#96
マチャの手がベヒナの頬に触れる。
それでもベヒナに反応はない。
彼女はただ目の前に立つマチャを眺めているだけだった。
衰弱しきったベヒナを見ながら、マチャは思い出す。
かつて目の前のベヒナと共に、警察官をやっていた頃のことを。
新人の警察官として島の交番に勤務していたマチャは、島の状況を良くしようと奮闘していた。
テイスト·アイランドは、流れ込んできた移民を中心とした低所得者層を住まわせる為に政府が作った人工島。
しかし政府からは満足な社会保障は与えられなかったため、居住者の生活は困窮。
また正規の移住者以外にも密入国者などが集まってしまい、結果的にスラム化が進行した。
マチャは、少しでも治安を良くしようと上司に訴えた続けた。
ベヒナもまたそんな彼女と同じ思いを持っていて、家のない子供たちへの支援活動も自主的に行っていた。
だが、たかが警察官二人に何ができるわけでもなく、二人の想いは上の人間には届かなかった。
その後、島の警備会社を業務を主とするレカースイラー率いるスパイシー・インクの台頭。
その結果、市政や警察は無くなり、彼らの組織が島のすべてを仕切ることになった。
スパイシー·インクはスラムに住む人間を犯罪者のように扱い、さらに島を仕切る会社に税金を払えない人間らを処分し始める。
そんなやり方に我慢ならなかったマチャだったが。
警察組織解体後に、ベヒナとは連絡が取れなくなり、孤独な戦い強いられた。
島民の署名を集めたり、道端での街頭演説などを行った。
しかし、所詮人間一人では何も変えることはできないと思い知らされた頃に、マチャはジェラートと出会う。
「ねえ、私の店に来ない? あなたも島を良くしたいんでしょう」
ジェラートはスパイシー·インクの壊滅を目論んでいた。
レカースイラーたち組織を島から追い出し、テイスト·アイランドを浄化する――。
それがジェラートの考えと聞いたマチャは、彼女にすがるような気持ちでホワイト·リキッドで働くことになり、二号店オープン時には店のマスターに抜擢されるまでになった。
それからはジェラートに言われるままスパイシー·インクに関わる者らを襲撃し、少しずつ島を支配する組織の力を削っていく。
だが、やはりというべきか。
そこには命の危険が伴う。
マチャはいつでも死ぬ覚悟をしていたとはいえ、それが他人となると意味が変わった。
ラメルが殺された。
しかも、彼を殺したのはかつての同僚ベヒナだ。
「なんで……なんでお前がスパイシー·インクに入ってんだよ……」
歯を食いしばり、ベヒナの顔を両手で掴むマチャ。
だが、彼女は呆けたままのベヒナに何もすることができなかった。




