第19話:ギルド帰還と報酬にまつわる……「不備」
冒険者ギルドの受付では、分厚い眼鏡をかけ「エララ」という名札をつけた例の職員が、信じられないといった様子で二人を迎えた。彼女の職業的な笑みは引きつり、モルデカイがスライムの核が入った袋と共に、黒く輝く不気味な核をカウンターに置いた瞬間、その笑みは完全に消失した。
「あなたが……スライム・ダンジョンをクリアし、震動の源を突き止めたのですか!? 本気ですか!? あれは……ギルドマスター級の緊急案件だったのですよ!」彼女は眼鏡を押し上げながら狼狽した。
「ああ」モルデカイの声に勝利の昂揚感はない。それは経費精算書を提出するサラリーマンのトーンだった。「それで、報酬についてだが。詳細な内訳を見せてくれ」
エララは瞬きをした。「な、内訳?」
「金銭の割り当てだ。ギルド会費の控除はあるか? 事務手数料は? 『骸骨の記録官』の賞金は――」彼は黒い核を指で叩いた。「――王立冒険税法・第4条C項に基づき、通常のスケルトン・キングとは異なる税率が適用されるのか? 項目ごとの領収書を要求する。もしそちらの事務手続きが、見た目通り複雑なら三枚複写で頼む」(彼はダンジョンからの帰り道、システムを利用してこの世界の官僚制度を予習していたのだ)
話の間、彼のハンチング帽はわずかに傾き、無造作な黒髪の間から覗くオッドアイ(紫と青)がランプの光を反射していた。カウンターに身を乗り出すその姿からは、傲慢さではなく、数百万ドルの使途不明金を見つけた会計士のような、冷徹で危険な集中力が放たれていた。
【パッシブスキル発動:厨二病の色香】
【対象:エララ(ギルド受付嬢)】
【状態:クリティカル・ヒット。論理的思考が麻痺しています。】
エララの息が止まった。彼女の目には、目の前の男が一銭を惜しむ貧乏人ではなく、**「苦悩する財務の皇子」**に映っていた。地獄の台帳をその身に背負い、税法を語るその姿があまりに「禁断」で、知的で、官能的だったのだ。
「……税法を、語っている」彼女は首筋を赤く染め、熱烈な視線を送った。
「ちょっと! そこのハーピー(鳥女)!」
パイラの声が、ステンドグラスを叩き割るハンマーのようにその場の雰囲気を粉砕した。彼女はカウンターに両手を叩きつけ、ツインテールから物理的な熱気を放ちながら叫んだ。「わたくしの――わたくしの下僕の退屈な事務的質問に鼻の下を伸ばしてないで、さっさと仕事をなさい! 報酬を計算して! 今すぐ!」
エララは慌てて巨大な台帳を開いたが、その視線はモルデカイを追い続けていた。「す、すぐに! ええと……スライムの核、ブルーグレード、247個……単価5シルバー……。合計1,235シルバー、つまり123ゴールドと5シルバーになります」
「……それで、核の方は?」モルデカイが促した。
エララが骸骨の記録官の核を手に取り、スキャンした。その内に秘められたエネルギーは、驚くほど秩序だち、深く、そして冷ややかだった。「これは……信じられないほどの力を持つアーティファクトです。記録にあるどんなものとも違う。スケルトン・キングではない……もっと古く、冷たく、そして事務的な……」
「ならば、価値もそれ相応のはずだ」モルデカイは、大金が入ることを確信していた。
しかし、エララの表情が職業的な落胆の色に染まった。「……申し訳ありません。前例がないのです。ギルドの魔物図鑑には『骸骨の記録官』という項目が存在しません。ギルド規定881条12項に基づき、未登録個体への報酬支払いは審査委員会の承認が必要となります。推定される処理期間は6〜8営業月です」
モルデカイは呆然とした。困惑と怒りが混ざり合った表情でカウンターを叩いた。「……は? 本気か!? 俺たちは死にかけたんだぞ!」
エララは同情と、そして情熱を込めた眼差しで彼を見上げた。「……もしよろしければ、私が理事会に特別申請を出しましょうか? 委員会の前で私があなたの味方をします。そのためには……**個人的な話し合い(プライベートな相談)**が必要になるかもしれませんが……」
