表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

7話


「ごめん、今日他の奴と飯食う約束してるから」


「今日部活の奴と話すことあって、一緒に帰れない」


「用事あるから先に帰らないと…」


それはもうあからさまに避けていた。当然周囲には不審がられ「喧嘩した?」と口々に声をかけて来るのが居た堪れない。


優太は「悪いこと言わないから早く謝っとけ!じゃないと…」と何故か顔が強張っていたが、頷くことは出来なかった。葉山は断られる度に捨てられた犬のような顔をするので、罪悪感で押し潰されそうになる。それでも、遥と関わることが葉山に不利益を齎したらと考えると彼を避けることしか出来なかった。いつも隣にいる葉山がいないと、胸にぽっかりと穴が空いたような喪失感があった。


しかし、葉山を避け始めて3日後。丁度休日を挟むので葉山に会わずに済む、と我ながら酷いと自覚しながらも喜んできた時。母がとんでもないことを言いに来た。


「葉山くん来たから上がって貰ったわよ」


「は?何勝手に」


母は遥の許可を得ることなく葉山を家に上げたのだ。母は何度か来た葉山をとても気に入っているので、進んで招き入れて当然だった。今から仮病を使うかと企むも既に遅い。母は葉山を部屋まで連れて来てしまった。葉山はよそ行きの笑みを母に向けている。


「ゆっくりして行ってね。あ、昼ご飯食べて行くでしょ?焼きそばなんだけど」


「ありがとうございます、お言葉に甘えさせてもらいます」


「ちょっとま」


勝手に話が進み遥が口を挟むが全く気にされず、母は嵐のように去って行った。母が出て行くと葉山の顔から表情が抜け落ちた。目の奥が笑っておらず、ゾクリと背筋が冷たくなる。葉山がクッションの上に座ったので、釣られて遥もやや距離を取って座った。


「…急に押しかけてごめん。でもメッセージも既読つかないし学校でも避けられるからこうするしかなかった」


切り出したのは葉山からだった。彼の声には理由もなく避けていた遥を責める響きはなかった。いっそ詰られた方が気が楽になったのに、葉山は優しいのだ。その揺るぎない事実に遥の胸が痛む。


「俺、何かした?俺鈍いところがあるみたいだから、無意識に桜井を傷つけていたかもしれない。正直に言って欲しい、嫌いなところがあれば治すから」


「…葉山に嫌いなところなんて無い。お前は何も悪くない、悪いのは俺の方」


「何だよそれ、理由になってないよ。何か隠してる?何か言われた?」


図星を突かれてドキッとしたが顔には出てないはずだ。頑なな遥の態度に流石の葉山も苛立ちを露わにすると思いきや、彼の端正な顔は苦しげに歪んでいる。理由もなく遥に拒絶され、苦しみ悲しんでいるのが痛いほど伝わって来た。遥は唇を噛みじっと俯き黙っている。高橋に言われたことを暴露しても状況は変わらない。葉山に重荷を背負わせる遥は、友達のままでいる続ける訳にはいかないのだ。対等で無い関係はいつか破綻する。


嫌いなわけがない。葉山のことが大事だからこのまま一緒にいるわけにはいかないのだ。


「…俺のこと、鬱陶しくなった?」


喉から振り絞ったような掠れた葉山の声に意識が引き戻される。思わず顔を上げると不安げに揺れる黒い瞳と視線が交わった。遥を惹きつけるそれから目を逸らすことが出来ない。


「いつもベタベタしてたし、何処に行くにもくっついてたからね…清水にも言われたよ。べったりしすぎて番犬みたいだって。俺も桜井に近づく奴全員に目を光らせてやりすぎだって自覚はあったけど。でも、桜井が他のやつと仲良くするのが嫌だったんだ、正直清水とも距離近すぎだってイラついたし…ずっと好きだった桜井とまた会えたから自分でも歯止めが効かなくて」


