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番外編 生活

バニラは目を覚まして寝袋から身体を出した。


彼が与えられた部屋にはベットもあるのだが、どうも長い間の路上生活と、それまで住んでいたロッキーロードのマンションで床で寝ていたせいか落ち着かず、前と同じように就寝方法を取ってしまっていた。


部屋を見渡せば使用しなかったベットと、カーテンのある窓。


それ以外はバニラ自身の荷物しかなく、随分(ずいぶん)と殺風景な光景だ。


ゴミ屋敷の床で自分の部屋もなかったバニラにとっては、なんだか違和感を覚えてしまうが気分は悪くない。


いや、むしろ(みょう)な臭いもしないし、これまでの人生の中でも最高といっていい目覚めだろう。


バニラは部屋を出てリビングルームへと向かうと、そこには彼と共にマチャのマンションに住むことになった赤毛の少女ストロベリーと黒髪のロングヘアの少女ダークレートがいた。


二人の傍には、首に(たる)を下げた小熊のカカオもいる。


ストロベリーはリビングルームにあったテレビを見ながらゲラゲラと笑っている。


そんな彼女は対照的に、ダークレートのほうは退屈そうに液晶を眺めていた。


カカオは朝だというのまだ眠いのか。


ダークレートの(ひざ)の上で丸まっていた。


誰も挨拶などせずに、バニラはリビングルームの床に座る。


そして、彼もまたストロベリーやダークレートと同じようにテレビのほうへ視線をやった。


ストロベリーが先ほどから笑いながら見ているテレビ番組は、朝のニュースだった。


「ガッハハハッ! スゲーな。またどっかの引きこもりのおっさんが人を殺したって! なんかロッキーロードに似てね、このおっさん?」


ストロベリーがテレビ画面を見ながらそう言った。


彼女はバニラやダークレートに声をかけているようだが、二人は何の返事をしない。


どうやらストロベリーが笑っていたのは、中年の男による無差別殺人事件のニュースだったようだ。


今はないドイツという国に、シャーデンフロイデという言葉があるが。


それは不幸などを意味するSchadenと喜びを意味するFreudeを合成したものであり、意味合いとしては“他人の不幸を喜ぶ気持ち”または“他人の不幸を知る喜び”をいうものだ。


ダークレートはそんな彼女のことを見て、以前に知り合いの闇医者クリムが言っていた先の言葉――シャーデンフロイデを思い出していた。


(この女……。きっとろくな死に方しないな……)


無差別殺人で殺された人間と、それを(おこな)った中年男性の不幸を面白がって笑うストロベリーに対して、ダークレートは内心でそう呟いていた。


「朝ごはんができたぞ」


ストロベリーの笑い声が響くリビングルームに、家主であるマチャがやってきた。


彼女は四人分の食事を用意し、それをバニラたちに運ぶように言う。


「えぇーメンドだよぉ。マチャが運んで」


「それくらい自分でやれ。まったく、食事が出るだけでもありがたいと思えってんだ」


マチャが食事を運び始めると、三人はそれを手伝った。


起きたカカオも手伝おうと、その小さな手を伸ばしている。


「よしよし、お前が一番イイ子だな」


マチャがそんなはりきっているカカオの頭を撫でると、ストロベリーがケッと不機嫌そうにしていた。


それから四人でリビングルームに腰を下ろし、向かい合って食事をすることになったが。


バニラたちが何も言わずに食べ始めると、彼女は声を張り上げた。


「おいッ! 食べる前にはまず“いただきます”だろうッ!?」


食事の挨拶をしないことを注意するマチャに、ストロベリーとダークレートが顔をしかめると、バニラが彼女に訊ねる。


「“いただきます”ってなに?」


「……はぁ? お前“いただきます”を知らないのか?」


「知らない」


「嘘は……言ってないようだな……」


“いただきます”を知らない彼に、マチャは驚きを隠せなかった。


それからマチャは“いただきます”の意味を教え、ようやく食事が始まった。


今朝のマチャが作った料理は、玄米飯に豆腐の味噌汁。


そして、漬物と玉子焼きといったシンプルな和食だった。


だが始まった彼らの食事の光景が、マチャを辟易(へきえき)させる。


「お、お前らなぁ……」


バニラは(はし)を使ってはいるものの、それを握り込んで玉子焼きを刺し、米粒や味噌汁を周囲にまき散らしながら口へとかきこんでいる。


ストロベリーは玄米飯や漬物、味噌汁には手を付けずに、玉子焼きだけを食べて残した料理をカカオに食べさせていた。


ダークレートは一見して問題はなさそうだったが。


玉子焼きと漬物が乗った皿に、玄米飯を乗せてから味噌汁をぶっかけていた。


「食い散らかすな! 残さず食え! それと全部混ぜて食うなッ!」


「えーでも、あたしダイエット中だし。あと野菜ってマズいじゃん」


「食い散らかすのと、残すのは問題だと思うけど。食べ方くらい自由でいいんじゃないの?」


マチャが声を張り上げると、ストロベリーとダークレートがそれぞれ意見を言った。


だがマチャは、うちではそんな食べ方は許さないと言い、次にそんな食べ方をしたら店からも家からも追い出すと注意する。


そんな中でもバニラは特に気にすることなく、ただ黙々と食事をしていた。


一応は三人共、次からは気を付けるということで話が済み、食事を終えて会話はこれからの四人と一匹での生活のことになる。


「明日からは当番制にするからな。店だけじゃなく、うちでの仕事もしない奴はメシ抜きにする」


「えーなんでー。あたし、料理も掃除もなんにもできないよぉ」


「アタシも」


これまでと同じようにまずストロベリーが不満を言い、ダークレートが続き、バニラのほうは何も言わなかった。


さすがに、できないことをやらすわけにはいかないと思ったのか。


マチャは三人が家での仕事を覚えるまでは、彼らに教え続けることにする。


「はぁ……。これからのことを考えると、嫌になるなぁ」


そう言いながら煙草に火を付けようとするマチャ。


だが、彼女は手を止めてベランダに向かっていった。


そんな彼女の背中に、バニラが声をかける。


「なんでわざわざベランダに行くんだ? ここで吸えばいいだろ?」


「毒を子供に撒き散らせるわけにはいかないだろう。いいから気にするな」


そういってベランダへと出て行く彼女を、バニラはただ不思議そうに眺めていた。

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