の電気工だ」モルデカイは、キャサンドラのオーラの重圧に片膝をつきながら唸った。「この領域に、俺の管轄権はないというのか……」
「その通りです」キャサンドラはプロフェッショナルな蔑みを込めて見下ろした。「貴方は民間人、平民、あるいは統計上のエラーに過ぎません。今すぐ有罪を認めれば、貴方の死体処理の手続き時間を節約できますよ」
ガベルがゆっくりと振り下ろされ始めた。抗いがたい重圧。モルデカイは、数千枚の未払いの罰金、数千回の郵便局での待ち時間、数千枚の書き間違えた書類の重みが肩にのしかかるのを感じた。彼は、自分が最も愛する「官僚主義」によって敗北しようとしていた。
だが、それは「間違った官僚主義」だ。非効率で、圧政的な官僚主義だ。そしてそれは、彼を激怒させた。
「……俺の嫌いなものは……」モルデカイは髪で目を隠しながら呟いた。「……ずさんな管理だ」
「最終判決です」キャサンドラが宣告した。「消去。」
「【異議あり】。」
モルデカイは囁いた。叫ばない。魔法も使わない。ただ、装うのを止めただけだ。
「貴様は冥界法を引用したな」彼の声が変わった。電気工の掠れた疲れきったトーンが消え、数千年ぶりに開く墳墓の扉のような、深く古めかしい響きに置き換わる。「だが、**【優越条項】**を忘れているぞ」
念じるだけで、彼は自分を保護し(そして制限し)ていたスキルを解除した。
【スキル解除:ステータス完全隠蔽……】
【真のアイデンティティを公開中……】
【注意:エッジの効いた演出が過剰になる可能性があります】
中庭の空気が冷たくなったのではない。死んだのだ。風は唐突に止まり、振り下ろされていたガベルは跡形もなく消滅した。舞っていた書類は、音を立てるのを恐れるかのように、物言わぬまま地面に落ちた。モルデカイの影が広がり、中庭を油のように黒く濃く飲み込んでいく。
彼の着古した作業着は、闇と純粋な魔力によって編み直され、行政的な権威を帯びて脈動する銀の刺繍が施された、儀式用の黒い法衣へと変貌した。肌は王族の墓のの大理石のように青白く透き通る。
モルデカイが立ち上がると、キャサンドラの呪縛の圧力は安いガラスのように砕け散った。
彼は顔を上げ、目を開いた。左目は氷の青。右目は燃え盛るエレクトリック・バイオレット。その縦長の瞳孔は、目の前の女ではなく、彼女の存在のソースコードそのものを見据えていた。
彼はもう「カイトヤマ」ではない。電気工でもない。彼は**「設計者」**だ。
モルデカイ・フォン・レイヴンロフト。真の管理者。
キャサンドラ・レックスの目が大きく見開かれた。「な……そんな、まさか……ありえないわ……」彼女は震えていた。恐怖か、あるいは恍惚か。「貴方は……貴方は……! んっ、ああ……!」
骨のガベルが手から滑り落ち、地面に着く前に塵となって消えた。彼女を包んでいた権威のオーラは崩壊し、恭順なまでの畏怖に取って代わられた。
「俺は不法占拠者ではないぞ、キャサンドラ」モルデカイの声は、システム自体の権威によって増幅されていた。彼が一歩踏み出すと、世界が震えるように感じられた。「俺は家主だ。そして貴様は……家賃を滞納している。」
中庭の隅で、パイラが目を開けた。霞む視界がその光景を捉えた。
そこにいたのは、彼女がからかうのが好きだった疲れた電気工ではない。理解不能な(愛の)メッセージをよこした男でもない。ただそこに存在するだけでバンシーを服従させる、死の王の全能の姿だった。
パイラの脳内で、何かが「カチリ」と音を立てた。性的興奮ではない、古の記憶がもたらす熱がこめかみを駆け抜ける。燻る骨の玉座と、影を纏った男のイメージが一瞬だけ現実と重なり、そして新しい(古の)瞳の冷徹な明快さの中へと溶け込んでいった。
契約書とあの手紙によってすでに弱まっていた彼女の記憶の封印が、完全に弾け飛んだ。
【システム:コンパニオン『パイラ』:致命的なファームウェアアップデートを検知】
【エラー:Tsundere_OS V1.2 は現在のハードウェアと互換性がありません】
【工場出荷時状態にリセット(ファクトリーリセット)を開始……】
【復元中:炎の魔女・管理者プロトコル(レガシーバージョン)】
モルデカイが追い打ちをかけるように弁護士を見下ろす中、パイラが立ち上がった。もはやよろめくことはない。瞳の困惑は消え、古く恐ろしいまでの透明感に満ちている。
「……え? 我が主よ……貴方なのですか……?」
彼女の囁きは、もはやわがままな少女のものではなかった。彼のために王国を焼き尽くしてきた者の声だった。
法廷闘争は終わった。
そして、コーポレート・監査が今、幕を開けた。
【システム通知:上位次元からのフィードバック】
MinMaxNecro ⭐⭐⭐⭐⭐: 「コストゼロのリソースとしての重力管理、これがこの作品を追う理由だ。モルデカイは文字通り死を『最適化』している。そしてあのラスト! 102レベル分の純粋な行政権力を見せつけられたな。」
LegalWaifuFan ⭐⭐⭐⭐⭐: 「キャサンドラ・レックス! 民法を使って敵をスタンさせるバンシーなんて、俺が必要としていたものそのものだ。レイヴンロフト・ホールディングスの法務部門に常駐してほしい。」
System_Whisperer: 「『電気工カイトヤマ』から『設計者モルデカイ』への遷移が99.8%の効率で処理されました。パイラの『炎の魔女・管理者』への進化により、不必要なダイアログの70%削減が保証されます。エクセレント。」




