3話
入学式が始まったが、やはり葉山は目立っていた。新入生代表で挨拶することもあり、1人だけ教師側にいることも影響しているのだろう。そして遂に葉山の挨拶の番が回って来ると、体育館にいる女子生徒の目は誇張ではなく輝いて見えた。葉山は堂々とした態度で、やや低音の美声を体育館に響かせ、女子生徒はうっとりと聞いている。緊張している気配は微塵もなく、場慣れしている雰囲気すらあった。すげぇな、と遥は心の中で感嘆の声を零す。
さっきまで隣で笑っていたのに、こんな姿を見ると一気に距離が出来てしまったような気がする。後々、葉山のこの学校の初めての友人は自分だと自慢出来る時が来るかもしれない。いや、このくらいことを自慢するのは逆にせこいだろう、と思い直す。遥は壇上に立つ葉山を凪いだ心で眺めていた。
厳かな雰囲気があった入学式はあっという間に終わった。正直葉山の挨拶以外良く覚えてない。ガヤガヤと騒ぎながら3組へと戻って行く。ほぼ全員が教室に戻ったタイミングで葉山も戻ってきた。すると騒がしかった教室が水を打ったように静かになる。葉山は慣れているのか気にする様子はなく、黒板を一瞥して自分の席を確認すると素早く移動して席に着く。
途端に「葉山」「葉山くん」とタイミングを見計らっていたかのように男女問わず人が集まる。葉山の周囲に集まるのはカースト上位の、入学早々制服を着崩したり化粧をばっちり決めた派手な外見の生徒ばかりだ。あっという間に下々の者が容易く近づけない包囲網が出来上がった。
「うわー、行動早すぎ」
優太がボソッと呟きながら遥の元へやって来る。葉山に注目していたクラスメートも、あれでは近づけまい、とさっさと関心を無くし友人との会話に戻っている。
「早く自分達のグループに引き込みたいんだろうな」
「まあ、あれだけ目立てばな」
頬杖を付きながら遥は葉山の背中を眺めている。会話の内容までは聞こえないが、口々に話しかけているのは分かった。
「あの感じだと富永のグループに入るんじゃないか」
「富永?誰?」
「あの茶髪でピアスつけてる奴」
ああアイツ、と遥は頻りに葉山に話しかけている男に目を向ける。いかにもリーダー、という雰囲気の男だ。かっこいい、と称される容姿をしていた。外見だけなら遥といるよりも余程しっくり来る。
「遥、葉山と連絡先交換した?」
「した」
「良いなー。俺にも教えて」
「勝手に教えられるわけないだろ、自分で聞け」
「いやもう無理じゃね?下手に近づけないわ。富永みたいなタイプって自分が認めてない奴が近づくの嫌がりそうだろ。思いっきり牽制されるぞ」
「偏見が過ぎるだろ。流石にそれはない」
遥は口では否定したものの、カースト上位の人間は排他的な考えを持つ者が多いと感じていた。仲間に引き入れた葉山が遥のような地味な人間と関わるのを良しとしない。平穏な高校生活を送りたいのに、リーダー的ポジションの人間に睨まれるのはごめんである。
声をかけられた時驚いたものの、直感で「こいつとは仲良く出来そう」な予感がしていた。しかし、こうなった以上そんな予感は気のせいだったと、思わざるを得ない。葉山との繋がりはあっさりと断たれてしまう、と思っていた。その後、入学式なので午前で学校は終わり遥は人に囲まれている葉山に「忙しそうだから、先に帰る」とメッセージを送った。すぐに返信が来て「うん、こっちちょっと抜けられそうになくて…」と申し訳なさそうなのが伝わって来た。もしかしたら一緒に帰ろうとしてくれてたかもしれない。
(葉山のこと、まだよく知らないし色々話したかったな)
今日話せないと明日からはもっと距離が出来てしまう。それでもあの軍団の中に入って「一緒に帰ろう」と葉山を誘う勇気は遥には無かった。後ろ髪を引かれる思いで遥は教室を出て行った。