地味で変わり者の私と俺様な王子様の恋が始まらない
この学校には、 王子様がいる。
比喩じゃなくて、本当の意味の方だ。遠い北の果ての国から留学に来ている、異国の王子様。彼の名前はルシアード・ハル・イスヴァル。
北の果ての国イスヴァルは、一年の半分以上雪に閉ざされた厳しい環境にあるが、鉱山から採れる様々な鉱石や魔法石のおかげでとても豊かな財力を持っている。
私たちが住むノーア王国もかの国の恩恵を受けていて、特に王族間ではそれなりに行き来があり、ルシアード王子の母親は現ノーア国王の従妹にあたるらしい。そんな縁もあって、王子はこちらに留学してきているそうだ。
成績は座学・実技共に入学当初から常に学年首席。恵まれた体格と完璧なまでに整った顔。幼い頃からの教育によって培われたであろう優美な所作。夜の闇を思わせる藍色の髪に血のように紅い瞳は妖しくも神秘的。
そんな、完璧に思える彼の唯一にして最大の欠点は、その性格である。
・・・気難しく傲慢なうえ、王族にはあるまじき口の悪さ。気に入らないものにはとことん冷酷で、ごくごく一部の人間数名以外とはまともに人間関係を構築していない。何のために留学に来たのか?と思うほどだ。
「おい、俺を待たせるとはいい度胸だ。さっさと行くぞ!」
「わかってますよ、ルシ先輩。今行きますから!」
・・・そして、私はそんな王子様の、数少ない“お気に入り”である。
「くそっ、今日も魔法を破れなかった・・・お前、本当にどういう魔力してるんだ。おかしいだろう!」
ルシアード王子、というかルシ先輩の魔法の鍛錬に付き合うのは、ほぼ私の日課になりつつある。私の張った魔法障壁が破れないと言って、ぷんぷんしている先輩の姿も見慣れたものだ。
「先生たちも破れないって言ってましたし、仕方ないのでは・・・っていうかいい加減諦めてくれませんか?毎回鍛錬に付き合う方の身にもなってみてくださいよ!」
いろいろと事情があって、とてつもない魔力量を持ちつつちょっと変わった魔法を使える私は、正直学内でもかなり浮いている。
それを“面白い女”だと言って、学年も違うのにほぼ毎日会いに来るのだから、本当に変わった王子様だと思う。
「ふん、ノーアの軟弱な教師どもと俺を一緒にするな。それにお前は毎日俺の魔法の向上に貢献できて光栄だろう。褒めてつかわそう。」
そんな風に言いながら、ぐしゃぐしゃと頭を撫でてくる、絶世の美男子。
・・・あまり認めたくはないけど、ちょっとときめいてしまうのは仕方がないと思う。
嫌がられるとは微塵も思ってない傲慢さ。なんなら、私がちょっとドキドキしたり、内心喜んじゃったりしているのも全部わかってやってるんじゃないかと思う。なんだか腹が立つ。
「そうだ。お前、これからちょっと付き合え・・・大事な話がある。」
認めたくはないけど、腹は立つけど、やっぱりなんだか期待してしまう、よね?
ルシ先輩に連れられてやってきたのは、王都でも人気のあるスイーツカフェだった。特にベリータルトが有名なお店だ。私の大好物。
店内は恋人らしき男女で溢れていたが、予約でもしてあったのか、彼と私は待ち時間なしで個室に案内された。
部屋で椅子に腰掛けるのとほぼ同時に、ベリータルトと紅茶が運ばれてきて、店員さんは笑顔でドアを閉めて出て行った。先輩の護衛は部屋の外で待機しているし、イスヴァル製のアミュレットは毒物を完全に無効化できるらしいから、ちゃんと安全を確保して二人きりになっているはずだ。私も随分信頼されてるなぁ。
普段は好き勝手にしゃべる先輩が無言なので、なんだか私まで緊張してきてしまう。これは、えっと・・・期待してもいいやつ?