パイラの目がピクリと動いた。髪から湯気が立ち上る。「……個人的な話し合い!? この下等な書類整理女が! わたくしを焼き殺してからにしなさい!」
モルデカイは爆発寸前の火山を無視し、冷徹にコストベネフィット分析を行っていた。8ヶ月の委員会を待つか、今すぐ流動資本を得るか。官僚制度に認められるのを待つ間に餓死しては意味がない。
「……いいだろう」モルデカイがパイラの怒声に割って入った。「その核は『詳細不明・高価値ダンジョン核、サブタイプ:事務系』として、ギルドの金庫に**デポジット(預け金)**として記録しろ。正式な査定受領書と保管セキュリティ免責事項の発行を要求する。今はスライムの賞金だけを支払え」
プロポーズを断られたような顔をするエララに対し、モルデカイは低く、しかし逆らえない裁判官のような声で「賞金を。今すぐだ」と命じた。その瞳が一瞬紫に輝き、**【エッジロード・リズ】**が最大限に機能した。
敗北したエララは、賞金の入った重い袋をカウンターに差し出した。
パイラはモルデカイが触れるより早くその袋を奪い取り、聖遺物のように胸に抱えた。「これはわたくしが預かります! 平民が……変な考えを起こさないようにね!」
モルデカイは反論しなかった。当座の運転資金は確保できた。「……それと、二人分の宿を頼む」
「ああっ!」
パイラの顔がトマトのように真っ赤になった。彼女の脳内では数百万の「不潔な妄想」がエコーしていた。(……宿泊……つまり、一緒に……寝る……あんなことや、こんなことを……)無意識に、彼女の口から少しよだれが垂れていた。
(……汚いな)モルデカイは思った。
「二部屋だ。隣接していてもいいが、独立した、鍵のかかるドアがある部屋を。一ヶ月分だ」
パイラの妄想は瞬時に死滅した。彼女は腕を組み、ひどく落胆した表情で「チッ」と舌打ちをした。(……わたくしの初めてを捧げようとしてたのに。完全にチャンスを無駄にしたわね、このバカ)
エララは驚いた。ギルド直営の宿「眠れるバジリスク亭」で一ヶ月二部屋というのは、ちょっとした財産だ。「……標準的な部屋を二部屋一ヶ月分、合計40ゴールドになります……」
「……払え」モルデカイが促すと、パイラは牛乳を腐らせるような不機嫌な顔で、しぶしぶ金貨を取り出した。
立ち去ろうとする二人の背中に、エララが最後のアピールを投げた。「……もし、滞在をより快適にするために何か必要でしたら……私のシフトは日没で終わりますので……」
パイラは振り返らなかった。ただ、彼女の踵から小さな爆発的な炎が放たれ、オーク材の床に完璧な、そして怒りに満ちた焦げ跡を刻んだ。彼女は嵐のように去り、モルデカイはいつもの急がない足取りでそれに続いた。
【上位次元からのフィードバック】
帳簿ゴブリン_88: 「ネクロマンシーを見に来たはずが、三枚複写の詳細領収書に心を奪われた。緊急案件をクリアした直後に税区分を気にするモルデカイ、史上最強のパワームーブだわ。これはパワーファンタジーじゃない、監査ファンタジーだ」
ツンデレ安全委員会: 「『二部屋。鍵のかかるドア』。この一行だけで全マルチバースのハーレム主人公の90%が死滅したな。パイラの魂が抜けるのが見えた。10/10の感情的ダメージだ」
官僚主義こそラスボス: 「『分類されていないから賞金が出ない』というのが、ここ数年で一番リアルな世界観設定だ。役所で働いた経験がある身としては、フラッシュバックしたよ」
禁断の知識愛好家: 「税法への精通に魅了されるエララ、呪われすぎて逆に天才の設定。エッジロード・リズが事務作業で発動するのは皮肉の極みだな」
経理のリッチ: 「もし物語の最後で、モルデカイが冥界の確定申告を始めたら、星5をつけて上司に推薦するよ」




