#79
飲み終えたドリンクボトルを投げ捨てるバニラ。
すると、彼は全身を上下に震わせ始める。
それは、まるでバーテンバーがカクテルを作るときに振るシェイカーのような動きだった。
目の瞳孔が開き、その全身には刺青でも入れたかのような模様が浮かび上がっている。
バニラが飲んだものはトランス·シェイク。
トランス·シェイクとは、ジェラートのお手製のドリンクだ。
飲むと人知を超えた腕力を手に入れ、あり得ない速度で動けるようになる。
しかし成人には効果がなく、効果があるのは未成年者のみ。
ジェラートに拾われた子供たちは、全員このドリンクを飲んでいる。
「ダメだってバニラ!」
「いいからお前はカカオを連れて逃げろよ。オレをこいつを殺してから逃げる」
叫び続けるダークレートに、バニラは先に逃げるように答えた。
拳銃を構えていたチゲは、それをしまうと向かって来る彼と対面する。
「変装のペイントかなんかだと思っていたが。どうやら今飲んだもののせいでその変な模様が出るようだな」
「よく喋るおじさんだな。ま、いいけど」
バニラはどうでもよさそうに言葉を返すと、一気に間合いを詰めた。
振り上げた拳を、チゲの顔面に叩き込もうとした。
だが次の瞬間、吹き飛ばされたのは彼のほうだった。
フードコートにあったテーブルや椅子を巻き込んで、バニラの身体が転がっていく。
「バニラッ!?」
ダークレートがバニラの傍まで駆け寄ると、鼻血を流しながら彼が立ち上がる。
「な、なんだ今の? オレのほうが速いのに、どうしてあいつのパンチがオレに当たったんだ?」
不可解そうに鼻から出る血を拭うバニラ。
彼はどうして自分が吹き飛ばされたのかが、理解できないようだった。
そんなバニラとダークレートの前に、チゲがゆっくりと近づいて来る。
「思っていた通りド素人だな。まるで動きがなっちゃいない」
チゲはファイティングポーズを取りながら、ジリジリと接近してくる。
その構えはボクサースタイル。
両手を上げて構え、左手を左足を相手に向かって出し、パンチをもらっても簡単に倒れないように膝を軽く曲げるボクシングの基本姿勢だ。
チゲは立ち上がったバニラに向かって言う。
「なんでお前が吹き飛んだからわからないか? さっきのはカウンターだ。向かってきたお前の拳に私の拳を合わせたんだよ」
「カウンター? カウンターってなんだ?」
「やれやれ、そんなことも知らんのか。なら、なぶりながら教えてやる。さっさとかかってこい」
バニラを挑発したチゲは、突き出した左手をクイクイと動かして手招きしてみせた。