「…え。今、なんて…」


耳を疑う言葉が飛び込んできて思わず聞き返す。葉山は一瞬ポカンとした後、自分が何を言ったのか思い出したらしい。ジワジワと顔が赤く染まっていく。


(あ、なんか可愛い)


類まれな美形である葉山には似つかわしく無い言葉だが、今の彼には「可愛い」がピッタリハマっている。羞恥ゆえなのかプルプル震えて、そして開き直り堂々と言い放った。


「桜井のこと、好きだって言ったんだ」


「それは」


「恋愛対象として、好きってこと」


マジかよ、と遥は唇だけ動かした。衝撃の事実に脳が思考停止寸前だ。目を瞬かせ照れ臭そうな葉山を凝視する。そして葉山の声が、表情が冗談では無いと訴えていた。


時間にして1分くらいだろうか。ようやく頭が正常に動くようになった遥は疑問に感じたところを矢継ぎ早に質問した。


「好きって、何で?いつから?俺ら出会って数ヶ月だろ?あれ?ずっと好きって…え、どういうこと」


「桜井落ち着いて、ちゃんと説明するから」


優しい声で宥められて遥は今度こそ落ち着きを取り戻す。


「桜井が覚えてるか分からないけど、中2の夏頃東駅のベンチに座ってる茶髪の男子にお茶渡したことない?」


「…あー、あったなそんなこと。ベンチで俯いて見るからに具合悪そうだったから放っておけなくて…え?あの男子」


「うん、俺」


「は?」


葉山の言うように、制服を着たベンチに俯いて座る茶髪の男子にお茶を渡したことがある。あの日は中学受験した友人と久々に会う約束をして、電車を乗り継いで最寄駅に辿り着いた時に件の男子を見かけたのだ。熱中症かと思いきや、朝から調子が悪くて少し休んでいるのだと男子は答えた。マスクをしていて顔は良く見えなかった。彼が大丈夫だと繰り返したことと待ち合わせの時間が迫っていたから、その場を去ったのだ。


「髪の色全く違ったぞ?桜坂って校則厳しいんじゃ?」


「うん、バリバリ校則違反。どれだけ注意されようがガン無視してたよ。荒れてたからねあの時」


「荒れてた?」


「うん、中2の春頃両親共に恋人がいることが発覚してね。それで喧嘩。互いに離婚するって言い張って、でもどっちも俺を引き取りたがらない。俺が聞いてるのに気づいても互いに罵り合うんだ、本当醜かったな」


「…何だよそれ」


淡々と語る葉山の境遇は悲惨なもので、遥の中にマグマのように葉山の両親に対する怒りが湧いて来る。察していたが、彼の両親は人としても親としても最低なようだ。


「葉山の親を悪く言いたく無いけど、碌でも無いな。一度文句言ってやりたい」


「怒ってくれてありがとう。でも桜井が怒る価値もない人達だよ。けど当時は悲しくて悔しくて惨めで。馬鹿だけど両親の気を引きたかったのもあるんだ。髪を染めて周囲に八つ当たりして困らせて。でも両親が何か言って来ることはなかった。何処までも無関心だった。周囲から腫れ物みたいに扱われて、両親のことで色々心労が重なって体調を崩したんだ。でも家で一人で寝ているのも嫌で無理矢理登校したら悪化して、帰りにとうとう歩けなくなって休んでたところに桜井が声をかけたんだ。誰からも気にかけられなかったのに、桜井は気にかけてくれた。それが嬉しくて、一瞬で好きになってた」


「それくらいで」


「好きになるのに理由はいらないって本当なんだって初めて知った。でも名前も何も分からない、2度と会えないかもしれないのにずっと忘れられなかった。まさか外部受験した高校で会うなんて…運命だって思ったよ」


そう告げる葉山の瞳には熱が篭っていて、その熱は真っ直ぐ遥に向けられていた。ジリジリと焦げ付くような熱に当てられて、遥の体温は上がり思わず胸を押さえる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