「先輩、わざわざお店にまで来て、どうしたんですか?何かよほど大切な話でも?」
あまりにも長い沈黙に耐えきれずに、私の方から聞いてしまった。こういうせっかちさが私の悪いところだ。
「・・・ああ・・・そうだ。実は・・・」
ドキドキドキドキ、自分の心臓がうるさくて先輩の声が聞こえないんじゃないかって不安になったその瞬間ふと、私は妙なことに気づいた。
先輩の瞳はいつもと同じだ・・・いつもと全く変わらない眼差しで、私を見つめている。
「アマルシアという女は、お前の友人か?」
ぞわりと、嫌な感覚が身体に走った。
わかってしまった。
これは、絶対に違う・・・ダメなパターンのやつだ、と。
「先日、花の世話をしている可憐な女を見かけてな・・・周りの花々よりも美しいラズベリーピンクの髪に小柄な身長で、一瞬花の精かと思ったんだが、虫を怖がっていてな。ちょっと助けてやっただけなのに、大げさに感謝する姿が小動物のようでとても愛らしく・・・」
しゃべり始めたら止まらなくなってしまったルシ先輩の話を要約すると、先日見かけて一目惚れした女性ーーアマルシアがどうやら私の友人であるらしいとわかったから、紹介して欲しいとのことだった。
先輩が延々と彼女への賛辞を垂れ流す間、毒づいたり泣いたりしなかった自分を全力で褒めたい。
アマルシアは大きな虫が出ても自分で退治できるタイプなんですけど?この前教室で瞬殺してるの見ましたよ?とか。
花の世話をしていて心優しいとか言ってますけど、あの子花壇の担当じゃないですし、普段世話してるのなんて見たこともないですよ?とか。
そもそも、彼女から「ルシアード先輩って素敵よね。私に紹介してくれない?」と頼まれたことだってあるし・・・その時は断ったけど、結局自分できっかけを作りにいったのか。あの時私が素直にせんはへの好意を認めてたら・・・踏みとどまってくれたかな?どうかな?
言ったところで彼女を全肯定しにいく姿しか想像できないから、言えませんでしたよ、先輩。
妖精と見紛う美少女・・・の皮をかぶったバリバリ肉食系女子にあっさり陥落した先輩のことを、どう思えばいいんだろうと思う。
今まで散々「すり寄ってくる女どもには反吐が出る」とか「俺の顔や身分しか見ていない薄っぺらいやつらめ」とか言ってたのに、あっさり一目惚れしちゃうってなんなんですか。結局あなたも顔ですか?
「お前はああいう女どもとは違うな」とか「やはりこの俺と対等に渡り合える女でないと・・・まぁこの学園ではお前くらいだろうな」とか言われたら、ちょっと期待しちゃうじゃないですか。それなのに、結局「か弱い彼女を守ってあげたい」とか言っちゃうんですか、そうですか。
学年も違うのにほとんど毎日会いに来て、一緒に魔法の鍛錬をして、親しくなったら距離も近くなって、私はもうほとんど友達以上恋人未満くらいのつもりでいたのに。だってほら、今日も護衛抜きで密室で二人きりじゃないですか。
同学年の数人の友人以外とは付き合わない人にそんな風にされてたら、勘違いするのもおかしくないですよね?
なのに・・・そう思ってたのは、私だけだったんですね。
アマルシアがベリータルトを好きだと聞いたから、下調べのためにこの店に来たんだなんて言われたら。
ここに私と2人で来たことさえ、全て彼女に向かって意味づけられてしまっているなら。
私の好物だからじゃなくて、彼女の好物のベリータルトを食べた感想を聞きたかったからなんて言われたら。
もうダメだ。もう、泣いてしまう。
私の淡い初恋は全て粉々に砕けてしまった。
・・・自分の部屋についた瞬間に、私はその場に崩れ落ちて、泣いた。部屋まで耐えたのは私の意地だ。
失恋で胸が痛くなるって本当なんだ。
何も始まってなかったし、私の勘違いに過ぎなかったのに、なんでこんなに涙が出るんだろう。
自分を消してしまいたい。
目の前が真っ暗で、ただただ胸が痛くて、自分の内側が引き裂かれるような衝動が込み上げてくる。
・・・この夜が明ける時を、私はまだ知らない。
タイトルどおりの結末ですが「思ってたんと違う…」ってなった方には申し訳ないです。
子供の頃に作っていたお話のヒロイン(主人公)とヒーローじゃないけど重要人物(王子様)について、ふと書きたくなって書きました。
ヒーローはまだ現れていません。
夜のさなかにある人に、明けない夜はないよ、と言ってあげたい。
そんなお話です…。




