#82
マチャは表情を歪めた。
こんなところで死ぬのか。
いや、スパイシー·インクを壊滅させるためなら命なんて疾うに捨てたはずだ。
死ぬ覚悟なんてとっくにできてる。
だけど、こいつはラメルだけは――。
「マ、マチャ……」
マチャが想いを巡らせていると、彼女が肩を貸していたラメルが口を開いた。
彼はペッと血反吐を吐き出すと、マチャの耳元で呟く。
「お前だけでも逃げろ……。相手は女を入れて四人だ……。あの人数なら……お前だけなら逃げられる……」
「バカッ!? お前を置いていけるはずないだろうッ!?」
ラメルの提案にマチャが声を張り上げた。
それを聞いていたベヒナは、一つに束ねている三つ編みを手で払い、構えていた拳銃をさらに突き出す。
「何を話している? 逃げる相談でもしているのか? こんなときにイチャイチャしやがって」
その言葉の後にベヒナは引き金を引いた。
銃声がスラムに鳴り響く。
だが、弾丸はマチャには当たらなかった。
それはラメルが彼女を突き飛ばしてベヒナたちへと飛び出したからだった。
すでに開いている腹部に弾丸が突き刺さり、ラメルはそれでもベヒナたちに突進。
手にナイフを持ってベヒナを庇おうと向かってきた警備服の男ら――スパイシー·インクの社員たちに突き刺す。
「今だ! 逃げろマチャッ!」
三人の男たちのうち一人の首へナイフを突き刺し、ラメルが叫んだ。
だがマチャは動けない。
ただ茫然と立ち尽くし、自分を守るために飛び出した男の背中を見ている。
ベヒナはラメルの叫び声を聞いて、マチャを逃さないように彼女を拳銃で狙うが。
狭いスラムの路地では彼と部下たちのせいで狙いがつけられなかった。
それこそラメルの狙いだ。
彼は文字通りマチャの盾となり、彼女を逃がすために死ぬつもりだった。
ベヒナの部下と揉み合いながら、ラメルはマチャへ言う。
「カッコいいだろ……今の俺……。ずっとこういうも憧れてたんだよな」
「ラ、ラメル……」
「さっさと行けよ……。俺の頑張りを無駄にするつもりか……?」
「くッ!?」
ラメルにそう言われたマチャは、来た道を振り返って走り出した。
ベヒナの部下たちに取り押さえられたラメルは、満足そうにそんな彼女の姿を眺めている。
「マ、マチャ……それでいい……。俺は……最後にお前に自分の気持ちを見せることができて……よかった……」
マチャがその場から去ったことを確認したラメルは、取り押さえられたまま静かに息を引き取った。
ベヒナは部下たちに向かって、ラメルなど放って逃げたマチャを追いかけるように指示を出す。
「そいつはもう死んでる! さっさとあの女を追えッ!」
逃げ出すマチャの背中には、かつての同僚の声が聞こえていた。
ラメルが死んだことを知ったマチャは、泣きながらただ駆ける。
「ラメル……ラメル……ラメルゥゥゥッ!!」




