第13話:主人公補正(プロットアーマー)、勇者のバグ、そして聖女の「捕食」
王宮の中庭は、「軍事本部」というよりは「映画の撮影セット」だった。 従騎士たちは日光を反射させるレフ板を持って走り回り、魔道士たちは戦闘のためではなく、旗をドラマチックにたなびかせるためだけに【ウィンドブラスト】の練習をしていた。
我らが愛すべき(偽の)ネクロマンサーは、周囲を見渡し、そのすべてが反吐が出るほど薄っぺらであることに気づいた。 (最悪だな)彼は思った。
一方、パイロエッタは純粋に熱狂していた。 まるでおもちゃ屋に来た子供のようにあちこちを見回し、目にするものすべてにコメントをつけていた。モルデカイの耳には、それは相変わらず蚊の羽音のように響いていた。
「見て、カイトヤマ様! あの剣、ニック様が一ヶ月前に大龍を倒した時に使った武器よ! わあぁっ!」 彼女は純粋な喜びで飛び跳ねた。モルデカイは完全に無視していた。
二人は、正面にある巨大な「ステージ」へと歩いた。 それは鏡のように磨き上げられた白大理石の巨大な壇上だった。背後には、休眠状態のマナで揺らめく巨大な紫色のタペストリーが吊るされている。 パイラのような無垢な瞳には、伝説の英雄が民衆に語りかける聖なる祭壇に見えるだろう。
だが、モルデカイにはそれが何であるか一目瞭然だった。 **『魔導グリーンバック(合成用背景)』**だ。 そのタペストリーには高レベルの幻影ルーンが織り込まれており、「燃え盛るダンジョン」や「嵐の戦場」、「天界の光」といった偽の背景を投影するように設計されていた。勇者たちが王宮の安全な場所から一歩も出ることなく、危険な場所にいるように見せかけるための装置だ。
ステージを囲む浮遊クリスタル――モルデカイが「修理」しに来た名目のもの――は、視界を確保するためではなく、中央に立つ者に永久的な**『美肌補正フィルタ』**をかけるためのものだった。
モルデカイはメインステージ近くのマナジャンクションボックスの前に膝をついた。 「レンチを」彼が独り言を呟くと、影から骸骨の手が現れ、レンチの形をしたマナドライバーを彼の掌に置いた。
端から見れば、モルデカイは緩んだボルトを締めているだけに見える。 だが実際には、彼はスキル【短絡】から生まれた**【マナ・ブレーカー(魔力遮断器)】**を設置していた。 それは、小さな、魔法的な「強制終了スイッチ(キルスイッチ)」に過ぎない。彼が指を鳴らせば、この中庭全体が闇に包まれ、カメラは焼き切れ、防御障壁は内部崩壊する。
(保険の設置完了だ)モルデカイはパネルを閉じながら思った。(ここを焼き払う必要があるなら、まずは照明器具から始めてやる)
背後では、パイラがそわそわと歩き回っていた。過呼吸気味だ。 「ねえ、わたくしの格好、変じゃないかしら?」彼女は10回目となるドレスのシワ伸ばしをしながら尋ねた。「髪は……左右対称? ああ神様、また『あの方』に会えるなんて! 心臓が飛び出しそうだわ!」
「ストレスによる頻脈だろうな」モルデカイは見向きもせずに答えた。「深呼吸しろ。酸素はタダだ」
その時、宮殿の巨大な両開き扉が跳ね上がった。
【システムアラート:テンプレ酔いを検出】 【原因:自己愛全開の入場シーン。耐えてください。】 【効果:高レベルの共感性羞恥(cringe)】
どこからともなく音楽が流れ始めた。空からは黄金の花びらが降り注ぐ(屋根の上で疲れ果てた魔道士たちが召喚したものだ)。 そして、彼が現れた。勇者ニックだ。
(あいつもまた、王子様のコピーかよ)モルデカイは心の中で繰り返した。
彼は看板の通りの姿だった。金髪はジェルで完璧に固められ、鎧は実戦には不向きなほどピカピカに磨かれている。彼は1,000万人のフォロワーがいることを自覚している男特有の、鼻持ちならない足取りで歩いてきた。
「調子はどうだ、オークヘイブン!」ニックは(入場の練習のために)無人の中庭に向かって叫んだ。「世界を救う準備はいいか? それとも……カッコよく見せる準備はできてるか!?」
パイラは喉に詰まったような声を漏らした。彼女は震えながら一歩前に出た。「ニ……ニック様!」
ニックが足を止めた。彼は(明らかにエンチャントされた)サングラスをずらした。彼はパイラを見ても笑顔すら見せず、困惑したような表情を浮かべた。「……で、君は誰?」
「わたくしです!」パイラは深く頭を下げて叫んだ。「セリルダ王国の第四王女、パイロエッタ・フォン・セリルダです! ついにセリルダより到着いたしました! あなたのパーティに加わり、お仕えする準備はできております!」
ニックは瞬きした。それから魔法のタブレットを取り出した。「セリルダ……セリルダ……」彼はスクロールした。「ああ。『食糧取引』の娘か」 彼は彼女を上から下までスキャンした。困惑から、失望へと表情が変わる。
