#90
休みのない連打でマチャへと殴り掛かるバニラだったが。
彼女にはかすりもしない。
不可解そうにラッシュを続けるバニラに、マチャが言う。
「なんで当たらないって顔をしてるな」
涼しい顔で攻撃を避けながら、マチャは淡々と言葉を続けた。
一流のボクサーは相手のパンチが当たる距離、パンチを強く出しづらい位置を頭だけでなく、経験を持って体でも理解している。
パンチが出せる、出したい位置と距離が分かれば自然と相手がパンチを出すタイミングもわかる。
素人よりも遥かに多く殴り合いを経験しているため、相手の心理状態や状況を把握できる。
「車の運転をしたことがない奴よりも毎日運転をしている奴のほうが上手く車を運転できるのと同じ理論だ」
「それならオレもアンタに負けてないと思うけど」
バニラは、殴り合いの経験なら自分も負けていないと思っていた。
実際に彼はホワイト·リキッド三号店にいたときから、従業員の誰よりも夜の仕事――スパイシー·インクの人間をぶちのめしてきた。
戦いの経験というならマチャにだって負けていないはず。
彼はそう思っていたが。
「素人は自分のパンチがどこまで伸ばせばギリギリ当たるかなどの理解がまるでない。とにかく速く当てよう、速く距離を詰めようと深く踏み込めばそれだけでも簡単に読まれる。その上強く当てようと考えて先に腕を後ろに引き、そこから踏み込んでいるので顔面が相手の射程距離に入り込んでしまう。こんな風にな」
「がはッ!?」
マチャはバニラに説明しながら、彼の顔面を打ち抜いた。
放ったスピードと同じ速さで拳を戻し、見事なフットワークで一定の距離を保っていく。
ようやくこないだチゲにやられた顔の腫れが引いたというのに、バニラの顔面がまた膨れ上がりダウン。
マチャは、腰をマットに落とした彼を見下ろして口を開く。
「まずは軽くでもいいから当てて次に繋げるようにしろ。さらに言うなら、初動がバレない様にするにはどうする? 相手を混乱させるには? 意表を突くには何が有効的かなど拳を使った戦い方を熟知している奴が、そもそも考えなしの相手よりも上手く攻撃が当てられるのは当然のことだと理解するんだ」
「考える……だって……?」
「お前がこれまで勝ってきたのは、単純に相手が弱かったからだ。いつまでもトランス·シェイク頼りで、スパイシー·インクの幹部連中を相手にできると思うなよ」
ただマチャのことを見上げているバニラ。
そんな彼のことを放って、彼女はストロベリーとダークレートに声をかける。
「次はお前たちの番だ。さっさとかかってこい」
マチャの言葉を聞いたストロベリーは顔をしかめると、ダークレートのほうを見る。
「なんかあんなこと言っているけど、どうすんの? 二人でやる?」
ダークレートはコクッと頷くと、傍にいたカカオに下がるように言った。
そして、彼女はマチャへと駆け出していく。
「アンタは左から行って! アタシは右側から攻めるから!」
「ズルくねそれッ!? だってマチャは右利きじゃんッ!?」
ストロベリーは苦言を吐きながらも、ダークレートに続いて走り出していた。
左右からの同時攻撃。
マチャは身構えると、向かって来る二人を見据える。
「お前たちはこいつよりは考えているようだな。だが、それだけでは駄目だ」
彼女たちなりに考えた作戦ではあったが。
ダークレートもストロベリーも、先ほどのバニラのようにマチャの格闘技術に簡単に打ちのめされてしまった。




