幕間:献身のロジスティクス
パイロエッタが胸元に「秘密の伝言」を隠し、心臓を高鳴らせながら着替えのために自室へ逃げ込んだ頃、モルデカイは相変わらず殺風景でカビ臭い自分の部屋にいた。
彼は即座に、最初の部下であるラリーを呼び出そうとした。
「おい、ラリー。出てこい。手伝いが必要だ」
虚空に向かって声をかけるが、反応はない。骸骨兵は現れず、モルデカイは眉をひそめた。
「……システム? どうした」
目の前に、不吉なほど馴染み深い画面がポップアップした。
【システム通知:配下を召喚するには、適切な『痛々しい(エッジーな)』音声コマンドを使用する必要があります】
【推奨コマンド:『目覚めよ、闇の僕よ! 主の命に従え!』】
【管理者ノート:読者はエッジの効いた召喚シーンを求めています。貴方のシニシズムにはもう飽き飽きだそうです、お可愛いこと❤】
モルデカイの背筋に冷たいものが走った。
「断る。そんな痛々しいセリフが言えるか。俺は30歳だぞ。手で銃の形を作って魔法を撃つのですら限界なんだ」
だが、システムは容赦なかった。
【警告:高レベルのシニシズムを検知】
【ユーザーは『エッジの効いた主人公の熱意』プロトコルに違反しています】
【読者の要求はシステムにとって絶対です。生存のためには、時として彼らを満足させなければなりません】
【矯正措置を適用します……】
その瞬間、モルデカイの胸に鋭い痛みが走り、脳内にカラス、雨に濡れた墓地、そして「特に理由もなく遠くを見つめたい」という強烈な衝動が溢れ出した。
抗う術もなく、彼は一瞬だけ『モルデカイ・フォン・レイヴンロフト』へと変貌し、その声は1オクターブ低く、掠れた深みのあるものへと変わった。
「目覚めよ、闇の僕よ! 主の命に従え!」
叫びと共に、虚空からラリーが姿を現した。当のラリーも心なしか当惑しているようだ。
正気に戻ったモルデカイは、即座に【ステータス完全隠蔽】を発動して『カイトヤマ』の姿に戻ったが、あまりの**「痛々しさ(クリンジ)」**にその場に嘔吐し、窓から身を投げたい衝動に駆られた。
気を取り直して、彼は最初の配下を観察した。
ラリーは、腰のユーティリティベルトに錆びたスプーンを完備して直立不動で待機していた。
以前と違う点が二つ。彼の眼窩には紫色の炎が灯り、そしてその手には……軍手がはめられていた。
モルデカイが【魔力看破】でステータスを確認すると、驚くべき事実が判明した。
ラリーは全ステータス99、レベル99の究極個体へと進化していたのだ。
【パッシブスキル:不眠不休の労働者】
【効果:疲労や退屈を感じることなく、永遠に労働が可能。主を喜ばせるために最善を尽くす】
【ボーナス効果:高レベル化により自我が目覚め、より詳細な意思表示が可能になった】
(効率的だ。パイロエッタよりよほど役に立つな)
「ラリー。任務変更だ」モルデカイは最高に事務的なトーンで告げた。ラリーは頭蓋骨をカチリと鳴らし、注意深く耳を傾ける。
「お前は砦には連れて行かない」
死のような静寂が流れた。
ラリーは一歩踏み出し、骨張った指で宿のドアを指差した。「外にはモンスターが! 素材が! 俺の助けが必要なはずだ!」とでも言いたげに。
「その通りだ」モルデカイは頷いた。「だが現在のミッションには、今の構成では対応できない専門的なスキルセットが必要だ。お前の新しい任務はここだ。――消耗品の最適化およびカタログ作成だ」
隣の部屋からは、パイロエッタが鎧を身に纏いながら、モルデカイの「愛のヒエログリフ」を読み返して悶絶している音が漏れ聞こえてくる。彼女は半開きのドアの隙間から、この光景を盗み見ていた。
「主要な消耗品は、ダンジョンで回収したあの錆びたスプーン群だ」モルデカイは、自分が骸骨兵に精神的トラウマを与えていることなど露知らず(あるいは無視して)続けた。「任務は三つ。第一に、乾いた布で構造的でない汚れを落とすこと。第二に、錆びの度合いを1から10のスケールでカタログ化すること。第三に、次世代型【破傷風の矢】の弾薬としての適性を評価することだ」
ラリーは完全に固まった。眼窩の紫の炎が弱まり、ゆっくりと、実に演劇的な動作で頭蓋骨に手をやった。
ガリガリ。ガリガリ。
それは骨が鳴る音ではなく、深い落胆と哲学的な失望が混じった、頭を掻く音だった。自分の永遠が「事務的な堆肥の処理」に費やされることを悟った魂の音である。