「レベル35?」ニックは鼻で笑った。「しかも、知力(INT)にほとんど振ってない火属性の魔法戦士? ねえちゃん、今のメタ(流行り)は氷魔法だよ。火はカメラ映りが悪いんだ、煙が出すぎて」
パイラが凍りついた。「で、でも……父上が……」
「はいはい」ニックは投げやりな仕草で手を振った。「いいかい、お嬢ちゃん。契約書には、君は『士気高揚担当』として来ることになってるんだ。わかるだろ?」 彼は下品なウィンクを投げ、腰を卑猥に動かすジェスチャーをした。 「勇者が……『ストレス発散』したくなった時のための、**マナの受け皿**ってわけさ」
パイラは立ち尽くした。彼女は理解してしまった。 彼は戦士を求めていない。王女を求めていない。 彼が求めているのは、王冠を被った性の処理袋だ。
彼女はモルデカイを見た。その瞳は大きく、湿り、絶望に満ちていた。 彼女は無言で彼に乞うていた。(何か言って。何かして。わたくしはそんな存在じゃないって、言って……)
モルデカイはレンチを握る手に力を込めた。純粋な憎悪と、代理の恥ずかしさが混ざり合う。
【クエスト開始:敵を知れ】 【目標:嘔吐せずに勇者たちを分析せよ】
ニックは笑いながら、注意をモルデカイに向けた。「で、この暗い奴は誰だ? レベル1?」ニックは高笑いした。「ワオ。マジで底辺からかき集めてきたんだな。安心しろよ、下等NPCくん。俺の後ろにいれば守ってやるからな!」
ニックはポーズを決めた。鎧が輝く。
【システムアラート】 【スキル発動:勇者の演説】 【効果:フェロモンに似た魅了を放ち、低レベルの存在に強制的にユーザーを崇拝させる】
モルデカイは精神攻撃に備えて身構えた。だが……彼はパイラを見た。
彼女はうっとりするはずだった。顔を赤らめるはずだった。 だが代わりに、パイラは口を覆った。顔が青ざめている。彼女は……激しい嫌悪を抱いていた。
(ニックの態度が、システムの台本を上回るほどに彼女の心を砕いたのか? あるいは……モルデカイの影響が強すぎたのか?)
【システムエラー:対象『パイロエッタ』が脚本に抵抗しています】 【好感度ステータス:拒絶。】
(面白いな)モルデカイは思った。(プログラミングが壊れ始めてる。あいつ、目が覚めてきたな)
勇者は自分の魅惑が効いていないことに気づいたのか、困惑した表情を見せた。
「とにかく」ニックは剣に映る自分の姿をチェックしながら話題を変えた。「メインパーティに入りたきゃ、どっかのダンジョンでも攻略してきな、お姫様。レベル60になったら戻ってこい。さもなきゃ……君はただの寝室の家具だ」
パイロエッタは床を見つめながら、無意識に拳を握りしめた。
【テンプレ発生:乙女を守れ!】
システムがモルデカイに介入を促す。勇者を殴るか、あのアニメによくあるようなドラマチックな演説をしろと。 モルデカイは何もしなかった。彼はヒューズボックスに向き直った。(俺の知ったことか。今はその時じゃない)
「ちょっと、みんな!」甲高い声が空気を切り裂いた。
モルデカイは即座に作業を止め、音の源に目を向けた。そして……見てしまった。
聖女ルーシーが歩み寄ってきた。二人のメイク担当を従えている。「収録するの、しないの!? 私の『祝福』バフはあと10分で切れちゃうのよ! かけ直すなんて絶対嫌だから!」
モルデカイの胃がむかついた。彼女だ。 かつて彼に「退屈すぎる」と言い放ち、ニックと寝始めた女。 今や「聖なるお風呂の水」のラベルに顔を晒している女。
彼は目を細め、この「混乱」を利用してスキルを使った。
【スキル:魔力看破(念話/隠密モード)】
あいつらの頭上にウィンドウが現れる。
【名前:ニック(選ばれし者)】 【レベル:100(MAX)】 【STR: 999 | INT: 999 | LUCK: ∞】 【パッシブ:主人公補正(脚本が要求しない限り死亡しない)――表示制限:スキルレベル不足】
【名前:ルーシー(聖女)】 【レベル:100(MAX)】 【パッシブ:信者搾取(寄付からマナを獲得する)――アクセス拒否:スキルレベル不足】
(レベル100か)モルデカイは冷や汗を感じた。(それに主人公補正。今こいつらを攻撃すれば、世界そのものが介入してあいつらを救うだろう。俺は神と戦う蟻に過ぎない)
ルーシーが足を止めた。彼女はモルデカイの背中を見た。「ニック」彼女の声は鋭かった。「あの平民は誰? ……貧乏臭い匂いがするんだけど」
「ただの電気屋だよ」ニックは笑った。「おい! 風使いの奴! そよ風をよこせ!」
それから、彼女は視線をパイロエッタに向けた。パイラの顔には絶望が浮かんでいる。 「あら、かわいそうに……誰なの? 何かあったの?」 彼女は王女に問いかけた。おそらく、彼女の苦痛に気づいたのだろう。
パイロエッタが口を開こうとしたその時、「異変」が起きた。 隅にいた魔道士が叫び、【ウィンドブラスト】を放った。だが、狙いを外した。 突風はニックには当たらず、モルデカイを直撃した。
ヒュオォォォッ!
