#95
――時間はマチャたちが食事をする前よりも数時間前に戻る。
マチャはバニラたちを置いて道場スタジオを出ると、ホワイト·リキッドの一号店――本店へと向かった。
店に入り、顔見知りの従業員たちへ軽く挨拶をして、彼女はジェラートが待っているという地下へと歩を進める。
「おッ、来たね。お疲れさま」
「お疲れさまです、ジェラートさん」
地下室へと入ってきたマチャに微笑むジェラート。
ホワイト·リキッドの本店の地下は、拷問部屋になっている。
壁はコンクリートの打ちっぱなしの部屋で、大量の拷問用具とSMグッズ。
そして、折り畳み式の簡易ベットが隅にある。
ジェラートに返事をしたマチャの前――部屋の中央には、椅子に括り付けられた女がいた。
それは、ラメルの命を奪ったスパイシー·インクの幹部――ベヒナだ。
彼女の姿を確認したマチャの顔が少し強張り、そのまま部屋の中へと進んでいく。
ゆっくりと近づいて来るマチャに気が付き、ベヒナがその顔を上げる。
「マチャ……」
呟くように自分の名を吐いたベヒナを見ても、マチャは何も言わずにただ黙って彼女のことを見ていた。
そのときの彼女の顔はベヒナの姿を見たときの強張ったものではなく、感情など読み取れない、まるで能面でも被っているかのような表情だった。
「もう聞きたかったことはすべて聞けたと思う。それで、その子のことはどうする? あなたが決めていいよ」
マチャの背中に向かって、ジェラートが訊ねた。
捕えた敵の身柄をどうするかを訊かれた彼女は、視線をベヒナの身体へと移す。
特に傷ついた痕はなく、拷問などはされていないようだ。
さらに、服が襲撃時に着ていたスーツ姿のままなので、おそらく性的な拷問もされていないのだろう。
だというのに、ベヒナはずいぶんと憔悴しきっている。
ラメルが殺されてから一ヶ月ほどしか経っていないが。
かつての鋭い眼光は見る影もなく、焦点の合わない両目で、マチャのことを眺めているだけだった。
部屋にあった食器のトレイを見るに、水や食事は与えていそうだ。
それで、どうしてここまで衰弱しているのか。
ふとそんな疑問が、マチャの頭によぎった。
「少しの間、こいつと二人だけにしてもらっていいですか?」
マチャはジェラートのほうを振り向くと、彼女にお願いをした。
ジェラートはもちろんと言わんばかりにニッコリと口角を上げると、拷問部屋を後にする。
部屋の外からジェラートが階段を上がっていく音がし、マチャは再びベヒナの前に立つ。
「お前の顔を見た瞬間に殺したくなるかと思ったが……。そうでもなかったよ……」
そして相手を見下ろしながら、そっと彼女の顔へと手を伸ばした。