【システム通知:配下『ラリー』が新しい感情パラメータをアンロックしました】
【アンロック:懐疑的な頭掻き】
【アンロック:諦めの脱力姿勢(AGI -5%、悲壮感オーラ +10%)】
【注:士気が危険水準まで低下しています。推奨介入:『今月の最優秀錆びスプーン賞』の授与を約束してください】
「新しい責任を処理中だな、ラリー。いいぞ、効率が鍵だ。帰還までにスプーンごとの錆び期待値に関する書面での報告を期待している。形式は自由だ。棒人間の図解でも構わん」
モルデカイはメモ帳と鉛筆をラリーに手渡した。ラリーはそれを受け取り、絶望的な沈黙の中で立ち尽くした。
【システムアラート! ラリーの士気が限界を突破しました。彼は泣きそうです。彼は役に立ちたいだけなんです!】
【直ちに措置を講じてください!】
モルデカイは溜息をついた。この世界で本当に大切にすべきなのは、ラリーだけかもしれないと気づいたからだ。
「安心しろ、ラリー。これが終わったらウーゴに報告しろ。そうすれば、お前を直接砦に召喚してやる」彼はラリーの骨の肩に手を置いた。
その瞬間、ラリーの目が輝いた。彼は数歩下がると、親指を立てて「マスター、全力でやります! ありがとうございます!」と全身で表現した。
「期待しているぞ、ラリー」
ラリーは即座に作業に取り掛かった。
その様子をドアの隙間から見ていたパイロエッタは、記憶を取り戻して以来初めて、氷のような効率以外の感情――深い憐れみと、そして畏敬の念を抱いた。
彼女にとって、モルデカイが骸骨の肩に手を置いたその仕草は、単なる人事管理ではなかった。
(彼はなんて気高く……深淵なお方なの……。冷徹な論理の裏で、最も卑小な臣下の魂すら気にかけておられる。きっと……素敵な父親になるわ……)
彼女の心臓は、さらに激しく脈打った。
「人員配置完了だ」モルデカイは背後の嵐のような感情の渦に気づかず、パイラの部屋に向かって言った。「パイロエッタ、急げ。本日の最初のアポイントメントは『汚染された砦』だ。遅れるわけにはいかん」
ラリーは、後に砦に召喚されるという約束に活力を得て、聖なるクエストを託された騎士のような厳かさでスプーン#001を手に取った。レベル99のステータスと【不眠不休の労働者】スキルにより、その磨き上げの速度と精度はもはや恐怖を感じさせるレベルだった。
シュッシュッ! シュシュシュッ!
布が擦れるたびに、錆びた金属から火花が散る。パイラの目には、それが「マスターを喜ばせるために、己の渇望を仕事で押し殺す従者の健気な姿」に映った。
「準備できたわ!」彼女は廊下に飛び出した。顔を真っ赤にし、鎧を磨き上げ、あの「メンテナンス通知(恋文)」を左胸のポケットに大切に仕舞い込んで。
「留守を頼むわね、ラリー。すぐに戻るわ、約束よ!」
ラリーは作業を止め、数秒間彼女を見つめた後、親指を立てて応えた。
「よし」モルデカイは彼女を見ることなく、目の前のクエストマーカーに集中した。「行くぞ。ラリーが全てコントロール下に置いている。彼は……モチベーションに満ちているからな」
夜明けの灰色の光の中へ踏み出す二人の背後に、ハリケーンのような勢いでゴミを磨き上げるラリーのシュッシュッという音が響き渡っていた。
なお、モルデカイは念のため、ドアノブに【テタヌス・ボルト】の罠を仕掛けた【錆びたスプーン】で部屋を封印し、ラリーには「何があっても外に出るな」と厳命していた。
こうして、ブラックストーン砦への遠征が、ようやく始まったのである。
【システム通知:上位次元からのフィードバック】
Larry_Simp_01: 「レベル99なのに、唯一の望みが『ボスを誇らしくさせること』だって? この作品、最高にピュアで社畜な主従関係じゃないか。ラリーのためなら死ねる。」
System_Whisperer: 「『エッジー召喚プロトコル』は成功だ。強制的なクリンジ(痛々しさ)露出によるユーザーのコンプライアンス遵守を確認。注:この方法は、標準的なカリスマ・プロンプトより300%効果的である。」
Tsundere_Theorist: 「パイラがただの事務連絡を『暗黒の貴族精神』と解釈するのは、愛というものの本質を突いている。俺たちはみんなパイラなんだ。誤訳だらけのメモを大切に抱きしめているんだよ。」