モルデカイの頭からハンチング帽が吹き飛んだ。 黒い、無造作な髪が彼の瞳にかかる。彼は本能的に振り向いた。彼の顔が日光に晒される。 その瞳――一方は青、もう一方は紫――は鋭く、冷たく、そして危険な「厨二病的な憂い(エッジ・エネルギー)」に満ちていた。
(クソッ)彼は呟いた。
彼はレベル1のNPCには見えなかった。 彼は、ダーク・ロマンス小説に登場する「悲劇的で美しい悪役」そのものの姿をしていた。
ルーシーが息を呑んだ。不満を漏らすのをやめた。彼女の目が大きく見開かれる。 彼女は唇を舐めた。捕食者が新しい獲物を見つけた時のような、飢えた色が顔に広がる。
「あら……」ルーシーが甘い声を漏らした。「こんにちは。あなた、なんだか……『壊れてる』わね。私、壊れてる人って大好きなの……」 彼女の目が輝き始める。
モルデカイは、自分の深い秘密を読み取られているような、猛烈な不快感に襲われた。
【システムアラート!】 【危険:あなたは聖女によって分析されています。】 【警告:『完全ステータス偽装』に負荷がかかっています。ヒント:逃げろ!】
モルデカイは、彼女の視線が自分を解体しているのを感じた。彼女は何かを感じ取っていた。カイトであることを確信したわけではないが、彼女が好んで玩具にする「タイプ」の人間であることを。
「地下の回路遮断器を確認してくる」モルデカイはぶっきらぼうに言い、地面から帽子をひったくった。「失礼する」
彼は背を向け、足早に立ち去った。走りはしなかったが、その足取りには焦燥が滲んでいた。
【クエスト完了:勇者たちに会う】 【報酬:10,000 XP】 【新スキル解放:念話(指揮官ランク)】
効果:精神を使ってミニオンと通信できる。
ボーナス効果:亜空間に収納されている状態でも命令を下せる。
パイラは一瞬、そこに立ち尽くした。 ニックは彼女を無視している。ルーシーはモルデカイの去りゆく背中をいやらしく見つめている。彼女は吐き気がした。
勇者は豚だった。聖女は捕食者だった。
彼女は翻し、モルデカイを追って走った。「待って! カイトヤマ様!」
宮殿の廊下の影へと歩みながら、モルデカイは新スキルを発動させた。
(ルケット)彼はポケットに向かって声を飛ばした。 (マスター……?)ゴーレムの悲しげな声が脳内に響く。 (起きろ)モルデカイは命じた。暗闇の中で彼の瞳が光る。 (ここを出るぞ。レベリング(単純作業)の時間だ。あのピエロどもに恥をかかせるチャンスを掴むには、まずレベル50に到達する必要がある)
彼が「逃走」する間、いつもの黄金のスクリーンが目の前に現れた。彼は読まずにはいられなかった。
【上位次元からのフィードバック】
NTR_Lover69: 「ルーシーが唇舐めたの見た!? カイトが『退屈』だった時は捨てたのに、『壊れたエッジロード・モルデカイ』になった途端に欲しがるとか。毒性が限界突破してて最高だわ。」
Meta_Slave: 「ニックが『煙で映りが悪くなるから火属性はいらない』って断るの、マジで現代のインフルエンサーすぎて草。あと『Lv 100 - 主人公補正』? 運営さんナーフ(弱体化)お願いします。」
Pyra_Protection_Squad: 「王女がドン引きしてたぞ! 通知見たか? 『好感度:拒絶』だ! ついにパイラがあの『勇者』をただのキラキラしただけのクズだと気づいたな。カップリング成立(の予感)!」
Grindset_Go: 「逃げるのは賢い選択だ。Lv 1 vs Lv 100は自殺行為だからな。さて、修行編の始まりだ。モルデカイ、あのゴーレムをレイドボス並みに鍛え上げてくれよ。」




