6話
それから数日後、遥は下駄箱に差出人不明の手紙が入ってることに登校した時気づく。「え?不幸の手紙?進学校でこんな古典的ないじめあるのか」と恐る恐る開封すると「今日の放課後、体育館倉庫裏に来てください」と簡潔に書かれていた。
それを葉山と優太に見せると、まず優太は「ラブレターだろ」と断言し葉山は無表情で手紙を凝視していた。遥は優太の意見を一蹴する。
「俺にラブレター?ないない。こちとら彼女いない歴年齢だぞ。絶対ない。悪戯に決まってる」
「モテなさすぎたせいで信じられなくなってる、かわいそう…」
中学時代彼女がいた優太が憐れみの籠った目で見て来るのが鬱陶しい。
「…放課後行くの?」
しかめ面の遥に葉山が声をかけるが、その表情は心なしか険しい。
「うーん、悪戯の可能性高いけど一応行くわ。何考えてるか知らんけど、こんな悪戯続けてたらいつか恨み買いそうだろ?」
お人好しというわけでは無いが、忠告くらいしてやっても良いと思っていた。
「…もし悪戯じゃなくて本当に告白だったら?」
葉山の声は不安げに揺れていた。その表情は親に置いて行かれた子供のように悲しそうだ。
(俺が告白されるの、嫌なのか?)
当の本人は数え切れないほど告白されているのに、遥が告白されるか否かをこんなにも気にしている。万が一遥に恋人が出来たら、今のように一緒にいる時間が減ることを危惧しているのかもしれない。恋人が出来たらどうやっても友人より恋人を優先してしまうが、まだ告白されると決まってないのに気が早すぎる。
葉山は人気者で誰も彼も仲良くなりたがっているのに、葉山は遥と一緒にいたがる。告白されるかもしれない、だけで不安になっているのだ。
遥は葉山の抱いている不安を早く解消してやらないと、と急かされるように口を開く。
「本当に告白だったら断る。相手には悪いけど、今はお前らといる方が楽しいから」
嘘偽りない本心を告げると、葉山の表情から不安がゆっくりと消えていく。その様子を見て遥もホッとした。まあ、告白なんてあり得ない、と手紙を畳みながら笑い飛ばした。
放課後、体育館倉庫裏にやって来た遥は待っている人影を見つけた途端ゲンナリとした。待っていたのは葉山にご執心の高橋だったからだ。これで告白の線は完全に消えた。そして悪戯の線も薄くなっている。
(あいつ、すれ違いなざまに色々言って来るから苦手なんだよな)
「何で葉山くん、桜井くんなんかといるの?」「桜井くんといると葉山くんの株が下がっちゃう」等単体で聞くとそれほどではなくとも、積み重なるとそれなりのダメージを受ける言葉を投げて来るのだ。しかし、無視していたらそれはそれで面倒なことになっていたから来て正解だった。遥の気分が一気に沈んだが、どうにか重い足を動かして高橋の元へ行く。
「桜井くん」
高橋が遥に気付き声をかけてくるが、表情はツンとしていて視線も何処か冷やかだ。顔に思ってることが出ないよう、気を引き締めて彼女と目を合わせる。
「急に呼び出してごめんなさい、とても大事な話があって…単刀直入に言います。葉山くんとこれ以上関わらないで欲しいの」
早速本題に入った高橋はストレートに告げて来る。予想していたので驚きはなかった。彼女が遥に敵意を通り越して憎しみに似た感情を向けていることを知っていたが、手を出して来ることはないと放置していた。しかし、楽観視していたと少し後悔する。
「桜井くんも分かってるよね?葉山くんの友達として相応しくないって。清水くんはギリギリ及第点だけど、あなたは何も秀でたところがない平凡な人でしょ?そんな人が隣にいて良いと本気で思ってる?彼は富永くん達と一緒にいたほうがいいと思うの。あなたがいることで葉山くんの株を下げてるって理解してないの?」
一方的に自分勝手な主張をする高橋を遥は冷めた目で見ていた。葉山を神か何かだと思っているのか、遥が友人を名乗り側にいることが耐えられないようだ。直接忠告しに来るのだから余程だ。
「高橋、随分な言い草だな。まあ釣り合ってないのは理解してるけど、葉山が誰もつるむかは本人の自由だ。他人が口を出す権利はないだろ」
正論をぶつけても高橋は動じない。これくらい予想していたらしい。そして呆れたようにあからさまに溜息を吐いた。
「何にも知らないんだ。葉山くんが影でどれくらい苦労してるか」
「は?」
「富永くんのグループはあなたのこと受け入れてるみたいだけど、彼らだけだよ。他のグループはあなたのことを良く思ってないどころか、嫌がらせしようとしてた。それを止めてるのが葉山くん。友達に何かしたら許さないって牽制して回ってるの。一年だけじゃない、先輩にもいるんだよ桜井くんを邪魔に思ってる人。友達といるだけなのにこんなに苦労しないといけないなんて」
可哀想、と憐憫の籠った声で吐き捨てた。葉山が遥が嫌がらせを受けないよう色々してくれてるのは察していたが、まさか上級生にも牽制して回っていたとは。そして富永達が特殊だっただけで、葉山と遥が友人であることを殆どの奴が認めていなかったことは衝撃的だった。唖然とする遥に高橋は追い打ちをかける。
「釣り合わない者同士が友達になったって苦労するだけ。今は良くてもいつか後悔するよ。葉山くんは富永くんみたいな人といれば、牽制する必要も陰口を叩かれることもなかったのに。知ってる?桜井くんといるのは自分を引き立てるためだ、葉山くんは性格が悪いって言ってる人もいるんだよ」
「は?何だよそれ」
「そう、葉山くんはそんなことしない。でも周りはそう思わないんだよ?…何が葉山くんのためになるか、これだけ言えば分かってくれるよね?」
苛立つ遥に念を押すように言い残すと、高橋はこの場を去って行った。遥は呆然と立ち尽くす。
今まで周りになんて言われようが気にしていなかった。誰と一緒にいようが自由だし、遥も葉山も己の意思で好きで一緒にいる。しかし予想以上に敵が多かったこと、葉山が謂れのない中傷をされている事実は遥の胸に深く突き刺さった。高橋は言っていた、いつか後悔すると。今は友達を守るために奮闘してくれている葉山だが、それもいつまで続くか分からない。
いつか何で自分はこんな苦労をしてまで遥と「友人」でいたのか、無駄な時間を過ごしたと後悔されたら?遥に向けられる表情が「失望」に変わったら?想像しただけで背中に冷たいものが走る。
今の平穏は葉山の苦労の上で成り立っているのに、何も知らない遥は当たり前のように過ごしていた。猛烈に恥ずかしさと惨めさが襲って来る。その上葉山が悪く言われているなんて。目立つ葉山に敵意を持ち、粗を探している連中にとって遥は格好の餌だ。
遥はどうしたら良いのか。高橋の言葉を鵜呑みにするべきではない、話し合うべきだと諭す冷静な自分がいるが、自分の中に燻っていた「葉山と釣り合っていない」という不安が邪魔をする。自分がいると葉山の足を引っ張ってしまう。離れたくはないけれど、葉山のことが大事ならば。
悩みまくった結果、遥は葉山の顔を冷静に見ることが出来なくなった。そんな遥が次に取った行動は葉山を避けることだった。