#8
――バニラたちを降ろしたロッキーロードは、再びフルサイズバンを走らせる。
深夜の街中、途中で見かけた楽しそうに歩く若者の集団を見て、彼は舌打ちした。
「チッ、どいつもこいつも、何がそんなに楽しんだよ」
そう呟き、ロッキーロードは自分が生まれたこの島の現状と、住んでいる人間たちを恨んでいた。
彼が住むこの島の名はテイスト・アイランド。
流れ込んできた移民を中心とした低所得者層を住まわせる為に政府が作った人工島。
しかし国からは満足な社会保障は与えられなかったため、居住者の生活は困窮した。
また正規の移住者以外にも密入国者などが集まってしまい、結果的にスラム化が進行。
これが警備会社を主な業務とするレカースイラー率いるスパイシー・インクの台頭を許し、市政や警察は無くなり、彼らの組織が島のすべてを仕切っている。
そのため、島に現存している建物や店、または公共施設など――。
テイスト・アイランドにあるのすべてのものはレカースイラーの支配下にある。
さらに貿易が制限されているため、島に銃火器のような武器は入って来ないが。
スパイシー·インクの人間だけが銃やその他のインフラ設備を管理し、またはその所持を許されている。
物資もままならないこの島では、一番軽いものは人の命である。
特に一度社会の底辺に落ちた者は、二度と這い上がれない。
スパイシー·インクに関わる企業に入れた一部を除いた多くの人間が、明日も食えぬ生活をしているのが現状だった。
今でこそ落ちぶれているが。
ロッキーロードは元々有名大学を出ていて、スパイシー·インクに関わる企業に就職できたエリートだった。
だがその会社に馴染めなかった彼は、数ヶ月で出勤しなくなり、自宅に引きこもるようになる。
当然両親からは早く働くようにプレッシャーをかけられていたが。
それでも頑としてロッキーロードは自分の城に籠城した。
自分が社会で上手くやれないのはお前たち――親のせいだと喚き散らし、手がつけられないほど暴れた。
そんな息子のことを両親は諦め、ロッキーロードの死さえ望むようになった。
もはや誰も彼を社会に出そうとする者はいなくなり、家族の関係はそれ以降に修復が不可能となる。
ロッキーロード自身は引きこもり生活に鬱屈はしつつも満足はしていた。
何もせずとも食事が出て、冷暖房完備の部屋で住めて、好きな時間に起きて寝る――。
それ以上、彼は何も望まなかった。
しかし、そんな生活も永遠には続かない。
数十年が経った頃に両親が立て続けに亡くなり、当然収入のないロッキーロードは働かざる得なくなる。
止もう得ないと、彼は自分に向いている仕事を探した。
だが特別なスキルもなく、数十年も他人コミュニケーションと取っていなかった中年男性が、待遇の良い会社に登用されるはずもない。
長時間労働、低賃金、肉体を酷使するような職種でしか、ロッキーロードを雇ってはくれなかった。
それから派遣、パート、アルバイトと長続きせず、ついには持ち家まで売り払い、彼は路頭に迷うことになる。
寒空の下でロッキーロードは考える。
この島は何なんだと。
どうして自分ばかりが辛い目に遭うのだと。
この世界は狂っている。
弱い人間をかえりみない世界。
たった一度の失敗が人生を破壊する残酷な世界。
自分はずっと踏み続けられてきた。
このまま死ぬのか?
このまま野垂れ死ぬのか?
もう死んでしまったほうが楽なのではないか?
ロッキーロードの脳裏には自殺という言葉がよぎった。
だが、それよりも強い言葉が彼の頭の中を埋め尽くす。
「俺……俺がやる……。やってやるんだッ!」
それは社会への反抗だった。
学校で――。
家で――。
会社で――。
自分のような弱者をとりまく不条理に抵抗しなければいけないのだと、神の啓示のように降りてきた使命感に駆られた。
もはや失うものは何もない。
だったらこの命を、自分と同じ孤独で苦しむ者たちのために使おう――。
そう、ロッキーロードは決意した。
そして、彼が転落した原因ともいうべき大卒後に入った会社へと歩き出す。
途中で工事現場で見つけたスレッジハンマーを手に取って――。